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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:占領された魔族の村4

 三人の人族騎士たちの顔を見ても、美咲には彼らが誰だか分からなかった。

 それは当然だ。

 美咲が彼らと出合ったのは、アレックスたち魔族兵と戦ったあの時で、上司であるエルディリヒトを含め、人族騎士たちは兜を着用していたし、面頬を下ろしていたのでそもそも確認をする術が無かったのだから。


「気になる? この家」


 人族騎士たちの一人が美咲に話しかけてくる。

 態度は気さくであるが、美咲は何処と無く嫌な感じがした。

 自意識過剰かもしれないけれど、向けられる視線に妙な粘っこさがある。


「いえ、別に。通り掛かっただけですから」


 それでも、あくまでそう感じるのは美咲の主観で、美咲の思い込みに過ぎない可能性もある。

 なので美咲は嫌悪感を隠し、素っ気無い態度で答えた。

 他人行儀に接する美咲に対し、人族騎士たちは話題を変えてきた。


「ところで君は、魔族兵の一人と随分親しげにしていたみたいだが、彼らの行方は気にならないの?」


 そう問い掛けてきたのは、最初に話しかけてきた人族騎士とは別の人間だ。

 二人目である。

 三人目を含め、三人とも見目が良く、着ている衣服も高価そうな生地が使われている。

 おそらくは貴族だろう。

 そもそもワルナークを駆る騎士なんて、武具の維持費やワルナークの維持費に掛かる費用は貴族でないと賄えない額だから、ほとんど貴族しか居ない。


「……何が言いたいんですか」


 アレックスたちのことは気になるのは確かだ。

 彼らと過ごした時間は僅かではあるけれど、それでもそれなりの人となりは知ることが出来た。

 特にニーナは助けたことを切欠に美咲に心を開いてくれて、かなり仲良くなった。

 だから、知りたくないといえば嘘になる。


「いやさあ、ニーナって言ったっけ? あの魔族が君の事をやたらと気にしてるんだよ。他人より自分の身を案じるべきなのにさ」


 そんなことを聞かされれば、余計に。


「ニーナが何処に囚われているのか知ってるの?」


 知らず眉間に皺を寄らせて睨むように人族騎士たちを見つめ、問う美咲の背後から、またしても声が掛けられた。

 ちょうど人族騎士たちに意識が集中していたタイミングだったので、再び美咲は驚いて体を震わせる。

 振り向けば、エルディリヒトが立っていた。


「知ってるも何も、あの魔族兵たちを捕まえたのは我々だ。知らぬはずがないだろう」


「あ、殿下。ちーっす」


 エルディリヒトは己の部下の適当な挨拶に、元々厳しい顔つきをさらに厳しくさせた。


「……お前たちは見回りに戻れ」


 人族騎士たちを追い払うと、エルディリヒトが美咲に振り向く。

 美咲は少し安堵していた。

 何となく嫌な感じを覚える彼らよりは、エルディリヒトと話していた方がまだ安心できる。

 謹厳実直なエルディリヒトは信用できそうだけれど、部下たちもそうであるとは限らない。


「彼らの行方が知りたいのか?」


 認めるかどうか、美咲は少しだけ迷った。

 どちらだと問われれば、勿論答えは是だ。


「……はい」


 頷くと、元々寄っているエルディリヒトの眉間の皺が深くなる。


「感心しない。彼らは魔族であり、魔族は敵だ。君は人間なのだから、魔族の身を案じるなど間違っている」


 エルディリヒトが語るのは、この世界の常識だ。

 人族と魔族は不倶戴天の仇敵同士であり、決して決して心を通わすことのない種族なのだと。

 美咲はその考えに反論したかった。

 魔族とだって友人になれる。隠れ里では魔族であるミルデと親しかったし、魔都に連行されている最中も、魔族のニーナと心を通わせた。

 それは、美咲が異世界人だから、何の偏見も持たず、世代を重ねることにより積み重なった憎しみを持たないからだということも、美咲は理解している。

 それでも、美咲は訴えたかった。

 恨みをぶつけ合ったって、残るのは死者と空しさだけなのだと。

 美咲は思い知っている。

 蜥蜴魔将ブランディールを殺しても、気持ちなんて晴れなかった。

 当然ゴブリンたちがミリアンによって大被害を受けようともルアンだって生き返らない。

 死霊魔将アズールを仕留めたところでルフィミアを取り戻すことは出来ず、彼女は屍に返るだけだろう。

 恨みそのものを否定はしない。その感情は一時、美咲も抱いたものだ。

 でも、恨みをぶつける先は、魔王のみでいい。


「あの魔族兵どもは我々が責任を以って処理に当たる。君は魔王を倒すことに心血を注ぎたまえ」


(言われなくても、そうするわよ)


 少し、美咲の反骨精神がむくむくと頭をもたげてきた。


「……この家には、誰か住んでいるのですか」


 問い掛けると、エルディリヒトが僅かに目を見張る。


「……隠しても、気配で分かるか」


 美咲は黙り込んだ。

 もしかして、分からないと思われていたのだろうか。

 それはそれで、悲しい。エルディリヒトに比べれば、美咲など遥かに弱いであろうことは間違いないとはいえ、舐められ過ぎだ。


「そうだな。住んでいるというのは語弊があるが、何人かいる」


「どうして、外から鍵が掛かってるんですか?」


「まあ、隠すことでもない。それは、この家が牢屋代わりであるからだ。捕縛した魔族たちの一部を、一時的にこの家で管理している」


 驚いた美咲は反射的にもう一度、その家を見た。

 アレックスたちが、この家の中に囚われているのかもしれない。



■ □ ■



 エルディリヒトと話しているうちに夕方になった。


「もうこんな時間か。少々話し過ぎたようだな」


 空を見上げたエルディリヒトが美咲に向き直り、手を差し伸べる。


「これから私は調理作業の監督をしにいく。良かったら君もどうだ。この際だから、部下たちにも改めて紹介しておきたい」


 誘われて、手を取る前に美咲は少し考えた。


(どうしようかな。受けておいた方がいい?)


 メリットとデメリットを考えてみる。

 少なくとも、メリットの方はエルディリヒトの部下たちとも面識を得られることだ。

 既に何人かとは顔を合わせているけれども、その時は美咲はほとんど蚊帳の外だったし、この村で出会った騎士は、顔も名前も知らない人間だった。

 あまり友好的な態度ではなかったけれど、それも面識を得ることで好転する可能性がある。

 エルディリヒト本人はきちんと常識的な範囲内で礼儀正しく接してくれるので、さすがに隊長である彼の態度を見れば部下たちもそれに倣うだろう。

 王族であることもあって、エルディリヒトは武人然として雰囲気の中にも気品があって粗野な感じがしないし、兄王子であるフェルディナントなどと比べても余程好感が持てる。

 まあ、フェルディナントに対しては、美咲も半ば事故に近いとはいえこの世界に美咲が召喚される切欠を作った者でもあるので、美咲も色眼鏡で見ている可能性が否定できないのだが。


「ありがとうございます。お願いします」


 考えた末に、美咲はエルディリヒトの好意に甘えることにした。


「では早速向かおう。着いてきてくれ」


 エルディリヒトの先導で、美咲は歩き出す。

 やってきたのは、一軒の家屋だった。

 何かの店のようで、看板に魔族文字が書かれている。

 おそらく店の名前なのだろうが、生憎魔族文字を美咲は読めないので、何て書いてあるのかまでは分からない。

 魔族語を話せるエルディリヒトも、魔族語を学ぶので精一杯で魔族文字は読めないのだろう。看板の文字を理解している様子はない。

 屋内に入ると、まず無数の陳列棚が目に入った。

 何も並べられておらず、がらがらの陳列棚が部屋いっぱいに置かれている。


(何のお店だろう……)


 美咲が抱いた疑問は、すぐにエルディリヒトによって氷解した。


「ここは元々村のパン屋だったようでな。設備が揃っているし、材料もかなり残っているので部下に命じてパンを作らせている」


 エルディリヒトの説明を聞いて、美咲は納得する。

 パン屋ならパン焼き釜があるだろうし、確かに使えるのならば使わない手はない。

 でも、もし美咲がパンを作れと言われても無理だろう。

 パンを作った経験なんて無いし、そもそも作り方が分からない。

 元の世界であれば、パンの作り方なんてインターネットで検索すればいくらでも見つかるものの、この世界と元の世界の情報伝達方法の発達度合いは遥かに違う。

 インターネットがこの世界で普及しているはずもなく、この世界での情報伝達手段はかなり原始的で、基本的には直接移動して伝えるか、調教した空を飛べる魔獣に託す、狼煙を上げるなどの限られた方法しかない。


「材料だけで焼けるものなんですか? 作り方とか、経験者じゃないと分からないことがいっぱいあると思いますけど」


「最もな意見だ」


 問われることはエルディリヒトも予想済みだったようで、美咲の問いを至極当然とでもいうように受け止めたエルディリヒトは、答えを発した。


「幸い、部下にパン焼きの経験がある者がいる。これが中々上手いので、兵站の一部を担わせている」


 少し、美咲は意外に思った。

 美咲の中では騎士といえば貴族、という認識があったので、その貴族である騎士がせっせとパンを焼くと言う光景は、ちょっと想像し辛い。


「その人って貴族なんですよね? 殿下の部下っていうなら、騎士なんでしょうし」


「私の権限で一代限りの爵位を与えてはいるが、元は平民だ。実家がパン屋だったらしくてな。奴が焼くパンは美味いぞ」


 思わず生唾を飲み込んだ美咲の反応がおかしかったのか、エルディリヒトが笑い声を上げる。

 食い意地が張っていると思われたくなくて、美咲が赤面した。

 元の世界の中世時代の西洋と同じように、この世界でもパン焼き職人というのは専門職だ。勿論パンを焼くこと自体はパン焼き釜の使用さえ出来れば誰でも可能だし、実際農村などでは自家製のパンが当たり前だったけれど、パン焼き釜の使用自体に制限が掛けられていたので、専門と呼べるほどパンを焼く技術を熟練させることが出来るのはパン屋だけだった。

 大都市のパン屋であれば貴族や貴族向けの店などに卸す事もあり、農村部から売りに来る庶民向けのパン売りなどとは材料や技術の面で開きがあった。

 どうやら、パンを焼くエルディリヒトの部下は、その大都市出身の人間のようである。ある程度の資金が無いと、そもそも騎士となるための前提条件すら満たせないためだ。

 武具は値が張るし、騎士ともなれば、自前のワルナークを所有しているのが当たり前なので、その購入資金も必要になる。

 そしてワルナークは生き物なので、購入してそれだけで済むはずもなく、維持費が掛かる。

 貧民出身でも功績を積み上げて拾い上げられる形で騎士になる例が無いわけではないとはいえ、そんな一部の例外よりも、裕福な平民の方が、騎士になれる率は圧倒的に高い。


「よし、では奥に行こう。部下たちが作業しているはずだ」


 エルディリヒトの先導で、美咲はカウンターの奥の、パンの焼ける匂いが立ち込める調理場へと向かった。


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