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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦11

 あれから一行は、グモが先ほど身を張っておびき出したカダモが見張りに着いている袋小路の出口に辿り着いていた。

 幸いまだ見つかってはいないが、早くこの袋小路を抜け出さないと、何も出来ずに袋の鼠になりかねない。

 既にゴブリンマジシャンのベブレの指示が伝わっていたのか、待ち受けるようにたむろするゴブリンたちの姿を見た美咲が息を飲んだ。


(見張りの数が増えてる……。さっきは一人しかいなかったのに)


 エドワードも逃走の難度の高さに険しい顔をする。


「これは少し厄介だな。突破するのは簡単だが、俺たちの逃亡が露見するのを防ぐのは難しい数だ」


 全部でゴブリンは五匹で、それぞれが粗末な布切れを纏い、原始的な棍棒で武装している。

 装備そのものは粗末なものだが、ゴブリンたちの胸には揃って呼子が下げられている。


「こんなところで発見されたら出口に辿り着くどころじゃなくなるわよ。気付かれる前に全部始末するしかないわね」


 物陰からこっそり様子を窺ったルフィミアの表情も、状況が深刻なこともあり厳しい。

 ピューミがエドワードとディックに交互に視線を向ける。


「ディック。あなたとエドワードで殲滅は可能ですか? この状況では私とルフィミアは参戦できませんよ」


 回復、支援が主な役割であるピューミは、近接戦闘についてはあくまで護身程度の心得しかないし、ルフィミアもそれは同様だ。

 ルフィミアの攻撃魔法が音が出る上に閉鎖空間で使うには不向きなのでこれも使えない。

 それらを熟知しているディックはどうしようもない状況に苦笑いする。


「方法が問題だな。近付くまでは何とかなるが、俺とエドワードだけじゃ不意を打っても倒し切る前にどうしても仲間を呼ばれちまう。かといって、ひよっこに頼るのもなぁ」


 軽薄な口調ながらも深刻さが滲む台詞を吐くディックの視線の先では、ルアンがやる気を漲らせて気炎を上げていた。


「よっしゃ、俺たちの出番だな! 気合入れろよ、美咲も」


「わ、私もやるの?」


 早くも屈伸運動を始めるルアンとは対照的に、美咲の口調と態度には困惑が滲み出ている。


(ふ、不安だ……)


 自信過剰なルアンと消極的な美咲の組み合わせはいかにも何かやらかしそうで、嫌な想像をしてしまったディックの額に一筋の汗が流れた。

 頭を振って脳裏に過ぎった不安を振り払うディックの方を、エドワードが慰めるように叩く。


「代案が無いならこの状況で四の五の言ってられん。今ある戦力で最善を尽くすしかない。どちらにしろ失敗すれば死ぬだけだ」


「はは。それもそうだな」


 ディックとエドワードの二人だけでは、どの道五匹のゴブリン全てを気付かれる前に倒すのは不可能なのである。

 不安要素が大きかろうと、ルアンと美咲を戦力に数えなければ、そもそも脱出する光明を得ることすら覚束ない。

 腹を括ったディックは真剣な表情になると、美咲とルアンに向き直った。


「ちょっといいかひよっこども」


「ひよっこっていうな! 俺だって戦える!」


 口が荒いディックにルアンが噛み付く。


「私は戦わなくて済むなら、ひよっこのままでも……いえ何でもありません」


 弱気な美咲の台詞は、ルアンに睨まれて途中で尻すぼみになった。


「分かったからとりあえず話を聞け。俺とエドワードで三匹引き受けるから、二匹をお前たちで仕留められないか? ルフィミアとピューミを援護につけてやるから」


「馬鹿にすんな。俺一人でもそれくらいできる」


「自信があるのは分かったが、他人の好意は受け取っておけ。ルフィミアは強化魔法で支援ができるから、お前らでもゴブリンを倒すのは難しくなくなるはずだ。何かあってもピューミの回復魔法があればお前らを助けてやれるから、確実に仕留めることだけ考えればいい」


「……分かった」


 さすがのルアンも懇々と諭されるとそれ以上反発できないらしく、ディックの提案を受け入れた。

 その一方で、困ってしまったのが美咲である。


(どうしよう。ちょっとまずいかも)


 何しろ美咲はこの世界の人間じゃないから、強化魔法も回復魔法も効かない。かつてエルナが教えてくれたことの受け売りなので本当にそうなのかは美咲には分からないものの、本当にそうである可能性を無視するわけにはいかない。

 杞憂ならいいが、本当に魔法が効かなかった場合、状況によっては命を落とすことも有り得る。

 強化魔法はともかく、怪我を負って回復魔法が効かないから治せませんでは、場合によっては命に関わる可能性が高い。

 特に美咲の場合、魔法薬の類もほとんど効かないと言われているので、怪我したら最低限の治療の他は自然治癒に任せるしかないのだ。


(そもそも回復魔法以前に強化魔法でバレるだろうし。何とか今のうちに言い訳を考えないと。それともばらした方がいい? ……彼らは、信用できるの?)


 自問自答してみるが、答えは出ない。

 何しろ一番付き合いが長いルアンだって、本当はまだ知り合ったばかりなのだ。

 アリシャにばらしたのはそうするしかなくなったからであって、秘密を知った誰もがアリシャのように好意的に接してくれるとは限らない。

 秘密を知られることで、居心地がいい今の関係が変わってしまうことを美咲は何より恐れた。

 それに、これは美咲の根幹に関わる秘密だ。グモを信じた時とはわけが違う。


(魔法をかけてもらうのは断ろう。やっぱり、言えないよ)


 エルナにも他人に知られるなと言われたのだ。ならきっと、公言しないに越したことはない。


「あの、強化魔法とか私はいいです。かけられてもどう動けばいいか分からないし」


 口にした理由は建前だが、ある程度は本音が混じっていた。

 強化された状態で今と同じ感覚で動けるとは限らない。

 可能性でいうならば、強化された分だけ動き方を自分で調整する必要があるかもしれないのだ。

 言うまでもなく、そんな器用な芸当は美咲には不可能である。

 ディックが美咲の発言を聞いて、信じられない、という唖然とした顔をする。


「正気か嬢ちゃん。今まで強化魔法も使わずにここまで来たってのかよ。俺はてっきりあんた自身が魔法を使えるもんだとばかり思ってたぜ」


 華奢な美咲の体つきの美咲が前衛職だとは普通誰も思わないので、ディックの勘違いはある意味妥当だとも言える。

 断った美咲に対して、ルフィミアが気さくに笑いかけた。


「遠慮しなくていいのよ。特にあなたの場合、そのままじゃ剣を振るのだって難しいでしょう。腕とか剣士としては有り得ないくらい細いじゃない」


 ピューミも興味をそそらせたらしく、美咲をしげしげと眺めた。


「確かに、見た目ではちょっと信じられませんね。ここまで無事に来れたのだから、いくらかは戦えるようですけど」


 黙って話を聞いていたエドワードが美咲に値踏みするような視線を向けてきた。


「強化魔法なしでまともに戦えるのか? とてもそうとは思えないが。君は何か知っているのか」


 エドワードに話を振られたルアンは、お手上げとばかりに両手を上げる。


「本人はほとんど素人だけど、武器はいいもの持ってるみたいだから、ある程度は戦えると思う。実際一度はゴブリンを圧倒してたし。どうして強化魔法を断ろうとしてるのかは俺にも分からねー」


 興味や疑念といった五対の視線を浴びた美咲は、武器のことくらいはばらさないと信用してもらえなさそうだと判断し、勇者の剣を納めた鞘ごと腰の剣帯から外す。


「この剣があれば、私でも戦えるんです。ルアンも言ってますが、一回ゴブリンとも戦いました」


「へえ、何か特別な剣なのね。それなら、まあ、いいかしら。確かに慣れないうちは強化魔法をかけてもかえって動きにくくなることが多いし」


 少し思案したルフィミアは納得したらしく、それ以上強化魔法を持ち掛けてはこなかった。

 でもやはりそのまま任せるのは心配なようで、同じような結論に達したらしいピューミを目を合わせると、美咲とルアンに提案する。


「一応私たちも後詰に備えとくわ。近接戦闘は得意じゃないけど、ゴブリン程度に遅れを取るほど使えないわけじゃないから」


 ルフィミアの提案にルアンは少し不満げな顔をした。

 自分もお荷物だと思われていることを発言から察したのかもしれない。


「っていうか、美咲ちゃんがダメなのにあなたは強化魔法をかけられても大丈夫なの?」


 何気ないルフィミアの質問に、ルアンは当たり前のことのように答えた。


「ああ、心配いらない。親父の遠征に帯同した時にかけられたことがあるから」


「ならあなたにはかけておくわね」


 頷いたルフィミアが魔族語で何事か口ずさむと、ルアンの身体がほのかに赤く光る。


「久しぶりだけど、やっぱり落ち着かねーな、この感覚」


 自分の身体を眺めながら、ルアンが呟く。


「下手するとかえって動けるようになりすぎるからね。強化魔法も万能じゃないわ」


 ルアンの呟きに反応したルフィミアは、次いで自分とピューミにも同じ強化魔法を施す。


「準備は済んだな。接近するぞ。皆、出来る限り物音を殺せ。息遣いもなるべく抑えろ」


 小さな声で囁くように発せられたエドワードの号令で、美咲たちはそろそろと洞窟特有の死角の多さを利用し死角から死角へと移動し、それぞれが担当するゴブリンへとにじり寄っていく。

 美咲の傍にはルフィミアが、ルアンの傍にはピューミがついていて、いつでもサポートできるように身構えている。


「あのゴブリンは今こっちを向いてるわね。このまま出ても見つかるから、もう少し移動しましょう」


 ルフィミアのアドバイスを参考に、美咲はゴブリンの小さな動きに合わせて辛抱強く位置を移動する。


「よし、ここからなら背後から不意をつけるわ。あとはエドワードの合図を待てばいいだけね」


 背後からルフィミアの安堵した気配が伝わってきて、美咲は思わずくすりと笑った。

 どうやら彼女のような実力者でも、今の状況では緊張するらしい。

 別の場所に隠れたエドワードが美咲たちに向けて手を掲げ、広げた指を一本ずつ折りたたんでいく。

 カウントしているのだ。


「ゼロと同時に飛び出すわよ。準備はいい?」


「はい。いつでも行けます」


 美咲は鞘を左手で支え、右手で柄を握って抜剣する。

 勇者の剣は相変わらずの軽さで、あるんだかないんだか持っている美咲自身分からなくなりそうな軽さだった。

 だからこそ、美咲でも振るうことができるのであるが。


(……今だ!)


 エドワードの指が全て折り畳まれたのと同時に、美咲はその場から飛び出し狙いをつけていたゴブリンに襲い掛かった。


「ギ!?」


 不意を打たれたゴブリンは美咲の方に振り向き、反射的に下げた呼子に手をかけたが、それは悪手。

 素人に毛が生えた程度の美咲といえど、隙だらけになった相手に遅れを取りはしない。

 美咲は勇者の剣を振り上げ、腹の部分でゴブリンを殴り倒した。


「……え?」


 何故か美咲の背後にいるルフィミアがぽかんとしているが、美咲としては至極大真面目にやったことである。

 そもそも剣の達人でもない美咲が自在に剣を振るえるかといえばそれは間違いだ。

 知識として知ってはいてもそれを実践できるかというのはまた別の話で、美咲が振るう剣はどちらかというと鈍器のような扱われ方をしていた。

 元の世界の西洋剣に形状が似ているので、勇者の剣の扱い方としてはこれも一種の方法と言えるのかもしれない。

 昏倒したゴブリンが起き上がってこないのを確認して、美咲は安堵の息を吐いた。


「美咲ちゃん、気絶しているだけでそのゴブリンはまだ生きてる。今のうちに止めを刺した方がいいわ。生かしておいたら後が面倒よ」


 ゴブリンはぴくりとも動かず、美咲には生きているか死んでいるかの判別がつかない。

 だが経験の差かルフィミアは区別がつくらしく、確実に仕留めるよう美咲に促してきた。

 一応勇者の剣を構えてみるものの、美咲はゴブリンに勇者の剣を突き立てることを躊躇った。


(やっぱり、やだな。こういうの)


 道徳心から殺生を嫌うわけではないが、美咲はできるだけ手を汚さないままで元の世界に戻りたかったのである。

 死出の呪刻というどうしようもない代物がある以上魔王を倒さないわけにはいかないが、他の犠牲はなるべく出したくなかった。

 それに、グモのことを考えると、美咲はどうしても止めを刺すのは気が引けた。

 逡巡している美咲をどう見たのか、ルフィミアは諭すように美咲に語りかける。


「気持ちは分からないでもないけど、死にたくなかったらこういうのは躊躇っちゃダメよ。排除できる危険は排除しておかないと。特に、何に足元を掬われるか分からない今は」


 ルフィミアの言うことも最もであるということは美咲も理解しているので、なおさら美咲は悩むのである。


「なんだ、そっちはまだ片付いてないのか。こっちは全部終わったぜ」


 ハッとした顔で美咲が振り向けば、ディックが短槍を抱えて立っていた。

 ディックは無造作に美咲が殴り倒したゴブリンに短槍を突き立てて止めを刺すと、槍についた血を振るって払う。


「これで全部だな。ばれないうちにさっさとずらかろうぜ」


「あ……はい」


 結局殺すことも助けることも自分で出来なかった美咲は呆然として事切れたゴブリンを見つめ、のろのろと顔を上げて返事をする。

 慰めるようにルフィミアが美咲の肩を叩き、振り向いた美咲はルフィミアに頭を下げた。


「ごめんなさい」


「……どうして謝るのかしら?」


「だって、止めを刺せなかったから」


「仕方ないわ。始めは誰だってそうだもの。皆、そうしないと自分たちが死ぬかもしれないからそうしてるだけ。気に病むことはないわ」


 心の中で、美咲はグモにも頭を下げた。


(ごめん、グモ。見張りの人、守れなかったよ)


 死んだゴブリンの中にはカダモという名前のゴブリンもいるはずで、彼を守れなかったことが美咲は悲しかった。

 名乗られないとゴブリンの見分けが大してつかない美咲には、ゴブリンの顔を見比べても誰がカダモか分からない。

 自分が戦ったゴブリンを倒さなかったところで自己満足に過ぎないが、それでも可能性があるとないのとでは大違いである。

 人間であってもこの世界の生まれではない美咲は基本的に平和ボケしているし、魔族や魔物が仇敵だという認識は無いから、止めを刺すのが当然だというこの世界の常識は理解できてはいるものの、どうしても違和感を感じざるを得ない。

 また、感じている違和感を無くしてはいけないとも思う。

 何しろ美咲は、元の世界に必ず生きて帰るつもりなのだから。


(止めを刺すことを躊躇って殺されたら本末転倒だけど、止めを刺すのが当然と思ってもいけない)


 美咲は戒めとして、その認識を胸に刻んだ。


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