二十六日目:美咲が助けた魔族たち3
白い巻き毛とくるんとカールした一対の角が特徴的なカネリアと、全身白磁の女神像のようなエリューナ、今は翼が捥がれているものの、天使の輪さえついていれば天使にしか見えない翼族のメイラ。
この三人に負けず劣らず、残り三人の魔族も人の特徴を持ちながらも非常に個性的な姿をしている。
例えばそのうちの一人、魚女族のマリルは陸上にいる今でこそ人の足を持っているが、水に入ると魚の尾に変わるらしい。
マリルの髪はいつも濡れていて、しっとりとした艶のある深い青を湛えた色をしており、その髪から覗く耳は魚のヒレの形をしている。
顔から股間部分までは人と同じ肌色で、そこから下半身は人の足状態でも魚のような鱗で覆われている。
太陽の下で見ると、鱗の一つ一つがキラキラと光で反射して輝くのでとても綺麗だ。
特筆すべきはやはり、乳房の下、わき腹辺りにある鰓だろう。
肺とは別に鰓を持つが、これは幼少期の名残で、成長した今では殆ど飾りでしかない。
呼吸は肺に依存しており、このため陸上でも問題なく活動することができる。
逆に水中では、一日に数回は息継ぎのため水面に顔を出さなければならない。
もっとも、美咲は数時間息継ぎなしで水中に居られるだけで、十分に凄いと思うのだけれど。
回復魔法に長けているのはメイラのみで、他の女性たちは魔族であっても簡単な回復魔法しか使えない。
よってマリルが捕まっている際に負った傷も、治っているのは皮膚に付けられた擦過傷や切り傷といった単純なもののみであるが、それだけでも彼女の呼吸はかなり楽そうになっている。
「……うん。主要な臓器に損傷は無さそう。これなら命に別状は無いから、直に目を覚ますと思う」
診断を終えたメイラがそう結論付け、美咲の視線に気付いてさささっとエリューナの背後に隠れた。
露骨に警戒されていることに、美咲は苦笑を浮かべる。
(もうちょっと、慣れてくれてもいいのになぁ。……無理なのかなぁ)
勿論美咲自身にメイラに対する害意など全く皆無とはいえ、彼女が置かれていた境遇を考えると、人間であるというだけで警戒されてしまうのも、仕方ないことであるとは理解できる。
(まあ、彼女の場合は敵意だけじゃなくて、怯えもあるのが、まだマシ……なのかな?)
気休めでしかない違いであることは分かっている。
それでも、敵意を抱かれるだけよりは、まだ歩み寄れる確立は高いはずだ。
「う……」
か細い声が上がり、美咲は反射的に声がした方に顔を向けた。
どうやら、マリルが目覚めたようだ。
「ここは……?」
周りをぐるりと見回したマリルは、愕然とした表情で、ぽつりと呟いた。
「あの人間たちが何処にも居ない……。本当に私たち、助かったの?」
(この人、途中まで意識あったんだ……)
まさか状況が理解出来ているとは思っていなかったから、美咲は少し驚く。
美咲の案内係としてエルディリヒトに命じられてつけられていたカネリア以外、助け出した直後は酷い状態だったから、てっきり意識が無いものとばかり思っていた。
実際に、声を掛けても返事が帰ってくることは無かったから、気絶してしまっていると勘違いしていた。
「そうだよ。この人が、悪い人間たちをやっつけてくれたの。こうばあっと炎で道を作って、凄かったんだから!」
唯一美咲が戦う場面を見ていたカネリアが、興奮した様子でマリルにまくし立てている。
そんなカネリアを微笑ましいものを見る目で見ているのがエリューナで、逆に呆れた顔で見ているのがメイラだ。
「まあ、そんなことが。私たちを助けてくださったんですね。驚きました。人間に、あなたみたいな人が居たなんて。……夢じゃ、無かったのね」
柔らかい笑顔を浮かべたマリルがふと下を向く。
ぽつりと呟かれた言葉と流れた一筋の涙には、美咲は気がつかない振りをしておいた。
「そうだ。ミトナは大丈夫かしら。彼女は、最後まで人間たちに抵抗していたから、酷く痛めつけられていたはずよ」
マリルが腰を浮かせようとして、小さい悲鳴を上げて転げる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る美咲の後ろから、カネリア、エリューナ、メイラの三人も集まってくる。
「いたたた……。身体中あちこち痛むわね。特に股間と、お尻の辺りが、凄く痛い……」
どうしてその部分が痛いのかは、まあ、彼女が捕まっていた期間に何をされていたのかを考えれば、自ずと知れる。
「わ、無理して動かないでください! しばらく休んでていいですから!」
「お言葉に、甘えさせてもらうわね……」
疲労の篭った息をつくと、マリルは再びその身を地面に横たえた。
メイラほどではないが、それでもやはりそこそこ衰弱している様子だ。それにメイラとは違って、怪我も治りきっていない様子である。
まあそれでも、命に別状が無いことを確認できたのだから、良しとするべきだろう。
残る二人の様子を確認しようと、美咲は目を向けた。
■ □ ■
魔族という種族は人間に比べ、本当に多種多様な姿に分かれている。
比較的人間に近い姿を持つ者がいれば、魔物からの突然変異で生まれ、新しく魔族に定義された人外にしか見えない者もいる。
ただ、後者の方は突然変異の影響で高い能力を持っていることが多いから、その多くが軍事活動に従事することになり、一般の街や村には比較的人に近い魔族が多い。
人族に占領された村にもそんな魔族は多く、その中でも容姿に優れていた者たちが、今回美咲が助けだした五人の女性たちだった。
白いふわふわした羊の毛のような巻き毛のショートカットに、カールした大きめの一対の羊角を持つカネリアは、美人というよりも美少女で、美少女というよりもあどけなさと可愛らしさの方が先に立つ愛くるしさがある。
スタイルは見事に平坦で、子ども体型であることを本人も密かに気にしていたのだけれど、子どもっぽい容姿に違わず言動も子どもっぽく元気で無邪気なのでそんな性格が似合っている。
ただ、その本来の性格は現在鳴りを潜めていて、美咲がカネリアに抱いた第一印象は、儚げな雰囲気の大人しい子というものだった。
カネリアがそうなってしまった理由は勿論、村を人間に占領され、カネリア自身も酷い扱いを受けたことが原因だ。
村人の生き残りはカネリア自身を含め敢えて生かされた五人のみで、他の村人たちは全員皆殺しにされている。
その中にはカネリアの家族も含まれており、彼らはカネリアだけでも守ろうと彼女を家の中に隠したのだが、努力空しく結局カネリアは見つかってしまい、今に至っている。
「えっと、こっちがミトナさんで、こっちがルゥちゃんです」
そのカネリアは、現在残る二名を美咲に紹介していた。
二人はまだ目覚めず、マントに包まれて地面に横たわったままだ。
ミトナとルゥと呼ばれた二人も、他の四人と同じく容姿自体は人に近く、かつ極めて整っている。
勿論完全に人と同じというわけではなく、あくまで人に似通っている部分があるに過ぎないものの、それでも共通する部分として、顔と胴体部分は人に近い。
だからこそ捕らえられたのだし、人間に奴隷として扱われたのだ。もっと人外の方向に寄っていれば、他の村人と同じく、その場で殺されていたことは想像に難くない。
二人とも容姿自体は人間でも十分に受け入れられるレベルで、そこだけを見れば人間が欲情するのも当然と思える。
しかしそれ以外の差異も無いわけではなく、例えばミトナは腕が三対合計六本もあって美女の姿をしていなければ完全に人外だし、ルゥはもっと極端で、殻に篭った美少女の姿をした貝である。
見た目の年齢ではミトナは五人の中で一番年上に見える。逆に一番年下に見えるのはルゥで、子どもっぽいカネリアよりさらに見た目が幼い。
魔族は一定の年齢以上で急激に老化が遅くなるので、見た目以上に六人の年齢差はありそうだ。
六本腕のミトナは中東風の美女で、見た目の雰囲気自体は美咲と同じく、この地方の人間とはかけ離れている。
とはいっても、魔族の容姿での出身地の判断は正直当てにならないので、ミトナが何処の生まれかは容姿から推し量ることは出来ないだろう。
民族衣装風の洒落たヴェールで頭を覆っており、身体を覆っていた元々の衣服自体は剥ぎ取られてしまっているが、腕や足の装飾は残っていた。
装飾の色彩は赤や黄色など明るい色がふんだんに使われていて鮮やかで、元の世界のイスラム教国家でよく見るようなものとは随分異なっている。
肌の露出度は助け出された当時の姿がアレなので判断出来ないものの、ヴェールなどの残っている一部分を鑑みるに、それなりにはありそうである。
ミトナは傷だらけで、メイラが傷を治療するのにかなりの時間を要した。
「う……」
微かに呻き声を上げて、ミトナが目を覚ました。
気付いたカネリアがすかさずミトナに声をかける。
「私の声が聞こえますか? 気分はどうですか?」
声をかけられたミトナはマントに包まって横になった状態のまま視線を彷徨わせ、カネリアを見つけて弱々しい微笑みを浮かべる。
「ごめんなさい。何がどうなっているのか、よく覚えていないのだけれど、あいつらが居ないところを見ると、何とか今日も無事に一日が終わったのかしら」
どうやら、ミトナはまだ自分が助け出されたことに気付いていないようだ。
無理も無い。
美咲の案内をしていたおかげで一時的に人族騎士や兵士たちの相手をしなくて済んでいたカネリアと違い、ミトナを含めた他の女性たちは助け出される直前まで相手を強要されていた。
精神的にかなりの負荷が掛かっていたことは間違いないだろうし、他のことに意識を割けなかったとしても仕方ない。
むしろ、自分の殻に篭り外界との意識の接触を断つ逃避行為は、崩壊してもおかしくなかった彼女たちの精神を繋ぎ止める、数少ない方法だったことだろう。
「ここはもう、村じゃないんですよ、ミトナさん。あいつらは居ないんです」
自分も泣きそうになりながら、笑顔でカネリアが事実をミトナに告げる。
きょとんとした顔になったミトナは、そこでようやく周りを見回して、他の存在、つまり自分を注視するエリューナとメイラ、マリルといった既に目覚めてある程度動けるようになった同じ境遇の女性たちと、まだ目覚めていない貝娘のルゥ、そしてこの場にいる唯一の人間である美咲に気付いた。
美咲の姿を見てミトナが一瞬表情を強張らせ、身を起こそうとした。
「彼女は悪い人間じゃないですよ。むしろ、あいつらから私たちを助けてくれた良い人間です」
警戒するミトナを押し留め、カネリアが美咲のことを説明する。
「まあ、まだ決まったわけじゃないけど。今後の行動については私がしっかり見張るから大丈夫よ」
どうやら、メイラはまだ美咲のことを完全に信用したわけではないようだ。
「別に、そこまで警戒する必要は無いと思うんだけどねぇ」
苦笑するエリューナは、年の功がある分人を見る目があるのか、既にある程度美咲に対して警戒を解いているようだ。
まあ種族が違えと同じ女性だし、実際に美咲が人族騎士や兵士たちと敵対するのをカネリアが見ていることもあって、まだ疑念を残すメイラの方が希少といえる。
「優しい人だと思います。あと少し、変わってるかも」
マリルも美咲は他の人間とは違うと考えているようで、そして少なからず変人と捉えていた。
自分が属するコミュニティに真っ向から反発して飛び出してしまった形になる美咲は、確かに変人と思われても仕方ない。
まあ、どう思われても美咲がするべきことは変わりないので、美咲自身も気にしていない。
「……ありがとう」
「どういたしまして。助けられて良かったです」
事態を理解して美咲に礼を言うミトナに、美咲は微笑で答えるのだった。