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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:美咲が助けた魔族たち4

 ミトナが目覚めてからそう時間も経たず、最後の一人であるルゥが目を覚ました。

 ルゥは貝娘だ。

 具体的には、貝殻の中に篭る性質を持つ魔族で、容姿は全体的に人に似ているものの、中身はかなり違いがあり、彼女の骨はとても柔らかく、自由に変形する。

 その軟体性を生かして様々な貝殻に篭るヤドカリのような性質を持っており、目覚めたばかりの彼女は真っ先に貝の中に隠れてしまった。

 隠れた貝はサイズが巨大なのを除けばサザエに似ている巻貝で、貝から顔だけ覗かせるルゥは美咲と目が合うと涙目でフルフル震えた状態で固まってしまう。


「そんなに怖がらなくてもいいよ? 別に何もしないし……」


 美咲の表情に苦笑が浮かんでしまうのも、仕方ないというものだ。

 目が合ったルゥはまるで蛇に睨まれた蛙のような状態で、目を逸らすことすら出来ずに泣きそうになっている。

 どうやら相当気が弱いらしく、目が合うと咄嗟に完全に貝の中に隠れることすら出来ないらしい。


「だ、大丈夫?」


「ひゃあ!」


 さすがに心配になった美はルゥの目の前にしゃがみ込む。

 ルゥは悲鳴を上げ弾かれたように貝の中に顔を引っ込めた。


「……」


 まともな会話が出来そうにないことに美咲が唖然としていると、再び顔だけ見せたルゥは涙目のまま、美咲を見上げてきた。


「私のこと、苛める?」


「苛めないわよ。だって、助けたんだもの」


 苦笑を微笑に変えた美咲は手を伸ばし、ルゥの海色のように深い青の髪を撫でた。

 びくっと震えたルゥが再び反射的に貝の中に顔を引っ込める。

 殻の中に完全に身を引っ込めた上体のまま、ルゥはくぐもった声を出した。


「……本当に苛めない?」


「うん」


「優しくしてくれる?」


「うん」


「……じゃあ、好き!」


 ずぼっと勢い良く貝殻から上半身を出したルゥが、そのままの勢いで美咲に抱きつく。


「うぉわ!」


 咄嗟に踏ん張れなかった美咲はルゥに押し倒されるような形ですてーんと倒れる。


「ぷっ」


 その様子を見ていた魔族の女性陣から、抑えようとして抑え切れなかったような感じの中途半端に吹き出すような音がした。

 見れば、カネリアが倒れた美咲と、その美咲の身体に笑顔ですりすりと頬ずりしているルゥを見て、くすくすと笑っている。


「ご、ごめんなさい。ルゥちゃんがそんなに懐くとは思わなかったので」


「……まあ、懐かれて悪い気はしないわね」


 吃驚した表情で自分の身体にしがみつくルゥと笑っているカネリアを見ていた美咲は、やがて自分もくすりと笑い、上半身を起こしてもう一度ルゥの髪を撫でる。

 今度はルゥは逃げなかった。

 撫でる手はそのままにルゥから目を離し、美咲は他の魔族の女性たちを順繰りに見つめる。


「これで全員目が覚めたのよね。気分が悪いとか、体調が悪いとか、身体の具合が悪いとか、そういう不調がある人はいる?」


 真っ先にカネリアが居住まいを正した。


「私は大丈夫です」


 背筋を伸ばしてしゃちほこばるカネリアの横で、エリューナは自然体の態度を崩さずに余裕な態度を見せる。


「問題ないわ」


 幸い、エリューナの態度に無理をしている様子は見受けられず、彼女は大体復調してくれたようだ。


「心配は無用よ。……ていうか、人間に弱ってるところなんて見せられるわけないし」


 逆に痩せ我慢をしているのが丸分かりなのがメイラで、顔色が悪いし、足元もふらついている。

 しかし気丈な態度を取っており、美咲が指摘すると怒り出しそうである。


「少し、まだ気分が悪い、かもです」


 メイラとは対照的に、自分の状態を素直に受け止めているのがマリルで、無理せずに美咲と同じように地面に腰を下ろしている。


「体力が大分落ちてるし、腕の筋力も下がってるけど、今の状態でもそれなりに戦えるわ。助けられただけの恩は返すつもりよ」


 冷静に自分の状態を見極めているミトラは、体力的にはとても絶好調と呼べる状態ではなくとも、精神的には安定している様子だ。

 村人らしからぬ、凄まじいメンタルの強さである。


「好きー♪」


 約一名が我関せずとばかりのマイペースさですりすりを続行しているものの、ほぼ問題なく全員が美咲の質問に答えてくれた。

 若干名、意地を張っているように見受けられるのが、美咲的には少々気になるけれど。



■ □ ■



 それからしばらく、ある程度皆の体調が復調するのを待ってから、美咲は移動を開始した。

 今いる場所は野営するには不都合が多かったのだ。

 街道沿いが野営をするには一番適しているのだが、生憎占領された魔族の村から逃げてきた美咲たちは、敵の目をくらますために街道から外れたルートを通っていた。

 幸い魔族領では人族領ほどはぐれ魔物と出くわす率は高くなく、はぐれ魔物と戦ったのは一回きりだった。

 それも元々はただの村人であるはずの魔族五人が唱えた魔法で瞬殺で、美咲が手を出す暇もなく、美咲は魔族には非戦闘員という概念が無いというかつての教えを噛み締めていた。

 なるほど、確かにその通りだ。はぐれ魔物どころか、同数で魔法が使えないならば人族兵すら手玉に取れるに違いない。

 道無き道を突っ切って、ある程度村から離れたところで、美咲たちは街道沿いに出た。

 夜の街道を歩く姿は誰も無く、聞こえるのは風の吹く音や肉食ではない無害な虫型魔物の鳴き声のみ。


(この辺りで、良さそうかな)


 地面に年季の入った野営の痕を見つけて、この場所が野営場所であることを確認した美咲は、ここでいったん朝まで腰を落ち着けることに決めた。

 街道から離れて野営することも考えたが、野営場所でない場所で野宿すると魔物が寄ってきてかえって危険なので諦めた。

 どうせ見つかる可能性があるのなら、不意を打たれないようにこちらからも発見しやすい方がいい。


「皆疲れてるだろうし、朝まで休みましょう。私が見張りをしておきます」


 比較的安全といっても、確実ではないのではぐれ魔物に襲われる可能性はゼロにはならない。

 また、しつこく人族兵が美咲たちを追っていれば戦闘になるだろう。

 それらの可能性を考えて、寝ずの番を申し出た美咲に、魔族の女性陣が待ったをかけた。


「美咲さん、見張りなら私が……」


 小さく手を上げて申し出た拍子に、カネリアの白い巻き毛が揺れる。

 闇夜の中でも白い巻き毛と角ははっきりと見えていて、彼女の可憐さを見る者に訴えかける。

 生真面目に、カネリアはこれ以上美咲に迷惑はかけられないと思っていた。

 自分たちを助けてくれただけでも、既に返しきれない恩を貰っているのだ。

 返せるタイミングが少しでもあるならば、カネリアは積極的に返していきたいと思っている。

 ただの村人であるカネリアには、人族に対してならばともかく、美咲自身に対しては悪感情は抱いていない。

 むしろ、美咲は魔族で男性であったならば、一目惚れしていてもおかしくないくらいには、カネリアにとって自分たちを助けてくれた美咲の存在はヒーローなのだ。


「恩人にそんなことをさせられないわ。ここは私が……」


 カネリアと同じように、美咲に対して恩義の念を抱いているのが、エリューナである。

 見た目が女神像を思わせる美女を模した石像であるため、表情が分かり辛いエリューナは、その凍りついた作り物の仮面の裏で、激しい感情を渦巻かせていた。

 村を占領された際に夫を殺され、自らも慰みものにされていたエリューナは、人族兵に対しては深い恨みを抱いているものの、それを人族全体に向けてもしょうがないと冷静に思える程度には精神的に持ち直している。

 その理由はやはり、美咲の存在が大きい。

 自分たちを虐げたのが人族であるならば、助けてくれたのもまた、人族である。

 だから、エリューナは人族という括りとは別に、美咲のことを特別視しており、その心情はエリューナ本人は自覚していないものの、美咲に対する思いは深い。

 その理由としては、村を出る際に美咲が倒した人族兵士や騎士たちの中に、彼女の夫を殺した仇がいたからだ。美咲は気付かなかったが、エリューナは顔を知っている。

 夫を失ったエリューナは、その向ける対象を失った愛情の行き先を、敬愛として美咲へと向けた。

 傷付いた心を守る、一種の代償行為だった。

 もっとも、助けられたからといって、誰もが美咲に心を開けたわけではないが。


「人間の見張りなんて信用できない。私がやるわ」


 翼族のメイラの背中には、もう翼は無い。

 同じ翼族の中でも人一倍己の翼を大事にしていたメイラは、身体が汚されても、翼さえ守れればそれでいいと思っていた。

 だからこそ、反抗もせず、人族に対してむしろ協力的に接し、嫌悪感も我慢して身体を開いたのに、翼を大切にしていることが人族にばれた途端、ただメイラを傷付け悲鳴をあげさせることだけを目的として、見せしめのように翼を捥がれた。

 従順にしていたにしては、報われない結末だった。

 助けてくれたことには感謝しているものの、もしかしたらまた裏切られるのではないかと、メイラは美咲のことを信じたくても一度裏切られた記憶が邪魔をして踏み切れないのだ。

 美咲はメイラの事情を知っているわけではない。もちろんメイラが話していないからだ。


「私がやりましょう」


 六本腕のうち、四本の腕で腕組みをして、ミトナが歩み出ながら申し出る。

 腕組みした上に豊かな双球が乗り、歩く度ににたゆんたゆんと揺れている。

 しかし生憎この場にいるのは美咲を含め同性ばかりなので、普通にスルーされた。

 男が見れば思わずガン見してしまうような光景でも、女には関係ないのである。単純に大きさに驚いたり、母性を感じることくらいはあるものの、そこに性的魅力を感じて欲情したりはしない。


「美咲と一緒に見張りしたい!」


 六人の魔族の中で、一番精神年齢的にも実年齢でも幼いルゥは、その幼さが幸いして物事を単純に捉え、すっかり美咲に懐いた。

 さすがに移動中は離れているものの、休憩中は美咲にべったりで、だからこそ美咲の体質に真っ先に気付いた。

 本当は四六時中一緒に居たいのだが、生憎移動に魔法を使っているので、一緒にいると美咲の魔法無効化能力で極端に動きが遅くなってしまうため、泣く泣く離れている。

 その欲求不満を生めるように、休憩中は美咲にひっつくのだ。

 可愛いのだが、貝殻から顔だけ出す美少女が美咲をカルガモの親子のように追いかける様は、少しシュールである。


「じゃあ、順番にお願いしようかな。私を含めて二人ずつ交代制にしよう」


 皆の意見を取って、美咲はそう提案したのだった。


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