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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:美咲と魔族たち3

 結局予定の距離を稼げないうちに太陽は頂点に昇り、お昼時になったので魔族兵たちは休憩を取ることになった。


「ニーナとエウートは捕虜の見張り、ゾルノはアルベール、スコマザ、オットーを率いて薪拾いと火起こしを頼む。残りは俺と一緒に食料を採りに行くぞ」


 分隊を率いる分隊長であるアレックスが隊員を割り振って担当を決めると、ニーナとエウートが喜びと当惑の声が同時に上げた。


「やったぁ!」


「ええ!? また私ですか!?」


 無論、喜んでいるのがニーナで、困惑しているのがエウートである。

 ニーナは喜んでいるのは美咲を好いているからで、その理由としては命を助けられたから、というのが理由として一番に挙げられる。

 他にも捕虜なのに大人しいとか、協力的だとか、反抗する素振りを見せないとか、細々とした理由から小さな好意が積み重なっていって、庇われた一件で明確な好意を自覚したといえよう。

 ちなみに虫女であるニーナの場合、性別という概念が薄い。

 それは魔族の中でも彼女が属する種族が特殊だからであり、ニーナの場合、女性のみでの生殖が可能なのである。

 詳しい方法はともかく、つまりこの場合はニーナを父、美咲を母として、魔族と人族の混血が生まれる可能性があるというわけだ。

 美咲が元いた世界でも、寄生した宿主を性転換させるバクテリアがいたという話があり、そういう意味でもニーナは確かに虫の特徴を受け継いでいるといえるだろう。

 もしかしたら、同じようなものに感染している可能性もある。

 もっとも、こうして何事もなく健康体で軍人として生きている辺り、件のバクテリアと違って寄生されているといっても良好的な共生関係にあるのだろうけれども。


「本当はニーナのみの予定だったが、ニーナがあの調子だからな。お前がフォローしてやれ。お前ならニーナと合わせてちょうど良いだろ」


 意図を説明しながら、アレックスはちらりとニーナに視線を向ける。

 早速ニーナは美咲の世話を焼きに行って、美咲を困惑させていた。

 その様子をどこか暗い目で見つめるのが、美咲に自己紹介をしなかった三人組だ。

 男二人に女が一人。

 魚類の鱗肌を持つ少年に、身体を気化させることの出来る青年、そして下半身が蛇の妙齢の元人妻の三人。

 彼ら彼女らに、エウートは意味深な視線を向けた。


「ならあの三人でも良いでしょう。嫌ってるっていう意味でなら私と同じなんですから」


 部下三人を見るなり、アレックスは首を横に振る。


「あいつらは駄目だ。係わり合いになること事態を避けてるから捕虜のことを良く知らない。無知と嫌悪が相まって、些細なことで殺しかねん」


「それに何か問題が?」


 半ば本気で、エウートはアレックスに問い返した。

 好きでもない任務に従事させられて、エウートにもいい加減フラストレーションが溜まっている。

 軍人として情けないことだけれど、彼女はまだ魔族兵の中では若い。


「忘れたのか。魔王陛下は彼女を『生かして』御所望なのだぞ」


 アレックスの指摘にエウートは言い返せず、黙りこくった。

 結局は全てその点に集約されてしまうのだ。


「そもそも、どうして生死を問わずじゃないんでしょう。魔都に着いたらきっと処刑ですよね?」


 エウートが魔族ならば抱いて当然の疑問を発する。

 その疑問は当然アレックスも抱いていた。むしろ、その思いはアレックスの方が強いかもしれない。

 そもそもアレックスはすぐに処刑されてしまうだろうと予測して、それを承知でミルデを守るため、里の存続と引き換えに、里の人間たち自らの手で美咲を魔族軍に引き渡させたのだ。

 美咲の事情を知る一人でありながら、敢えてそうしたのはミルデほど美咲に対して親身になって接してはいなかったという理由もあり、ミルデを優先することにアレックスは躊躇いはなかった。

 まあ、待ち受ける美咲の未来を考えれば、多少申し訳なく思う気持ちも無いわけではなかったが。

 だからこそ、魔族の街に戻ったその足で美咲の存在を通報した時、生け捕りと魔都への護送を命じられて、アレックスはこうして部下を率いて魔都への護送任務に就いている。


「そこのところ、結局どうなんでしょうかね。俺たちも知りたいんですが。分隊長、一度街で魔都の本部に連絡取った時に何か情報入ってきてませんか」


 皆を代表して、ゾルノがアレックスに尋ねた。

 ゾルノは分隊長を補佐する副官なので、こういう時は部下たちの意見を統括するまとめ役になる。


「……疑問」


 アルベールがぼそりと一言だけ単語を漏らす。

 彼は表情どころか顔の殆どがふさふさの毛皮に隠れてしまっているので、何を考えているかが極めて分かり難い。

 かといってコミュニケーション能力が高いわけでもなく会話に長けているわけでもないので、他人から誤解を受けやすい。

 そんなアルベールにとって、自分を受け入れてくれたこの分隊はかけがえのないもので、分隊員たちは得難い友でもある。

 分隊員の中では、アルベールはスコマザと比較的仲が良い。スコマザは粗野だが意外と面倒見が良く、アルベールがまだ新人だった頃によく世話を焼いていた。

 スコマザがアルベールの頭にぽんと手を置く。


「まあ、当然だわな。人間をそこまで生け捕りに拘るなんてそうそうあるもんじゃないしな。まあ、お気に入りの女奴隷が逃げ出してそれを捕まえるために、とかならまだ分かるけどよ」


 そのままアルベールの頭を撫で出したスコマザの言葉に、美咲は何となく嫌な気持ちとなった。

 自分自身も攫われて奴隷にされかけたこともあるし、実行者は人間であっても、黒幕であった死霊魔将の策略で、実際に奴隷にされていた女性たちをこの目で見たこともある。

 言うまでもなく、セザリー、テナ、イルマを始めとする、美咲の大切な仲間たちのことだ。

 あのヴェリートで美咲とミーヤを逃がすために全員が残った。

 生きていて欲しいと思うけれども、その可能性が絶望的であることも、美咲は悟っている。


「奴隷の話はあまり」


「好きじゃない」


 見た目は人間にそっくりなのに、首から上に顔が二つ付いているという奇妙な外見である魔族のオットーが、二面で交互にぼやく。


「人間に攫われた女が」


「奴隷に落とされる」


「「よくある話」」


 交互に喋って、最後にハモる。

 オットーが喋る場合のよくあるパターンのようだ。


「見目が良くて」


「姿が人間に近いほど」


「「狙われ易い」」


(当然といえば当然だとは思うけど……。やっぱり、聞いていて気持ちの良い話じゃない。というか、はっきり言って胸糞悪いわ)


 オットーの言葉は美咲に向けられたものではないものの、声を潜めているわけではないし、美咲に聞かせられない話でもないから、当然美咲にもばっちり聞こえている。

 こればかりは美咲の感性の問題で、奴隷にされるのが人間だろうと魔族だろうと関係ない。

 種族の存亡が掛かった戦争をしているのだから、綺麗ごとばかり並べてはいられないことくらいは、美咲とて理解している。

 でも、それが当然と受け入れてしまうまで、この世界に染まるつもりもなかった。


「まあ、たまに耳に挟む程度には有り触れた話だしな。……確か、お前の妹もそうだったか」


 相槌を打ったゾルノが、美咲がまだ名前を知らない残りの三人の男女のうち、身体を気化できる能力を持つ魔族の青年に話を向けた。

 神妙な態度で話を聞いていた青年の表情がたちまち強張る。


「副長。デリケートな話題ですから」


 下半身が蛇の妙齢の女魔族がゾルノへ遠慮がちにその話題を止めるよう懇願するものの、話を聞いていた美咲はしっかり事情を理解してしまう。


(そっか。あの人、妹さんを……)


 この世界で生まれ育ったわけではない美咲は、どうしても魔族という種を無条件で憎むことは出来ない。

 悲しい過去があるなら同情してしまうし、被害に遭ってしまった彼の妹には不幸になってしまった分幸せになって欲しいと思う。


(……助けて、あげたいな。遣り切れないよ)


 達成することが限りなく困難であることを知っていながらも、美咲はそう思わずにはいられない。

 そもそも彼の妹の名前どころか彼の名前すら知らないし、仲良くなれる取っ掛かり自体今はない。

 せめて居場所だけでも分かればいいのだが。


「すまんな。謝罪する」


「……いえ、気にしていません。それに、あの捕虜が何か情報を持っているかもしれませんし」


 ゾルノが気化できる魔族の青年に謝意を伝え、魔族の青年はゾルノへぎこちなく微笑む。

 二人のやり取りを、アレックスは唇を真一文字に引き結んで聞いていた。


(その可能性は低いと思うが……。そのためには美咲の事情を話す必要があるか)


 今、敢えてアレックスは自分がミルデを通じて知っている美咲についての情報を部下に話していない。

 美咲に対して裏切ってしまったという負い目を持っているアレックスは、積極的に情報を明かす気は無かった。

 勿論軍人として魔王の耳には入れなければと思っているものの、それまでみだりに漏らすつもりはない。

 あまり褒められたものではない選択だということは承知の上で、美咲の事情に関してアレックスは無言を貫いている。

 聞かれれば答えるが、聞かれなければ答えないというスタンスである。

 情報を秘匿していることで後から咎められても、人間側のスパイに握り潰されないように自ら魔王に報告する必要があったなど、言い訳はいくらでも出来る。

 異種族間戦争であるから、裏切り者が出にくい戦争ではあるが、攫った魔族を洗脳してスパイとして利用するなど、情報を集める手段はいくらでもある。

 実際魔族側も人間をスパイに仕立て上げて内情を探らせるなど、普通にやっていることだ。

 もっとも、どちらも仕立て上げられる側からすればたまったものではないけれども。

 そしてそれらの可能性を、美咲も薄々気付いている。

 華々しい戦争の影に隠れた汚泥を美咲は少しずつ目にしてきた。

 そして、この護送の旅で、美咲は一際大きな種族間の闇を目にすることになる。

 切欠となった一報は、アレックス率いる魔族軍分隊が、とある魔族の村の近くに差し掛かった時に齎された。


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