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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:魔都への空旅3

 それからはバルトで飛んで距離を稼いだ。

 ドラゴンといえば、巨体なのに高スピードでかっ飛んでいくイメージがあるが、バルトの飛行はそれに近い。

 物理的に物凄くおかしい気が美咲はするけれども、実際に飛んでいるのだから仕方ない。

 魔法を併用しているとかならまだ分かる。

 しかし待って欲しい。

 美咲は魔法無効化能力の持ち主である。

 つまり、本当に魔法の補助があって初めて飛べているのだとしたら、美咲が乗り込んでいる状態で飛べるわけがないということだ。


(きっと、バルトの身体にはジェット噴射機能とか反重力発生器官とかがついてるんだわ)


 アレックスなどの魔族たちに聞いてみてもいいが、「え? ドラゴンは空を飛ぶものだろ?」みたいな感じで美咲は自分が言いたいことが一ミリも伝わらない気がした。

 魔物でも、魔族でも、結構ポンポン空を飛べてしまう。

 魔族は魔法があるからある程度は説明がつくものの、元々翼を持っていたりして自前の能力だけで飛べる魔族もいる。虫娘のニーナとか、翼が捥がれてしまっているけれど、翼族のメイラもそうだ。彼女たちが飛べる原理が美咲には分からない。

 もちろん魔法だって飛行の補助として使っているとはいえ、補助はあくまで補助だ。ただ飛ぶだけなら必要ない。

 不思議なのは魔族だけではない。魔物だってそうだ。

 よく考えたら、ベウ子たちベウだって、巨大化した蜂の身体で素早く飛べるはずがないのに飛んでいる。美咲が近くにいても飛んでいる。触っても「そんなの知らないわ!」とばかりに飛んでいる。

 おそらくまだ解明されていない秘密が隠れているのだろう。ドラゴンだって同じだ。

 そしてそれらの不思議は、魔法という摩訶不思議で便利な力の存在によって、不思議のまま捨て置かれる。

 簡単に自分たちが使える便利な技術があれば、そちらに流れるのは当然だ。

 こういう魔法とは関係がない学問は、元々魔法を持たない人族の方が進んでいるだろう。魔法がある以上、この分野では魔族は出遅れていると見ていい。

 しかし、人族も魔族から魔族語を盗み出して独自に魔法の研究を始めているから、未来にはやはり魔族と同じように魔法の方が優先されていく可能性が高い。人族という種がこの先も残っていればの話だけれど。


「ところで、このままこのペースで飛んだ場合、どのくらいで魔都に着くんですか!?」


 大声を張り上げ、美咲はアレックスに尋ねた。

 別に怒っているとか、そういうわけではない。単に、バルトが空を飛ぶことで発生する風の音でかき消されてしまい、大声でないと届かないのだ。

 当然、風を防ぐものもバルトの身体くらいだから、寒い。

 これが毛皮でも生えていたらまだ違っていたのだろうけれど、生憎バルトはつるつるでとても強固な硬さを誇る竜の鱗で覆われている。この鱗は竜の鱗の中でも古竜の鱗と別名で呼び表されるほどの貴重品で、その名の通り古竜からしか取れない特別な鱗だ。

 そして古竜の討伐など、この世界の歴史を引っ繰り返しても一度あるか無いかなので、自然に剥がれ落ちたのを偶然拾うか、古竜本人の好意で譲り受けるしかない。

 自然死した死体を見つけるという手段も無いわけではないが、そんなものに巡り合う可能性は無いに等しい。

 猛烈な風で寒いバルトの背であるが、幸い耐えられないほどではないのが救いだ。

 その秘密はバルトの体温であり、飛んでいる間はバルトの体温が一時的に上昇し身体から熱気が放射され寒さを和らげてくれる。

 本来ならそれに加えて魔法で結界を張って完全に風を遮断するのだけれど、その手は魔法を無効化してしまう美咲がいるので使えない。

 変温動物のくせして器用なことをする、というのがバルトの背に乗った美咲の感想であるが、何せドラゴンだ。元の世界には存在しない幻想の動物に、元の世界の常識が当て嵌まるかどうかは未知数である。

 超高温のブレスから極寒のブレスまで器用に吐き分けるバルトであるから、体内に熱を操作する謎の器官があっても美咲は驚かない。

 もちろんただの爬虫類とは違い、超高温でも極寒でも適応するだけの身体の仕組みだってある。でないとブレスを吐いただけで口内が自分が吐いたブレスで傷付いてしまうからだ。


「そうだな、何も無ければ今日中に着けるはずだ!」


 叫んだ美咲以上の大きさの声が、アレックスから返ってくる。

 さすがに鍛えている本職の軍人は肺活量が違う。魔族の軍人でこれなのだから、人族の軍人はその気になればもっと大音量が出せるだろう。それが強さに結びつくかどうかは別として。


「美咲ちゃーん、美咲ちゃーん。寒いから身体を寄せようよ!」


 笑顔のニーナが鱗に掴まりながら、器用に美咲の隣ににじり寄ってくる。

 バルトの鱗は一つ一つが硬く、掴んでもびくともしないので、手をかけやすくちょうど良い移動用の足場となっている。


「そんな余裕があるように見えますか!?」


 美咲としては、飛ばされないようにしがみ付くので手一杯で、正直動く余裕がない。

 ミーヤの腕力では耐えられるわけがないので、命綱をつけた状態で、美咲の懐に潜り込んで美咲に押さえてもらっているほどだ。

 もちろん美咲も同じように命綱をつけており、万が一飛ばされてもそのまま地面に墜落というのは免れるけれども、肝心の命綱はバルトの足に結ばれている。

 つまり、うっかり鱗から手を離してバルトの背から落ちてしまうと、バルトの足の下で宙吊り状態に陥ることになる。

 ただでさえ今の状態で快適な空の旅とは呼べないのに、そんなことになれば快適どころか地獄のような空の旅に変貌してしまう。

 それだけは避けたい。


「うっかり落ちるんじゃないわよ! ニーナはともかく、美咲はちょっと心配だわ!」


 ニーナや美咲と同じようにバルトの背にしがみ付いているエウートが怒鳴る。

 同じ軍人、それも同じ隊に所属しているので、エウートはニーナのことについては良く知っているから、彼女に関しては何の心配もしていない。仮に振り落とされることがあっても、自分で何とかするだろう。

 まあ、バルトほど速く飛べるはずがないし、飛べるといってもバルトと同じ高度を保てるかも微妙なので、こちらから迎えに行かなければならないだろうが。

 美咲が蜥蜴魔将ブランディールを倒したことは、エウートだってもう知っている。

 だから美咲が弱くはないということは、エウートも理屈として分かっているが、どうにも美咲は見る者をハラハラさせ、心配にさせる才能に恵まれているらしかった。美咲本人にとっては、全く嬉しくない才能だ。

 今だって、バルトの鱗にかけた手がぷるぷると震えている。鱗を掴んでいる指先や爪先も真っ白になっており、そうなるだけの力が篭められているのを、エウートは見透かしている。

 バルトと自分の間にミーヤを潜り込ませているから美咲はへっぴり腰になっていて、姿勢も長時間耐えるのには向いていない。

 エウート自身はバルトの背から弾き飛ばされないように強化魔法で指の力を強化しているし、自分の周りに小規模の結界を張って、美咲に無効化されないよう気をつけて暴風対策をしている。

 バルトに同上している魔族たちは全員それをしているので、美咲には近付けない。間違って美咲に無効化されないように、ある程度距離を取っているのだ。そして彼ら彼女らが個別に風を防いでいるお陰でその中なら小声での会話が可能であっても、全体の風が声を掻き消してしまい美咲が聞き取れないので、大声が必要になるわけである。

 当然であるが、飛べるといってもそれは最後の手段に近いので、ニーナもエウートも命綱着用である。というか二人に限らず、バルトの背に乗る際には全員が命綱着用である。

 いくら魔法でどうにかできる可能性があるとはいっても、吹き飛ばされてすぐ行動できるかどうかは別の話だ。

 パニックになって魔法を使うという手段が頭から抜け落ちてしまうかもしれないし、そもそも風で声がかき消されて魔法が発動しないかもしれない。

 そんな心配もあり、全員が命綱着用である。ミーヤのペットたちであってもだ。

 そして、命綱があって良かったと心底思っている魔族が一人居る。


(思っていた以上に踏ん張れないわね。慣れているから気にしたことが無かったけど、足がないのは不便だわ)


 背中ではなく、バルトの足にしがみ付いているルカーディアが、己の情けなさにため息をつく。

 始めのうちは、皆と同じように背中に居たのだ。それも欲を出して、遠い位置から美咲の近くへとじりじりとにじり寄っていた。

 強化魔法を使っているとはいえ、足がなくて下半身の踏ん張りがまるで利かないルカーディアは、文字通り指の力だけでバルトの背にしがみ付いており、下半身の蛇体は既にバルトから離れて宙を舞い、ルカーディア自身もいつ飛ばされてもおかしくない状態だった。

 そして欲をかいたルカーディアは美咲に近付き過ぎて強化魔法を解除されて風に吹き飛ばされ、命綱で九死に一生を得てバルトの足にしがみ付いて今に至るのである。


(今の私、最高に格好悪いわ……!)


 蛇体をしっかりとバルトの足に巻きつかせて体を固定し、さらに腕でもしがみ付いてだいしゅきホールドを完成させたルカーディアは、美咲の目から自分がどう見えていたかを想像してため息をつく。

 何しろ、美咲にしてみれば、ルカーディアが強張った笑顔で息を荒げて近寄ってきたかと思うと吹っ飛んで消えてしまったように見えるのである。色んな意味で心配されるに決まっている。

 美咲に心配してもらえるのはルカーディアだって嬉しいが、「頭、大丈夫?」的な心配のされ方は、最近美咲に好意を抱くようになったルカーディアといえども不本意だし、自らが晒した醜態を思い出すだけで恥ずかしさで所構わず毒牙を打ち込みたくなってしまう。

 本来、ルカーディアは妖艶な魅力を撒き散らし、男を魅了して手玉に取ってその精気と肉を喰らうことを好む、魔族の中でもかなり血の気が多く攻撃的な種だ。

 ルカーディアも他のラミア種同様に色気ムンムンで劣情を引き起こす性的魅力に溢れ、夫も自らの肉体に溺れさせていた。

 ただ唯一ルカーディアが他のラミア種と違ったのは、根が純情だったことである。

 通常のラミア種は気が多く、夫が居ても他の男をつまみ食いするのが普通だ。それは彼女たちの性欲に食欲が付随するからで、適度につまみ食いさせておかないと、夫自身が食べられてしまうのだ。性欲的な意味だけでなく、食欲的な意味でも。

 しかしルカーディアはその食欲が極端に少なく、他の男に目移りさせる必要が無かったので、情深く夫を愛し、情の深さ故に夫を殺されて人族を憎んだ。

 そしてその憎しみが美咲に対する好意に変わった今、ルカーディアが考えるのはいかにどうやって嫌がられず同意の上で美咲とにゃんにゃんするかである。

 同性であるとか、異種族同士であるとかそういう問題は、ルカーディアの中では何の歯止めにもなりはしない。ラミア種は多情故、女同士でも絡み合うことの多い種だ。よってルカーディアも同性であるという事実は自らを押し留める理由にはならず、後先考えず行動に走らせた。

 ニーナが気安く美咲に近付いてあまつさえ会話していて羨ましい妬ましい。自分もやりたい。やってしまえ! とばかりに、暴走したのである。

 だが現実は非情で、すぐにルカーディアは思い知った。下半身が蛇な自分の身体では、バルトの上で移動するなど、始めから無理だったのだということを。

 すぐに崖から落ちそうになって辛うじて腕だけでしがみ付いている登山家みたくなったルカーディアは、己の失敗を悟りつつも、美咲に近付けるという誘惑を振り払えず、頭に鳴り響く警鐘を無視した結果として、美咲に強張った笑顔で近付く図になったというわけである。


(バカバカバカ私のバカバカ絶対ドン引きしてたわよアレ!)


 見た目妖艶で大人姿の美女がえぐえぐ泣きながら、恥ずかしさと後悔のあまりバルトの足にごんごん頭突きをかましているのは滑稽を通り越してコミカルで大変可愛らしかったのだが、生憎美咲がその状態のルカーディアを見ていないので何の意味もなかった。

 ちなみに、自分の足に伝わる小さな衝撃に、バルトがとても嫌そうな顔をしていた。


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