表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
381/521

二十五日目:虜囚の身となって4

 食料調達に出かけていたゾルノ、アルベール、スコマザ、オットーたちが戻ってきた。


「……分隊長。俺、これだけ見つけた」


 ぼそぼそとくぐもった声音で、アルベールがアレックスに報告して手に入れた食料を見せる。

 アルベールは全身黒い毛で覆われた人型のもふもふで、顔も目を除いて毛の中に埋没してしまっている。何かの異常というわけでもなく、魔族の中のそういう種族らしい。


「茸に山菜に虫型魔物か。結構大量に取れたな」


 持ち込まれた食料を見て、アレックスが感想を述べる。


(山菜はともかく、残りの二つは大丈夫なのかな……)


 二人のやり取りを縛られたまま眺めつつ、美咲は心中不安でいっぱいだった。

 元の世界でも、茸の判別は難しいのだ。初心者が誤って毒茸を食べて病院に運ばれるなどというニュースが時々テレビで流れていたし、報道されない誤食事故ならそれ以上に起こっていたかもしれない。

 特に、異世界の茸は見た目からして派手なものが多く、傘の色も茶色の地味なものよりも緑だったり赤だったり青だったりはたまた金色だったりするものの方が多かったりと節操が無い。

 街のちゃんとした料理屋で出てくる食べ物にもこれらの茸は普通に混ざっているため、結構目立っていた。

 ただし、加熱すると変色して地味な色になる茸も多いし、細かく刻まれれば元の色がどぎつくてもあまり気にならないため、丸焼きなどでもなければ視覚的なインパクトは意外と少なかったりする。

 次に、スコマザが片手で持っていた物体を掲げてアレックスに見せる。


「俺は数は少ないが、アルベールと違ってちゃんとした肉を狩ってきたぜ。ホラ、これだ」


 スコマザが握っているのは、ペリトンの死体だ。

 頭を噛み砕かれていて、ちょっと見た目がグロい。


(ペ、ペリ丸じゃないよね!? ね!?)


 まさか本当に近くにペリ丸がいるとは思わないものの、もしかしたらミーヤが気を利かせてフェアだけでなく、ペリ丸もこっそり放っているかもしれない。

 ひょっこり美咲の懐から顔を出したフェアが、首をぶんぶんと横に振った。

 アレックスたち魔族兵に見つからないように注意しながら、違うとでも言うように、飛び上がって小さな手で美咲の頭をてしてし叩いている。

 まるで美咲のボケに対する突っ込みを入れているようだ。


「おお、やったな。ペリトンの肉は美味いぞ。まあ、小さいから腹にはあまり溜まらんが」


「これだけじゃねぇし構わねぇでしょう」


 スコマザは歯を剥き出しにして凶悪な笑顔を浮かべた。

 というか、彼の場合既に面自体が凶悪なので、どんな表情を浮かべていても普通に怖い。

 そんなスコマザの顔は、一言で言えば鮫である。

 見ためは鮫肌の屈強な成人男性の身体に、ホホジロザメの頭が付いているとでも思えば良い。というか実際そんな感じだ。

 元の世界の鮫は表情なんて無いも同然だったけれど、不思議とスコマザからは表情から機嫌を読み取りやすい。

 顔が怖いことさえ気にならなければ、案外何を考えているかは分かる。

 本人も喜怒哀楽がはっきりした単純な性格をしているので、余計にそう思うのかもしれない。

 まあ、付き合いなんて無いに等しい美咲にはそんなことは分からず、何を考えているのか分からない鮫男でしかないのだが。

 何を考えているのか分からないという点では、アルベールもスコマザも似たようなものである。

 毛玉男に鮫男。前者はそもそも毛以外は目からしか感情が伝わらないし、後者はそもそも見た目の時点で怖い。

 美咲には鮫といえば映画の人が襲われるシーンの印象が強いからなおさらだ。

 まあ、実際の鮫に比べて鮫男になるとそれなりに滑稽さもあるのだけれど、美咲は囚人なので普段よりも心の余裕が無く、そこまで思い至らない。

 唯一まともなのが、オットーという名の魔族兵だ。


「ぼくは、果物を取ってきました」


「この森は食べ物が豊富でいいですね」


 もちろん魔族なので完全に人間と同じとは言えないものの、ゾルノやアルベール、スコマザのような完全な人外勢と比べれば、大分人に近い容姿をしている。

 顔が二つあるのにさえ目を瞑れば。

 二つの顔が、同時に喋り出すのでかなり聞き取り辛い。

 蚊帳の外に置かれながら、美咲は彼らのやりとりを眺める。

 人間である美咲と彼ら魔族の間に、明確な線を引かれているのを感じながら。



■ □ ■



 天幕を張り終えたアレックスたちは、分担して食事の準備を始めた。

 普段から担当を決めてあるらしく、アレックスが指示を出さずとも、皆自分から動き始めている。


「ああ、ちょっと待った。エウートは引き続き監視を頼む」


「了解です」


 元々美咲の見張りをしていたエウートだけには、アレックスは指示を出し、作業を中断させて見張りを続行させるつもりのようだ。

 アレックスに対しては無表情を貫くエウートが、美咲を見た瞬間に嫌そうな顔をするのが、美咲としては少し悲しい。


(仕方ないことなのかもしれないけど、嫌われてるのは悲しいなぁ)


 何とはなしに、美咲はしょんぼりしながら夕食の支度をする魔族たちを見つめる。

 虎男であるアレックスを筆頭に、やはり人外な容姿を持つ者が多い。


「そういえば、まだ分隊長と俺、ニーナ、エウートくらいしか名乗ってなかったな。お前ら、名乗ってやれ」


 ふと何かに気付いたゾルノが、仲間である魔族兵たちに自己紹介を命じる。


「……俺、アルベール」


 ぼそっとした口調で、歩く毛玉にしか見えない魔族であるアルベールが名乗った。

 美咲はゾルノが彼らに命令する時に名前を呼んでいたのを聞いていたので、名前を知っていたが、改めて名乗ってもらえるならそれに越したことはないので、有り難く覚えさせてもらう。


(顔は……目があるところかな? 鼻も口も見えないから分かり難いや)


 アルベールの身体の輪郭は、手足がついた数字の八やひょうたんを思い浮かべれば、それに近いかもしれない。

 上の方の丸には目だけがついており、おそらく毛皮をかき分ければ鼻や口もあるのだろうけれど、生憎今は全て毛皮の中に埋まってしまっている。目があることから、そこが顔で間違いないはずだ。

 下の丸の部分は胴体部分で、そこもやはり黒い毛皮で覆われている。頭の部分もそうだけれど、毛足の長い毛皮で、長い毛は絡まりそうなものだが不思議と綺麗に保たれている。

 御丁寧に、こちらは短いが手足の方もちゃんと黒い毛皮で覆われているようだ。

 全体で見るとずんぐりむっくりしていてまるで着ぐるみのように見える。

 まあ、勿論着ぐるみではないので着脱は出来ず、毛皮も全てアルベールの自前なのだが。

 次に名乗ったのは、鮫男のスコマザだ。

 彼に近付かれた美咲は、鮫の顔にビビッて思わず後退った。

 そんな美咲の様子に、スコマザは嬉しそうに笑う。


「クックック。俺が怖いか。スコマザだ。魔族軍の水棲ハンターと言えば、俺のことだぜ」


 牙を覗かせて笑う様は見るからに恐ろしく、美咲は震え上がる。


(ひええええ……)


 ニタニタしているスコマザに、呆れたような冷めた声音でゾルノが突っ込みを入れた。


「何が水棲ハンターだ。お前金槌だろ」


「ちょ、副隊長! せっかく怖がってるんだからばらさないでくださいよ!」


 いきなり本性を暴露されたスコマザが情けない声を上げる。

 恐ろしい海のハンターは一瞬のうちに、泳げない滑稽な頭だけ鮫男と化した。

 見た目は鮫の頭をしていることもあり、インパクトは十分でその時点で既に十分怖いのに、本人の性格が全く怖くない。


(見るからに水に強そうなのに、泳げないんだ……)


 まあ、元の世界では鮫が空から降ってくる映画もあるくらいだし、泳げない鮫男も普通かもしれない。

 美咲はそう考えて、無理やり己を納得させた。


「僕は」


「オットー」


「「よろしく」」


 交互に喋って最後にぴったりユニゾンするという、無駄に手の込んだ挨拶をオットーは行った。

 彼は顔が二つあることを除けば、元の世界で働いていても違和感がないほど姿形は人間そのものである。


(魔法唱えるのが凄く強そう。一度に二種類使えるってことだろうし)


 美咲が思ったのは、オットーの魔法の腕前が、相当のレベルにあるのではないかということだった。

 魔族語で魔法が発動するという特性上、口が二つあるという時点で魔法使いとしては大きなアドバンテージであることは、疑い様がない。

 岩肌が特徴的な岩山男であるアレックスの副官ゾルノに、部下である毛玉男のアルベール、鮫男のスコマザ、二面男のオットー、虫女のニーナに関しては、自己紹介されたこともあって、顔と名前は一致できた。

 問題は残りの四人だ。

 アルベールと一緒に天幕を張る作業を行っていた彼らは、あまり美咲と関わろうとせず、距離を保っているため会話が無く、印象に残りにくい。

 四人の中では、狐女のエウートだけは、態度こそツンケンしていて刺々しいものの、美咲の見張りをしているので美咲も名前を覚えている。

 しかし残る三人はまだあやふやなので、アレックスが彼らに自己紹介を促したのは、まだ彼らについてよく知らない美咲にとっては有り難い。


「別に自己紹介なんてしなくてもいいんじゃないスか? 魔都に送り届けた後はどうなろうが、俺たちには関係の無いことでしょう」


 軽薄な口調で、残る三人のうち、一人が自己紹介をするというアレックスの方針に異を唱える。

 その台詞から窺えるのは、人間である美咲に対する侮りと蔑み、嫌悪感を隠し切れない侮蔑の感情だった。


(さすがに……堪えるなぁ)


 向けられる視線の刺々しさに、美咲は心中ため息をつく。

 彼ら魔族兵の中で、美咲に対してあからさまに偏見を向けてこないのは、分隊長であるアレックスとその副官であるゾルノと、虫女であるニーナくらいだ。

 しかしこの三人も、アレックスとニーナの二人のうち、アレックスの方は、美咲と知り合った期間が僅かといえど彼らより長く、ミルデを通じて少なからず人間に対する悪感情が少なくなっているからだ。

 ニーナの方はもっと酷く、そもそも人間を言葉を話す珍獣か何かとしか捉えてない様子がある。

 その根底にあるのは人間に対する関心の無さで、ニーナはあからさまに美咲のことを嫌悪するエウートとは別の意味で、美咲と仲良くなろうとは思っていないようだ。

 ゾルノにしても、副官という立場上、そういった負の感情を表にしていないだけである可能性は高い。

 美咲は改めて、魔族と人族の間に横たわる溝を思い知らされた気分だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ