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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:合流2

 美咲、ニーナ、エウート、ルカーディアの四人が談笑していると、

 ぞろぞろ残りの魔族たちも起き出してくる。


「おはようございます……ふわぁ」


 挨拶をして、欠伸を抑えきれずにカネリアが目の端に涙を浮かべる。

 もちろん悲しいわけではなく、欠伸をした際に出た生理的なものだ。

 カネリアの髪の毛は元々巻き毛で少々癖があるのに、それがさらに寝癖で酷いことになっている。


「おはよう。寝癖、ついてるよ」


 自分の髪を指差して美咲がカネリアの髪型を指摘すると、カネリアは寝ぼけ目のまま己の角をさすさすと撫でた。


「何か……硬い」


「そりゃ角は硬いでしょうね」


 完全に寝ぼけているカネリアに、美咲は苦笑を禁じ得ない。

 くしくしと目を擦っていたカネリアは、おもむろに魔族語で魔法を唱えた。


「うー。モォイザァウテェ(水玉よ)アメユゥ」


 魔法によって生み出された水はそのまま落ちずに、玉の状態で空中に留まっている。

 その様子を見た美咲は、かつて行ったアリシャの魔法講座を思い出す。


(アリシャさんも、生活用水をああいう風に魔法で出してたっけ。詠唱は少し違ってるけど)


 目の前の水玉に比べ、アリシャが作った水玉はかなり大きかったから、カネリアが使った詠唱の方が難易度は低そうだ。

 本人の魔法の熟練度が影響しているのかと一瞬美咲は思ったけれど、それはさすがにと思い直す。


(軍人の魔族じゃないとはいえ、人間が魔法で魔族を上回るとはちょっと思い難いよね……)


 もちろん、アリシャを慕っていた美咲にしてみれば、もしかしたらアリシャなら、という期待が無いでもない。

 それほどまでに、美咲から見たアリシャはとても強く、美咲にとっては文字通りヒーローだったのだ。

 何だかんだ面倒を見てくれて、美咲にとって、アリシャはもはや家族のような存在だった。

 美咲がアリシャに向ける思慕は、子どもが母に向けるものに限りなく近い。

 異世界に召喚されて家族から引き離され、一番に頼るべき相手だった召喚主のエルナと死に別れ、美咲は旅立って早々独りになった。

 エルナの魔法によって距離だけは稼いでいたから戻るに戻れず、困っていたところをアリシャに拾われ、美咲はラーダンに辿り着くことができたのだ。

 そして、ラーダンで全てが始まった。

 ルアンと出会い、ルフィミアと出会い、様々な人たちと死に別れて、出会ってを繰り返して美咲は今此処にいる。

 魔族領に入り、協力的な魔族を見つけて、何とかやってこれた。

 もう一度ミーヤと合流することが出来れば、今度こそ魔王城へとバルトで飛んでいける。

 フェアリーのフェアを連絡代わりに向かわせたから、今頃ミーヤは美咲のことを探して飛び回っているはずだ。

 何とか、自分の現在位置を知らせられればいいのだが。


「ふう。すっきりした。美咲ちゃんもやる?」


 空中をふよふよと漂う水玉から手で水を掬い出して顔を洗ったカネリアが、美咲にも勧める。


「私はいいわ。体質で消しちゃいそうだし。ニーナたちに回してあげて」


「あっ、そういえば、美咲ちゃんには魔法が効かないんだっけ」


「残念ながらね。便利なのか不便なのかたまに分からなくなるわ」


 苦笑する美咲の横で、カネリアは軍人たち三人に近付いていく。


「良かったら皆さんもどうぞ」


 カネリアの勧めに対し、ニーナ、エウート、ルカーディアの反応は三者三様だった。


「ありがとー!」


 素直に元気よく礼を述べて顔を洗うニーナは、良くも悪くも軍人らしくなく、遠慮も威厳もない。

 こう見えても軍人だから、ただの村人であるカネリアやエリューナ、メイラ、マリル、ミトナ、ルゥの六人よりも、ニーナは肉体が鍛えられていて意外と体格が良い。

 もっとも、人間と違って魔族は通常の場合強さの大部分を魔法が占めているので、彼らの肉体差は人間ほど離れてはいない。


「水くらい、私たちも自分で出せるんだけど」


 一方で、少し不満げな顔なのがエウートだ。

 釣り上がった目にきつめの眼差し、狐耳に狐のようなふわっとした金色の尻尾と、獣人らしい特徴がよく出た女性で、彼女もニーナと同じく軍人らしいそれなりの体格をしている。

 もっともニーナもエウートも魔族である以上、身体を鍛えているのは軍人でも最低限であり、多くを魔法に頼っているのは同じだ。

 エウートは性格的に硬く生真面目で、自分が軍人であることを自覚しているから、非常時を除けば民間人に頼るのを余り良しとしない。

 しかし、魔族の中ではその考えはあまり一般的ではない。

 理由は魔族に非戦闘員という概念が無いからだ。

 魔族ならば誰でも一定以上の錬度で魔法が使え、その最低ラインは人間が専門的に魔族語を学んで魔法使いと呼べるレベルになるラインを凌いでいる。

 その辺の村人でさえ、人族が擁する魔族語使いのレベルをやすやすと超える魔族語で魔法を行使してくるのだ。

 才能によってはただの一般人が軍人を圧倒する魔法を使ってくることもある。

 軍人でないなら接近してしまえば倒せる可能性は十分あるものの、まずその近付くという行動自体が魔法によって遮られるので難しい。

 それが可能なのは、ベルアニア第二王子エルディリヒトが率いる騎士隊くらいである。

 彼らは末端の騎士や兵士に至るまでが錬度の差こそあれど魔族語を習得していて、人族軍の中では飛び抜けて戦闘力が高い。

 特にエルディリヒトの実力は怪物的で、おそらくはアリシャやミリアン、蜥蜴魔将ブランディールに死霊魔将アズールといった実力者たちと同等の力を持つと見ていい。

 かつてエルディリヒトは一騎討ちで魔将の一人を討ち取ったことで人族の間では英雄的な扱いを受けており名声が高いから、間違いないはずだ。

 実際に、相対した時美咲にはまともに戦ってエルディリヒトに勝てるビジョンが思い浮かばなかった。

 目潰しが効いたからこそ逃げ切れたが、失敗していたら間違いなく捕まっていただろう。


「いいじゃない。せっかくの心遣いなんだし」


 エウートを窘めるルカーディアは、美咲が出会った頃と比べて、本当に物腰が柔らかくなった。

 その決定打になった出来事が、魔族の村での脱出劇であったことは明確だ。

 下半身が蛇であり、髪も一本一本が極細の蛇であるという極めて珍しい特徴を持つルカーディアは、情に厚く執念深く、愛が重い性格をしている。

 気に入ったものに執着する気があり、現在の美咲に対する態度にもそれは表れている。

 さりげなく、いつも美咲の視界の端にルカーディアがいるのだ。

 美咲自身はあまり気にしていないからいいものの、ちょっとしたホラーである。

 本来なら恐怖してもいいくらいルカーディアにストーキングされているのに、少し天然の気がある美咲は、ルカーディアさんと仲良くなれて嬉しいなーと、ほわほわした考えを抱いて喜んでいた。

 別に、美咲が必要以上に能天気なわけではない。

 ただ、この世界では死が元の世界よりも遥かに身近なもので、いつ死に別れるかも分からないから、出会った人との縁を大切にしたいと、美咲がそう思っているだけだ。

 どこかで誰かが死に、どこかで誰かが殺され、そんなことが日常茶飯事に起こる戦争真っ只中の末期的な世界だけれど、美咲はそれでもこの世界で生きている。

 他人を憎まずにいられるならそれに越したことはないし、戦いなんてやらずに済むならやるべきではない。

 元の世界にいた頃から常識として漠然と捉えていたその思いは、この世界に来て様々な経験を経て、はっきりとした形を持った。

 魔王を殺すこと。美咲が元の世界に帰るために、やらなければならないことだ。

 裏を返せば、それ以外をあえて殺す理由は、美咲には無いということでもある。

 もちろん、戦闘になって自分の命を守るために戦った結果、殺めてしまうことだってあるだろう。

 相手が引かず、殺すしか方法が無い場合だってあるかもしれない。

 でもそれらはあくまで結果であって、最初から殺そうと思って殺すわけではない。


(よし、頑張るぞ)


 人知れず美咲が気合を入れ直していると、急にニーナ、エウート、ルカーディアの三人が駆け出した。


「分隊長からだ! 他の二人もいる!」


 弾んだ声を上げて、ニーナが地を蹴る。

 ひしゃげた羽を震わせて、ふらふらと危なっかしい動きでニーナが空を飛び、へろへろと地面に降りてまた走り出した。

 どうやら飛ぶのはまだ本調子ではないようだ。

 さすがにわざわざこんなことで飛行魔法を使う気はないらしい。


「生きてたんならさっさ助けに来なさいよクソッタレ!」


 しっかりとした足取りで、エウートが地を駆ける。

 二足歩行でも中々早く、後から走り出したにも関わらずじわじわと前を走るニーナとの距離を詰めている。


「こっちです! 私たちはここにいます!」


 残念ながら、ルカーディアは二人に比べて走るのはかなり遅い。

 というか、彼女の場合足が無いので走るというより、滑るとでも言う方が正しい。

 蛇のように、下半身の蛇体をくねらせて移動するのだ。

 ニーナが発した「分隊長」という単語に、彼女たちが誰を見つけたのかを理解した美咲は、慌ててニーナたちが駆け出した方向を向いた。

 地平線の向こう、その上空を、翼をはためかせ、飛ぶ影がある。

 その影は美咲たちに近付くに連れてはっきりとして、どうやらドラゴンらしかった。

 背には人族の幼女に虎顔の獣人魔族、身体に鱗や鰭を生やした少年魔族、身体を気化させられる青年魔族の四人が乗っていた。



(あれって、まさか)


 美咲は一目見てドラゴンの区別がつくわけではない。

 それでも、美咲はどこかドラゴンに見覚えがあるような気がした。

 乗っている者たちの顔が判別できる位置まで近付いたところで、美咲はようやく気付く。


「バルトに、ミーヤちゃんとアレックスさん?」


 間違いない。

 よく見れば、ミーヤらしき人族の幼女の回りには、ベウ子の娘らしき働きベウたちの姿が見え、隣にちょこんとペリ丸らしきペリトンがしがみ付いているのが見える。

 ドラゴンが地に舞い降りた。

 ちょうど、ニーナたちが走っていった場所だ。


「ま、待って! 私も行く!」


 我に返った美咲は、慌てて彼らの後を追いかけた。


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