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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦10

 一方その頃、美咲とルアンはようやくルフィミアたちのことを発見していた。

 激戦の末に逃げ回っていた彼女たちは皆一様に疲労困憊していて、特にルフィミアやピューミを守り続けて大立ち回りをしたエドワードとディックは大怪我を負っており、命さえ危ぶまれる状態だった。

 自力で回復しようにも薬草も魔法薬も尽き果て、頼みの綱のピューミは回復魔法の過剰仕様で昏睡状態に陥っている。

 もし美咲たちと出会わなければ、そう遠くないうちにルフィミアたちはゴブリンたちに追い詰められ全滅していただろう。

 美咲は一瞬迷う様子を見せるルアンよりも早く、即座に自分の道具袋の中身をぶちまけるとエルナが遺した精神力回復効果のある魔法薬を惜しげもなく使い切り、ピューミを昏睡状態から復活させた。

 目覚めたピューミは状況を理解するとすぐさまエドワードとディックの治療を始め、美咲と遅ればせながらルアンもまたピューミの負担を軽減するために、手持ちの薬草と魔法薬を使ってピューミの補助をする。

 治療が一段落してエドワードとディックの容態が安定したのを確認すると、ピューミは美咲とルアンに向き直り、両手を後ろ手に組んで右足を下げた。ベルアニアでの礼の動作だ。


「あなた方にはいくら感謝をしてもし足りません。あなたたちが来てくれなければ、エドワードとディックを助けることはできなかったでしょう。ありがとうございました」


「お役に立てたようで良かったです。……あの、他の方たちは?」


 微笑んだ美咲が遠慮がちに恐る恐る尋ねると、ピューミは沈痛な面持ちで顔を伏せる。


「私たちは自分たちの身を守るので精一杯で、最後まで見ていませんから断言出来ませんが、他の方たちは最初の奇襲で眠りの呪文をまともに受けて昏倒してしまいましたので、おそらくは……」


 言葉を濁したピューミの表情から言いたいことを察して、ルアンが顔を顰めた。


「生存の可能性は極めて低い、か。前代未聞の大損害だな」


 ため息をつくルアンに、ルフィミアが同意しつつ肩を竦め、己の仲間であるピューミに向き直る。


「そうね。だけど、巣の中で上位種と遭遇して生き残れたのは僥倖だわ。さっさと脱出して態勢を整え直さないと。ピューミ、エドワードとディックの奴はあとどれくらいで目覚めそう?」


「傷自体は問題ない程度にまで治療しましたので、そう時間はかからないはずです。一レンもあれば目を覚ますでしょう」


「そっか。……良かった」


 ルフィミアが安堵のため息をつく一方で、ピューミの言葉を聞いた美咲は、心の中でピューミの言葉を反芻する。


(一レンってことは十分か。それなら比較的すぐに出発できそう)


 美咲は密かに胸を撫で下ろしていた。今いるこの場所は、身を隠すのに適しているとは言い難いのだ。まだ見つかっていないうちに、この場を離れてしまいたかった。

 何しろ今美咲たちがいる場所は、複雑だが行き止まりが多くあり、それら行き止まりと美咲たちが入ってきた通路を除くと堂々巡りになってしまう、事実上の袋小路なのである。

 見張りをしていたカダモがいたあの場所が唯一の出入り口であり、どの出口に向かうにしても必ずそこを通る必要がある。

 別れたグモの話に寄れば、ベルゼというゴブリンマジシャンはかなりの切れ者らしいので、カダモがいた場所は既に押さえられている可能性が高い。


(グモが粘ってくれてたら話は別だけど、彼にそこまで求めるのは酷だよね。……グモ、大丈夫かな)


 脅した美咲たちに原因があるとはいえ、結果的に背信行為をしてしまったグモの身が心配だ。


(酷い目に遭ってなければいいけど)


 美咲はため息をついた。

 それからしばらくして、ピューミの見立て通り十分後にようやくエドワードが目覚めた。

 目覚めたエドワードは習慣なのか反射的に己の獲物を探すように手を彷徨わせる。

 ルフィミアが獲物を渡してやると、エドワードは獲物を杖にして立ち上がる。


「俺が気絶してどれくらい時間が経った? 皆無事か?」


 エドワードの視線が状況を確認するかのように彷徨い、美咲とルアンの姿を見て止まる。


「君たちは……入り口を受け持っていた冒険者か」


 まだ事情が理解できていない様子のエドワードに、ルフィミアが二人が気絶してからのことを簡単に説明する。


「感謝しなさいよ。あの子たちがあなたの治療に必要な道具を分けてくれたんだから」


「む。俺が気絶している間に、パーティが随分と世話になったようだな。感謝する」


 重戦士であるエドワードはいかつい外見に似て話方もどこか巌のようで堅苦しい。


「ふぁ……もう朝か?」


 遅れてディックが目を覚ます。

 寝ぼけている様子のディックはルフィミアが持つスタッフの先で突付かれ、悲鳴を上げる。


「いてっ、何するんだよ、ルフィミア!」


「状況を思い出しなさい。寝ぼけてる場合じゃないわよ」


「あ……」


 すっかり忘れてたとでも言いたげな様子のディックは、慌てて飛び起きると短槍を抱えて辺りを見回した。


「敵は、いないか」


 ホッとした様子で構えた短槍を下ろすディックは、回りを見回して美咲とルアンを見つけ、大体の事情を察したらしい。


「もしかして、お前たちが助けてくれたのか。後輩に助けられちまうたぁ、情けねえなぁ、俺」


 ディックは恥ずかしそうに目を逸らして頬を掻いている。

 一同の顔を見渡してルフィミアが告げる。


「今は見つかってないからまだ少し余裕があるわ。今のうちに脱出する算段を立てちゃいましょう」


 美咲とルアンに対しても、ピューミが話しかけてくる。


「あなたたちも意見があったら遠慮なく言ってくださいね。協力し合えば脱出するのは不可能ではないはずですから」


「は、はい! 頑張ります!」


 何を頑張るのかは美咲にも分からなかったが、美咲は勢い込んで答えた。


「でも、どうやって脱出するつもりなんだ? たぶん、俺たちが使ったルートは今頃ゴブリンが溢れてるぜ」


「強行突破するしかないわね。洞窟内の地理さえ分かってるなら他の出口からも脱出できるけど、この分だと他の出口から突入した組も全滅してそうだし。そもそも私たちは逃げるのに手一杯で、途中からは地図を描くどころじゃなかったのよ」


 ルフィミアの台詞を聞いた美咲は思い当たるところがあって、自分の道具袋を漁った。


「あの、地図ならあります。これ、役に立つんじゃないでしょうか」


 広げて見せたのは、グモが描いた洞窟の地図だった。

 他の出口への道順も詳しく書かれており、ご丁寧に見張りや巡回の位置情報まで書き込まれている一品だ。

 注釈がゴブリン語なので読めないのがたまに瑕だが、グモに教えられて見張りと巡回という文字だけは判別がつくので、何とかなる。

 一番初めに地図を見たピューミが、驚きの声を上げた。


「こ、これは……。凄い。こんなに詳細に記された地図があるなんて。これがあれば、全員無事に脱出できるかもしれません!」


 少し遅れて地図に目を通したルフィミアが、目を丸くしながらも疑問を口にする。


「でも、よくこんな地図を描けたわね。注釈もベルアニア文字じゃないみたいだし……」


「ゴブリン文字だそうです。道中協力してくれたゴブリンがいて、描いてくれました」


 何でもないことのように美咲がさらっと口にすると、ルフィミアを始め、ピューミもエドワードもディックも皆黙り込んだ。


(あれ?)


 何でだろうと美咲が首を傾げると、横にいたルアンが呆れたようにため息をつく。


「普通、地図をゴブリンに描いてもらうなんて誰も思いつかねーから」


 何しろゴブリンは人間に対して敵対しているし、馬鹿な癖して妙なところでずる賢いのである。

 地図を描けと言われてほいほい描いたりしないのだ、本来なら。

 仮に描いたとしても、確実に出鱈目に描かれるだろう。

 なので、普通はそんな方法を試す者はいない。


「……すまない。俺の聞き間違いかもしれん。もう一度言ってくれないか」


 理解できないという顔で、険しく寄った眉間を揉んでほぐしたエドワードが再度美咲に尋ねた。

 武具の点検をしていた彼の手は止まっている。


「ですから、ゴブリンに描いてもらいました。本人の太鼓判つきですから信用できると思いますよ」


 槍を肩にかけて壁にもたれ、腕を組んでやり取りを見ていたディックが口を挟む。


「あのなぁ。普通はゴブリンなんかに太鼓判押されたところで信じねーよ。よく殺されずにここまで来れたな。っていうか、ぬか喜びさせんな。お前らまで二次遭難してるじゃねーか」


「え、でも本当に間違ってないですよ、この地図。実際にここまで迷わずに来れましたから」


 グモを信頼すると決めていた美咲は地図の信用性を訴えるが、皆の評価は芳しくない。


「せっかく助けに来てくれた恩人相手に言い難いんだけど、本物の中の一部にだけ嘘を混ぜるのって人を騙す常套手段よ。ちょっと真っ向から信用する気にはなれないわ。これならたぶん、来た道を戻った方がまだいいんじゃないかしら」


 普段なら美咲に好意的な態度を取ってくれるルフィミアも、この時ばかりは苦笑を浮かべて美咲を諌めようとする。


(……グモは、私たちのために身体を張って見張りを連れ出してくれたのに。そんなことまでしてくれる人が、嘘なんて描くはずないよ。でも、どう言えば、この人たちはそれを信じてくれるんだろう)


 悩む美咲を遠慮がちにルアンが慰める。


「この反応が普通なんだよ。皆お前みたいに何でも信じられるわけじゃないんだ」


 意気消沈して俯く美咲を、ルフィミアが慰める。


「ごめんなさいね。美咲ちゃんの言うことだし信じてあげたいけど、やっぱり命が懸かってる状況だと、そういうわけにもいかないの」


「あなたは随分と素直な性格をしているのですね。私はゴブリンまでも信じてしまうような純真さが、いつか悪用されないかと心配です。神よ、彼女に祝福を与えたまえ」


 ピューミが何やら十字を切って神に祈りを捧げる動作をする。

 自分の装備に異常がないことを確認したエドワードが立ち上がり、一同を見回した。


「不確定要素に賭けるより、元着た道を戻るのが一番確実だ。そのためにも、まずはこの袋小路から抜け出さなければ話にならん。皆、異論はないな」


 壁にもたれかかっていたディックが姿勢を正し、ちらりと美咲を見た。


「いいんじゃないか? 少なくとも信用できない地図に頼って知らない道を進むよりはずっといい」


 見られた美咲は俯いて、唇を噛み締めた。

 悔しいけれど、ルフィミアたちの主張も当然だと美咲は理解しているから、美咲はこれ以上何も言えない。

 ディックの後ろから、ルフィミアがディックの頭を杖で小突く。


「こら。そんな言い方したら美咲ちゃんが傷付くでしょ」


「いてっ。ああ、分かったよ。悪かったな、嬢ちゃん」


 ばつの悪い顔で謝罪するディックを見て満足そうな顔で頷いたルフィミアは、振り返ってエドワードに自分の意見を告げた。


「私は洞窟内にいる限り、事前に強化魔法をかけるくらいしか出来ることはないからね。最終的にはあなたの判断に従うわ」


「異論はありません。幸い美咲さんたちが来てくれたおかげで精神力にもだいぶ余裕ができました。あのゴブリンマジシャンと戦うことになっても、前のように眠りの呪文での不意討ちされるなどという醜態は見せません」


 どうやらピューミは聖職者として、ゴブリンマジシャンの魔法から自分たちしか守れなかったことが悔しいらしく、やる気を漲らせていた。


「おいおい、意気込むのはいいが、空回りはよしてくれよ」


 茶化すように声をかけたディックに対し、ピューミはにっこりと笑って言い放った。


「ディックの方こそ、調子に乗ってヘマしないように注意してくださいね。ただでさえあなたはお調子者なんですから」


「へいへい」


「返事は一回にしてください」


「お前は俺の母ちゃんか!」


 漫才のようなやり取りをかわすピューミとディックにエドワードが地の底から響くような低い声を出す。


「……お前ら、じゃれあうのは脱出してからにしろ」


 お前のせいで怒られたじゃねえか、とピューミを睨むディックに対して、ピューミはディックに舌を出した。


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