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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:美咲と魔族たち2

 ニーナの治癒紙幣によって、フェアは一命を取り留めた。

 治癒紙幣の効果は覿面で、命を繋ぐどころか、羽まで再生して全快である。


「凄い……。こんなに効果があるんですね」


 先ほどまで大怪我を負っていたのが嘘であるかのように、暢気な表情で美咲の肩に座り、愉しそうにゆらゆらと身体を揺らしているフェアを、美咲は慈愛に満ちた目で見つめた。


「トォイ紙幣も使ったからね。四肢欠損程度までならこの中治癒紙幣で再生できるから。それ以上になるとデェア紙幣が必要になって、私の手持ちでは無理なの。何とか手持ちで賄えてよかった」


 照れたように鼻の頭を掻いて、ニーナがはにかむ。

 美咲に対して善意も悪意も抱いておらず、無関心だったニーナは、助けられたことで美咲に対する感情が大きく善意に傾いた。

 善意は好奇心を呼び、好奇心は美咲を人族という種族のフィルターを通してではなく、個人である美咲そのものを見ることに繋がらせた。

 個人として見るならば、美咲は魔族にとって大層な変わり者として映る。

 しかしそれは悪い意味ではなく、魔族に悪意を抱かない良い意味での変人で、ニーナが持つ美咲への隔意を取り払わせた。


「分隊長。ニーナの奴、かなりあの人間に入れ込んでるみたいですけど。止めないで良いんですかね」


 そんなニーナを呆れた様子で眺めたゾルノが、ちらりとアレックスに咎める視線を送った。


「どうせ魔都に着くまでの関係だ。好きにさせておけ」


 アレックスが下した判断は静観で、美咲の扱いも事が起こる前と後で、良くなることこそ無かったものの、悪くなることも無かった。

 もっとも、命の恩人の扱いが変わらないことにニーナは不満らしく、美咲との会話の合間を縫ってはアレックスに時折訴えかけるような眼差しを送ってくる。


(ああもう、ニーナのあのデレデレした情けない態度は何なのよ! すっかり骨抜きにされちゃって……!)


 一方で、ニーナと同じようにエウートも美咲の扱いが同じままであることが不満だった。

 しかし彼女の場合は、緩和させたいわけではなく、むしろその逆だ。

 わざとであろうとそうでなかろうと、一度逃げ出しかけたのは事実なのだから、二度と同じことが起こらないように扱いを変えるべきではないかと主張したのだ。

 具体的には、歩けないように足の腱を切っておくとか、いっそのこと簀巻きにでもしておくとか。

 エウートの提案は美咲に自己紹介を済ませていない三人の賛成を得たのだが、ニーナが強硬に反対したのと、ゾルノ、アルベール、スコマザ、オットーの四名が意見を控えたのを鑑みて、自分が裏切った美咲自身に対する負い目と、部下を助けて貰ったという新たな負い目が追加されたアレックスは、美咲の扱いについては現状維持を選択した。


「もう、皆酷いんだから。わざわざそんなことしなくても、美咲ちゃんはきちんと魔都まで護送されてくれるのに」


 ぷりぷり怒りながら文句を言うニーナは美咲にべったりで、今も美咲の隣にぴったり寄り添って歩いていて、本来の見張りの役目を果たしているエウートよりも、余程見張りらしい。

 しかし、いくら見張りらしくても、実際のニーナの目は美咲への好意で曇っていて節穴だ。

 はあ、と辟易した様子でため息をついたエウートが、ニーナに苦言を呈する。


「何を寝ぼけたことを言っているのあなたは。いくらその人間が史上稀に見るアホでも、行けば処刑が分かり切ってるのに魔都まで大人しくしているわけがないことくらい分かるでしょう。いい加減目を覚ましなさいよ」


(……酷い言い草だなぁ)


 苦笑しつつも、魔族の常識ではエウートの方が正しいのだと分かってしまう美咲は、自分の扱いが酷くても納得してしまう。

 まあ、実際には美咲から動けることなど殆どなく、ミーヤが助けに来てくれることを願うしかないのだが。

 元々が捕まれば魔王の下へいけるかもしれないと、追い込まれた中で九死に一生を信じて選んだ道だ。自力での脱出は極めて難しい。


「どうすんですか分隊長。ニーナの奴、完全に入れ込んでますが」


 ひそひそとゾルノがニーナのことを心配してアレックスに耳打ちする。

 ゾルノは美咲の行動事態には驚いたし、ニーナを助けたことは事実として受け入れているから、何となく美咲が他の人間とは違う常識で動いていることを、察し始めてはいる。

 かといって完全に偏見を取り払えているわけではなく、ニーナほど心を傾けてはいない。

 それはアルベール、スコマザ、オットーの三人も同じで、むしろニーナの心の砕き具合を若干心配している気配がある。


「……好きにさせておけ」


 もう一度、渋面のままアレックスは同じ言葉を繰り返した。

 ミルデが美咲のことを気に入っていた理由を、アレックスはようやく実感し始めていた。

 美咲は普通の人間が持ち合わせているはずの、魔族という種族そのものに対する悪感情が全く無い。

 本来ならば、魔族が人間を憎んでいるように、人間も魔族を憎んでいるのが普通で、お互いの種族が遣り合ってきたことを考えれば、それが当然だ。

 混血の隠れ里のような手と手を取り合う関係こそが異常で、むしろ片手で握手をし合いながらもう片方の手の短剣を突き刺す機会を窺っていると考えた方がしっくりとくる。

 その考え方を踏襲するのなら、美咲がニーナを助けた行為にも裏があるように思え、疑心暗鬼になり、現状のエウートやその他三人のように刺々しくなるのが当たり前なのだ。


「だーかーらー、助けられて嬉しかったのは分かるけど、あなたは簡単に心を許し過ぎなのよ! いい加減その人間から離れなさい!」


「見張りならもっと親身になって美咲ちゃんを支えてあげるべきだと思う! エウートはちょっと頭が固すぎる!」


 エウートの方はともかく、ニーナの主張は舞い上がりすぎて滅茶苦茶である。


「あの、二人とも落ち着いてください……」


 ニーナとエウートの言い合いと、おろおろしながら二人を仲裁しようとする美咲の声が聞こえ、アレックスは頭を抱えた。



■ □ ■



 再び魔族兵に連れられて護送の旅を再会させた美咲だったが、あの行動を境に、魔族兵たちの美咲に対する扱いは少しだけ変わった。

 まず、再び足を拘束された。

 これについては、不便だとは思うものの、彼らにしてみれば美咲が自力で逃げ出す可能性を知ってしまった以上、そのままにしておくわけにはいかないという事情があるということは、理解できる。

 その上で、美咲はニーナに背負われている。


「あの……大丈夫? 重くない?」


「へ、へっちゃらだよ、これくらい」


 案ずる美咲に、ニーナは明るい声で答えた。

 しかしその間にも、ニーナの足腰はがくがくと震え、美咲を支える手もぶるぶると痙攣している。

 魔族兵であるニーナは、強化魔法を用いることが当たり前となっている関係上、強化魔法を抜いた素の身体能力はそれほど高くない。

 ニーナに限ったことではなく、程度の差こそあれ殆どの魔族兵が同じ弱点を抱えている。

 美咲を背負ったままよろよろふらふらしているニーナを、美咲を見張るという立場上側にいなければならないエウートが呆れた目で見た。


「……ニーナ。あなた、鍛錬不足なんじゃないの?」


「お、おかしいなー。普段なら、美咲と同じくらいの荷物でも楽々運べるのに」


 人間の身体というものは、案外重い。

 鍛えた軍人であっても、同等の荷物を背負ったまま長時間、整備もされていない道を歩くのはきついというのに、魔法を頼ってきたニーナがいきなりそれを取り上げられて、平気でいられるはずもなく。

 事をややこしくしているのは、美咲を背負っているのはニーナが自発的にしていることで、命令されたものではないということだ。


「な、何で今に限って強化魔法の効きが悪いんだろう。全く効果が出ないよぉ……」


(ご、ごめんなさいそれ私のせいです)


 半泣きのニーナに対して、美咲は謎の罪悪感でいっぱいだった。

 一応は敵同士であることに変わりは無いのだから、本来なら罪悪感を抱く必要などないのだけれど、その意識が薄い美咲は、やはり魔族兵たちのことを思いやってしまう。

 なまじ、一緒に過ごして人となりを多少知ってしまったので余計に。


「やっぱり、私が自分の足で歩いた方がいいんじゃないかな。その、別に逃げようとかは思ってないし。本当よ?」


 居た堪れなくなり美咲は下ろして欲しいと懇願するものの、即座にエウートにじろりと睨まれ却下される。


「馬鹿なの? 信じられるわけないでしょ」


(う、うぐぅ……)


 取り付く島もないエウートの反応に、美咲は盛大に凹んだ。

 ニーナは文字通り美咲に心を許してくれたし、アレックスは美咲を一度裏切りはしたものの、美咲の体質については秘密にしてくれているようだ。

 おそらくは、それが彼なりの筋の通し方なのだろう。

 さすがにいつまでも隠し通してはくれないだろうけれど、少なくとも聞かれない限りアレックスが自ら話すことはなさそうだ。


「ちょっとくらい、エウートが変わってくれてもいいんだよ?」


「嫌よ。お前が運ぶって言ったんでしょ」


 刺々しいエウートの態度は相変わらずで、美咲に対してだけではなく、仲間であるはずのニーナに対してまで素っ気無い。


「おい、そいつをよこせ。交代だ。少し休憩しろ」


 見兼ねたゾルノがニーナから美咲を取り上げた。


「ちょっと! 副長何してるんですか!」


 急に軽くなった身体に驚きつつニーナが文句を言うと、今度は美咲を背負ったゾルノがよろめく。


「とと、おい、俺の強化魔法まで解けちまったぞ。マジで重いな。掛け直しは……無理か。どうなってるんだ」


 ぼやくゾルノの横で、ニーナは歓声を上げた。


「あ! 強化魔法がまた使えるようになりました!」


 どうやら美咲を手放したことで、美咲の魔法無効化能力から開放されたようだ。


「そうか。なら変われ。今度は俺が不調になっちまった」


「え? えー!? 休ませてくれないんですか!?」


 理不尽な上司の命令に不服の声を上げるニーナに、ゾルノは力を込めると美咲を投げ渡した。

 さりげなく、魔法無しだというのにかなりの腕力である。全身岩なのは伊達ではないようだ。


「強化魔法が使えるなら大した手間じゃないだろ」


「それはそうですけど……」


 強化魔法をかけていることで安心していたニーナは、美咲を受け止めてそのままべちゃっと美咲と一緒に潰れた。

 呆れた表情で、ゾルノが倒れたニーナを見下ろす。


「……おい、何してる」


「……お、おかしいなー。えーと。また、強化魔法の効きが悪くなったみたいです」


「どれだけたるんでるのよあなたたち」


 呆れた表情で、事態を見守っていたエウートが突っ込みを入れる。

 アルベール、スコマザ、オットーを含め、まだ美咲に自己紹介をしていない残り三人の魔族兵たちも困惑している様子だ。

 人知れず、美咲の事情を知っているアレックスだけがため息をついていた。


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