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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:魔都への空旅4

 バルトは魔都に直接降りるのではなく、その近郊の平原に降りた。

 少し考えれば当然である。

 いくらバルトが魔族の一員として数えられているとはいっても、その巨体が直接魔都に降りれば起きるであろう混乱は測りきれない。

 騒動を避ける意味でも、懸命な判断と言える。

 軍人であるアレックスたちは一足先に魔都に入り、魔族軍や魔王に報告を上げ、何とか美咲の命を保障してもらおうと動いている。

 もっとも、アルルグとクアンタはアレックスの命令を命令違反で罰せられることを覚悟で拒否したので、美咲たちと同行して魔都へと向かうことになった。

 魔都へと歩きながら美咲は魔族の村で助けた女たちと雑談をしていた。


「それじゃあ、美咲さんは魔族軍への入隊を希望されるんですか?」


 隣を歩くカネリアが、驚いた表情で思わず開けてしまった自分の口に手を当てる。

 魔族は多種多様な種族が寄り集まった総称で、中でも魔族語を母語とする種族全体を魔族と呼ぶ。

 だから、人間であっても奴隷身分ではなく、魔族領で生まれ育ったならば、人族ではなく魔族として扱われる。

 他にも、様々な理由で人族のコミュニティにいられなくなったり、人族に見切りをつけた一部の人間が、魔族軍に投降して魔族軍の一員として功績を積み、魔族として帰化することもある。

 とはいえ、美咲が魔族に協力するのはあくまでブラフで、美咲の最終目的が元の世界への帰還である以上、魔王を殺すことは決定事項だ。

 魔族に協力するフリをしながら何気ない顔で魔王を殺す。美咲が行おうとしていることはつまりそういうことで、思い切り卑怯な闇討ちなのだけれど、美咲としては手段を選んでいられる状況でもないので仕方ないと思っている。

 何しろ、今日でもう二十七日。三日後には、死出の呪刻の期限が来てしまうのだ。

 もしかしたら、後三日の命かもしれない。

 そう考えると、正々堂々とか言っていられない美咲だった。


「一応ね。私は人間だし、蜥蜴魔将ブランディールを倒しちゃったから、受け入れられるかどうかは微妙だけど」


 今となっては、蜥蜴魔将ブランディールを倒したということが、魔王に近付くことを邪魔する足枷になってしまっている。

 でも、かといって後悔しているかといえば、美咲はそうでもなかった。

 あれは、美咲が弱虫な自分から卒業するための儀式でもあったと、今なら美咲自身そう思えるから。

 無知と弱さ故にルアンを置き去りにせざるを得なくなり、ルアンを失った。

 異世界人という美咲の強みを生かせず、逆にそれが仇となって蜥蜴魔将ブランディールに追いつかれて、美咲本人ではなく、同行していたルフィミアがそのツケを払う羽目になった。

 二人とも、進んで居残りその命を散らした。ルフィミアは一応生きていると言えるかもしれないけれど、あの時確かに死んだのだ。死霊魔将アズールによってアンデットとして蘇らされただけで、彼女が死んだ事実は覆せない。

 だからこそ、蜥蜴魔将ブランディールを見逃すという選択支はなかった。当時の彼はゴブリンの上位種であるゴブリンシャーマンのベルゼとゴブリンキングのライジ二人が率いるゴブリンの群れを傘下に収めていたから、ルフィミアだけでなく間接的にルアンの仇でもあったのだ。

 当時の美咲は、はっきりと魔族に対して敵意を抱いていた。この世界で得た知人や友人たちが、次々に魔族や魔族に協力する魔物たちに殺されていたのだから当然だ。

 ゴブリンの洞窟だけでもルアンだけでなく、ルフィミアを除く彼女のパーティメンバー全員が死亡したし、それ以外でも討伐作戦に参加した多くの冒険者たちが死んだ。

 そのほとんどが美咲が面識のなかった冒険者であったとしても、死者が出たという事実に変わりはない。

 それに、今だって魔族全体に対する思いはフラットでも、魔王そのものに対しては、憎しみに近い敵意を抱いていることを、美咲は自覚している。

 何せ、せっかく集まった仲間たちを、ミーヤ以外皆殺しにされたのだ。

 美咲自身、彼女たちが全員生き残るなんて思っていなかったけれど、せめてその死が有意義なものになることを願っていた。

 それが蓋を開けてみればどうだ。美咲とミーヤを逃がすために、時間を稼いで彼女たちは死んだ。

 結局、美咲は同じことを繰り返しただけだったのだ。

 敵対するだけではどうにもならないと、美咲は学んだし、混血の里で過ごした時間は得難く温かい記憶として残っている。例え最後に裏切られたとしても。

 それに、魔族たちだって悪い者たちばかりではない。そもそも悪人善人の基準を人間としての立場の価値観だけで決めるから、全員が敵に見えるのだ。

 偏見を捨てて一歩踏み込めば、魔族も人間と何一つ変わらず、美咲は仲良くなれた。

 まあ、一部はまだ心を開かせるのは難しい状態だけれども。


「大丈夫よ。私たち魔族って、結構実力主義的なところがあるし」


 村では村長の妻として、女性陣を取り纏めていたエリューナの言葉は、軍人ではないのにやたらと説得力がある。

 見た目が彫刻のようで、石像や陶磁といった無機物に近い質感の肌を持つエリューナは、その肌から抱かせる印象通り、あまり表情を変えない。

 その分声に感情が表れていて、楽しければ楽しそうに、悲しければ悲しそうに、声が弾んだり沈んだりする。

 言葉の発音も良くて聞いてて心地良いエリューナの声は、聞いてて安心感があった。

 本人に言わせたら、うっかり意図せず魔法が発動することがあって、それが玉に瑕なんだとか。

 発音が良過ぎるというのも考え物だ。


「そうそう。実際に牛面魔将閣下なんかは、魔族だけど元々魔族軍と敵対してた傭兵部隊出身だったのよ?」


 見た目が全く人間と変わらないメイラが、エリューナに便乗して美咲に話しかけた。

 翼族として命と同じくらい大切だった翼を捥がれたメイラは、人族にかなりの敵意を抱いているけれど、他の村人たちと一緒に美咲やミーヤに接しているうちに、二人に関しては徐々に態度を和らげつつある。

 美咲を嫌うアルルグとクアンタが一行の中で孤立気味になっているせいもあるだろう。

 メイラは内心を隠し、周囲に合わせて振舞う処世術にも長けている。

 もっとも、それはメイラが裏で美咲を嫌っているということを表すものではない。

 今メイラが美咲に抱く感情の中で、一番大きいのは美咲に対する興味だ。美咲が他の人間とどう違うのか、メイラは見極めたいと思っている。


「ねえねえ、ミーヤも魔族軍に入れるかな?」


 とんでもないことをミーヤが言い出した。

 自分はともかく、ミーヤまで巻き込むことを良しとしない美咲は、反対しようとして思い止まる。

 反対してどうなるのだ。

 ここは魔都だ。ミーヤだって魔族軍に入らなければ、ちゃんとした身分すら保証されない。最悪隷従の首輪を嵌められて奴隷に落とされるかもしれない。

 そもそもミーヤだって危険を承知で着いてきたのだ。

 全ては美咲の力になるために。

 そのことを美咲も知っている。

 喉元まで出掛かっていた言葉を、美咲は飲み込んだ。

 こんな小さな子に、美咲は支えられている。

 情けないことだけれど、事実だ。


「ミーヤちゃんも入りたいの?」


 感極まった美咲何も言えないでいると、マリルが中腰になってミーヤに視線を合わせる。

 童話の人魚姫のように、本来なら下半身が魚の姿をしているマリルは、陸上では人間の足に変化させている。鰓もない。

 これは魔法ではなくマリルの種族が持つ能力で、美咲が触れても解除されることはない。

 ちなみに陸上でも呼吸が出来るのは、元の世界の肺魚と同じ理屈らしい。鰓呼吸、肺呼吸、皮膚呼吸を駆使してマリルは生きている。

 マリルは懇切丁寧に原理を教えてくれたけれど、あいにく美咲はよく理解出来なかった。

 ただ分かることは、マリルの身体はいつもしっとりと濡れているということだ。

 髪も乾燥しきることはなく、いつも生乾きくらいの状態らしい。

 細菌とか繁殖しそうだと思うが、マリルの髪は普通に磯の香りに混じって良い匂いがした。


「うん! お姉ちゃんの行く道が、ミーヤの行く道だから。最後まで一緒についていくの!」


 ミーヤの返答は健気だった。

 聞いていた美咲が思わず感極まって泣きそうになるくらいだった。

 出会って今まで、美咲はミーヤの存在に何度も元気付けられてきたが、今回は一番だった。

 頑張ろうと思う。ミーヤが寄せてくれる信頼に、美咲は応えたい。


「良い子ね。ほら、高い高いしてあげる」


 ミトナが六本腕でミーヤを持ち上げ、頭上でクルクルと転がす。

 普通の人間では到底出来ないあやし方に、ミーヤは目を丸くして、その後喜んだ。


「きゃっきゃ。……はっ! もー! 子ども扱いしないでよ!」


 そして我に返って怒り出すまでがミーヤである。

 可愛い。

 そんなミトナをルゥが羨ましげに見ていた。


「私も……ミーヤちゃんのこと高い高いしたい……」


 ルゥは大概される側だ。

 その理由は比較的一同の中でルゥが年下なのはもちろん、ルゥが殻入り娘だからである。

 殻に篭ってしまえば、いくら殻が大きめとはいっても魔法で腕力を強化すれば抱えるのは簡単だ。

 魔法を使わなくても、鍛えている人間なら素の力だけで抱え上げられるかもしれない。

 半身を出した状態ならそれなりに大きさがあるけれども、脚に比べると殻の部分でやはり背が小さくなり、子どもみたいに見られる。

 実際ルゥの性格は甘えたがりで十分子どもっぽい。ミーヤとはまた違う種類の子どもっぽさだ。

 ミーヤが子ども特有の落ち着きの無さからくる子どもっぽさなら、ルゥは甘えたがりで親離れをしたがらないが故の子どもっぽさである。

 この場合の親とは保護者であり、守ってくれる人と同義で、この場合何故か美咲がその対象にロックオンされていた。

 まあルゥにしてみれば、本来の両親は村が襲われた時に死んでしまっているし、ルゥ自身も捕らえられて酷い目に遭わされた。

 そんな境遇から助け出してくれたのが美咲だ。

 人間だとしても、美咲は魔族に対して優しい。ルゥが懐くのも当然といえよう。

 しばらく歩き続けた先に、魔都の城壁が見えてくる。

 上空に侵入防止の結界が張っているのが、目視でも分かった。

 目に見えるとは、相当強固な結界のようだ。

 まず間違いなく基点式の結界だろうから、美咲がうっかり解除してしまうようなことはないだろう。


(あれが、魔都。ついに辿り着いたんだ……)


 美咲はごくりと息を飲む。

 この街に、魔王の居城がある。


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