二十六日目:彼女が見たもの4
五人の魔族の女性たちを浮かせて運ぶ魔族の少女を護衛しながら、美咲は村の外を目指す。
「おい! 魔族が脱走したぞ! 追え! 逃がすな!」
当然、村の外で見張りをしている騎士や兵士たちに見つかり、追っ手が掛けられた。
「人間たちが、あんなに……!」
「振り返らないで! 私が足止めする!」
思わず立ち止まりそうになる魔族の少女を叱咤し、美咲は魔族語で魔法を唱えた。
「ヘェアコォイツゥオビィ!」
魔法を発動させる対象は、人族騎士や兵士たちが追ってくるすぐ先の地面。
彼らの目と鼻の先で、突然地面が爆発し、大量の土砂が舞い上がった。
「ぎゃあ!?」
「ちくしょう、俺の脚が!」
「目が、目がぁ!」
「くそ、どうなってやがる!」
砂埃の向こうで、悲鳴と怒号が聞こえる。
美咲が使った魔法は爆発魔法。
それを、彼らの足元で炸裂させた。
即興だったので発動はしたものの篭めたイメージはそれほどしっかりしていないから威力はそれほど高くないし、美咲の魔族語は元々発音が特別良いものとは言えない。
それでも、至近距離で起こった爆発はいわば地雷を踏んだことに等しく、追っ手たちにそれなりの被害を齎した。
吹き飛んだ土砂によって砂埃が舞い散り、追っ手の視界から美咲と魔族の少女を覆い隠す。
「これで少しは時間が稼げるわ。今のうちに距離を稼ぐわよ! 直線で逃げずに建物を経由して敵の視界を切りながら進んで!」
「は、はい!」
見通しの良い主要な通りを抜け、美咲と魔族の少女は曲がりくねった細い路地を、縫い目の隙間を掻い潜るように走る。
路地から再び大通りに抜けようとしたしたところ、大通りに人族騎士が兵士を連れて待ち構えているのが見えた。
「前方に敵がいます!」
「先行して私が排除する! あなたは足を止めないで走り抜けて!」
悲鳴混じりの声を上げる魔族の少女に、美咲は叫び返した。
「わ、分かりました!」
少女が頷くのを確認し、美咲は足を止めないまま魔族語を唱える。
「エァソォイアゥレェアヌゥオホベネ!」
美咲が地面に足をつくたび、地面が弾けてその爆発の力で美咲の疾走を手助けし、走る美咲の速度が大幅に上がった。
爆発は小規模なので、対ブランディール戦の時のように、一瞬で距離を詰めて肉薄したりはしない。
そもそもあのような規模の魔法を失敗せずに使えたのはあの時だけであり、火事場の馬鹿力的な意味合いが強く、こちらの方が成功率という観点から見れば圧倒的な差がある。
土がむき出しの地面に焦げ痕を残しながら美咲は楽々と魔族の少女を追い抜いて疾走する。
追い越された魔族の少女は、人間の少女が出す速さではない速度を出した美咲を見て、息を飲み感嘆した。
(凄い……!)
魔族の少女は自分が使える魔法のリソースを囚われていた魔族の女性たちの持ち運びに費やしているため、走る速度は普段の美咲とほぼ変わらず、それ故に加速した美咲は魔族の少女が彼らに発見されるよりも早く、逆に不意打ちに近い形で肉薄する。
当然、猛スピードで疾駆する美咲に彼らが気付かないはずもなく、一番最初に騎士が気付き素早く反応した。
「来たな! ここで押し留めて後続と挟み込むぞ! 全員抜剣せよ!」
即座に騎士が兵士たちに号令を下し、各々が武器を構えて美咲を待ち受ける。
「ベェアカァウヘタツゥオツムノォイメイェ、タァウラゴォイユゥ!」
腰に佩いた剣を抜き、美咲は魔族語を叫んだ。
剣の柄から先、ブレード部分が赤く染まり、不気味な鳴動を始める。
「私たちの邪魔をするな! 通してくれるなら私たちも手は出さない!」
「人間でありながら魔族に与する裏切り者め、聞く耳持たん! 死ね!」
「……命の保障は出来ないわよ!」
そこから先は、爆音の連続だった。
踏み込む度に美咲の足の裏で爆発が起き、剣を振る度に剣が爆発を起こす。
小規模とはいえ爆発の威力は無視できるほどではなく、兵士たちは美咲の速度を目で追い切れず、己の剣で受け切ることも出来ずに、美咲によって一方的に斬り捨てられていく。
無論、強化魔法ではないので美咲の身体にも少なくない負荷が掛かるが、短期決戦ならば問題ない。その程度には、美咲の身体は鍛え上げられている。この世界に来たばかりの頃とは違うのだ。
「あんたで、最後!」
「こんな、小娘に!」
騎士と美咲が激しく切り結び、やがて美咲の剣が騎士の身体を貫く。
強化魔法を使う騎士も、異世界人である美咲の前ではただの騎士に成り下がる。
爆発の威力を伴った一撃は、容易に騎士の防御をぶち抜いて重傷を負わせた。
「馬鹿、な……」
信じられないといった様子の顔で、騎士が美咲を睨んだまま崩れ落ちる。
その生死を確認している暇はない。
倒れて呻く人間たちを残して、美咲と魔族の少女はその場を走り抜けた。
■ □ ■
走り続けた美咲と魔族の少女の目に、ようやく村の外へと続く入り口が見えてきた。
魔族の少女が脱走していることはばれているので、当然門は閉じられ、兵士たちが待ち構えている。
街とは違い、村なので大層な防備があるわけでもなく、門も柵の延長線上のような簡素な作りで、押し通るのは不可能ではない。
それでも、やはり数というのは脅威だ。
「どうしよう……! 人間たちがいっぱいいる!」
「私に任せて! 全部蹴散らすわ!」
怯えた声を上げる少女に、美咲は自信いっぱいにニッと笑った。
本当は美咲も恐怖心は感じている。
でも、それを見せようとはしない。無駄に魔族の少女を不安にさせるだけだからだ。
(敵の数は十人以上……! でも、後ろからも追っ手が来てる以上、突破するしかない!)
覚悟を決めた美咲は、朗々とした声で魔族語を叫ぶ。
「ケェアジィエユゥ! フゥオヌウォユ! ワェアテソォイゥオムゥオヨソチィエワテソゥヘクビ!」
魔族語は魔法となって、確実に効果を齎した。
美咲の身体から炎が噴出し、美咲を包んで火達磨にする。
本来なら焼け死んでいる状態でも、それが魔法によって燃えている火であるならば、美咲に傷をつけることはない。
そして、巻き起こった猛烈な風が、美咲の疾走を後押しすると同時に、背後を走る魔族の少女を魔法の火の被害から守った。
(何て、出鱈目……!)
驚いたのは、魔族の少女だ。
少女から見て、美咲が使った魔法は非常識そのものだった。
どう見ても、少女の眼前で発動した魔法は、強化魔法ではなく、純然たる攻撃魔法に他ならない。
しかも、風と炎を同時に起こした。
自然現象を魔法で操る場合、その対象が複数になればなるほど、制御が困難になる。
制御が外れた魔法は暴走し、術者本人に牙を剥く。
並外れた魔族語の知識と発音の良さがあれば、制御し切るのは決して不可能ではないものの、それは決して魔族語を覚えたばかりの人間が出来ることではない。
現に、美咲は最初から制御することを放棄している。
自らの体質にものを言わせ、暴走した魔法を身体に纏わせたまま、兵士たち目掛けて突進する。
炎に包まれた美咲は、もはや人の形を成していない。
その様は、もはや生きた炎そのものだった。
「正体を現したか、ば、化け物めえええええ!」
兵士の一人が美咲の姿を見て魔物や魔族と勘違いするくらいには、炎の化身となって突撃する美咲の姿は異様に見えた。
「魔族を逃がすな、門を死守せよ!」
兵士長らしき壮年の兵士が指示を出し、美咲を待ち構える。
しかし、他の兵士たちは狂乱状態に陥ったままで、まともに美咲の突撃に備えることが出来たのは、兵士長一人だけだった。
美咲が振るう剣を、兵士長が受け止める。
その軽い手応えに、受け止めた兵士長自身が驚いた。
(……何だこれは! 軽過ぎるぞ!)
手応えが軽い理由は、美咲の体質と、非力さ故だ。
いくら身体を鍛えても、強化魔法が効かない美咲の腕力はたかが知れている。
攻撃魔法で補おうとも、周りに仲間がいる状態では、全力を出すことは出来ず、威力を手加減せざるを得ないのだ。
ただし、この場合はsの軽さが返って意表を突き、優位に働いた。
また、兵士長は魔族語を喋ることが出来なかった。
魔族と違って、人族は誰もが魔族語を話せるわけではない。
全く別の言語を一から学ぶというのは、この世界では相応の苦労を強いられることで、誰も彼もが覚えられるものではないのだ。
よって人間で魔法を使えるのは全体数で言えばまだまだ少なく、兵士長も魔法を使うことは出来ない。
そしてそれは、美咲を止める手段が無いことを示している。
(駄目だ! 炎に燃やされる! これでは止められん!)
迫り来る炎もそうだが、美咲が撒き散らす火が回りで無秩序に延焼しているのもまずい。
しかもその火は、風によって兵士たちを追い立てるように前へ前へと燃え広がっていくのだ。
兵士長の判断は早かった。
「退避ぃー!」
肉薄されただけで燃え移りそうになる火を恐れ、兵士長は美咲を止めるどころか、近付くことすら出来ずに美咲に道を譲る判断を下してしまった。
兵士長が諦めてしまえば、兵士が留まる理由もなく、自然と村の外への道が開かれる。
「ケェアジィエユゥ!」
美咲は一陣の風を巻き起こし、背後の魔族の少女のために正面の火を吹き消して村の外へと続く一本道を作った。
下がってしまった兵士たちは火に阻まれ、美咲たちに近付くことが出来ない。
こうして、美咲は魔族の少女と囚われていた村の女性たちを連れて、人族に占領された魔族の村を脱出した。