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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:人族軍強襲斥候部隊3

 そもそも、数が少ない魔族が人族に対して優位に立てるのは、魔法の有無による個体差が極めて大きいためだ。

 母国語として物心つく前から魔族語を覚え、魔法に接して成長する魔族は、魔族語を知らない人族に対して圧倒的なアドバンテージを得ている。

 毎日欠かさず鍛錬を重ねた人族の武芸者であっても、平均的な魔族兵が唱える身体強化魔法の前では振るう武技など蟷螂の斧に過ぎず、スペック差で捻じ伏せられてしまう。

 弓などの飛び道具で接近戦を避けようとしても、魔法は弓と同等以上の飛距離と連射性能を持ち、弓と違って矢が尽きることはない。

 もちろんいずれは精神力の枯渇や声枯れなどの影響で撃ち止めにはなるだろうけれど、それよりは矢が尽きる方がずっと早いのだ。

 しかし、これらは反転させればまた別の事実を浮き彫りにする。

 魔族が人族に対して優位に立てているのは、その大部分が魔法の存在があるためであり、その差が無くなれば、後は研鑽した技術がものを言う。

 そして、魔法が無い分技術を磨かざるを得なかった人族に対して、技術の面において魔族が勝てる道理など無いのだということを。


「なっ……! 強化魔法だと! しかも、全員がか! 総員警戒しろ! 一筋縄ではいかんぞ!」


 アレックスが動揺の声を上げ、部下の魔族兵たちに対して注意を発する。


「ど、どうして人間が魔族語を使うんですか!?」


 動転して美咲に抱きついて羽を震わせるニーナに、エウートの怒気が飛ぶ。


「今更でしょう! 戦う以上、人族の捕虜になる魔族兵だっている! 国境付近の村が襲われれば人族領に連れ去られる魔族が必ず出る! 予想できていたことだわ!」


「殿下は居られないが、我らだけで十分……! 行くぞ、同胞を救うのだ!」


 一番位が高いらしい指揮官の騎士の号令で、人族騎士たちの駆るワルナークが一斉に駆けた。

 一糸乱れぬ突撃は、流石の錬度を思わせるもので、美咲はその迫力に気圧された。


(何だか凄く強そうなんだけど、皆大丈夫なの!?)


 一応立場としては捕虜であるというのに、反射的にアレックスたちの身を心配してしまう美咲は、少々人が良過ぎる。

 まあ、美咲としては明確に敵対していると言えるのは魔王のみで、魔族に対しては特に悪意も善意もなく、個人に対する感情の好悪しかないので、ある意味顔見知りになりつつある彼ら魔族軍分隊の面々に対して敵対意識が抜け落ちるのは、仕方ないことかもしれない。

 何より、嫌悪や憎悪の情を向けることはあっても、彼ら彼女らは、美咲に悪意を向けたことは無いのだから。


「ゾルノ、エウート、スコマザ、アルベールで騎兵の突撃を抑えろ! その間に俺たちで奴らの側面を叩く!」


 アレックスの指示に、魔族兵たちは即座に従い、行動に移した。


「お前ら行くぞ、覚悟はいいな!?」


 ゾルノが駆け出すと同時に、背後から三人の頼もしい返事が返ってくる。


「了解!」


「腕が鳴るぜぇ!」


「……承知」


 狐女のエウート、鮫男のスコマザ、毛玉男のアルベールは、三者三様の返事を同時に返し、先んじたゾルノに追随している。

 動き出したゾルノたちを横目に、アレックスが次の指示を下す。


「一人は捕虜の護衛をしながら退避しろ! 残りは俺についてこい!」


「美咲ちゃんの護衛は私が!」


 ニーナが真っ先に捕虜の護衛に立候補し、美咲の手足の戒めを解いた。


「今は緊急事態だから自由にするけど、逃げないでね美咲ちゃん……!」


 あ、逃げれるじゃんこれと一瞬思ってしまった美咲は、ニーナに釘を刺されてばつが悪そうな表情になった。

 これが美咲に対してつっけんどんな態度を取るエウートであったなら、美咲は無視して逃げ出したかもしれないけれども、好意を示してくるニーナに対して、美咲は彼女の信頼を裏切る選択支を取れない。

 好意を向けてくる相手に弱いのだ、美咲は。


「人間め……! 好きにはさせないわ!」


「あんな奴らに負けるかよ!」


「一人でも多く殺す……!」


 表情と声音に憎悪を漲らせ、結局最後まで美咲に自己紹介をしなかった残りの三人が、アレックスに率いられて美咲とニーナから離れていく。

 いや、離れているのは彼ら彼女らだけではない。

 美咲自身も、ニーナの先導の下、移動を開始している。

 離れつつあった美咲の目の前で、突撃する人族騎士たちをゾルノたち魔族兵四人が迎え打った。



■ □ ■



 ゾルノ、エウート、スコマザ、アルベールの四人に対し、人族騎士たちは変わらず八名をぶつけてきた。

 しかし先ほどとは違い、人族騎士たちは自分に強化魔法を使用している。

 魔族側に有利とは言えないだろう。

 一人一人の技量では、人族騎士たちの方が上回っているのだ。

 その技量の差も、強化魔法があれば覆せるのだが、その強化魔法を敵も使うのでは意味が無い。

 二対一を強いられた魔族側は、全員が劣勢に追い込まれていた。


「魔族め、死ぬがいい!」


「殺してやる!」


 ゾルノ目掛け、二人の人族騎士たちが攻撃を仕掛けてくる。

 突き出された槍は鋭く、動きが鈍いゾルノでは回避するのが容易ではない。


「お前たちがな!」


 しかし、ゾルノにはその鈍重さを補って余りある防御力がある。

 あるのだが──。


「クソッ、この俺の皮膚でもヒビが入るか!」


 槍を受け止めた腕を庇い、ゾルノが呻く。

 人族騎士の槍は、硬いはずのゾルノの皮膚を穿ち、放射状の亀裂を作り出していた。

 これが強化魔法の恩恵だ。

 今まで相手の刃を通さず表面を削るだけだった人族騎士の一撃が、信じられないほど重く、鋭くなっている。

 防御自慢のゾルノですら、そう何度も耐えられそうにないのだ。

 それこそ他のメンバーなら、一撃喰らえば致命傷を負いかねない。

 エウートなどは、一方的に防戦に追い込まれている。


「こいつ、女だ! 生け捕りにするぞ!」


「殿下にいい土産になるな! 俺たちにも回してくださるかもしれん!」


 劣勢に立たされているエウートは、相手をする人族騎士たち二人の目が自分の胸や尻に注がれているのを見て、嫌悪感を隠せないようだ。


「けだものめ!」


 いくらエウートが奮起しようと実力以上の力は出せず、強化魔法による実力差が埋まってしまった以上、数の差、技量の差でエウートはじりじりと追い詰められていく。


「このまま押せ、孤立させるぞ!」


「分かった!」


 人族騎士たちは巧みなコンビネーションで、エウートを戦場から引き離していく。

 自然とゾルノたちからエウートは引き離され、仲間の援護を望めなくなった。

 二人に比べれば、スコマザは善戦していると言えるだろう。

 突き出された槍の柄を掴み、逆に引き寄せることで間合いを狂わせて懐に潜り込み、その鮫顔で着ている鎧ごと人族騎士に喰らい付き。噛み砕こうとする。

 寸前で身を引いた人族騎士がいた空間で、スコマザの顎が空しく閉じる。

 強化魔法を使用した人族騎士たちは、その反応速度も相応に増しているのだ。


「口に盾を噛ませろ!」


「化け物が!」


 脅威と見て取った人族騎士たちの一人が、再びスコマザが口を開いて噛み付こうとした瞬間に、背負っていた盾をスコマザの口に押し込んだ。


「グォッ!?」


 驚いたスコマザが反射的に顎を閉じて盾を噛み砕こうとするものの、元の大きさが大きめの盾は、ひしゃげるだけでスコマザの口の中を塞いでしまった。

 これでは一番の武器である顎が使えない。

 人族騎士を正面から迎え撃った最後の一人、アルベールもまた苦戦していた。

 彼の一番の武器は、強化した毛針による自衛で、自分から仕掛けるのは得意ではない。

 だからこそ、一方的に攻撃される今の状況はむしろ得意分野なのだが、相手の武器が悪かった。

 アルベールの毛針は剣などのある程度短い接近戦武器を想定しており、間合いが長めの槍などの武器を苦手としている。

 一番苦手なのは弓矢などの飛び道具なので、人族騎士たちが遠隔攻撃手段を持っていないことをアルベールは喜ぶべきなのだが、そうも言っていられないのも確かである。

 能動的な攻撃をアルベールは苦手としており、近付いて体当たりするくらいしか効果的な攻撃方法が無いのも問題だった。

 間合いが狭く攻撃パターンも単純で、人族騎士たちに簡単に見切られてしまっている。

 いくらアルベールの毛針が鋭くとも、分厚い金属製の盾を貫けはしない。


「いいぞ、このまま槍で突き殺せそうだ!」


「懐に入れさせなければ問題ない!」


 何度も槍とぶつかった結果、アルベールの毛針は相応の損傷を受けていて、何本も折れて歯抜けが目立ってきている。

 防御も攻撃も己の毛針に依存しているアルベールは、毛針の状態が戦闘能力に直結してしまう。

 よって、戦いが長引けば長引くほど、毛針の損傷が増えていくアルベールは、どうしても短期決戦を仕掛けざるを得ない。

 かといって自分から間合いを詰めようとしても槍に阻まれ間合いを調節されるだけで意味が無い。


(不利な状況で良く持ち応えてくれているが……。あまり時間はかけられなんな)


 苦戦する部下たちを見ながら、焦る心を抑えつつ、彼らの側面を取ろうと動くアレックスたちの目の前にも、人族騎士たちが立ち塞がる。


(……そう上手くはいかんか)


 アレックスたちと相対する人族騎士たちは十名。

 ゾルノたちに向かった人族騎士たちと合わせても、まだ二名残っている計算になる。


(数が合わんな。美咲たちの方に向かったか。ニーナと美咲が力を合わせれば対応できん数ではないが……果たして美咲が協力してくれるかどうか)


 何しろ、美咲は捕虜として魔都へ護送される途中なのだ。

 そして大人しく魔都に着いたところで、美咲が無事で済む保証は何処にも無い。


(……ニーナに何とかさせるしかないな。どの道奴等を何とかせねば他に手が出せん)


 剣を抜き放ち、アレックスは人族騎士たちを睨みつけた。

 上司に倣い、部下たちも各々の武装を解き放つ。

 攻撃の予兆を感じたのか、人族騎士たちも槍を構え、突撃の体勢に入る。

 彼らを下さなければ、ゾルノたちへの救援には迎えない。

 人族騎士たちがワルナークを走らせるよりも早く、雄たけびを上げ、アレックスは人族騎士に斬りかかった。


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