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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:美咲が助けた魔族たち1

 走り続けた美咲と魔族の少女は、村が見えなくなったところでようやく足を止めた。

 美咲も魔族の少女も体力の限界が近かったので、しばらく荒く息をついて気息を整える。

 同時に維持できなくなった魔法が消え、魔族の少女が浮かせていた村の女性たちが地面に横たえられる。

 完全に魔法が消える前から浮いていた高度は下がり、最後は地面にかなり近かったので、着地で女性たちが怪我するようなことはない。


「本当に、生きて脱出できるなんて……」


 深く息を吐くと、瞳から涙を滲ませ、少女は震える声を絞り出した。

 少女は感無量といった面持ちで、どこか自分の現状に実感が抱けていない様子だった。

 無理もない。

 魔族の村で平穏な生活を送っていたら、人族に村が征服され、奴隷として酷い扱いを受けていたのだ。

 日常が壊れてしまっていたのは間違いようのない事実であり、日々の感覚すら喪失してしまっていたとしてもおかしくはない。

 実際の日にちよりも、少女は奴隷として過ごした時間を長く、それこそ永遠のように感じていたことだろう。


「助けてくださってありがとうございました。本当に、あなたには何てお礼を言えばいいのか」


 感謝を言葉で表しながらも、上目遣いで美咲を見つめる魔族の少女の表情には、美咲に対しても微かな恐れがあった。

 人間である以上、美咲も傍から見ればこの世界の人間と何ら変わりはなく、違いといえば人種的な違いくらいで、西洋人を思わせる人間が多い中では東洋人は少し目立つという程度の問題しかない。

 美咲もそれが分かっているからこそ、身体の強張りが取れていない魔族の少女の態度にも、何も言わずに気付かない振りをした。


「礼は要らないわ。私がしたいと思ったことをしただけ。単なる自己満足なんだから」


 美咲は本気で、自分の行ったことは感謝されるようなことではないと考えている。

 今の美咲はいわば蝙蝠のような立ち位置で、一方では人間側につき、一方では魔族側につくと、あやふやな選択を取っている。

 自分の選択に悔いは無いけれど、少なくとも、占領した魔族の村で魔族を助けるために暴れたことで、美咲は確実に人族側としての立ち位置を悪くした。

 もしかしたら、今後人族の領域に、美咲の居場所はないと断言できるかもしれないくらいには。

 そして、人族から爪弾きにされたからといって、魔族の庇護下にも入れない。

 いくら魔族を助けたところで美咲の身体に刻まれた死出の呪刻が消えるはずもなく、呪刻が存在する以上、その術者であるはずの魔王を殺さなければならないことにも変わりはない。

 魔族を統べる魔王を殺そうとしている以上、完全に魔族の側に立ったところで再び裏切り者扱いされるのは目に見えている。

 身の保身を考えるなら、美咲は動くべきではなかった。魔族の少女を含め、奴隷として囚われていた彼女たちを助けるなど、以ての外だった。


(助けるって決めたのは、私の意志。こうなったのは私の自業自得。……それでいい)


 自分で選択した結果だからこそ、その結果に後悔はない。

 概ね、自分の望み通りに、今のところ物事は回っている。

 魔法の習熟度においては、美咲は魔族の少女に比べるべくも無く差をつけられているものの、基本的な体力は美咲の方に分があるようで、魔族の少女よりも体力回復が早く、美咲の方が先に動けるようになった。


「さて。息は整った?」


「すみません。もう少し……」


 完全に平常時に戻った美咲の呼吸に比べ、魔族の少女はまだ少し息が荒い。

 早く移動したいところではあるが、他にも元村人の女性魔族が五人もいる。

 彼女たちが目覚めないことには、たとえ魔族の少女の体調が戻っても、大した距離を稼げない。

 美咲は魔法が使えるといっても制御に難があるので、美咲が運んだ場合何かの拍子に宙に浮かせた女性たちを大遠投してしまいかねないからだ。

 実際、村を脱出したときも美咲は魔法の制御が出来ておらず、暴走の方向をコントロールするのが精一杯だった。

 同じ暴走でも、方向性を操れるようになっただけでも美咲は成長している。

 蜥蜴魔将ブランディールと戦った時は、誰かを巻き込まないように工夫することなど、間違いなく出来なかった。


(追っ手が怖いけど、仕方ないか。村の一部が景気よく燃えているはずだし、出来るだけ混乱が長く続くように祈ろう)


「じゃあ、少し休んだら、どこか野宿できる場所を探そう。街道のど真ん中だと、誰かに見つけてくれって言っているようなものだし」


「わ、分かりました。この辺りの地理なら知ってますし、任せてください」


 へにゃと微笑んだ魔族の少女に、美咲は内心安堵した。

 さすが元村人というだけあって、村周辺のことについては美咲よりも知識があるようだ。


「それじゃ、いつまでもお互いの名前を知らないのも何だし、自己紹介しようか。私は美咲。見れば分かる通り、人間よ」


「カネリアです。魔族の中の、羊角族という種族に属しています」


 確かに、カネリアと名乗った魔族の少女の髪はまるで羊の毛のように白くふわふわで、頭からはくるりと巻かれた羊を彷彿とさせる角が伸びている。

 足も人間の足のように五本の指は無く、代わりに蹄があった。

 手は指が三本しかなく、掌が蹄と一体化している。

 同じ蹄でも特徴があり、発達している足の蹄とは違い手の蹄は大分退化しているようだ。

 やはり、使わなければ衰えるのはどこの世界でも同じらしい。


「安全な場所に着くまで、これからよろしくね、カネリア」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 差し出された美咲の手を、カネリアは少し躊躇した後そうっと握り、はにかんだ。

 どうやら、少しは警戒を解いてもらえたようだ。

 信用してくれたようで、何よりである。



■ □ ■



 それからしばらくして、気絶していた魔族の女性たちが目覚めた。


「う……ここは」


 一番初めに目覚めたのは、最年長らしき三十代くらいの女性だった。

 最も、美咲が最年長だと判断したのはあくまで容姿からの推測なので、実際のところは分からない。

 魔族は実年齢と外見年齢が一致しないから、もっと歳を取っている可能性は十分にある。

 女性は肌は薄い灰色、髪も濃い灰色で、見た目的には全体的に石のような色をしている。

 村で人族の男たちから剥ぎ取ったマントを羽織らせる時に肌に触れた限りでは、表面はひんやりと冷たく、しかし肌の下からは確かな脈動を感じたことから、冷たい肌の下では生きた血管が通っていて、温かいのであろうことを窺わせた。

 戸惑った様子で視線を彷徨わせる女性は、やがて美咲を見つけると、表情を硬くして起き上がろうとし、身体に走った痛みに背を折って呻いた。


「痛っ……」


「まだ動かないでください。村からは脱出できましたが、まだ身体の治癒はできてませんから」


 目の端に涙を滲ませて痛みを堪えた女性は、掛けられた声に顔を上げ、羊毛を思わせるふわふわで真っ白な髪と羊の角を持つ魔族の少女を見て、呆けた声を上げた。


「……カネリアちゃん?」


 脱出するに当たり、全裸だった魔族の女性たちには、応急的にだが美咲とカネリアで昏倒させた騎士や兵士たちのサーコートやマントを着せておいた。

 本当はきちんとした衣服を着せてあげたかったのだけれど、さすがに性別どころか種族まで違ってはサイズが合うはずもないし、そこまでする時間も無かった。

 幸い、布で包む程度ならそう手間でもなかったので、美咲は妥協してカネリアと一緒に手早く済ませ、ここまで逃げてきたのである。

 当然、カネリア自身も、人族兵士から剥ぎ取ったマントをつけている。

 いわゆる裸マント状態なので、傍から見るとまるっきり痴女状態だが、何も無いよりは遥かにマシだ。


「はい。カネリアです。助かったんですよ。私たち」


 笑顔を浮かべるカネリアの瞳は潤んでいる。

 首を廻らせた女性は、もう一度美咲を見て、表情を険しくする。


「でも、どうして人間が此処にいるの? 逃げてきたんでしょ?」


「この方が、私たちを助けてくださったんですよ。人族の兵士や騎士たちを倒して、皆を運ぶ私のことを守ってくれたんです」


 呆気に取られた表情で、女性が美咲を穴が開くほど見つめてきた。


「あなた、人間なのにどうしてそんなことを……?」


「人間だろうと、魔族だろうと、あんな酷い扱いを受けていれば助けるのは当然です。少なくとも、私にとっては」


 肩を竦める美咲の言葉に、女性は今度こそ呆然とした。

 それほどまでに、美咲の行動はこの世界の常識と比べて異端だったのだ。

 そもそもこの世界の人間も魔族も、敵対している相手種族を自分たちと同等だとは認めていない。

 互いが互いを見下し、憎み、支配するべき劣等種だと蔑んでいる。

 人族にとっては魔族の出生率の低さによる絶対数の少なさがその根拠で、魔族にとっては魔族語が母語ではないということ自体が根拠だ。

 そしてこの二つの偏見は、戦争によって積み重なった互いの種族に対する恨みつらみによって増幅されている。


「彼女、本当に人間? 実は同族が化けているとかじゃなくて?」


 女性は美咲が本当は魔族なのではないかと疑っているようだった。

 まあ、女性がそう考えるのも無理はない。

 人間が助けたというよりは、実は人間に化けた魔族が助けたという方が、余程可能性としては有り得るのだから。


「え? わ、分かりません。美咲さんは、本当は魔族なんですか?」


 おろおろするカネリアは、困って眉が下がった表情で、美咲に尋ねてくる。

 苦笑して、美咲はカネリアと女性が抱く自分に対しての疑惑を否定した。


「残念ながら、人間よ。でも魔族語は下手だけど、一応話せる。今みたいに」


 美咲が話しているのは、拙いながらも魔族語だ。

 ルフィミアやアリシャから魔族語を学び、隠れ里で積極的に会話しながら鍛えたため、美咲の魔族語に対する語学力はめきめきと上達を続けている。

 習うより慣れろとはよく言ったもので、元の世界で学校で英語を勉強していた時よりも、圧倒的に身につきが早い。


「人間にも、あなたみたいな子がいるのね……。名前は?」


「美咲です」


 答える美咲に、女性は複雑な表情を浮かべる。

 理性としては感謝したいけれど、感情としては別だ。それほど、魔族と人間の間に横たわる溝は深い。


「そう。不思議な響きね。私はエリューナ。ケラン村の村長の妻です。……夫は、村を人間に奪われた際に殺されてしまいましたけれど」


 ケラン村というのは、人族に征服されたあの村の名前だ。

 エリューナと名乗った女性は、なるほど確かに良く見れば三十代前後の容姿とは不釣合いな、まるで老人のような落ち着きがあった。

 夫が殺されたというエリューナの言葉に、美咲が居心地悪さを感じていると、エリューナが頭を下げる。


「助けてくれてありがとう。まだあまり信じられないけれど……あなたみたいな人間もいるのね」


 告げられた、感謝の言葉。

 それだけで、美咲の心にじわりと温かいものが広がる。

 ようやくエリューナの顔に浮かんだ安堵の表情を見て、美咲は彼女を助けてよかったと、心の底から思った。


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