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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十七日目:合流1

 朝になった。

 起きた美咲は、早朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、背筋を伸ばす。

 その拍子に、ボキボキとちょっとうら若き乙女の身体からは出てはいけない異音が出て、美咲は苦笑する。


(うーん……やっぱり野宿は色々身体に負担が掛かるなぁ。仕方ないけど)


 昨夜はバルムグの群れの襲撃とニーナたち魔族兵との合流騒ぎがあったので、そもそもあまり眠れていない。

 魔物の襲撃は全く歓迎出来ないが、ニーナたちとの合流は願ったり叶ったりだったので、嬉しい出来事ではある。

 同行者たちのうち、ニーナ、エウート、ルカーディアの三名については、合流したのが夜更けだったこともあり、まだまだぐっすり眠っている。

 カネリア、エリューナ、マリル、ミトナ、ルゥの六名に関しても、慣れない野宿と夜中に起こった二つの出来事、そして時間事に交代しながらとはいえ夜中の見張りを担当していたから、あまり纏まった睡眠は取れていない。

 同じことは美咲とメイラにも言えるが、二人は見張りが一番最初だったので、この中では比較的負担は少なく、おかげで軍人たちもいる中美咲は一番早く目覚めることが出来た。

 もはや、美咲の手足に拘束は無い。

 これは美咲自身が嫌がったのと、ニーナ、エウート、ルカーディアの三名も命の恩人に対して恩を仇で返す形になるのを躊躇ったためである。

 三人掛かりで拘束しようとすれば、魔族のしかも軍人相手は殺す気なしでは美咲に抵抗は難しかっただろうけれど、幸いといっていいのか、分隊が壊滅した今、彼女たちに形式に拘って美咲の自由を奪うつもりはないようだ。

 ただしこれは、美咲が逃げ出さずに本来の目的地である魔族領の首都、魔都へ自分から向かおうとしているからでもある。

 そもそもの美咲の目的は魔王を倒すことで、どうせその居城がある魔都へは向かわなければならないのだ。

 ならば敵対して追っ手から隠れながら向かうよりも、素直についていってしまった方がいい。


「おはよう。早いわね、人間」


 美咲の次に起きてきたのは、メイラだった。

 人間にしか見えない美貌と、揺れる金髪を、何となく観察する。


(あ。欠伸堪えた)


 メイラが気が抜けた様子口を開けかけて慌てて閉じたのを見て、美咲はくすりと笑う。

 笑い声を耳聡く聞きつけたメイラが頬を羞恥で染めて小声で抗議する。


「わ、笑わないでよ。私だって欠伸くらいするわよ」


「ごめん。何か可愛かったから」


 恥ずかしがる姿がメイラの悪役的美貌に似合わず可憐だったので、美咲はギャップを感じて余計に意外に思ってしまい、本気でくすくすと笑い出す。


「可愛いって……。年下の、しかも人間にそんなこと言われるなんて思わなかったわ」


 恥ずかしがるメイラはむっとした表情を作るものの、顔が赤いので全く怖くない。

 全然美咲が怖がっていないことを知ると、メイラの眉がへにゃりと下がった。

 メイラの自分に対する呼び方が少し気になった美咲は、ちょっと悪戯心を出して、悲しそうな態度を演出してメイラにお願いしてみた。


「ところで、いつまで人間って呼ぶの? もう知らない仲じゃないんだし、名前で呼んで欲しいな」


「うっ」


 ぎくりとメイラは身体を強張らせ、その視線が泳ぐ。メイラの眉はますます下がり、申し訳なさが漂う。


「私も名前で呼んでもいいとは思ってるのよ? でも、何だか今までの習慣で人間って呼んでたから、それが抜けなくて」


 未だにメイラにだけは名前で呼ばれないので、もしかしたらまだ彼女には憎まれているのではないかと少し美咲は心配していたのだけれど、幸いそうではないらしい。

 ならばコミュニケーションあるのみである。

 美咲はメイラとも仲良くなりたいのだ。

 これから赴くのは敵地である。元々敵対していた魔族ばかりとはいえ、心情的に味方してくれる人物は多い方がいい。

 魔都に着いた途端、拘束されて処刑台行きはごめんである。

 とはいえ彼女たちを裏切るのも気が引けるので、何とか合法的に魔王と戦う形に持っていきたい。

 さらに言えば、邪魔が入らないと確約できる状態になるなら言うことなしだ。


「じゃあ、まだ皆起きてなくて二人きりなんだし、今練習してみようよ。ほら、呼んでみて」


「み、みみみ、みみみみみ……」


 顔を真っ赤にして、涙目になって、必死に美咲の名前を口から搾り出そうとするメイラを見て、何この可愛い生き物と、美咲の胸がきゅんきゅんした。

 一応年上なのに、デレてくれたメイラはとても可愛い。

 同じように態度がきつかったエウートやルカーディアに対しても同じように思う辺り、美咲はもしかしたらツンデレさんが好みなのかもしれない。

 決して罵られるのが好きなわけではない。断じてない。


(私はノーマル!)


 誰にとも無く言い訳をして、美咲は注意をメイラに戻す。

 メイラが意を決して美咲の名前を言った。


「ミラッパ」


 いつの間にか、美咲の名前は謎の名称に変わっていたらしい。

 おかしいな、私の名前そんな発音だったかなと、美咲は自分が覚えている魔族語の知識を復習する。

 当然だが、美咲の名前は固有名詞なので日本語でも魔族語でも発音は変わらない。

 茹蛸のような顔色でメイラがプルプル震えているので、美咲は思いきって尋ねてみた。


「……ええと、何? それ」


「わ、笑いなさいよ」


 美咲は察した。

 この人泣きそうだ。しかも逆ギレしそう。


「悪かったわね! 脈絡無く魔物の名前呼んで! 恥ずかしくてあなたの名前が呼べなかったのよ! 悪い!?」


 案の定噴火したメイラを、美咲はどうどうと宥める。

 シリアスな場面でのマジ切れならば恐ろしいだろうけれど、メイラは羞恥のあまり切れただけなので大して怖くない。

 むしろ可愛い。


「あらら。メイラさんは案外恥ずかしがりやさんだね」


 にこにこ笑いながら美咲がメイラの顔を下から見上げようとすると、メイラがさっと顔を逸らした。

 その顔が赤かったのを、美咲は見逃さない。


「その言い方は止めて。さすがに自分が情けなくなる」


「じゃあ名前で呼んで?」


 にこりと親愛の情を篭めて美咲がお願いすると、メイラは今度こそ羞恥心を我慢して美咲を名前で呼んだ。


「……美咲」


 すかさず美咲もメイラのことを親しげに名前で呼び返した。


「何、メイラ」


 羞恥心のあまりメイラはまた逆ギレした。



■ □ ■



 しばらくすると、軍人の三人が起き出してきた。


「あれ? もういいの? もっと寝てても良かったのに」


 美咲はニーナ、エウート、ルカーディアの三名に声をかける。


「大丈夫だよ。一応軍人だし、慣れてるからこれくらいの睡眠時間で十分十分」


 ニーナはそう言うけれど、身体はまだ少し痛々しい。

 触覚などは真っ直ぐに戻っているものの、背中の羽がまだひしゃげたままなのだ。

 身体全体を見ても、細かい傷が治っているだけである程度大きな傷はまだ残っている。


「大丈夫? 怪我、酷いみたいだけど」


 後ろに回り込み、心配そうにニーナの背中を見る美咲に、ニーナは苦笑して羽を動かしてみせた。

 大きな音を立てて羽が振動するものの、やはりひしゃげている外の羽だけ極めて動きが鈍い。

 でも、ニーナの表情には苦痛を我慢しているような不自然さがなく、いたって平常だった。


「ああ、これ? 治したいんだけど、私たちの治癒魔法の腕じゃ傷は塞げても形を整えるのは難しいんだよね。だから後回しにしてる。飛び辛いけど、甲殻自体には神経通ってないから痛みもないし、支障はないよ」


 くるりと振り返って美咲に向き直ったニーナは、嬉しそうに笑った。


「心配してくれて、ありがとう」


 尻尾があれば、盛んに振っていそうなほど好意を示すニーナに、美咲も微笑み返す。


「そりゃ、心配くらいするわよ。……迷惑かもしれないけど、一応私、あなたのこと友人だって思ってるんだから」


 感情が喜びで高ぶったニーナが、美咲に飛びついてきた。

 腰辺りにタックルする形になったニーナを、美咲は苦笑して受け止める。


「嬉しい! 私だってそう思ってるよ! でも嫌われたくなくて言い出せなかったんだ!」


 懐かれるのはミーヤで既に慣れているが、ニーナの場合はミーヤとはまた少し違う感覚だ。

 ミーヤは歳の離れた妹と仲良くしているみたいなのに比べて、ニーナと接しているとまるで懐いてくれる後輩の相手をしている感覚に陥る。

 美咲とニーナのやり取りを見て、狐耳をぴくぴくさせてエウートがケッと笑った。

 二人を見つめるエウートの目は半眼で、口も半笑いになっている。


「あーあー、またニーナのヤツから美咲スキスキオーラが出てる。目に見えるようだわ」


 エウートは呆れているのを隠さなかった。

 さすがにもうエウートも美咲のことを邪険に扱ったりする気はないものの、一応軍人なのだしあんな風にまでは態度を崩せない。

 軍人なのはニーナも同じはずなのだが、ニーナの場合、美咲が好き過ぎて魔都に着いたら扱いによっては「除隊して抗議の意を示す!」とか言い出しそうだ。


(まあ、私たちのことを助けてくれたし、なるべく穏便な結果になるよう口添えくらいはしてやるか)


 ニーナほど明け透けに好意を示せないとはいえ、エウートは美咲のことを今はもう嫌っているわけではない。

 少なくとも、受けた恩に対してはきちんと借りを返すつもりだ。

 一兵士の主張がどこまで通じるかは不明だけれど、まあこの場にいる魔族は皆美咲の肩を持ってくれるだろうし、それなりの影響力は出せるだろうとエウートは考える。

 横目で、エウートは人間に対して憎悪を抱いていた仲間、ルカーディアを見た。

 夫を人間に殺されたルカーディアは一番人間に対する復讐心が深く、美咲に対しても中々心を許さなかったのに、美咲はついにルカーディアの心まで溶かしてしまった。


「あの子、本当に美咲のことが好きなのね。やっぱり二回も助けられたのが大きいのかしら」


 捕まっていた時、散々人間に対する呪詛を吐いて狂乱していたルカーディアが、今ではほのぼのした若奥様みたいになっているのが、エウートにはちょっと信じられない。


「歳が近いせいもあるかもね」


「あら。でも、歳のことをいうならあなたもじゃない?」


 ルカーディアと会話しながらエウートは思う。

 人間に対して何が逆鱗に触れるか分からない前のルカーディアも扱いに困る危険物みたいで怖かったが、ここまで人間に対して友好的なルカーディアも、それはそれで不気味だ。

 まあ、ルカーディアの場合好意的に対応するのは美咲とその周辺の魔族に敵対しない人物たちに対してだけで、それ以外の人間は普通に縊り殺そうとするだろうけれど。


「狐族はそう簡単に敵に靡いたりしないの! ……構ってくれるなら、付き合ってあげなくもないケド」


「こっちはこっちで、構ってオーラが出てるか。美咲ったら、次々魔族をたぶらかして、罪作りね。まあ私も、もうあの子のことは嫌いになれないし、こういうのも人徳っていうのかしら?」


 楽しそうに笑うルカーディアを見て、エウートは本当に彼女が変わったのだと実感した。

 割と悪くないと感じ、エウートも自分の変化を自覚して苦笑した。

 二人の前では、まだニーナが美咲にじゃれついていた。


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