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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:北部戦線の英雄2

 ニーナを倒した人族騎士は、木漏れ日を受けて光り輝く金髪の髪を持つ美男子だった。

 彫りの深い西洋風の顔立ちで、切れ長の碧眼が涼やかに美咲を見つめている。


「……怪我はないか?」


 もう一度同じことを繰り返した人族騎士の言葉によって、突然の事態に思わず呆けていた美咲は再起動を果たす。

 慌てた美咲は枝から身を乗り出し、地面に倒れたニーナの様子を確認する。

 血溜まりの中に沈んでいたニーナは死んでいるように思われたが、片手が動いて懐から治癒紙幣を取り出したのを見て、美咲はホッと息をつく。


(良かった。死んでない)


 安堵した美咲の横で、美咲の視線を辿った金髪の青年騎士がニーナが生きていて回復しようとしていることに気付き、眉を顰めた。


「仕留め損なったか。やはり魔族は往生際が悪い」


 ベルアニア語で呟き、青年騎士は枝から直接地上に飛び降りた。

 かなりの高さがあったはずなのに、綺麗に着地して痛みなどを感じた様子を見せない青年騎士は、どうやら魔法で身体能力を上げているようだ。

 翻訳サークレットがない美咲は青年騎士が何を言っているのか分からず、ぼけっとして見送ってしまったものの、無言で青年騎士が手に持った剣を逆手に持ち倒れたニーナの胸の上に構えたのを見て、慌てふためいた。


「ま、待って! 止めて!」


「何だ!?」


 日本語で制止しながら飛び降りる美咲に頭上を見上げた青年騎士がぎょっとした顔をし、一瞬ニーナにちらりと視線を向けると舌打ちして剣を手放し、落ちてきた美咲を抱き止める。


「馬鹿か! 無茶をするな! 魔法も使わずにあの高さから落ちたら死ぬぞ!」


「ニーナを殺さないで! いきなり何しようとしてるのよ!」


 お互いが理解できない言語で喋っている。

 既にマルテルやリーデリットが二人同士で話すベルアニア語を何度も聞いているので、理解は出来ずともある程度慣れている美咲に対し、青年騎士は困惑した表情を浮かべた。


「すまない。何を言っているのか分からない」


 そこへ、治癒紙幣で腹の傷を塞いだニーナが青年騎士に対して不意打ちを仕掛けようとした。


「おっと」


 しかし、まるで足元まで見えているかのように無造作に一歩引くことでニーナの攻撃を見切った青年騎士は今度こそニーナを仕留めようと放り出していた剣を拾おうとする。

 その前に、美咲が青年騎士の剣を拾い上げていた。

 勇者の剣に比べればとてつもなく重いものの、重量自体は以前アリシャに借りた剣とそれほど変わりない。

 柄や剣の腹に文様が彫られており、優美な外観の片手剣だ。両手でも持てるように、柄は少々長めに取られている。


「剣を返してくれないか。魔族は放っておけば魔法で復活してしまう。殺せるうちに殺しておかなくては」


「美咲ちゃん、武器を奪うなんてお手柄よ。そいつから離れて。今のうちに殺すわ」


 青年騎士は油断なくニーナを見据えながら美咲に向けて手を伸ばし、自らの血で身体中を汚したニーナは血の気を失った青い顔を幽鬼のように青年騎士に向ける。

 しかし、美咲にはベルアニア語を話す青年騎士のベルアニア語も、美咲に対して気遣いをする余裕を無くし、早口でまくし立てるニーナの魔族語も分からない。


(ど、どうすればいいのこの状況!?)


 むしろ、混乱しているのは美咲の方だった。

 咄嗟に青年騎士の剣を拾ってしまって、今更捨てるわけにもいかなくなり、青年騎士とニーナが何を言っているかも分からないのに、なにやら選択を迫られているらしいことは、二人の緊迫した表情から感じ取れてしまう。

 まず、間違いなく青年騎士の方は剣を返せということを言っているのであろうことは、美咲も彼が手を差し出したことから検討がつく。

 ニーナの方も、険しい表情で青年騎士を睨んでいることから、少なくとも好意的ではない雰囲気を感じ取れる。おそらく敵対行動を取ろうとしているのだ。


(でも、この状況でニーナが戦ったら……!)


 美咲は青年騎士に注意を払うニーナの横顔を見る。

 血の気を失ったニーナの顔色は青を通り越して真っ白で、明らかに血が足りていないことが窺える。

 気丈に振舞っているものの、立っているので精一杯なのではないだろうか。

 手持ちの治癒紙幣では、傷を塞ぐことは出来ても大量に失った血液まで全て補充するのは不可能なのかもしれない。

 無言でニーナに近付き、怪訝な表情を浮かべるニーナをひしと抱き締める。そしてそのまま、青年騎士に対してふるふると首を横に振った。

 助けに来てくれたのは正直嬉しい。でも、ニーナが殺されるのも嫌。

 我侭であることは自覚している。しかし紛れもない美咲の本心だ。

 続いて、美咲はジェスチャーで会話を試みた。

 片手で青年騎士の剣を地面に突き刺し両手で罰印を作ると、ニーナを抱き締めて首を横に振る。その行動を何度も繰り返す。


「……もしかして、捕虜にしたいのか?」


 唖然としていた青年騎士は、何か得心がいったように、顔を上げると美咲に尋ねてきた。


「戦うなって言いたいの? 確かに、今の私の体調じゃ、正直戦っても勝てるか怪しいけど……」


 相変わらずベルアニア語の青年騎士の言葉は分からないものの、ニーナは我に返ったようで、美咲でも聞き取りやすいゆっくりとした魔族語で喋ってくれた。


「……やはり、そうか。君は、長らく魔族に捕まっていたのか。魔族に対して、同情してしまうほどに。それでも逃げ出そうとして、捕まってしまったのだな」


 なにやら青年騎士が勘違いを始めた。

 どうやら、美咲と同程度には魔族語が分かるらしい。彼と同部隊らしき人族騎士たちも魔法を使っていたので、考えてみれば当然のことかもしれない。

 気付けば、美咲たちの回りにはアレックスたちが相手をしていた人族騎士たちが集まってきていた。

 彼らはエウートと美咲がまだ名前を知らない元人妻の女魔族を拘束していた。

 アレックスたちはどうなったのか。逃げたのか、それとも。


「お前を捕虜にする。彼女に免じて、命だけは助けてやろう」


「大した温情ね」


 吐き捨てるニーナは捕まり、美咲はこうして人族騎士たちに救出された。



■ □ ■



 どうやら人族騎士たちの中でもリーダー格らしい青年騎士がベルアニア語訛りが強い魔族語で話してくれた内容によると、彼らは先行偵察部隊であり、近くの村を制圧して拠点としているらしい。

 村といっても、ここは魔族領であるから、勿論魔族の村だ。

 住民がどうなったのか気掛かりであるものの、既に起こってしまったことだし、同じ人間とはいえ部外者である美咲が尋ねて答えてくれるかも分からない。

 仮に答えてくれたとしても、既に後の祭りな結果を知るだけで終わる可能性も十分にある。


「私は、エルディリヒトという」


 道中青年騎士が口を開き、飛び出してきた名前を聞いた美咲は、その名前を脳内で転がして、数拍遅れてぎょっとした顔になってエルディリヒトを振り返った。

 聞き覚えがあったのだ。

 確か、異世界人の召喚をエルナに命じたベルアニア第一王子フェルディナントの弟が、エルディリヒトという名前だったはず。

 変化した美咲の表情を見て取ったエルディリヒトは、ゆっくりと口角を持ち上げた。


「その様子だと、私の名前を知っているようだな。君の名前を聞かせて欲しい」


「……美咲、です」


 名乗った美咲の顔を改めて見て、エルディリヒトが不思議そうな顔をした。


「顔立ちといい、名前といい、この地域の人間ではないように見える。生まれは何処だ?」


 エルディリヒトの質問に、美咲はすぐには答えられず言葉に詰まる。

 まさか、馬鹿正直に異世界から来ましたとも言えない。

 かといって、助けて貰ったとはいえ彼がまだ味方とも確定したわけでもないから、正直に事情を話すべきかも判断がつかない。


(そもそも、何で私のことを知らないの? 兄弟なら、聞いてたっておかしくないのに)


 美咲は疑問に思い、まじまじとエルディリヒトを見つめた。

 兄のフェルディナントは線の細い美男子だったが、弟のエルディリヒトはフェルディナントとは正反対の、はちきれんばかりの筋肉で引き締まった体躯を持つ巨漢だった。

 兄譲りなのか、それとも血筋なのか、顔の造作自体はエルディリヒトも整っている。

 しかし、やはり鍛えられた身体のせいか、印象としてはいかつさの方が勝る。

 とはいえ筋肉だけが頼りの脳筋ではないことは、先ほどから使用している魔族語からも見て取れた。

 事情を話すべきか、逡巡する。


「答えられないか。それとも話したくないのか?」


 見つめてくる視線が厳しさを増したのを感じて、美咲は息を飲んだ。

 良く考えれば、生まれを明かせない人間などというのは、いかにも怪しい。それが敵地で保護した人間であればなおさら。


「……話せば、信じてくれますか?」


 問いながら、美咲は我ながら酷い質問だと思う。

 事情を聞きたい人間が、こう言われて、いいえと答えられるわけがない。


「信じよう。話してみろ」


 鷹揚に促すエルディリヒトに対して、美咲は語り始めた。

 自分が誰なのかということを。

 異世界からこの世界に呼ばれ、魔王を倒さなければ帰れないのだということまで、全て。


「兄上がそんなことを……」


 美咲の話を聞いたエルディリヒトは驚いた様子で、美咲をまじまじと見つめる。


「一体兄上は何を考えているのだ。本意ではなかったのかもしれないが、仮にも自分が召喚させた異世界人を兵もろくにつけずに放り出すなど」


「これは私を召喚したエルナという術者の推測ですが、おそらく王子は私を成長させる意図があったのではないかと思います。今も未熟者ですけど、当時は剣を持ったことすら無かったので」


 別にフェルディナントを庇うつもりなどない。

 それでも召喚されたばかりの美咲が戦いのたの字も知らないただの女子高生だったことも事実であり、エルナとの二人旅ですら足を引っ張りまくり、挙句の果てに常識の無さから彼女の命を奪ってしまったことを考えると、フェルディナントの考えも何となく理解出来てしまう。

 大事に兵士たちに守られた旅では、美咲は大した成長も出来ないままに魔王と相対することになっていただろう。

 その場合、どういう結果になっていたかは火を見るよりも明らかだ。


「ひとまず話はここまでにしておこう。見えてきたぞ。あの村だ」


 エルディリヒトが手で示す先に、魔族の村が見えてきていた。


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