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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:美咲が助けた魔族たち2

 比較的良好な精神状態のエリューナだが、それは彼女が人一倍気丈だからで、誰もが彼女のように落ち着いていられるわけではない。

 助かった後も、ふとした拍子に錯乱状態に陥ってしまう者も居り、彼女──メイラもまた、その一人だった。

 メイラは美咲が助けだした魔族の女性たちの中では一番美しく、人間に近い容姿をしている。

 差異といえばその背中に生えた一対の大きな翼くらいで、金髪碧眼というこの世界の人間の中では珍しくも無い髪と瞳の組み合わせをしていることもあり、翼さえ無ければ人間と変わらない。

 現に、メイラの翼は囚われた際に飛行による逃走を防ぐため根元から切断されてしまっており、彼女はもう二度と飛べない身体となっていた。


「い、いや……来ないで……」


 目を覚ましたメイラは、美咲を見つけると、その白磁の美貌を恐怖に歪め、腰を浮かそうとして倒れ、慌てたエリューナとカネリアに支えられた。


「怖がる必要は無いわ。彼女は私たちに危害を加えない。それどころか、私たちをあの屈辱的な地獄から助けてくれたのよ」


 恐慌を起こして暴れるメイラを抱き締め、エリューナは赤子をあやすような慈愛を篭めた目をメイラに向け、微笑んだ。


「落ち着いてください。もう、メイラさんを傷付ける人間はいませんから」


 カネリアもまた、メイラの右手を両手で握り締め、もう安全だということを、強調して告げる。

 二人の努力の甲斐あって、段々と落ち着きを取り戻したメイラは、上目遣いでエリューナとカネリアの二人を見つめた。


「本当に私たち、助かったの……?」


 メイラの視線が逸らされ、美咲に向けられる。

 少しでも安心して欲しいという願いを篭めて、美咲が愛想笑いを向けると、メイラの視線が険しくなった。


「期待させておいて、また絶望させるんでしょ? あなたは、人間だもの……。人間は、信用できないわ……」


 どうやら、簡単には心を開いて貰えないようだ。

 今までこの世界で過ごした日々で得た経験と知識から、人族と魔族の間に横たわる軋轢を承知している美咲は、そう簡単には打ち解けられない者が出ることを予想していた。

 実際に、アレックス分隊の隊員たちも、美咲に心を開いたニーナの方が少数派で、ミルデを共通の友人に持つアレックスでさえも、美咲に対してはどこか一線を引いていた。

 そのことで、美咲は彼ら彼女らの意識に問題があるとは思わない。

 この世界においては人族と魔族双方に平等に接する自分の方が異端であることも、どちらの種族も助けたいという自分の行動がこの世界の常識では奇異な目でしか見られないことも、美咲は承知している。

 それでも、美咲はこの二つの種族に、手を取り合ってもらいたかった。

 混血の隠れ里で、混血を守るために魔族と人族が助け合って生活していたのを見ていたがために。


「別に、そんな持ち上げて突き落とすような真似をするために、こんな労力を割いてあなたたちを助けたりはしないわ。それより、身体は大丈夫? 特に、背中の傷とか、きちんとした治療をされていないんじゃない?」


 美咲に気遣われたメイラは、自分が失った翼を意識して身体を震わせる。

 メイラの瞳にじわりと涙が浮かんだ。

 魔族は多種族の集合体だ。

 一括りに魔族といっても、人間に黄色人白人黒人と細かな差異がある以上に、魔族には大きな差異がある。

 せいぜい肌の色や目の色、髪の色が違う程度でしかない人間とは対照的に、魔族は多種多様な形に細分化していて、同じ種族でありながら、全く別の種族としてか思えないような組み合わせもある。

 その点で言えば、メイラはかなり人に近く、唯一の違いであった翼も失った今となっては、外見上の人との違いはほぼ無くなったと言って良い。

 そしてその事実こそが、村が占領されて美咲に助け出されるまでの間、メイラにとっての不幸だった。

 囚われて慰み者にされるのと、その場で殺されるのと、果たしてどちらがマシだったろうか。


「あまり状態は、良くないのよね……? このまま劣悪な環境に置かれていたし、放っておくと病気になるかもしれないわ」


 エリューナが、俯くメイラを気にしながらカネリアに問い掛ける。

 カネリアは考え込んでから答えた。


「でも、私はせいぜい血を止めるくらいしか治癒魔法は使えないし……。エリューナさんも回復魔法は得意じゃないですよね?」


「ええ。というか、回復魔法が一番得意なのは、メイラ自身よ。でも、その本人が魔法を使える精神状態にないというのがね……」


 皮肉にも、美咲が助けだした魔族の女性たちの中で、一番治癒魔法に優れているのが、今治癒魔法を必要としているメイラだった。

 魔法の発動率は魔族語の発音に左右され、魔法の効果の大小は発動の際に篭められたイメージに左右される。

 勿論どんな魔族語を発動の言葉として使うかによっても効果は変わるが、同じ言葉でも篭められたイメージの強弱と一貫性によって魔法の効果というのはかなり増減する。

 強靭な精神力で以ってぶれない意志を篭めればそれだけ強力になるし、雑念が多かったり、精神的に衰弱していたりするとそれだけ効果が弱まる。

 強い感情の爆発が、魔法の威力を高めるのだ。攻撃魔法なら怒り、回復魔法な慈愛などといったように、特定の感情が発現する魔法効果を強化してくれる。

 美咲が、蜥蜴魔将ブランディールを屠った時のように。


「元々は多分、あなたたちの持ち物だと思うけど、村の兵士たちから回収した治癒紙幣が少しならあるわ。それで治せないかな」


 少しでも心の距離を近付けて欲しいという願いを篭めて、美咲はそう切り出した。



■ □ ■



 メイラは明確な答えを返さなかったものの、拒絶もしなかったので、美咲は彼女の翼が切り取られた傷を治癒紙幣で癒した。

 美咲が使ったのは一番価値が低いソォイ紙幣、つまり小治癒紙幣だったので、失った翼を再生させることはできないが、悪化しかけていた傷口を良好状態にまで回復させることができた。

 翼が無い以上完治とは呼べないだろうけれど、それでも傷は塞がっているから、これから先彼女が痛みに苛まれるようなことは無いだろう。

 精神的なものを除けば。


「……ありがとうございます。一応、お礼は言っておきますね。でも、まだあなたのことを完全に信用したわけではありませんから」


 回復したメイラは、目を逸らしながら美咲にそう言うと、ふいと顔を背けて美咲から離れていった。

 そんなメイラの様子を見て、カネリアがホッとした様子で息をつく。


「良かった。メイラちゃんも、ちゃんと美咲さんのことを受け入れてくれたみたい」


 カネリアはどこか安心したような笑顔でメイラの動きを目で追っている。

 思わず、美咲は唖然としてカネリアのことを見つめてしまった。


(え? あれで?)


 美咲としてはまだまだ塩対応ぶりは継続しており、仲良くなるのはもっと時間が掛かりそうだと思っていただけに、カネリアの言葉は衝撃的だ。

 狼狽する美咲を見て、エリューナがくすりと笑みを零す。


「本当に相手のことを拒絶する場合、あの子はそもそも声すら掛けませんからね。そのうえお礼なんて絶対口にしません。あの態度はあなたのことを認めている証拠ですよ」


 ツンデレか。

 美咲の脳裏に、そんな言葉が過ぎった。

 もう少し美咲が調子のいい性格だったら、頭に過ぎるだけでなく実際に言葉として口に出していたかもしれない。


(なんて分かり辛い……)


 それにしても、元々が人間に対してあまり良い感情を持っていない者が多いせいか、美咲が知り合った魔族はツンツンしている者が多い。

 アレックス然り、彼の分隊員のエウート然り、まだ名前を知らないアレックス分隊の元人妻魔族然り、そしてこのメイラ然り。

 まあでも、心を許して貰えるのなら、それはそれで悪くない。


(ニーナたちも、無事に逃げ出せたかな……。アレックスさん含め他の人たちも行方不明だし、心配だわ)


 心中で彼らの無事を祈りながら、美咲は目の前の魔族たちを見る。

 金髪碧眼の翼を持つ魔族の一種、翼族であるメイラは、精神的な衰弱状態から立ち直り、残りの二名の看護を行っている。

 翼族はもともと人にかなり近く、人と明確に違うといえるのは翼だけなので、その翼を捥がれたメイラは見た目が完全に人と変わらない。

 自力での飛行も翼を失ったことで不可能になり、魔法によって飛ぶしか方法が無くなった。

 ちなみに、魔法での飛行はメイラにとって燃費が悪く、しかも自前の翼で飛行が出来たこともあり、メイラはかなり苦手のようだ。

 実際に立ち直ってからメイラは魔法での飛行を試しており、失敗に終わっている。

 やはり、一口に魔族といっても、実際の魔法の腕は得手不得手があるようだ。

 よく考えれば当然である。

 元々飛べるのなら飛行魔法を磨く必要性は皆無だし、水中で呼吸できるのに水中で活動するための魔法を開発する意味もない。

 魔法とはつまり不可能を可能とする技術であり、つまり元々可能なことであるならば魔法に頼る必要は無いというわけだ。

 見た目は人間と変わらないメイラに比べ、カネリアとエリューナはそれぞれ明確な差異がある。

 カネリアは羊族という種に属する魔族で、その名の通り羊の毛のような白い巻き毛が特徴的なふわふわした美少女だ。

 巻き毛である髪の毛の間からは、これまたくるんと巻かれた角が左右に一対ずつ突き出ており、肌の色も透き通るような白なので、全身真っ白な少女である。

 美咲が助けだした当初、カネリアの体色はどちらかといえば灰色で、それは奴隷にされていた間の生活による諸々の汚れが酷く付着していたからだった。

 入浴どころか水浴びも出来ないので、手っ取り早く魔法で洗浄した結果、彼女の毛色が純白とも言えるほど混じり気のない白であることが分かったのである。

 新雪が降った後の大地のような真っ白さはとても綺麗で、正直ちょっと美咲は見とれてしまった。

 メイラとカネリアに比べると、エリューナは少し容姿的に人から離れる。

 人型であることは間違いないし、美しい容姿であることも疑いようは無いが、エリューナの見た目は、言い表すならば女神像なのである。

 肌の色は灰色だし、質感は冷たく、生き物にしては硬い皮膚を持つ。エリューナの皮膚は特殊で、一定以上の衝撃に対して瞬間的にもっと硬くなるそうだ。

 実際、触るだけでは普通の人間よりやや硬い程度でしかないのに、力を篭めると篭め具合に応じて同じくらいの硬度が返ってくる。


(本当、魔族って摩訶不思議だわ……)


 魔族のユニークさに感心しながら、美咲は残る三人の様子を見ようと向き直った。


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