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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:夜明けまで1

 最初のペアは、美咲とメイラだった。

 この組になった理由は、最初に美咲が見張りをすると名乗り出て、即座にメイラも自分が美咲を見張るとそれに続いたのである。

 他のカネリア、エリューナ、マリル、ミトナ、ルゥが美咲が占領された魔族の村で人族兵士や騎士たちから剥ぎ取ったマントに包まって就寝している中、メイラはじっと美咲をガン見している。

 その様子は鬼気迫っていて、美咲の一挙手一投足を見逃すまいと監視しているようだった。

 というか、どう考えても監視している。


「メイラさん。見張る対象は私じゃなくて、周りだからね? 周囲に目を向けてね?」


 さすがに看過出来なくなった美咲が引き攣った笑顔を浮かべつつメイラに苦情を漏らすと、メイラはじろりと美咲を睨んだ。


「そんなこと言って、油断した隙に私のことを押し倒すんでしょう。これだから人間は汚い」


 険しい目を美咲に向けるメイラの態度はかたくなだ。

 まるで、全身の毛を逆立てるハリネズミのように刺々しい。

 どこか余裕が無いように感じられるのは、メイラ自身がまだ人間に対する恐怖を克服出来ていないことの現われだろうか。


「男ならともかく、女同士でそんなことしないからね!?」


 この世界に召喚されてから、恋愛感情を抱いた異性といえばルアンくらいで、すっかり恋愛から縁遠くなってしまった美咲だけれど、さすがにだからといって同性愛に走ったりはしない。

 もちろん同性愛の人を差別したいわけではないし、人それぞれであることくらい、美咲も承知している。同性愛の友人が居たとしても、美咲は他の友人と同じように付き合うつもりだ。

 まあもっとも、思わせぶりな態度を取ったりして勘違いさせるのも悪いので、美咲はおそらく異性の友人に対するのと同じ付き合い方をするだろうが。

 とはいえ美咲自身はノーマルである。普通に男の人が好きだし、興味がある。今は魔王を倒すことで手一杯で、それどころではないけれど。


「どうだか。人間は皆ケダモノ。私は村で嫌というほどそれを学んだわ」


 俯くメイラは羽織ったマントの隙間から裸体が見えないように、自分の身体をマントごとぎゅっと抱き締めている。

 ちゃんとした服を用意してやりたいと美咲は思うものの、兵士たちの服は情事の痕跡があってアレだったし、そもそもサイズが合いそうになかった。

 元々彼女たちはあの村の住民なので、探せば服は見つかっただろうけれど、家々を家捜しして服を探すような暇があるはずもなく、辛うじて持っていけたのが、マントだったのだ。


「その経験には同情するし、同じ女として許せない。私としても、同じ人間というだけであんな奴等と一緒にされたくないわ。でももう少し、私のことを信用してくれてもいいと思うの。自分で言うのも変だけど、一応あなたにとって私は恩人なのよ」


 何とかメイラのかたくなな心を解き解してやりたい美咲は、粘り強くメイラを諭す。

 無条件で自分のことを信じろ、心を開けとは言わない。でももう少し、歩み寄ってくれてもいいのではないか。

 少なくとも、美咲はメイラを助けることで、誠意を見せているのだから。


「そうやって安心させて、後でまた突き落とすんでしょう。人間のやり口は分かってるのよ。あの村にも、優しくしてくれた男は居たわ。でも結局そいつも私を汚し、翼を奪った」


 どうやらメイラは、人間なんて信じたところでどうせ裏切られると考えているようだ。ならば始めから信じなければいい。メイラの考えは、そんなところだろうか。

 他の魔族の女性たちも、完全に美咲に対して心を許してくれたわけではない。あんな目に遭っていたのだ。いくら恩人でも、同じ人間というだけで最低限の警戒はされるだろう。

 それはそれで構わない。

 むしろ、酷い目にあったばかりなのに完全に信じ切られる方が、美咲は今後が心配になる。また悪い人間に騙されてしまいそうで。

 でもメイラは、もう少し心を許してくれてもいいと美咲は思う。


(うう……根が深いなぁ。行動で示していくしかないか。それに、街で保護してもらったら、そこでお別れなんだし、割り切るのも必要かな)


 結局のところ、美咲と彼女たちとの関係は行きずりなのだ。

 街に着けばそれまで。

 魔王討伐の旅に同行させられるわけがないし、彼女たちもそんな旅に付き合わされるのはごめんだろう。美咲にしてみれば、魔族と一緒にベルアニア第一王子フェルディナントの首を獲りに行くようなものである。

 まあ、自分がこの世界に召喚された原因であることを考えると、ちょっと美咲もフェルディナントには思うところがあるのだが。


「メイラさんがそう思うのは仕方ないし、無理もないけど、私は少しでも信用してもらえるように、頑張るから。とりあえずメイラさんも私を見張りながらでもいいから、もうちょっと周囲に注意を向けてね」


 結局のところ、美咲はメイラがきちんと見張りをしてくれれば文句はないのである。

 見張りと称してじいっと見つめられると、美咲としても落ち着かない。


「フン!」


 美咲から目を離す代わりに、メイラは美咲の腕を掴んで離さなくなった。


「えっと……何かな」


「こうすれば、あなたが何か企んでいてもすぐに邪魔できるわ!」


「ああ、うん。もういいや、それで。メイラさん、さては天然だね?」


 ナイスアイデアとばかりにドヤ顔になったメイラに、美咲は匙を投げた。



■ □ ■



 交代の時間になり、カネリアとエリューナの二人と見張りを代わった美咲は、就寝した後で騒がしい気配に飛び起きた。

 素早く周りを見回せば、自分たちを取り囲む無数の黒い影と、魔法で応戦するカネリアたちの姿がある。


「起きなさい!」


 唯一自分と同じように寝ていたメイラを、美咲は乱暴に起こす。

 優しく起こしてあげたいが、どう見ても今は緊急事態だ。早く目覚めさせることこそが肝要である。

 起きたメイラは自分を起こしたのが美咲だと知ると、眦を吊り上げて文句を言おうと口を開きかけ、そこでようやく状況に気付く。


「な、何!?」


「魔物の襲撃よ! どんな魔物かは私にもまだ分からない! 皆が戦ってる! 私たちも行くわよ! 私が飛び込んで掻き回すから、あなたは皆の援護をして!」


「え? え!?」


 戸惑うメイラの返事を待たず、美咲は駆け出した。手には既にエルディリヒトから貰った騎士剣を携えている。

 野宿ということで当然魔物の襲撃は予想の範囲内だったから、美咲は武装した状態で寝ていた。

 鎧も着用したままなので、すぐに戦闘に加わることが出来る。


(私以外は皆丸腰に近い。攻撃は私が受けないと……!)


 カネリアもエリューナもメイラもマリルもミトナもルゥも、皆装備しているものといえばマントのみで、徒手空拳なのだ。

 ただの村人である彼女たちに武術の心得などあるはずもなく、魔法こそ使えるから応戦出来ているものの、いつ崩れてもおかしくない。

 一匹ならともかく、魔物は複数いるのだ。

 美咲は視覚と聴覚を駆使して、魔物の気配を探る。

 魔物は黒い体色をしているようで、闇夜に紛れて遠目からは殆ど見えない。

 それでも、同じ黒でも色の濃さが違うので、魔物が動いていると何となく何処にいるのかは確認出来た。


(カネリアちゃんとマリルちゃん、ルゥちゃんが一匹ずつ、エリューナさんとミトナさんが二匹ずつ相手をしてる。後は周りで取り囲んで様子を窺っているのが、少なくとも……十匹以上!)


 圧倒的に不利だ。

 均衡を保っているようにも思えるが、それは機会を窺って動かない魔物が多いからで、それらが動き出した途端に死者が出てもおかしくないように、美咲は思えた。


(まずは皆から引き剥がさないと駄目……! 集中して戦える環境を作って、死なないようにしながら時間を稼ぐ。なるべくなら怪我もしたくない。となれば、まずは敵の注意を引く!)


「コォイキ(聞け)ィ! ワェアテソォイヘクゥオクノオ(私は此処にいるぞ)ィラァウズ!」


 魔物たちが自分に注目するように、美咲は強い意思を篭めて魔族語を発した。

 拡声器で増幅された声が遠くまで届く様をイメージする。

 イメージ通りの効果で魔法が発動し、美咲の激しい闘気を乗せた声がびりびりとした物理的な衝撃を伴って魔物たちに叩きつけられる。


「ギィッ!?」


「ギャギャッ!」


「グガガッ!」


 カネリアたちの隙を窺い続けていた魔物たちが、一斉に振り向いて美咲を見た。

 直接カネリアたちと戦っていた魔物も、私の声に気を取られて一瞬動きを止め、大きな隙を晒している。

 元々が村人といえど、そんな隙を逃す魔族たちではなかった。

 動きが止まった魔物を見て、カネリアは素早く魔法を発動させた。

 さすがは魔族というべきか、魔法の発動は美咲よりも手馴れている。


「ムゥオイェトォイヨ(燃えちゃえ)ェァイ!」


 相手をしていた魔物が、カネリアの魔法を受けて炎上する。


「ギャギュッ!? ギョイイイッ!」


 悲鳴を上げた魔物が火を消そうと転げまわるが、カネリアが魔法でつけた火は勢いを衰えさせず、確実に魔物の肉を焼いていく。

 オーソドックスな火魔法で応戦したのがカネリアならば、自分の身体の特徴を十全に生かした魔法を選択したのが、エリューナだ。

 石像族であるエリューナは、当然身体も相応に硬く、魔族の中では近接戦闘に優れている方だ。

 とはいっても元々が村人であるからその優れた身体能力も生かす機会はないのだが、それでもスペック差によるごり押しが通用する程度には魔族の魔法は強い。

 エリューナの戦法は、魔物の下まで走っていって、まるで虫を叩くように平手で潰す。

 単純すぎる戦い方で、戦術とも呼べない方法だ。

 しかし忘れてはいけない。エリューナの皮膚は、必要に応じて本当の石像のように硬くできるのである。

 美咲の魔法で動きが止まった魔物は、エリューナにしてみれば殺虫剤を浴びて死に掛けている虫のようなものだ。

 無造作に手を振り上げたエリューナは、魔物を叩く瞬間に魔法を発動させた。


「タァウバリィ(潰れろ)エルゥ!」


 魔法は確実に、現実に効果を齎す。

 あくまで一般的な威力でしかなかった平手を受けた魔物が受けた衝撃が、魔法によって増幅され、実際には落下してきた石材に押し潰されたかのような衝撃を魔物に与えた。

 当然、そんな衝撃を受けた魔物は無事では済まない。

 魔物の身体が地面にめり込み、それでは止まらずに魔物の身体はペシャンコに潰れていく。

 まるでプレス機に掛けられたかのように潰された魔物は、血反吐を吐いて痙攣した。

 どう見ても致命傷である。


「タァウレェア(氷柱よ)レユゥ オィナァウオ(射抜いて)チィ!」


 冷静に、確実に魔物を屠れるように魔族語を選択して、マリルが魔法を解き放つ。

 空中に精製されたいくつもの鋭く尖った氷柱がその先端を動きを止めた魔物に向けて静止し、マリルの号令を受けて勢い良く射出される。

 ちょうど弓矢の矢ほどの長さの氷柱が次々と魔物を貫き、魔物を地面に縫い止め、そのまま魔物もろとも地面を凍らせる。

 一際大きな、氷柱の最後の一本が突き刺さり、魔物ごと出来上がった氷のオブジェを粉砕した。


「コォイロコゼェ(切り刻め)アミィ!」


 六本腕を堂々と広げ、ミトナが朗々とした声を出す。

 ミトナが使用したのは風の魔法だ。

 まるで実際にミトナが六本腕に剣を持ち、なで斬りにしているかのように、魔物の身体に次々裂傷が刻まれていく。

 風の刃が魔物を切り裂いているのだ。

 威力は勿論そうだが、大量の出血を強いられるのが嫌らしい。

 いくつも風の刃を受けるうちに魔物の動きが鈍り、それがさらなる風の刃を命中させる。

 魔物が助かる術はもう、無い。


「トォイタァゥスゥオカァウソト(窒息しちゃって)ヨェァタチィ!」


 ルゥの魔法は一番えげつなかった。

 魔物の周りの空気の流れを遮断する。ただそれだけである。

 呼吸という生命維持に必要不可欠な行為を奪われた魔物は、あっという間に残された僅かな酸素を使い切り、呼吸困難になって泡を吹いて死んだ。

 

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