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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:合流4

 ただ声を出さずに笑うという動作だけでも、巨体を持つバルトは外界に影響を与え、鼻息が突風となってアルルグとクアンタの二人に吹き付ける。

 海草のように波打つアルルグの髪が揺れ、クアンタの気体化している身体がそれだけで吹き飛びそうになる。

 クアンタは物理攻撃を自分の身体の特徴によって擦り抜け、無効化することができるので、人族相手ならば滅法強い。

 しかしそのクアンタもドラゴンが相手では相性が悪く、しかもそれが通常のドラゴンよりも強大な力を持つ古竜種では、無力だ。


「魔族としての自覚が無いのですか……。それほどの力を持ちながら!」


 生きた年数自体は、クアンタは平凡だ。

 魔族兵である虫娘ニーナや魚鱗少年アルルグ、元村人の羊角娘カネリアたちよりは年上なものの、分隊の中では最高年齢である石像元人妻エリューナにしてみればまだまだ若造でしかないし、上司である虎男アレックスにも年下の部下として扱われている。

 しかし軍人としてならばそれなりにキャリアがあり、幼い頃から少年兵として戦ってきた分、自負もプライドも強さに対する渇望も人一倍持っている。

 故に、そんなクアンタ自身でさえ歯牙にもかけない実力を持つバルトが、個人主義を全面に押し出して勝手な行動を取っているのが、クアンタには気に入らない。

 そもそもバルトは魔族ではなく竜族で、魔族が一方的に竜族を魔族の括りに入れているだけだという事実は無視されている。

 実力で竜族を上回る魔王の存在が、竜族の不満を押さえつけていたという事実もある。


「オ前タチガ俺ヲ魔族ト定メタカラトイッテ、俺自身ガ受ケ入レルカドウカハ別ノ話ダ。今モ人間ニ従ッテイルノデハナイ。美咲トソノがきヲ気ニ入リ、友人トシテ手ヲ貸シテヤッテイルノダ」


 シリアスな話についていけずに頭に無数のハテナマークを飛ばしながらやり取りを見ていたミーヤが、バルトのセリフの一部に敏感に反応した。

 有体に言えば、空気が読めていない。


「バルトなんてこというの! ミーヤもう子どもじゃないよ!」


「五月蝿イ黙レ。話ノ腰ヲ折ルナ」


「うきゃー!」


 素気無くあしらわれたミーヤが怒ってバルトにとてとてと走っていき、身体相応に巨大な足を両手でぽこぽこ叩き始める。

 もちろんバルトにとってはくすぐったいくらいでしかなく、逆にミーヤの方が手が痛くなって足で蹴ることに変更し、今度は足が痛くなって足を抱えて飛び跳ねている。

 色んな意味で慌てた美咲が走っていって、痛がるミーヤを引き摺っていった。

 そして美咲の背中には、ひしと貝娘のルゥが笑顔でしがみ付いている。

 まるでコントだ。


「フン。面白イがきダロウ。オ陰デ奴ノ死ヲ悲シム暇モナイ」


 ベソを搔きながら美咲に慰められているミーヤを見て、バルトは堪えきれずに笑った。

 毒気を抜かれたアルルグとクアンタが、何ともいえない面持ちで美咲とミーヤを見つめる。

 二人にとって憎い人族である少女と幼女は、こんな状態でも、本当の姉妹のように仲が良く、魔族に対しても態度が変わらない。

 恐る恐るニーナとカネリアが美咲とミーヤに近付いていき、たちまち和気藹々とし始めた。

 得に美咲に対して懐いているニーナと、元々人懐っこい性格であるカネリアは、すぐにミーヤに対しても打ち解けた。

 ニーナやカネリアと同年代であるアルルグは、一瞬彼女たちの中に自分も混ざりたいと考えて、慌ててその願望を打ち消した。

 人間は敵だ。そして人間と仲良くしている魔族は裏切り者だ。

 それは大多数の魔族の常識で、アルルグとクアンタを今なお縛っている。

 しかし、上司である分隊長のアレックス自体が、美咲に対して嫌悪の念を見せていない時点で、この場ではアルルグとクアンタの反応自体が、少数派になってしまっていた。


「そういえば、美咲にはまだ紹介していなかったな。おい、お前たち、いい加減に自己紹介くらいしろ」


「私からもお願いするわ。あなたたちと同じように拒否してた私が言える義理じゃないけど、良い子よ、この子」


 互いに人間を憎み、人間である美咲を嫌い、その感情を共有してある種の連帯感を抱いていた相手であるルカーディアまでもが、美咲に対する態度を変えてしまった。

 ニーナや貝娘ルゥのようにベタベタしているわけではないものの、ルカーディアが美咲に向ける目は優しい。


「……人間は、信用できないっス」


 普段はお調子もので、虫娘のニーナと一緒に分隊のムードメーカーだった魚鱗のアルルグは、美咲の護送の間ずっと普段の態度は形を潜めており、表情が暗い。

 アルルグ自身は人族に直接被害を被っているわけではなく、両親も健在なのだが、彼の場合回りの魔族の人族嫌いが酷過ぎて悪影響を受けている。

 感受性が高く、見聞きした出来事をまるで自分のことのように感じてしまうのだ。

 そしてもう一人、クアンタの方は両親が北部戦線で戦死している。

 アレックスやミルデと同じような状態で、クアンタの場合はさらに友人の両親まで軒並み戦死している。

 クアンタの友人たちも何人かは魔族軍に所属しており、残りの友人たちは魔都のスラムで暮らしている。

 別に両親を失った結果貧乏になってスラムに移り住んだのではなく、最初からスラム出身なだけだ。

 この分隊の魔族軍兵士のうち、スラム出身なのはクアンタだけだった。


「ゾルノ副長たちのことも、そいつがわざと見捨てたんじゃないのか」


 キッと厳しい眼差しで、クアンタは美咲を睨んだ。

 美咲を睨むクアンタの目は、憎しみに満ちている。

 真っ向から、美咲はクアンタの目を見つめ返した。

 魔族が人間を憎む理由は知っているし、実際にその原因の一端となっているであろう出来事を、美咲は見た。

 だから美咲はアルルグとクアンタに憎むなとは言えないし、言うつもりもない。

 けれど、今後のことを考えると、分隊員の中に美咲を憎む人員がいるのはちょっとまずい。

 魔都に着いた後、美咲の処刑を主張されるかもしれない。

 他の人たちは処遇について減刑を願い出てくれることを美咲も期待しているものの、不確定要素が多いため当てにはできない。

 よって、魔都に着いたら中に入る前にミーヤと一緒に逃げて、魔族に変装し何食わぬ顔で改めて侵入する必要がある。

 当然、美咲たちを逃がしてしまったらアレックスたちは処罰を免れないだろう。

 完全に自己満足であるが、美咲はアレックスにだけは事前に自分が脱走しようとすることを伝えようと思っている。

 アレックスたちは立場があるから、美咲とミーヤの逃走を妨害しようとするはずだ。

 その上で成功させる。

 捕まったらその時はその時で、プランBに移行すればいい。アレックスと交渉して美咲が自力で拘束を解く余地を残してもらい、ギリギリまで魔王が来るのを待つ。

 手の届く距離に魔王が来るならば仕掛け、来ないのならミーヤに別の場所で騒ぎを起こしてもらい、その隙に戒めを解いて美咲自ら魔王を探しに行く。

 これは、捕縛令が出ているのが、蜥蜴魔将ブランディールを殺した美咲だけで、ミーヤはまだ存在自体が把握されていないためにできることだ。

 もちろんアレックス分隊には知られているものの、口止めをするのは難しくないだろう。美咲を憎むアルルグとクアンタ以外は。

 つまり、やはり美咲は今後のためにも、早急にアルルグとクアンタから信頼を得なければいけないわけで。


「それは違うよ。ゾルノ副長が助けに来たこと自体、美咲は知らなかったもん」


 クアンタの決め付けを、同じ魔族兵であるニーナが否定する。

 触覚とか、複眼とか、虫の特徴が身体の所々に出ているニーナであるけれども、容姿自体は可愛い。

 手足の形は人間に近く、同時に虫の特徴も出ていて、身体の要所要所が硬い甲殻に覆われていて、自前の防具を装着しているようになっている。

 剥き出しなのは関節を除けば胸と腹のみで、そういうところも虫に似ている。

 しかし身体に虫の特徴が出ているとはいっても、ニーナ自身は虫型魔物を普通に食べる。

 共食いみたいに思う意識は無いらしい。

 人間が猿を食べるようなものだと考えると、美咲はちょっと首を捻ってしまうのだけれど、もしかしたらこの世界でも人間は猿型魔物を食べるのかもしれない。

 美咲はまだ魔物の肉のどれが食用に向いていて、どれが向いていないのか知らないのだ。

 一応、アリシャがゲオルベルの肉を冒険者ギルドに売り払った場面を見ているので、ゲオルベルが食べられることは知っている。

 あとペリトンの肉は美味しい。

 元の世界では兎の肉は少なくとも日本では普通のスーパーではあまり見た記憶は無かったが、兎型魔物であるペリトンは普通に美味だった。

 だからといってペリ丸を食べたいとは思わないが。


「知らん振りしてただけかもしれないっスよ」


 クアンタに変わり、アルルグがニーナに反論をする。

 ため息をついて今度はエウートが話に加わった。


「こいつの演技ド下手だから、そんなことしてたらすぐ分かるわよ」


 頭をポンポンと叩かれ、美咲は微妙な気分になる。


(私、そんなに演技下手かな……。以前魔族軍兵士に変装した時とか、割と上手くいってたと思うんだけどな)


 エウートに直接変装を見せたことは無いはずなので、今度見せてみようと美咲は密かに決意した。

 割とどうでもいい決意である。


「少なくとも、美咲個人は信が置けるわよ。人間にしておくには勿体ないくらい。ねえ美咲、今からでも遅くないわ。魔族軍に来ない?」


 魔族の村での一件を境に態度を百八十度豹変させたルカーディアが、信頼に満ちた笑顔で美咲をあろうことか魔王軍に勧誘し始める。


「えっ」


 魔族が他種族の集合体で、人間でも働き次第で魔族の一員として認められる。

 美咲も当然その知識を持っていた。

 ルカーディアが心を開いてくれたことは知っていたし、嬉しいとも思っていたけれども、まさか魔族軍に誘われるとは思ってもいなかった美咲は、新たに出てきた選択支に困惑してしまった。

 そして美咲以上にルカーディアの変心に驚いているのが、魚鱗少年アルルグと、気体青年クアンタの二人だった。


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