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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:魔族兵の戦い3

 最初に襲われたのは、虫女のニーナだった。

 ニーナ目掛けて飛び掛ったゲオルベルの爪と牙は、ニーナにかかることなく空を切る。


「甘いあまーい♪」


 背中の羽を羽ばたかせたニーナは、ゲオルベルよりも早く飛翔し、木の幹を掴んでぶら下がった。

 そのまま一回転して別の枝を掴み、枝の上に飛び乗ると枝のしなりを利用して跳躍し、自分に飛び掛ってきたゲオルベルへと逆襲する。

 対するゲオルベルは姿勢を低くして構え、唸り声を上げてニーナを威嚇する。迎え撃つ腹積もりのようだ。

 迫るニーナを見据えたゲオルベルは、彼女が自分の間合いに入るのを待って、カウンター気味にニーナに噛み付こうとする。


「ケェアジィエヌ(風の壁)ゥオケビ! 残念、それも外れ♪」


 魔法で風の障壁を作り出し、勢いを殺すことで急制動をかけたニーナに届かず、ゲオルベルの牙は何もない空間を切り裂いた。


「次は私の番だよ!」


 勢いに乗ったニーナは再び空中に身を躍らせ、魔族語で魔法を唱える。


「ケェアジィ(風よ)エユゥ アゥゲェア(穿て)ヂィ!」


 不可視の風の弾丸が空気が破裂する音と共に撃ち出され、着地の勢いを殺そうと踏ん張って動けなかったゲオルベルに直撃した。

 べこりと命中した箇所の毛皮が凹み、ゲオルベルが苦悶の鳴き声を上げて吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ先には大木が聳えており、その幹に背中から激突したゲオルベルから、何かが砕ける嫌な音が響く。

 どさりと大木の根元に落下したゲオルベルは力なく四肢を投げ出した姿勢のまま動かない。辛うじて首を動かす程度で、唸り声を上げてはいるものの立ち上がれないようだ。

 どうやら、今ので完全に戦闘不能になったらしい。

 立ち上がることすら出来ないのでは、意識はあってももう戦えない。

 ニーナがあっさりとゲオルベルを一匹倒したことに、美咲は度肝を抜かれた。


(つ、強い……!)


 人間よりも魔族が強いということを美咲は知識として知っていたし、実際に蜥蜴魔将ブランディールと戦うことで嫌というほど思い知っていた美咲だったが、まさかただの兵士に過ぎないニーナですらこれほどまでに強いとは、美咲は思いもしなかった。

 特別ニーナが強いのではないかという可能性が一瞬頭を過ぎるものの、ゲオルベルの相手をしているのはニーナだけではない。


「わりぃが仕事なんでな。恨むなよ」


 見れば、岩男のゾルノがゲオルベルを一体仕留めようとしているところで、彼の腕はがっちりとゲオルベルの頭を掴み、持ち上げてぶら下げている。

 持ち上げられたゲオルベルは吼えながら足をめちゃくちゃに動かして抵抗するものの、硬いゾルノの皮膚にはゲオルベルの爪では傷一つつけることが出来ない。

 そのまま哀れなゲオルベルの抵抗を異に解することなく、ゾルノはもう片方の手を吊り下げたままのいゲオルベルの頭に沿え、魔法を唱える。


「ワェアンロォイユゥォカァウ(腕力増大)ズゥオウォデオィ!」


 みしりと音を立て、ゾルノの手の中でゲオルベルの頭蓋骨が砕ける。

 頭を潰されたゲオルベルの身体が痙攣し、糞便を撒き散らしながら脱力した。


「うわ、こいつクソ漏らしやがった」


 嫌そうな声を上げて、ゾルノがゲオルベルの死骸を放り捨てた。


(あの人もあんなに簡単に……。私は凄く苦労したのに)


 ニーナもゾルノも、ゲオルベル一匹程度では慌てることもせず、淡々と相手をして処理をしている。

 もちろん手傷を負う事もなく、二人とも無傷だ。

 戦い方も対照的で、ニーナは身軽さを生かして翻弄し、わざと攻撃を誘発させることにより作った隙を突いてからの攻撃魔法による狙撃、ゾルノは魔法で強化した力で有無を言わさず捻じ伏せた。

 恐ろしいのは、そのどちらも武器などは一切使っていないということだ。

 攻撃魔法或いは魔法による身体強化のみで全て間に合ってしまっている。


(やっぱり……魔族は強いんだ)


 アリシャとミリアンは別格としても、セザリーたちとなら互角の戦いになりそうだ。

 いや、魔族兵であるゾルノたちは素手で、セザリーたちは武器持ちなのだから、単純な戦力で言えばおそらくゾルノたちの方が強い。

 真正面からの戦いばかりではないから、それだけで人間が弱いと決め付けることはできないとはいえ、それでも魔物に対する対処という観点においては、魔族の方が人間よりも優れているのは確かだ。

 しかし、いくら魔族兵が強いといっても、弱点は勿論存在する。


(でも、それでもゲオルベルの数が多過ぎる……!)


 容易く最初のゲオルベルを屠ったニーナとゾルノだったが、すぐに追加が現れてその相手をする羽目になった。

 当然危なげなく対処しているものの、それは言い返ればその間は釘付けにされているということでもある。

 中には、仲間の犠牲を代償に二人をすり抜けていくゲオルベルも存在した。

 そんなゲオルベルが狙うのは、守られている美咲である。

 美咲は手を縛られているので、襲い掛かるゲオルベルに対して対処が出来ない。

 魔法を使えばいいものの、美咲の魔法は敵味方無差別だ。おいそれと使えるものではない。


(……来る!)


 迫り来るゲオルベルの爪を見据え、美咲は身構えた。



■ □ ■



 ゲオルベルの爪も牙も、美咲には届かなかった。

 美咲を狙おうとしていたゲオルベルは、美咲に飛び掛かろうと四肢を踏ん張った瞬間、横合いから飛んで来た石柱に串刺しにされて地面に縫い止められた。

 美咲が石柱が飛んで来た方向を見れば、そこにはエウートがいつも通りの眉間に皺を寄せた険しい表情で立っている。


「気に食わないけど、これも仕事なのよ」


 どうやら美咲を守ってくれたらしい。

 態度は悪いし嫌そうな顔を隠しもしないエウートだが、それでも命令通りに美咲を守る意思はあるようで、美咲の側に陣取って美咲にゲオルベルを寄せ付けない。


「できるだけ、私の側にいるようにしなさい。離れ過ぎると守りきれないわ」


「う、うん。分かった」


 美咲へと視線を向けずに放たれたエウートの言葉に、美咲は振り向いて目を白黒させながら頷きを返す。


「……チッ。どうして私がこんなことを」


 嫌そうな顔をしたまま舌打ちをしてぼやくエウートを見て、美咲は何故か安堵してしまった。

 エウートが一方的に嫌っているだけで、美咲自身はエウートに対して嫌悪感を持ち合わせてはいないものの、二人の仲は良くなく、むしろはっきり言って悪い。

 それはエウートに限った話ではなく、程度の差こそあれ、美咲と魔族兵ならば誰であろうと同じことだ。

 こればかり種族間に根付いた問題なので仕方ない。


「ありがとう。助けてくれて」


 一応礼を言うと、エウートは凄い勢いで振り返って、顔を歪めた。


「やめてよ、気持ち悪い」


 礼を言っただけなのに酷い言われようである。


(何か凹む……)


 美咲が落ち込んでいる間も、エウートは滑らかに魔族語を詠唱し、襲い来るゲオルベルを順調に仕留めていっている。

 その場から動くことなく、ただ魔法だけでゲオルベルを翻弄するエウートは、魔族の魔法による人族への優位性と、その魔族に対する美咲の優位性を、これ以上なく証明している。

 魔族は魔法が優秀過ぎる故に、他に戦う手段を持ち合わせていない。

 接近戦も魔法使用が前提であり、技術を磨くのではなく身体能力を強化するというやはり魔法に頼った方法を取っているので、その魔法という牙城を崩されると一気に弱体化するのだ。

 あの、ブランディールのように。

 それは裏を返せば、魔法をどうにかしない限り人族が魔族との戦力差を埋めるのは難しいということでもあり、対抗するには人族も魔法を使えるようになるしかない。

 しかしその魔法すらも、習熟度の差が出過ぎていて差を縮めることは出来ても埋めるまでには至っていない。

 それが出来ているのは、アリシャやミリアン、そしてまだ美咲は直接目にしたことはないが、ベルアニアの第二王子エルディリヒトなど、ごく一部の人物に過ぎない。


(分かっていたけど、皆凄く強い……!)


 大量にいたゲオルベルが次々その数を減らしていくのを見て、美咲は口に出せる言葉を失っていた。

 軽口を叩く余裕もなく、固唾を呑んで戦いを見届けるのが精一杯だ。

 可能なら美咲も戦いたいと思うものの、手を縛られているし、武器も防具もない今の状態では、リスクの方が大き過ぎるので手が出せない。

 毛玉男のアルベールが、ゲオルベルの飛び掛かりを魔法で障壁を張って受け止めると、無造作に片手でその首根っこを掴んだ。


「……逃がさない」


 驚いて暴れるゲオルベルの抵抗を意に介さず、アルベールはもう片方の手も添えてゲオルベルをしっかりと捕まえると、ゆっくり自分の身体へと近付ける。

 出し抜けに、アルベールの胴体が観音開きの扉のように割り開かれた。

 その様子を目撃してしまった美咲は、思わず絶句する。


(何あれ……)


 美咲の目の前で、ゲオルベルの上半身を己の胴体の中に引き込み、アルベールは開いた胴体を閉める。

 中からガキボキと異音が響き、その度にアルベールの腹から突き出たゲオルベルの下半身が激しく痙攣する。やがてその下半身からは糞尿がちょろちょろと漏れ始めた。

 その間、ずっとアルベールは相変わらず何処を見ているのか分からない茫洋とした表情で、虚空を見つめている。

 まるで化け物みたい、という言葉を、美咲は辛うじて口に出さずに飲み込んだ。

 明らかな失言をわざわざ口にして、自分の首を絞める必要はない。

 再びアルベールの腹が開くと、中には細かい挽肉になって嵩が減ったゲオルベルの上半身の残骸だけが残っていて、アルベールは無造作に残る下半身を同じように中に収め、胴体を閉じた。

 そしてまた鳴り響く、聞くに堪えない異音の数々。

 アルベールの体内で何が起きているのか、美咲も薄々分かり始めていた。


(まるでじゃなくて、まるっきり化け物じゃないアレ!)


 見た目は人畜無害そうなでっかい毛玉みたいなのに、蓋を開けてみれば立派なクリーチャーである。

 彼に比べれば、スコマザやオットーは可愛いものだ。

 スコマザは空中を泳ぎ、この時点でちょっと意味が分からない気もするが、鮫顔でゲオルベルに喰らい付くだけだし、オットーは二面による多重詠唱を活用して魔法をゲオルベルにつるべ撃ちしている。

 他にもまだ美咲に自己紹介していない魔族兵たちが危なげなくゲオルベルを屠っており、状況の推移を見守る一際巨大なゲオルベルが、不機嫌そうに唸り始めた。


「……焦れてきたか。全員警戒しろ。奴自ら仕掛けてくるぞ」


 様子に気付いたアレックスが、冷静に全員に向けて注意を促した。


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