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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:合流3

 バルトから降りたミーヤが、一目散に美咲の下まで走り寄ってきた。


「お姉ちゃん!」


「ミーヤちゃん!」


 走る勢いのまま、思い切り飛びついてきたミーヤを、美咲は揺らぐことなくしっかりと受け止めた。

 満面の笑顔で美咲にタックルをかましたミーヤの肩から、フェアリーのフェアが飛び立ち美咲の肩へと移る。


「♪」


「ありがとう、フェア。あなたのお陰で助かったわ」


 肩の上で「褒めて♪ 褒めて♪」とばかりに擦り寄ってくるフェアに美咲は礼を言い、人差し指で恐る恐る彼女の頭を撫でる。

 大きさの違いがあるから、うっかり力を入れ過ぎて潰してしまわないか地味に怖い。

 フェアとてそれほど怪我しやすいわけではないのだけれど、見た目的にとても柔そうに見えるのだ。

 そんな美咲の心配など知らず、撫でられたフェアは上機嫌である。

 再会を喜び合った後、アレックスがニーナとエウート、ルカーディアを見回し、足りない人員に気付く。


「……さすがに、被害なしとはいかなかったな」


 とっくに血縁を失っているアレックスにとって、自分が率いている分隊員たちは家族のようなものだった。

 アレックスに限らず、魔族は出生率が低いから、家族という括りが極めて少なくなりやすい。核家族なのは当たり前で、自分たち家族以外は全員子なしという状況が当たり前にある。

 血族全部で括って、次代を担う子どもが二人以上生まれていれば良い方なのだ。


「ごめんなさい。私たちが捕まったせいで」


 最初の奇襲で、ルカーディアと同じく美咲に自己紹介を拒んだ二人、アルルグとクアンタが重傷を負った。

 それが動揺となり、さらなる付け入る隙を与えてしまった。

 当たり方が悪過ぎた。

 もう少しまともな形で戦闘に入れていれば、ここまでの被害は出ていなかっただろう。

 分隊員十名のうち、死者四名。しかもそのうちの一人はアレックスの副官のゾルノである。

 最年長でアレックスもよく相談などをしていたので、彼が死んだのは痛い。


「あいつらは本当に死んだのか」


 分断されていたアレックスは、彼らの死に様を知らない。

 それを知りたいと思うのは当然だろう。


「ええ。連れ去られた村までゾルノ副長がアルベールとスコマザとオットーを率いて助けに来てくれたけれど、奮闘空しく全員私たちが犯される目の前で首を落とされて殺害されたわ」


 エウートが語る内容は、人間の醜さというものを、まざまざと美咲に見せ付ける。

 人の醜さというものを、美咲は実感せずにはいられない。

 当然だ。美咲も彼女たちと同じように、一度は犯されかけたのだから。

 話して当時のことを思い出したのか、エウートが口元を押さえて皆から顔を背ける。

 嘔吐する音が響くのを、美咲は聞こえない振りをした。

 軍人でも気分を悪くするほど、凄惨な光景だった。

 美咲が見たのは全てが終わった後だったけれど、それでもそう思ったのだから、一部始終を見せ付けられたエウートが思い出して吐くのも無理は無い。


「彼らの死は、私たちを人間に服従させるために利用されました。ニーナとエウートは心を折られ、私も憎悪で正気を繋ぎ止めるのが精一杯でした。美咲がいなければ、今頃三人とも人族に媚びを売る奴隷に成り果てていたかもしれません」


 それ以上は話せなくなったエウートの後を引き継ぎ、ルカーディアが報告を続ける。

 ルカーディアは人間に服従させられていくニーナとエウートの姿を、横でずっと見せ付けられてきた。

 彼女たちも抵抗しようとしていたけれど、隷従の首輪が彼女たちの心を縛っていたからどうしようもなかった。

 屈した二人を責められはしない。

 隷従の首輪に囚われていながら、激しい憎悪で首輪の介入から精神を守り続けたルカーディアの方が異常なのだ。


「……あの時のことは、今でも思い出すだけで屈辱よ。抵抗しても、何の意味も無かった」


 吐くだけ吐いて、ようやく気を落ち着かせたエウートがぽつりと呟く。

 完全に人間に対して許しを請うことしか考えられなくなっていた。

 そのためならば、当時のエウートは何だってやっただろう。それこそ、同族殺しでさえも。

 ニーナも全く同じ精神状態にあった。いや、もっと酷かったかもしれない。

 美咲はともかく、他の女性魔族たちは格好がアレなので、アレックスはじろじろ見たりはしない。

 既に好きな女性が他にいるからか、態度は極めて紳士的だ。


「まさか、人族軍がここまで力をつけているとはな。俺も重傷を負ったアルルグとクアンタの二人を助けて身を隠すのが精一杯だった。治療に手を取られていたからゾルノに救出を任せたんだが、悪いことをした。すまない」


 アレックスはニーナ、エウート、ルカーディアの三人に謝罪する。

 本来ならば、全員で救出に行くべきだったし、アレックスもその方がいいことは承知していた。

 しかし美咲にまだ自己紹介をしていない魔族のうち、アルルグとクアンタという名の魔族がエルディリヒト率いる人族軍部隊との戦闘で負傷してしまい、分隊の中では一番治癒魔法に優れているアレックスが残らざるを得なかったのだ。

 それに、常識として人族軍に捕らえられた魔族の女性がどうなるかは魔族の軍人ならば誰でも知っていることだったから、ゾルノが激しく即時奪還をアレックスに上申してきたという理由もあった。

 もちろん、アレックスとてゾルノと同じく助けに行きたいという思いはあったが、怪我人を放り出していくわけにもいかず、自分は治療を続行し代わりにゾルノに残りの部下を率いさせ奪還を命じたのだ。

 一度負けたとはいえ、基本的に魔族は人族に対して圧倒的なアドバンテージを持つ。

 エルディリヒトと彼に付き従う古参の部下たちとさえ出会わなければ、村への潜入も、奪還と村からの脱出も容易いはずだった。

 全滅したということはそもそもの仮定が崩れた、つまり出会ってはいけないエルディリヒトの部隊に捕捉されてしまったのだろう。

 さすがに、村を占拠していた人族軍の軍人のほとんどが魔族語を習得していたという可能性は無いと見ていい。

 もしそうだったならば、美咲が魔族女性たちの監禁場所だったあの民家で目潰しに魔法を放った時、あちこちから魔法が飛んできていたはずだ。

 目が見えなくても、魔法は使えるのだから。

 次に、ミーヤが美咲と別れてから合流するまでのことを話し始める。

 美咲に語りたくて仕方なかったようだ。


「ミーヤはね、お姉ちゃんと別れた後、バルトの背中に乗せてもらってお空を飛んだの。一日中探し回ってたけど全然見つからなくて、でも今日になってアレックスが隠れて何かしてるところ見つけて、マク太郎に乗り換えてゲオ男とゲオ美に警護してもらって行ってみたの!」


「一人で頑張ったんだね、ミーヤちゃん」


 まくし立てるミーヤの話を、美咲は笑顔で聞く。

 同じように話を聞きながら、アレックスはため息をついて口を挟んだ。


「あの時はさすがに肝が冷えたぞ。平時ならともかく、怪我人二人抱えた状態じゃマクレーアだけでも厳しいのに、ゲオルベル二匹まで付いてきたんだからな。ミーヤが居ることに気付くまで、死を覚悟していた」


「それはアレックスが悪いよ! どうしてミーヤに気付かないのさ、ぷんぷん!」


「小さいからな。色々隠れて見落としやすいんだ」


「ミーヤ子どもじゃないもん!」


「そこまで言ってねえ!」


 まるで子どものようにミーヤと同レベルの言い争いをするアレックスを見て、今までのルカーディアと同じく美咲に対して距離を置いていたアルルグとクアンタが、唖然とした表情をしている。


「分隊長、そいつ、人間スよ!」


「そうだ! 今のうちに殺しましょう!」


 ルカーディアは美咲によって助けられたことで、美咲に対して心を開いたが、アルルグとクアンタは直接美咲に助けられたわけではなく、美咲に対して敵意をぶつけている。

 その敵意は美咲に対するものというよりも、人族という種全体に向けられたものだ。

 アルルグとクアンタは、未だに美咲を個人として見ていない。


「阿呆か。俺たちは助けられたんだぞ。恩を仇で返すつもりか。それに蜥蜴魔将の騎竜がいることを忘れるな。手を出した時点で喰われかねん」


 翼を畳んで大地に腰を下ろしているバルトは、愉快げに表情を歪めてアルルグとクアンタに注意を促す。

 バルトとて、ブランディールの遺言だけで美咲とミーヤに協力しているわけではない。

 もちろん遺言を重んじているのも確かだが、それだけではなくバルト自身の思惑がある。


「マア、ソウイウコトダ。妙ナ気ハ起コサンコトダナ」


 一対一ならば、バルトは人間ならばアリシャやミリアン、エルディリヒト、魔族ならば蜥蜴魔将ブランディール、死霊魔将アズール、牛面魔将ディミディリア、魔王と勝敗は別としてほぼ互角の戦いを繰り広げることができる。

 さすがに魔王相手には苦戦は免れないし、先の城塞都市を巡る戦いでもアリシャに完全に押さえ込まれてしまったけれど、冷静な状態ならばあの戦いの結果は違っていたかもしれない。

 まだ魔族としては経験が浅く、ニーナと同年代であるアルルグは、ドラゴンが人間に協力しているということ自体が許せないらしく、バルトに詰め寄る。


「ど、どうして人間なんかにドラゴンが従ってるんスか! 憎くないんスか! そいつはお前の主人の仇だろ!」


 魔族の少年兵アルルグを、バルトは目を細めて見つめる。

 顔以外の身体の大部分が魚類の鱗で覆われているアルルグは、外見年齢はニーナと同じくらいで、実年齢も大差ない。

 バルトも竜としては若いが、それでも長命な魔族と比べても生きてきた時間が長い。

 騎竜としてバルトがブランディールに手を貸していたのは、決して服従したからではない。

 もちろん一度本気で戦ってブランディールが勝利したのは確かだが、それによって両者の間に一種の友情が発生したためだ。

 どちらも強者を好む性質だからかもしれない。


「主人デハナイ。友人ダ。ソレニ、俺ハ魔族ノ一員ニナッタツモリナド無イ。アクマデぶらんでぃーるノ奴ニ個人的ニ手ヲ貸シテイタダケダ。ソノすたんすハ今デモ変ワランヨ」


 信じられないといった様子で呆けた表情になったアルルグを見て、バルトは喉の奥で笑った。


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