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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:魔王の目的2

 今、美咲の眼前では、ミーヤと牛面魔将ディミディリアが背中の流し合いをしている。


(……何なのよ、この状況は)


 頭の中で盛大に疑問符が飛び交う美咲は、巧みに風呂女魔族たちに誘導されて、気付いたら風呂椅子の上に座って全身を磨かれていた。

 魔族式の風呂は、魔法で直接湯を出しているらしく、牛面魔将ディミディリアが魔法で湯の玉を作り、ミーヤと二人でその湯を洗い湯として使っている。

 しかし美咲の場合は、魔法で作り出した湯は触れた先から魔法無効化能力によって消されてしまうため、風呂女魔族は魔法を使わずに別の場所で湯を沸かしてから、その湯をたらいなどに入れて浴場に持ち込んでいた。

 魔法の効果がちゃんと美咲にも効くなら簡単に済むのに、手間を取らせてしまって美咲としては恐縮する限りである。

 とはいっても美咲は魔法無効化能力なしでは絶対に生き残れたとは思えない戦いを何度も経験してきたため、魔法無効化能力を今更手放したいとは思わない。魔王を倒すためには必須であることも間違いは無いので、無くなってしまったら困る。

 ただ、こういう風に戦いに関係のない魔法とかは、多少見逃してくれてもいいのになぁと思わないでもない。魔法の使い方は工夫次第だから、魔法無効化能力に穴があればそれはそれで困ったことになったかもしれないけれど。

 今だって、魔法無効化能力には全ての魔法を消せるわけではないという欠点がある。

 魔族文字によって発動する魔法は、基本的に発動そのものを止めることは不可能だし、無効化させたいなら魔族文字そのものを何とかする必要があるから、魔族文字が欠けたりすると即座に暴走して発動するように魔族文字を組まれたらどうすることも出来ない。美咲の身体に刻まれている死出の呪刻と同じ原理だ。

 また、結界なども魔族文字を彫ったものを基点に展開された結界は、いちいち基点を探し出して無効化せねばならず、かかる時間も労力も、破壊するのと大して違わない。

 そして、自分自身に刻まれた魔族文字は、発動の無効化も効果の無効化も不可能だというのが、美咲を苦しめる死出の呪刻を一層凶悪なものにしている。


(……こんなものさえ、無かったら)


 裸になっている以上、体中に刻まれている死出の呪刻は嫌でも目に入る。

 まるで紋様のような黒い刺青を見せ付けられる度に、美咲は心を揺さぶられる。

 美咲の身体を見た風呂女魔族たちが、目を丸くして美咲に問いたげな視線を送り、以後まるで腫れ物に触るかのように扱ってくるのも美咲の神経を逆撫でする。

 死出の呪刻は魔族の間でも有名な禁呪らしく、風呂女魔族たちは痛ましく思っているのか美咲に気遣いをしてくれる。

 それでいて、魔王に刻まれたのだと美咲が言うと、皆揃って否定するのだ。魔王陛下がそんな非道をなさるはずがない、と。

 胸の内で荒れ狂う、美咲の感情など何も知らずに。


「お姉ちゃん!」


 尖っていた美咲の感情は、身体中を泡だらけにして走ってきたミーヤを見て柔らかく解けていった。

 守るべきミーヤの存在は、美咲の心を癒してくれる。

 胸に温かい感情が溢れて、心がポカポカしてきた美咲は、両手を広げてミーヤを迎え入れた。


「走ったら、危ないわよ。転んだらどうするの?」


「いいの! お姉ちゃんが受け止めてくれるでしょ?」


「もう。仕方のない子ね」


 苦笑する美咲を見上げ、ミーヤもにししと笑った。

 その美咲とミーヤの二人に、湯の玉が飛んできた。

 湯の玉は美咲とミーヤの頭上で弾け、湯となって降り注ぐ。


「ぷぎゃあ!」


 不思議な悲鳴を上げて頭から湯を被るミーヤに対し、魔法無効化能力で自分にかかった湯だけをかき消した美咲は、じとりと湯の玉を飛ばしてきた下手人を睨む。

 牛面魔将ディミディリアだ。


「人間でも、子どもというものは可愛いものだな」


「本当にそう思うなら、子どもを殺すのは止めてもらいたいものね」


 笑みを浮かべるディミディリアに対し、美咲は露骨に警戒心を抱いていた。

 無理もない。ディミディリアはアリシャの仇なのだ。

 冷静になった今、もう衝動的に美咲が襲い掛かることはないとはいえ、それでも彼女が仇であるという事実は変わらない。

 もちろん美咲は意識して抱く憎しみを心の奥底深くに押し込めようとしている。

 憎しみ合うなんて不毛なだけだと、エルディリヒトに昨日啖呵を切ったばかりなのだ。憎しみを捨てろと言った本人が憎悪をそのままにしていては、全く説得力が無くなってしまう。


「可能な限りはそうしているさ。だが助けたところで未来は明るいものではないぞ。食人趣味がある魔族たちの食肉となるか、奴隷となって誰とも知れぬ魔族に売られていくかの二つに一つだ」


「……私たちもそうなるの?」


 美咲の心が冷えていく。

 自分はともかく、ミーヤもそうなるのかと思えば、また心の底で怒りがマグマのようにグツグツと煮え滾っていくのを感じた。

 落ち着け、落ち着けと、美咲は心の中で念じて冷静さを失わないように努力する。


「さあな。私から言えるのは、お前を護送してきた魔族兵がお前たちの助命を望み、魔王陛下がそれを受け入れられたということだけだ」


「……どうして、魔王が私を助けようとするのよ」


「さあな。さすがに私も魔王陛下の胸の内までは知らんし、探ろうとも思わん。それよりほら、背中を貸せ。この私が直々に、洗ってやろうではないか」


 獰猛な牛面という表現も変な話だが、そうとしか表現できない表情でディミディリアは笑う。

 友好的? 獲物を前にした猛獣にしか見えない。


「丁重にお断りするわ」


「そうかそうか、そんなにして欲しいか」


「聞きなさいよ!」


 結局のところ、美咲に選択の余地なんてあってないようなもので、美咲の意思とは関係なく、美咲の背中はディミディリアに洗われることが決定した。

 風呂女魔族たちがディミディリアに場所を譲り、側に控える。

 背後をディミディリアに取られた美咲は、逃げ出すべきか真剣に迷った。


「そんなに怖がらないで。本当に何もしない。洗うだけよ」


「えっ」


 ディミディリアの男っぽかった口調が明確な女言葉に変わって、美咲は思わず振り返る。


「あら、私が女言葉を使うことが、そんなに不思議? 武人といえど、私だって女なのよ? 女を捨てたつもりは無いわ。まあ、普段はさっきみたいに堅苦しい言葉遣いだけどね。一応私も魔将の一人だし、面子ってものがあるからねぇ」


 美咲は反射的に牛面魔将ディミディリアの全身を眺め回した。

 どっしりとした下半身にははちきれんばかりの筋肉がついており、特に太もも回りの筋肉がよく発達しているようで、大柄な体格に似合わずフットワークは軽そうだ。

 二の腕などにもよく筋肉がついていて、人間でいえば胸板に当たる部分も分厚い筋肉で覆われている。ただ、下腹に乳房が四つあって、そういうところは元の世界の牛と似ている。

 筋肉質なのはアリシャやミリアン、ドーラニアなどの力自慢な女戦士たちと変わらないが、彼女たち人間に比べて、ディミディリアは体格に恵まれている。アリシャたちの体格が貧相なのではなく、ディミディリアが大き過ぎるのだ。


「……あなた、どうしてそんなに身体を鍛えてるの? 魔族なんでしょ? 魔法を鍛えた方が効率が良いんじゃないの?」


 不思議に思って美咲が尋ねてみると、ディミディリアは目を細めて笑った。


「私は、魔法があまり得意じゃないのよ」


「……魔族なのに?」


 まさかの返答をされて、美咲は目を丸くする。

 牛面魔将ディミディリア。彼女は現在の魔族軍において、トップスリーの一角だ。魔王を頂点に、死霊魔将アズールと牛面魔将ディミディリアがトライアングルを描いている。

 魔将は他にも蜥蜴魔将ブランディールと美咲は名も知らぬ馬身魔将という魔将がいたが、蜥蜴魔将は美咲の手によって、馬身魔将はベルアニア第二王子エルディリヒトによって、それぞれ敗れている。


「魔族だから誰もが魔法使いとして一流になれるわけではないわ。もちろん私だって、魔族語が母国語である以上、それなりに使えはするけど。人間の枠でなら、十指の枠に入るでしょうね。でもそんな私の魔法も、魔族の中では中堅に過ぎない。そして頭打ちでもある。なら、身体を鍛えればいいっていう結論に至ったのよ」


 話を聞いていた美咲は、ディミディリアの剛毛に覆われた太い腕が、洗い布で石鹸を泡立てているのを見て、何故か呆気に取られてしまった。

 何というか、肉食獣が突然菜食主義に目覚めて肉食廃止キャンペーンを行い始めた瞬間を目撃してしまったかのような、違和感と場違い感を感じたのである。


「幸い魔族の中にも私の考えに賛同してくれた奴がいてね。まあ、あいつは私と違って、魔法と身体の両方に恵まれた奴なんけど。ほら、洗うわよ」


 石鹸の泡塗れになった布を手に、ディミディリアが美咲の背中に触った。


「んっ!?」


 ぐんっっと強い力が加わり、気を抜いていた美咲は風呂椅子から転げ落ちた。


「な、何するのよ! やっぱり隙をついて殺す気なの!?」


「ごめん、単純に手加減を間違えた。思っていた以上にひょろっこいのね。胸も薄いし。誰かに揉んでもらいなさいよ。もしかしたら大きくなるかもよ?」


「お、お、大きなお世話よ! これでも平均くらいはあるんだから!」


 セクハラ染みたディミディリアの言葉に、美咲は羞恥心で顔を赤くして胸を隠し立ち上がる。


「私ならともかく、ミーヤちゃんにこんなことしたらただじゃおかないんだから!」


「ミーヤには凄く優しかったよ?」


 美咲の前にディミディリアと背中の流し合いをしたミーヤが、きょとんとした顔で美咲を見上げる。

 子ども特有の単純さで、ひとまずこの場でディミディリアが美咲とミーヤに敵意を抱いていないと判断したミーヤは、あっさりディミディリアを怖がるのを止めていた。


「当然よ。子どもには細心の注意を払わなきゃならいことくらい知ってる。人族も魔族も、子どもの時分には大して差が無いし、手加減は心得てる。子どもはあまり好きじゃないけど、覚えたわ」


「……ミーヤのことも、好きじゃないの?」


「あら、ミーヤちゃんは別よ? 食べちゃいたいくらい」


「た、食べてもミーヤは美味しくないよ!?」


「冗談よぉ。確かに魔族の中には人族の肉を好む奴がいるけど、私に食人趣味は無いわ」


 慌てて美咲の背後に隠れるミーヤを見て、ディミディリアはケラケラと笑った。


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