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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:人族軍強襲斥候部隊1

 隠れ里の森を抜けると、見覚えのある街道が彼方へと伸びていた。

 元の世界のコンクリート製の道路ではなく、石畳の街道だが、それでも土が剥き出しよりかはずっといい。

 雨が降るたびにぬかるむことがないだけでも、整備されている意味はあるだろう。


「この道路……ラーダンやヴェリートで見たのと同じ……?」


「元々はこの辺も人族の領土だったし、この街道は人族領と魔族領を貫いて敷かれている主要道路の一つでもあるんだよ」


 森に対して並行に敷設されている街道を見て目を丸くしてまじまじと眺める美咲へ、ニーナが説明する。

 相変わらず、美咲に対するニーナの好感度はすこぶる高い。

 それほど、命を救われた時の喜びが大きかった。

 彼女は美咲に対して無関心であっても、エウートたちのように嫌悪を抱いていたわけではなかったから、それにより美咲への興味が生まれ、美咲の人となりを知るうちに、好意に変わった。

 美咲の方も魔王を倒すという目的こそ変わらないとはいえ、魔族に対する態度は以前に比べて様変わりしている。

 旅を始めた当初はそもそも魔族のことを良く知らなかったから魔族については人間の敵対種族という程度の認識しかなかったし、魔族軍も魔王の手下くらいにしか思っていなかった。

 それがルアンを失ったことを切欠に少しずつこの世界の人間と同じ認識に染まり始め、蜥蜴魔将ブランディールとの戦いを経て混血の隠れ里に流れ着いたのを切欠に、知らずに抱いていた偏見を取り払われた。

 今の美咲は魔族に対しても、人間に対しても、フラットな感情を維持している。

 魔族だから、人間だからと色眼鏡で見るのではなく、あくまで個々人の行動を見て善悪の判断をする。

 故にミルデにも心を許したし、アレックスに対して騙された後も嫌い切れない。

 ニーナが向けてくれる好意も、こそばゆいものでこそあれ、悪い気はしなかった。


「……妙だな」


 ぼそりと呟いたアレックスが、分隊を停止させる。


「各員、魔法で視覚と聴覚を強化しておけ。警戒を密にするぞ」


 アレックスの命令一つで、分隊員全員の雰囲気が一変する。

 口々に魔族語を呟き、魔法を唱えると、油断なく回りに目を配り始めた。

 あのニーナでさえ、そうしているところを見て、美咲もようやく異変に気がついた。


(何だか、空気が張り詰めてる──?)


 一見すれば、普段と変わるところのない長閑な街道の風景がどこまでも続いているだけの、何てことはない景色だ。

 しかし、時折聞こえていた虫型魔物や鳥型魔物の鳴き声が急に途絶え、今ではすっかり痛いほどの沈黙に包まれている。

 ともすれば、針のように尖った空気に飲まれそうになる。


(どうしよう。私、逃げることすら出来ない状態なのに)


 あれから無駄に体力を消費するということで、足の戒めこそ免れたけれども、相変わらず手を縛られたままだし、足の戒めの代わりに、手の戒めに手綱を付けられてエウートにその先を握られている。


「美咲ちゃん、もうちょっとこっちに」


「早く動いて。気に食わないけど、あんたは護衛対象なんだから」


 ニーナとエウートが、美咲に対し自分たちの輪の内側に改めて入るよう促してくる。


「非常時だから一時的に繋がりを解くけど、逃げようなんて思わないことね」


 脅しをかけつつ、エウートが自分と美咲を繋いでいた縄を解くと、魔族兵たち全員が美咲を守るように散開する。

 それから、アレックスへと部下たちが次々と報告を上げた。


「馬蹄の音がする。方角は西、人族領側から。ワルナークが少なくとも五騎はいるみたい。足音が重いから、上に荷物か、誰かを乗せてる」


 美咲の耳にはまだ音らしい音は何も聞こえないのに、ニーナの耳はもう何かの音を捉えたらしい。

 魔法で強化されている聴覚はかなりの精度になっているようだ。

 時を同じくして、ニーナの報告に相次いでエウートがアレックスに伝える。


「肉眼ではまだ何も見えないわ。でも、それほど見えるようになるまで時間は掛からなさそう」


 元の世界に比べて遮蔽物が極めて少なく地平線がすっきりとしている分、何かが居れば気付くのは容易い。

 特にエウートは真面目で注意力に優れ、元々の視力を悪くなく、目視で何かを見つけるのを得意としている。

 この場合、その何かの正体が問題なのではあるが。


「分隊長。ワルナークが来る先って、せいぜい小さな村が点在するばかりでしたよね」


 ニーナとエウートに続き、視力と聴力を魔法で増大させたゾルノが、注意深く策敵を続けながらアレックスに問う。


「ああ。大きな街は、つい先日奪い返されたヴェリートまで無いな」


 そう。

 美咲はまだ知らないことではあるが、隠れ里はそもそもヴェリートからそれほど離れているわけではないのだ。

 勿論それなりに歩かなければならないし、距離はともかく深い森の中にあるので見つけること事態は至難の業である。

 そもそもグモだって流れ着いたのだから、ヴェリート付近からグモが歩いて移動できる距離にあると考えるのが普通だ。

 実際、グモはほぼ不眠不休とはいえ、徒歩のみで隠れ里の森に着き、中に踏み込んだ。

 結局は森の中で体力が尽きて動けなくなったとはいえ、人間が移動できない距離ではない。


「……ヴェリート陥落の早馬にしては遅過ぎる」


 全身の毛を逆立たせて、アルベールが警戒する。

 まるでアルベールが一回り大きくなったかのようだ。


「っていうか、早馬はもうとっくに来ただろ。情報が伝わってるんだから」


 軽口を叩くスコマザも、この時ばかりは真剣な表情をしている。


「姿を確認」


「ワルナークに乗っているのは全員」


「「人間だ」」


 二面によって強化魔法も二倍かけられるオットーが、一番に発見して報告をする。

 残りの分隊員三名が瞳に憎しみの炎を点し、身構える。

 分隊に緊張が走った。



■ □ ■



 ワルナークに騎乗して街道を走ってきたのは、美咲と同じ人間たちだった。

 勿論同じといっても異世界人ではなく、正確にいえばこの世界の人族だ。


「魔族兵だ!」


「大変だ、娘が一人捕まってる!」


「助けるぞ、かかれ!」


 人族たちは、皆剣と槍、鎧で武装しており、背には盾まで背負っている。

 サーコートを翻して颯爽と突撃してくる様は、紛うこと無き騎士だった。

 実際に、人族連合騎士団に所属している騎士なのだろう。


(あの鎧……フランツ君たちが着ていたのと同じデザインだ)


 まさか人族連合騎士団がこんなところまで戦線を押し上げているとは思わず、美咲は息を飲む。


「くそっ、捕虜を奪われるな! 各員応戦しろ!」


 アレックスが指示を出し、戦闘が始まる。

 騎士の人数は二十名ほどで、アレックス率いる魔族兵が本人を含め十名なのを考えると、人数的には不利だ。

 しかし、魔法を使える魔族兵は個々の力が人族の騎士たちよりも高く、大体一人当たりの戦力が三対一ほどになる。勿論魔族が三で、人族が一だ。

 つまり、魔族を一人抑えるためには、人族は三人掛かりでかからなければならないということを意味している。

 だからこそ、実際に戦闘に突入するまでは、倍の人数が相手でも、アレックスたちは自分たちが有利であることを確信していた。


「トォイケェア(力よ)レユゥ!」


 その理由が、魔族兵たちが自らにかけることの出来る、強化魔法の存在だ。

 アレックスの強化魔法が、彼の身体能力のうち、純粋な腕力を大幅に引き上げる。

 今の彼と真正面から戦うのは、騎士たちにとって自殺行為だ。

 そして、彼が鞘から抜き放ったのは、幅広の長剣だった。

 アリシャやブランディールの大剣に比べれば見た目のインパクトはそれほどでもないものの、アレックスはこれを強化された腕力で振るうのだ。

 例え頑強な鎧を着て盾の陰に隠れても、その武装ごと両断されかねない。

 腕力を強化したアレックスを攻撃の要とするなら、防御の要は副官であるゾルノだ。

 全身岩肌男であるゾルノは、自らの長所をさらに伸ばす選択をした。


「クゥオアゥロォイユゥォカ(硬力増大)ァウズアデェアオ!」


 ゾルノが自らに施した強化魔法は、防御力を強化する魔法の中でも、皮膚表面の硬さを補強するもの。

 これにより、ゾルノの肌の硬さは岩程度の硬さから、戦艦などに使われるような鉄鋼板程度にまで跳ね上がった。

 おそらく、今のゾルノなら生半可な攻撃は寄せ付けないだろう。

 全て皮膚表面で弾かれてしまうに違いない。

 一つの方向性に特化させる強化魔法を使ったアレックスとゾルノに比べ、ニーナとエウートはもう少し幅広い強化を選択した。


「デェアリィエユゥオロォイ(誰よりも早く)ムヘヨカァ!」


 ニーナが使ったのは、身体能力のうち、脚力、瞬発力、反応速度を満遍なく強化する魔法だ。

 汎用性は高いものの、強化する範囲が広い分特化型強化よりは強化の度合いは劣る。

 それでも身体能力で人間を上回るようになるのは疑いようもなく、人族の騎士たちを翻弄するには十分だ。


「デェアリィエユゥオロォイ(誰よりも強く)ムタァウユカ!」


 対して、エウートは腕力、耐久力、持久力を満遍なく強化する方策を取った。

 速度関係の能力を強化した一撃離脱型のニーナに比べ、エウートは真正面からの殴り合いを見据えて身体能力を上昇させている。

 言うなれば、攻撃力特化のアレックスに、防御力特化のゾルノ、そして万能型のエウートといった感じだ。

 続いてアルベールが行った能力強化は独特だった。


「ヘェアロォイシィエ(針千本)ンブゥオン!」


 魔族語によって魔法が発動すると、アルベールのふさふさもこもこの毛が一斉に伸びる。

 いや、正確には伸びたのではない。

 硬く鋭く、針のように真っ直ぐ立ったのだ。

 全身ハリネズミのようになったアルベールは、まるで陸に上がった巨大なウニか毬栗のようで、触れただけでも棘によって大怪我を負うだろう。

 例え鎧を着ていても、アルベールが勢い良く飛びつくだけで、鎧ごと貫かれてしまいそうだ。

 異色の強化を施したのは、アルベールだけではない。


「ケェアモォイカァ(噛み砕く)ウデカ!」


 鮫頭を持つスコマザも、通常ではない強化方法を選択した。

 即ち、噛む力の強化である。

 強化したのは顎の強さ、牙の硬さ、鋭さなどであり、強化の方向性が噛み付くことに特化している。


「「コォイアゥ(強化)ケェ」」


 比喩ではなく文字通り二つの顔を持つ魔族のオットーは、限定せずに身体能力全般に満遍なく強化を施した。

 特化させるのに比べ強化の度合いが低くなるものの、オットーは二面を生かして二重に魔法を発動させ、万能強化の欠点を補っている。

 残りのまだ美咲に自己紹介をしていない三人の魔族兵たちも、それぞれの強化を終えた。

 ワルナークで駆ける人族の騎士たちを、アレックス率いる魔族兵たちが迎え撃つ。

 ここに美咲を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。


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