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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十六日目:魔族兵の戦い2

 森を抜けるまで、何度かアレックス率いる魔族軍分隊は魔物の襲撃を受けた。

 隠れ里を囲む森は、食物や資源が豊富な恵まれた森であると同時に、多くの魔物が潜む魔窟でもある。

 里の周辺なら定期的に間引かれるのでそれほど危険ではないし、遭遇するのも稀であるが、里から離れるにつれ、森は本来の姿を美咲たちに見せ付ける。


「分隊長! 北から三、西から四、南から二、完全に囲まれました! ゲオルベルです!」


 美咲にはまだ自己紹介をしていないアレックスの部下である魔族兵の一人が、鋭い声を上げて注意を発する。

 素早くアレックスが魔法で視力を水増しして目を凝らすと、木々の合間から確かにゲオルベルの姿が見えた。

 アレックスが気付いたことに、向こうも気付いているのかいないのか、ゲオルベルの群れは遠巻きに様子を窺っている。

 これは文字通り様子を見ているだけであり、襲い掛かるタイミングを計っていると見て間違いない。

 切欠があればすぐに飛び出してくるだろう。

 決定的な切欠を与えないうちに、アレックスは指示を出して襲撃に備えなければならない。


「捕虜を中心に円陣を組め。出方を見るぞ」


 即座に行軍を止めさせ、陣形を変更する。

 急に緊張を帯びた一行を見て、美咲はびくびくしながらアレックスに対して説明を求めた。


「な、何かあったの!?」


 美咲の質問に答えたのは、美咲を嫌っている魔族兵だった。


「ゲオルベルに囲まれた。黙って静かにしていた方がいい。逃げようと思うな」


 彼は、まだ美咲に対して自己紹介をしていない魔族のうちの一人だ。

 最初にゲオルベル発見の報告をした魔族兵とは別の魔族兵である。

 丸腰であるにも関わらず、反射的に前に出ようとする美咲を、冷静にアレックスは制止した。


「そういうことだ。悪いことは言わんから、下がっていろ。怪我をするぞ」


 普段の癖で勇者の剣を抜剣しようとして、そこでようやく美咲は自分の現状を思い出す。

 装備品や道具類は全部ミーヤに預けて置いてきてしまったから、今の美咲は丸腰だ。

 美咲の魔法は味方を無差別に巻き込む可能性が高いため、乱戦が予想される現状では役に立たない。

 いくらこの短期間で魔法を使えるようになったとはいっても、所詮は付け焼刃だ。

 威力そのものを重視しし過ぎたおかげで、制御についてはお粗末にもほどがある。

 具体的に言えば、範囲内に入れば問答無用で敵味方問わず巻き込む。

 本来の魔法ならばきちんと敵味方を選別するものだけれど、美咲の場合は、そこまで技術が追いついていないのだ。

 ちなみに、自分自身の攻撃魔法から自分を守るのも、魔法制御の範疇である。

 欠陥魔法であるけれども、美咲にとっては自分の体質を生かして最大限の効率で威力を求めた結果なので、仕方ないともいえる。


「木が多くて視界が悪いのが災いしたな。東から抜けられると思うか?」


「今のところは姿は見えませんが、群れのゲオルベルは狡猾だぜ、分隊長。俺たちを誘ってるんじゃないか。城攻めと同じだ」


 ゲオルベルから目を逸らさずに、アレックスとゾルノが相談を行う。


「確かに、その可能性はありますね。東からは、虫型魔物のざわめきが聞こえません。皆、息を殺しています。何かがいるようです」


 耳をそばだてたニーナが、静まり返った森の奇妙さに警鐘を鳴らす。

 群れを注視していたアレックスが、何かに気がついたかのように舌打ちした。


「そういえば、これが群れだというのなら、群れのボスがいるはずだな。しかし、出てきたのはどれも通常個体ばかり。となると、待ち伏せされている確立は高いか」


「分隊長。どの道今の私たちでは応戦する以外に選択支はありませんよ。荷物を抱えていますから。……捨てることが許されるなら、話は別ですけど」


 身構えたエウートが、守られている美咲を険しい表情で睨みつける。


「それは許可できない。生きたまま連れてこいというのが魔王陛下のご意思だ」


「陛下は何を考えて、こんな人間の身柄を求めるのでしょう」


 当然だがアレックスに却下され、エウートは眉間に皺を寄せて考え込む。

 ゾルノが肩を竦め、エウートの疑問に答えた。


「そりゃ、魔将を倒したからだろう」


「私には信じられません。こんな人間が、あの蜥蜴魔将ブランディール様に勝つなんて」


「そういえば、お前はファンだったな」


「いけませんか!?」


 こんな状況であるにも関わらず逆切れし出すエウートに、ゾルノが苦笑する。


「いや、良いけどよ、魔将なら他にも三人いるだろ。まあ、一人は蜥蜴魔将より先に人間に倒されて死んだが」


「それは確かに、皆凄い方だとは思います。でも、牛面魔将は女性ですし、死霊魔将は元人間のアンデッドではないですか。生粋の魔族男性はブランディール様だけです」


「生粋の魔族というなら、馬身魔将もそうだったろ」


「正々堂々人間との一騎打ちを申し込んで逆に倒されるような雑魚は論外です」


「雑魚って、お前な。蜥蜴魔将も人間との一騎打ちで負けたんだぞ」


「それはきっと何かの間違いです! あの人間の女が何か姑息な手でも使ったに違いありません!」


(まあ、確かに姑息な手ではあるな)


 ゲオルベルの出方を窺いつつ、ゾルノとエウートのやり取りを聞きながら、美咲の事情をある程度知っているアレックスは心中相槌を打つ。

 だが、美咲が異世界人であるという大事な情報を、アレックスは誰かに漏らすつもりは全くなかった。

 美咲を売ったのは、アレックスにとっても苦渋の決断だったのだ。

 やがて不意打ちが読まれていることに気付いたのかはたまた焦れたのか、唯一ゲオルベルの姿が無かった北側から、のっそりと一際大きいゲオルベルが姿を見せた。



■ □ ■



 そのゲオルベルは巨大だった。

 群れを従えるボスらしく、群れの個体に比べても群を抜いて大きく、彼よりも大きな個体は見当たらない。

 直接見比べたわけではないから断言は出来ないものの、この分だとゲオ男やゲオ美よりも大きいに違いない。

 さすがにマク太郎よりは小さいが、元の世界のヒグマ程度の大きさはありそうだ。

 ヒグマの大きさが大体二メートルから三メートルくらいだから、美咲たちの目の前に出てきたゲオルベルも、測ったわけではないが同じくらいの大きさなのだろう。

 大きいというのは、それだけで脅威だ。

 巨大であればそれだけ体重も増え、力だって増大する。それはこのゲオルベルも例外ではなく、その噛みつきと爪による一撃は、通常のゲオルベルの比ではない。


(噛み付かれたら、ひとたまりもなさそうね)


 美咲は嫌でも左腕の傷口を意識してしまう。

 その傷を作ったのは、目の前の魔物と同じ、ゲオルベルだ。しかし、そのゲオルベルよりも、このゲオルベルは遥かに大きい。

 爪を貰えばバターのように切り裂かれてしまいそうだし、その巨大な牙と顎の力で美咲の肉を食い千切るのも容易なはずだ。


「やはり、本命が潜んでいたか。かなりでかいな」


 ゲオルベルの大きさを見て、アレックスは目を見開いた。

 呟かれた言葉からは、恐怖よりも驚きの方が強く感じ取れる。

 アレックスは、この規格外のゲオルベルを見ても、それほど恐怖を感じてはいないらしい。


(怖くないの? 噛まれたらそのまま喰い殺されかねないのに)


 素直に恐怖心を抱いてしまっていた美咲は、信じられない思いでアレックスを見ていた。

 いや、アレックスだけではない。

 緊張こそ窺えるものの、アレックスの部下たちもその態度は落ち着いたもので、辺りのゲオルベルに注意を払いながらも自然体でいる。


「分隊長、どうします? 囲まれちまってることには変わりありませんぜ」


 回りをぐるりと見回したゾルノが、アレックスに指示を求める。

 既に最初のアレックスの命令通り、彼らは美咲を中心に円陣を組み、全方位からの襲撃に備えた状態だ。

 当然逃げるのではなく戦う判断で、ゾルノが求めているのは、どうやって戦うかというものだろう。

 それでも一応逃走経路を確保しておくのは悪いことではないので、ニーナが意見を述べる。


「いざとなったら木に登ればいいんじゃない? ゲオルベルは木登りできないし」


 ゲオルベルは走るのが速く、それが森林などの悪路であってもそれほど減速せずに走り抜けることが出来る。

 だがそれは地上限定で、ゲオルベルは樹上の獲物を捕まえるのは不得手だ。

 木を登るのには身体の構造的に向いておらず、また、それが通常の個体であっても、それなりの大きさを持つゲオルベルは体重が重く、幹ならばともかく下手に枝に足をかけようものなら、枝の方が折れる可能性が高い。

 だが巨大だというのも、一定のレベルを突き抜けてしまうと道理を覆す。

 木登りが出来なくとも、木を物理的に倒してしまえるようになるからだ。


「馬鹿ね。あの巨大なゲオルベルが見えないの? この辺りの木は細めだから、簡単に薙ぎ倒されるわよ」


 美咲でも思いつくような可能性を、魔族兵である彼ら彼女らが考慮していないはずがない。

 現に、ニーナの提案はすぐにエウートによって否定された。

 人間ならば、その通りだっただろう。

 しかし、魔族は少し事情が違うようだ。


「心配ない。魔法がある」


 毛玉人間のアルベールが、自信満々に言った。

 表情は殆ど分からないものの、その分声音に彼の感情が込められている。

 魔族にあって、人間には本来無いもの。それは、魔法。

 魔族語によって引き起こされる、不可思議な現象の数々。

 勿論、魔族兵であるならば、全員使える。というか、軍属でなくても、魔族であれば程度の差こそあれ誰でも使えるものである。魔族語が日常語として使われている中で生まれ育つ環境と、そうでない環境の差は大きい。


「人間ならともかく、魔族に襲い掛かることの愚かさを教えてやらないとな」


 にやりと悪役っぽい笑みを浮かべ、スコマザが鮫顔の歯を剥き出しにする。

 鮫と同じ特徴を備えているので、ちょっと異様だ。


「返り」


「討ち」


「「にする」」


 オットーの二面がセルフハモリをした。

 どうやら完全に迎え撃つ方針になったらしく、美咲は固唾を呑んで魔族兵たちを見つめる。

 最後に現れた一際大きなゲオルベルが遠吠えをした。

 途端に辺りに潜むゲオルベルたちの気配が活性化する。


「くるぞ!」


 アレックスの鋭い注意が飛ぶと共に、ついにゲオルベルたちが襲い掛かってきた。


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