八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦9
見張りをおびき出したグモはさっそく困っていた。
さすがのグモとて、自分の発言が嘘なのだから、このまま進んでも人間など見つかるはずもないということくらいは分かっている。
だから隣を走る見張りのゴブリンが不審がらないうちに次の嘘を考え付かなければならないのだが、一向に思い浮かばない。
「おいグモよ。もう結構走ったと思うんだが、人間の奴らは一匹も見当たらんな」
しばらく走り続け、息切れしたゴブリンが休憩しながら不思議そうに周りを見回す。
「お、おかしいな。確かにこっちに逃げたはずなんだが」
「しっかりしてくれよ。せっかく見つけたのにまた見失ったなんて知られたら、ベブレ様に大目玉を喰らうぞ」
グモはポンコツな頭を必死に回転させて、顔見知りのこの見張りを納得させるもっともらしい言い訳を探す。
「きっとどこかに隠れてるんだ。そうに違いない」
「この辺りはベブレ様の命令で何度も探したはずだがなぁ。まあ、見逃している可能性もないとはいえないか」
見張りは首を捻りつつも、岩場の陰などを探し始める。
しばらくの間グモと見張りは辛抱強く探していたが、人間を見つけることはできない。
始めは探している振りをしているだけだったグモも、最後はどうして探していたのかさえ忘れ、夢中になって探していた。
「何をやっているんです。お前たちには見張りを任せていたはずでしょう」
無防備になって探していたところを背後から突然声をかけられ、グモと見張りは飛び上がらんばかりに驚いた。
慌てて振り返れば、いつの間に現れたのか、ゴブリンの上位個体であるホブゴブリンを多数引き連れたゴブリンマジシャンが立っている。
ホブゴブリンはおつむの出来はゴブリンと五十歩百歩だが、その代わり力がゴブリンよりも圧倒的に強い。
さすがにオーガなどの頭まで筋肉で出来ているような種族ほどではないが、一度暴れ出せばゴブリンが数匹束になってかかっても敵わないほどである。
「べ、ベブレ様!? どうして此処に!?」
驚愕して思わず悲鳴のような声を上げたグモに、ベブレと呼ばれた上位種のゴブリンマジシャンが胡乱な目を向ける。
「それは私の台詞です。ラーダン側入り口付近で見張りの任についていたはずのあなたが、どうしてこんなところにいるんです。しかも、本来ならグモとは担当場所が違うはずのカデロまで引き連れて」
じろりと睨まれ、カデロと呼ばれた見張りは震え上がった。
ただのゴブリンであるグモとカデロにとって、上位種のベブレは絶対的な強者であり、上司なのである。
「へ、ヘエ。それが、グモが人間を見たって騒いでたもんで、こりゃ見失っちゃならねぇとつい」
カデロは平伏して事の次第を説明する。
「人間を見た、ですか。……おかしいですね」
「な、何がおかしいんでしょう」
反射的に問い返したグモに、ベブレは目を向けた。
「色々ありますが、まずは一つ一つ指摘していきましょうか。その方がグモも理解し易いでしょうし」
冷たいベブレの声音に、グモは冷や汗を流した。
ゴブリンマジシャンであるベブレは、グモなど目じゃないくらい頭がいいのである。
ベブレの追求から逃げ切る自信が、グモには全くなかった。
「一つは、本当にあなたが人間を見たとして、何故此処から遠く離れた場所を見張る役目を帯びているはずのあなたが、わざわざここまで追いかけているのかという点。普通なら巡回中のゴブリンに任せるでしょう」
「う、運悪く巡回中の奴等とは鉢合わせなかったもので」
「もう一つは、どうしてあなただけが行動しているのかという点です。あなたたちのことですから、念のために誰かを残しておくなどという考えができるとは思えません。実際にカデロは一人きりの見張りを放棄しているようですし」
自分の話題を上げられ、カデロが油汗を流し始める。
グモやカデロのような一般的なゴブリンにとって、上位種であるゴブリンマジシャンのベブレは尊敬と畏怖の対象だ。
そんなベブレに己の失態を問い詰められ、カデロは生きた心地がしなかった。
言い出しっぺはグモとはいえ、持ち場を離れることを是としたのはカデロである。言い訳もできない。
「もう一度グモに問いましょう。グモよ、あなたは何故役目を放り出してここにいるのですか? 一緒の任についていた仲間はどうしたのです?」
あわあわと慌ててグモは言い訳を探した。
どんな言い訳であろうとグモに思いつく程度では、頭の出来が段違いのベブレを納得させられるとは到底考えにくいが、何も言わないわけにもいかなかった。
もちろん本当のことは言えない。言えばならどうしてグモは生き残っているのかという話になっていくだろうし、ベブレであれば、そこからグモの裏切りに気付く可能性は充分にある。
あくまでグモにとっては命欲しさの保身に過ぎない行為でも、敵対者を招き入れるなどベブレにしてみれば立派な背信行為だ。
「べ、別の場所を探しているのです!」
「ほう、別の場所ですか。それはどこなのですか?」
どこなのかなんて、逆にグモが聞きたかった。
口から出任せなので、グモは自分が何を言っているのかほとんど分かっていないのだ。
だから考えることなく思い浮かんだ嘘を口に出してしまうし、ひどいと前後の脈絡さえ掴めなくなる。
結果、阿呆な発言に繋がるというわけだ。
「分かりません!」
その瞬間、ゴブリン顔であるものの理知的なベブレの瞳は、グモに対して「何言ってるんですあなたは」と雄弁に問いかけていた。
「ならその人間の特徴を私に報告して、あなたは任務に戻りなさい。人間についてはこちらで探させて見つかり次第処理しますから」
ベブレの言葉にグモはぶんぶんと首を横に振った。
一緒に行動したのは短い間だったが、グモは美咲に対してかなり心を寄せていた。
根が単純であるせいか、ゴブリンであるグモ側の事情も出来る限り考慮しようと努力していた美咲に対し、好意を抱いていたのだ。
「不思議ですね。あなたは人間を追いかけてきたと言っているのに、私にあとを任せるのは嫌だと言っている。私のことが信用できませんか?」
グモはまたも激しく首を横に振った。
ゴブリンの中で、ベブレに対して反感を抱いている者は少ない。
何しろベブレは人間にやられてばかりだったこの集落の期待の星なのである。
彼ともう一人の上位種がいる限り、人間を恐れることはないというのが、グモを含めゴブリンたちの総意だった。
「いえ、滅相もない。そんなことはありません」
誤解されてはたまらないと、グモは必死で首を横に振って否定する。
「ならば、あなたはとにかく配置に戻りなさい。あまり私の仕事を増やさないように。全く、来たる作戦に備えて魔族軍との折衝で忙しいというのに、下のものたちはこれだから困る」
ぶつぶつと不満を漏らす辺り、ゴブリンたちの頭の悪さには、ある意味同族であるベブレはとても苦労しているらしかった。
その時、ばたばたと足音を響かせて巡回に出ていたゴブリンがベブレの前にやってくる。
「ベブレ様、報告です! 異変でございます!」
「どうしました。何かありましたか」
「南方出口の巡回に行きましたところ、バテロ、テンダ、ウンギの死体を発見及び、グモが行方不明になっているのを確認しました! ……やや、グモがどうしてここに!? 無事だったのかお前!」
巡回のコブリンは報告途中でグモに気付くと、驚いて大声で叫んだ。
対するグモは事態についていけず、目を丸くしている。
報告を耳にしたベブレは眼差しを厳しくし、グモを問い詰める。
「どういうことです! 何故こんな大事なことを一番に報告しなかった! グモ、説明しなさい!」
「そ、それはその、深い事情がありまして」
我に返ったグモは急いで弁解しようとするが、焦って言葉が出ずにしどろもどろになる。
挙動不審なグモの様子をじっと睨んでいたベブレは、ぶつぶつと一人で呟きながら考えを纏め始める。
「一人生き残ったお前がカダモを連れ出していた……まさかお前、命惜しさに人間に通じてはいませんか?」
「なななないです! ベブレ様、それは誤解です!」
いきなり直球に真実を言い当てられたグモはとても狼狽してうろたえる。
グモにしてみれば自分の行いはあくまで保身であり裏切りではないので、全く間違っていない。
美咲限定で心惹かれていたのは否定できないが、グモは全体として人間に組したつもりは微塵もなかった。
馬鹿でも魔物でも、グモはゴブリンであり、人間の敵対者なのである。どちらかというと、魔族の方がゴブリンとの縁が深い。
現にゴブリンは魔物でも、ゴブリンマジシャンやゴブリンロードなどの上位種は魔族として扱われることだってあるくらいだ。
「どの道稚拙な嘘はすぐにばれます。すぐに南方出口に増援を向わせなさい。新たな人間たちが侵入しているとすれば、奴らは詳細な地図を持っていないでしょうから、必ず此処を通るはずです。待ち伏せしましょう。あと、念には念を入れてライジに一つ言伝を。待ち伏せはライジに指揮してもらいます」
「はっ! すぐに手配します!」
巡回のゴブリンはベブレに対して敬礼すると、慌しくその場をあとにした。
残ったグモはベブレを前にして、どうやって自分も追及から逃れるか方法を模索する。
「グモは牢に入って貰います。命惜しさに人間に味方した罪は重い。罪状が固まり次第、残念ですがその命を以て贖っていただきますのでそのつもりで」
「そ、そんな! ベブレ様、どうかお慈悲、お慈悲を!」
すがりつくグモを、ベブレは振り解いて一喝する。
「やかましい。魔族軍との共同作戦を控えたこの時期に命惜しさに寝返るなど言語道断! 救い難き愚行です!」
命が惜しいグモはベブレの怒気を間近で受けて、心の底から震え上がった。
ベブレは自分を取り巻くホブゴブリンに向けて顎をしゃくる。
「この裏切り者を連れて行きなさい」
悄然としたグモは、為す術もなくホブゴブリンに引き摺られていく。
(死にたくなかっただけなのに。わし、結局人間に殺されなくとも結局仲間に殺されちまうのか)
牢に放り込まれたグモの目の前で、音を立てて牢の扉が閉じられた。




