表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
400/521

二十六日目:囚われた魔族の行方1

 意外にも、エルディリヒトとの夕食は美咲にとって心地良いものだった。

 この世界に召喚された当初、彼の兄であるフェルディナント王子と会食する機会があったのだが、その時と比べると、緊張した度合いには雲泥の差がある。

 それは、自らを取り巻く状況の違いというものも勿論あったのだろうけれど、それ以上に、エルディリヒトの人柄もあったのだろうと美咲は思う。

 フェルディナントに比べ、エルディリヒトは他人に対して気遣いが出来る。

 どちらも王族であるから、本来なら他人への気遣いなど必要ないかもしれない。

 しかし、王族という立場を誇示して美咲に対しても身分差というものを見せ付けていたフェルディナントと違い、エルディリヒトは己の身分を鼻に掛けない。

 だから美咲が無理してまだよく理解していない魔族語の敬語を使おうとするとそれを止めさせるし、部下に対しても騎士だろうが兵士だろうが平等に接している。


「なるほど。それで、その車というのは何だ? 馬車とは違うのか?」


 美咲の世界の話を、エルディリヒトは好んだ。

 文化風俗、機械技術、歴史、科学、興味のあるものは何でも美咲に質問をしてくる。

 専門に勉強していたわけではないし、突っ込んだ理論を尋ねられても美咲としては困るけれど、興味津々な表情で聞くエルディリヒトは堅苦しい雰囲気が薄れ、親しみが持てた。


「車というのは、燃料と呼ばれる物質を燃やした際に発生するエネルギーを利用して、自動で走るように設計した馬車のようなものです」


 とはいえ、元の世界では一般人でしかなかった美咲が話せることには限界があり、ところどころがふわふわした表現になってしまうのは、仕方のないことだ。

 当然そのふわふわした部分こそがエルディリヒトの知りたいことであり、美咲は彼が納得する回答をするのに苦心を強いられた。


「それは、ワルナークを走らせるよりも早いのか? 一日に移動できる距離は? 一台につき収容人数は? 積み込める物資の量は如何程だ?」


「えっと、道路によっては速度制限が課される程度の速度は出ます。人間が歩く速度の十倍ほどの速度は出せると思っていただければ、それほど間違いはないと思います。道路次第ですが、直線道路があれば相当の距離が稼げると思います。実際、私の時代にも外国で物資輸送目的に長大な直線道路を引いた話もありますし。車体が大きければ、その分積み込める量も増えますよ。馬車と同じように」


 こうして話していると、美咲は自分の世界のテクノロジーが凄いことのように思えてきてしまうが、実際は美咲の世界が一辺倒に優れているというわけではない。

 科学技術という一点に絞るならば確かにその通りだが、芸術ならばこの世界は元の世界に劣るものではないし、この世界には元の世界にはない幻想がある。

 言うまでもなく、魔法と魔獣の存在だ。

 先ほど美咲が話した車だって、ティラノサウルスを髣髴とさせる竜種であるベルークギアに出会ってしまったらそう時間も掛からずにスクラップにされてしまうだろうし、バルトのような古代竜であれば、ブレスの一撃で大破炎上間違いなしだ。

 魔法を使う相手に魔法を使わない人間が勝てないのは元の世界でも同じだ。その差を埋める可能性があるものといえば銃火器の存在だけれど、それでも確実に勝てるかといえば疑問が残る。

 まあ、確実に断言できるのは、兵站の差だろう。

 兵站については、元の世界の方が遥かに技術が進んでいると、美咲は断言できる。

 それは国家が戦争に動員できる人数に表れており、この世界の動員人数は、元の世界でいえば中世の西洋地域全体ほどでしかない。

 それでも多いことには間違いないけれど、元の世界での近代における戦争というものは、従来の戦争とは一線を画す。

 特にエルディリヒトが食いついたのは、やはり戦争に関する話題だった。


「それで、その、銃というのは何だ? 弓とは違うのか?」


 魔法に対抗するための話題で盛り上がって、つい軽い気持ちで銃の存在を口にした美咲は、凄い勢いで食いついてきたエルディリヒトに、目を白黒とさせた。

 専門的な話になるとお手上げとはいえ、銃と弓の違いならば美咲にも説明できる。


「飛び道具という括りにするならば同じですが、射程距離と威力が違います。銃の方がどちらも遥かに弓を上回っていると思いますよ」


 真剣な表情になったエルディリヒトが質問を重ねる。


「具体的には、どれくらいだ?」


「板金鎧が、鎧としての意味を持ちません」


 元の世界では、銃が登場してからは兵士は重武装から軽装から移り変わっていったと美咲は認識している。

 重武装でも致命傷を負わせられるなら、無駄に動きを阻害されるよりも身軽で回避できるようにした方が、生存率が上がる。当然の考えだ。

 実際、魔法でも似たようなことは出来る。

 だというのに同じ結論には至らないのは、魔法の多様性故だろう。

 一部の魔法は重武装を貫くことが出来る。しかし全てがそうではない。そうであるが故に、板金鎧などによる完全武装は未だに有効なのである。

 特に魔法で動きの鈍重さという欠点を克服できるともなれば、余計に。


「……それなら、魔法に対しても十分対抗できそうだな。君の世界には、そんなものがあるのか。魔法が廃れるのも頷ける話だ」


(別に廃れたわけじゃなくて、最初から存在しないんだと思うけど)


 魔法ありきならば、美咲の世界はもっと別な形で文明を発達させていたに違いない。それこそファンタジーのような。

 美咲は焚き火の火にチーズをかざし、炙ってからパンに乗せて食べた。

 魔族が作る保存状態の良いチーズは、美味しそうな匂いがしたし、実際美味しかった。



■ □ ■



 夕食を済ませ、美咲は宛がわれた家に戻った。

 さすがに日が沈んでからは、外出は認められないようだ。

 かといって、はいそうですかと従うわけにもいかない。


(……よし)


 心の準備を済ませた美咲は、そろりそろりと抜き足差し足で足音を立てないように注意しながら家から抜け出す。

 目的は勿論、アレックスたち魔族兵の安否の確認だ。

 誰が死んで、誰が生きているのか美咲には分からないけれど、ニーナが捕まっていることだけは、その瞬間を見ていたから分かっている。


(きちんと人道的な扱いを受けていればいいけど)


 不安は消えない。

 何しろ、人権という概念があるかどうかすら怪しい世界だ。というかおそらく無い。

 奴隷が存在してその売り買いが商売として成り立っている以上、人権などというものは無いか、あっても極めて限定的に制限されているに違いない。

 人権? 人道? 何それ美味しいの? を地で行く世界である。笑えない。

 だからこそ、美咲はすぐにでも彼ら彼女らの安否を知りたいのだ。

 どんな扱いを受けているか、楽観的な予測が出来ないために、座していると不安ばかりが増していく。

 しかし、外に出た美咲は、思ったように動くことが出来なかった。


(参ったな。思ったより見張りが多そう)


 美咲は物陰に隠れて、周りの様子を窺う。

 昼間のように見回りをする兵こそいないものの、代わりに要所要所に兵士が立って異常が無いか目を光らせている。

 夜の帳が下りて周りが暗闇である以上、兵士たちの視界はそれほど広くはないだろうけれど、見つかったが最後、たちまち兵士たちが集まってくることは想像に難くない。

 問題は、彼らと同じく、或いは彼ら以上に、美咲も夜目が利かないということだ。

 それは当然のことで、生まれた世界が違えども、美咲も彼らも人間であることに代わりは無く、基本的なスペックに違いは無い。むしろ、環境が苛酷な分、この世界の人間の方が優れているだろう。

 まずは、目を暗闇に慣らさなければ話にならない。

 気が急く心を押し留め、目が慣れるのをじっと待ち続ける。

 ある程度夜目が利くようになってから改めて周囲を窺うと、やはりそこかしこに見張りの兵士が立っているようだ。


(周りに大した光源は無いから、相当近くに近付かない限り、気付かれはしなさそうだけど)


 真っ暗闇なので、夜目が利くといっても見えるのは手元の極限られた範囲のみだ。遠くになればなるほど映像はぼやけ、辛うじて輪郭が分かる程度になる。

 これでは実際に誰かいたとしても、それが人だとは分かるまい。

 幸い、目的地までの道順は昼間出歩いた時に頭に入れてあるので、後は実際に辿り着くだけだ。

 そのためには、まず美咲に宛がわれた家を見張る目を掻い潜らなければならない。

 外に出ること自体は出来た。次は、家から離れることから始めよう。


(どのくらい視界が利いてるのかは、大体把握出来てる。後は耳ね)


 よく見えなくても、不審な物音がすれば、調べようとするだろう。その場合、美咲は見つかってしまう。

 そうならないためには、物音自体を立てないようにするか、誤魔化す方法を用意しておかなければならない。

 今はまだ、美咲は家のすぐ側にいる。姿を目撃さえしなければ、何かあっても家の中に戻れば白を切れる。


(……試してみようか)


 足元に落ちている小石を拾い上げ、適当な方向に投げた。

 小石は放物線を描いて飛び、ぼとりと地面に落ちる。


「ん? 今、何か物音がしなかったか?」


「気のせいじゃないか? 俺は何も聞いてないぞ」


 落下点の一番近くにいた兵士が、怪訝な表情で辺りを見回す。

 小石が落ちた先が地面だったことと、小石そのものが小さかったこともあり、気付いたのは一人だけのようだ。


「気のせいか? いや、一応調べてみるか」


 物音を聞いた兵士が小石が落ちた場所に移動する。

 当然小石を見つけるものの、それが投げられたものだとその兵士に分かるはずもなく、何も見つけられずに元の場所に戻った。


「何か分かったか?」


「いや、気のせいだったみたいだ」


 兵士同士の会話を盗み聞きしながら、美咲は結論を出す。


(……ふむ。物音を立てちゃっても、姿さえ見られなければ何とかなりそうね。うん、行きましょ)


 美咲は暗闇に紛れ、忍び足で移動を始めた。

 気分は忍者。スニークミッションの開始である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ