二十七日目:魔都への空旅2
無事に合流できたので、これで延々歩いて移動する必要は無くなった。
バルトがいれば、空を飛んで自由に移動できる。
だが、少々人数が多いかもしれない。
ペットたちを含めないとしても、美咲、ミーヤ、アレックス、ニーナ、エウート、ルカーディア、アルルグ、クアンタ、カネリア、エリューナ、メイラ、マリル、ミトラ、ルゥと合計十四人もいる。
人間なのは美咲とミーヤだけで、後は虎顔だったり、頭に触覚が生えて複眼の目が本来の目とは別についていたり、狐耳と狐尻尾を自前で持っていて秋葉原にいそうなコスプレ獣人みたいだったり、下半身が蛇で髪も蛇で顔にも蛇の特徴が滲み出ていたり、魚のものに似た鱗持ちで手足の先が水かきのようになっていたり、実体があっても常に体が揺らめいている気体に近い身体だったり、羊角羊毛髪さらに手の平足の裏が蹄だったり、全身石像みたいだったり、翼を捥がれたエンジェル的な翼族だったり、長髪ワカメ髪な人魚だったり、手が六本ある阿修羅なオリエントだったり、貝殻に篭った箱入り娘ならぬ殻入り娘だったりする。
合計十四人。セザリーたちが居た時よりは少ないけれど、それでも多い。いくらバルトといえども、一度に運ぶのは無理かもしれない。
「イヤ、ソウデモナイゾ」
「そうなの?」
最悪何回かに分けて運んでもらうことを考えていた美咲は、バルトの言葉に思わず聞き返す。
驚いたが、これは嬉しい誤算だ。
「すぺーす自体ハアルカラナ。怪我サエシテイナケレバ、コノ人数デモ飛ベル」
竜だからか、どこか聞き取り辛い魔族語でバルトは喋る。
何でも、綺麗な発音もできるけれど、声帯の違いの問題でこちらの方が楽らしい。
「はわわわ、こっち見てます」
たまたま首を廻らせたバルトと視線が合って、カネリアがペタンと尻餅をつく。
魔族とはいえ、やはり竜は恐怖の対象なのだ。
特にバルトは竜の中でも古に生きた時代の竜、古竜である。
同じ古竜の中では若い方だとはいえ、そもそも古竜自体の数が片手で済むほどでしかないし、生きた年代が違い過ぎて正直五十歩百歩である。
「見上げるほどに大きいわね……あそこも大きいのかしら?」
興味深げにバルトの下に潜り込み、股間を覗き込もうとするエリューナは少々知的好奇心が強過ぎるようだ。
全く恥ずかしがりもしない辺り、天然な気配も窺える。
あるいは、魔族の尺度で見ても形や大きさが違い過ぎて、同じ性の対象として見れないのかもしれない。
元の世界の尺度を当て嵌めるなら、猫やライオンの股間を確認したくなる心理が近いのだろうか。
どんな心理だ。
「オイ、ヤメロ」
思い切りバルトがドン引いている。
「古竜捕まえて何やってるのよ……。調べるなら他にいくらでも場所があるでしょうに」
呆れた表情を浮かべ、メイラがエリューナを制止する。
「でも気にならない?」
「うっ」
振り返ったエリューナの問いに、メイラは口篭った。
図星だったからである。
メイラとて年頃の乙女。例え竜であっても、殿方の股間に思わず目が行ってしまうことくらいある。
特に今はエリューナの言動で余計に意識してしまっているから。
「ま、まあ、知的好奇心は持ってて損は無いと思いますよ」
マリルがエリューナをフォローするものの、その選択はさらにエリューナを天然に走らせるだけである。
「二人とも余裕ですね……。至近距離で目が合っちゃって、吃驚して腰が」
バルトの下に潜り込んでいるエリューナと、それを引きずり出そうとしているメイラを見て、カネリアが尊敬の目を向ける。
「オマエハオマエデ驚キ過ギダ」
「すみません、ドラゴンさん」
カネリアは苦笑して謝った。
どうやらいきなり腰を抜かされたのはバルトにとって密かなショックだったらしい。
意外に繊細だ。
「実は、古竜に乗るのは初めてなんだ。年甲斐もなくワクワクしているよ」
ミトナが六本腕の指をわきわきと動かしていて、指の数が多過ぎて地味に気持ち悪かった。
まあ、そう思っても口にするほどデリカシーの無い奴はこの場には居ない。
ただ、発言の別の部分をつつく者はいる。
端的に言えば、狐耳狐尻尾な狐娘のエウートである。
「実はも何も、古竜に乗ったことのある人なんてほとんどいないと思うわよ? それこそ蜥蜴将軍くらいじゃない?」
出会ったばかりでありながら、エウートはミトナに対しても臆せず話しかけた。
それは彼女の活発で気の強い性格もあるけれど、魔族特有の身分や上下関係に囚われない距離の近さが理由として存在する。
もちろん魔族の王として魔王が君臨しているし、魔王に敬意を払っている魔族がほとんどだけれど、その魔王とて、腹心の者たちとは人族の王と家臣以上に距離が近い。
人族との違いはそれだけではない。
魔族には魔法があるため、人族のような、戦闘員と非戦闘員の区別が明確には存在しないのだ。
軍人と一般人の違いはせいぜい近接戦闘の訓練を積んでいるか、行軍訓練を積んでいるの違いしか無く、少なくとも戦闘面においては魔法の腕の差というものはない。
魔族領に住む魔族は軍人だろうが一般人だろうが、教養として魔族語の習得が義務付けられているし、一般人でも魔族語教師、つまり魔法の教導免許を取ることができる。
無論魔族といえども簡単に取れるような免許ではないものの、軍人でなければ取れないというものではなく、魔族語の知識とコミュニケーション能力さえあれば軍人でなくとも取るのは実力的に十分可能だ。
「……私、落ちそう」
一番背が低いルゥは背の高さがバルトの足首にすら達していないため、視点が低過ぎて下から見上げる形になって、バルトは下半身しか見えない。
背が低いとはいっても身体の構造上の問題で、背の高さ自体は同年代の魔族と比べてそう劣るわけではないが、何分彼女は基本的に殻に篭っているため直立ができない。
移動は腕か魔法を使って行い、殻から身を出す時もせいぜい腰の部分までで、足は絶対に出さない。
というか足自体が貝殻の中に身体を固定するための器官を兼ねていて足の形を保ちながら軟体になっており、貝殻から出ても一人ではろくに歩けない。
「確かに、体の大部分が貝殻に隠れてるしな」
虎顔のアレックスに顔を近付けられたルゥは、「ぴゃあ」と可愛らしい悲鳴を上げて貝殻に引っ込み、蓋を閉じて身を隠した。
隠れるその姿は美咲の元の世界のサザエを彷彿とさせる。
ルゥに興味を持ったのか、ニーナが蓋をつんつんと指でつついた。
「分隊長、あの子の種って貝殻の防御力は物凄く高いんでしたっけ?」
指でつつかれる度に、蓋の向こうから「ひゃあ!」だとか「ぴゃ!」だとかルゥの可愛い悲鳴が聞こえてくる。
「ああ、そうだ」
答えるアレックスの横で、ニーナがおもちゃを見つけた子どもみたいな顔になってつんつんルゥの殻の蓋をつつきまくっている。
「でも、その代わり物凄く非力なのよ。古竜に乗せたら多分落ちるんじゃない? ていうかニーナ、あんたいつまでやってんのよ」
アレックスとニーナの会話に加わったエウートが、さすがに無視できなくなってニーナを諌める。
「や、何か反応が面白くてつい」
「(ぶるぶるぶるぶる)」
ついにルゥはマナーモードルゥと化した。
気が弱く、身体の作りこそ違う部分があるものの顔立ちも人間に極めてよく似ていて美少女といっていい容姿で、魔法を使わなければ手足を縛られていた時の美咲以上に動きがとろいルゥは、ようやくつつくのを止めたニーナから貝殻ごところころ転がって距離を取った。
魔法で貝殻をバウンドさせてなおも距離を稼ぎ、美咲のところまで行く。
「ん? どうしたの?」
「(ひしっ)」
ルゥに気付いて振り向いた美咲にバウンドし、前から上半身に飛びついてしっかりと美咲の肩に腕を絡めた。
「おっとと」
結構な勢いでも、美咲は吹き飛ばされることなくルゥを受け止め、殻ごとルゥを抱っこするように抱き、静かに地面に下ろす。
さすがに抱いたままでいるには重過ぎる。
女の子だし、ルゥ本人に言うつもりはないけれども。
アレックス、ニーナ、エウートのところには、逃げたルゥの代わりに、話を聞いていたバルトが口を挟んでいた。
「ナラ、俺ガ足で掴ンデ運ベバイイ。シッカリ爪デ引っ掛ケテオケバ落チンダロウ」
「それはいい考えね!」
ルカーディアがぽんと手を叩いて、意味深な笑みでルゥを見る。
単にルカーディアはルゥの貝殻を見ていただけなのだが、美人とはいえ顔が蛇に似ているルカーディアがルゥを見つめていると、捕食者が獲物を見ているような目にしか見えない。
「……どさくさに紛れてあのマリルって子とお近づきになれないかな……」
「惚れたか」
まだ美咲に対して心を開いていないアルルグとクアンタは、どこか居心地悪そうにしながら、二人きりで会話をしている。
「違う! 近縁種だから気になるだけだ」
下半身が魚で耳が鰭のようであり、海草のように波打つ黒に限りなく近い深い緑の長い髪を持つマリルと、体つきは基本的に人間と同じで、肌の所々が魚の鱗に覆われ、手足の指の間に水かきを持ち、魚の鱗を思わせる銀色の短髪のアルルグは、こう見えて魔族の中でも種が近い。
同じ水中適応種で、陸でも活動できる二人だったが、悲しいことにアルルグほどマリルの方は気にしていなかった。
というより、マリルの方は近縁種であるアルルグよりも、一度は同じ境遇になった女性陣の方に気を許していて、自分たちを助けた美咲に対しても、人族であることを承知で信頼を置いている。
それがまたアルルグの美咲に対する態度を頑なにしている。
一度はアルルグの視線に気付いたマルルだったが、ふいと目を逸らして笑顔で美咲に話しかけに行った。
さすがに哀れに思い、クアンタは話題を逸らしてアルルグの意識を別の方向に向けようと試みる。
幸い、嫌でも目立つバルトがいるので、話題の種には事欠かない。
「騎乗するという意味では俺がいる分多く乗れるぞ」
「実体化してても滅茶苦茶軽いもんな、お前」
クアンタの思惑を承知で話に乗り、アルルグはため息をついた。