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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:虜囚の身となって3

 それから、奇妙な話ではあるけれども、美咲はアレックスの部下の面々から自己紹介を受けた。

 アレックスに従う部下は全部で九人おり、そのうちの一人は美咲の拘束を担当したニーナという女性の魔族だ。

 魔族の中では人間に似た体格と容姿の持ち主で、異形と呼べるのは本来の目とは別に頭についている複眼と、背中に生えた虫のような羽くらいだ。

 この羽は背中に収納できるようになっており、その関係で彼女の背中は外骨格のように硬くなっている。

 次に自己紹介したのはアレックスの副官であるゾルノで、彼を一言で言い表すならば岩人間、という表現がぴったりだ。

 混血の隠れ里にも似たような特徴を持つマエトという子どもがいたけれど、彼は混血だったせいかゾルノよりは遥かに見た目が人間寄りで、どちらかといえば所々の肌が岩肌になっているだけの人間だった。

 しかし、ゾルノは違う。

 彼の見た目は完全に無機物で、いわば人の形をした岩だ。

 完全に本来の肌は岩肌で覆われており、むしろ最初から岩肌しかないんじゃないかというレベルである。

 辛うじて間接部分は露出しているので生物だと分かるのだが、その部分の肌色も黒っぽいのでその姿は完全に人とはかけ離れている。

 同じ魔族でも、美咲が今まで出会ってきたミルデやアレックス、エルナとは完全に毛色が違う。どちらかといえば、蜥蜴人間だったブランディールに近い。

 ブランディールは直立二足歩行する蜥蜴そのもので、その肌も爬虫類らしく硬い肌だった。

 ただ、顔が蜥蜴というよりそれよりもさらにおっかない鰐を通り越して、竜の顔にそっくりなので、人間の間では蜥蜴魔将という正式な肩書きよりも、竜将という通り名の方が有名だったくらいだ。

 ゾルノもまたブランディールと同じ傾向があり、その見た目は手足が生えた岩山である。

 もっとも、その大きさは人間よりは大きいものの常識的なサイズに収まっており、巨大ロボットみたく限度を越して大きいわけではない。

 ニーナとゾルノは二人とも気さくな正確で、ニーナはまだ魔族の中では比較的若手ということもあり、すぐに美咲と打ち解けた。

 もちろん魔族と人間という種族差があるからきっちりと明確な線引きをされてはいたけれど、話しかければ答えてくれたし、時々ニーナ自身が話しかけてくることもあった。

 ゾルノはさらにそれが顕著で、美咲が人間だろうが構わず会話の距離を詰めてきて、その強引さと無遠慮さには、美咲の方が閉口してしまうほどだ。

 しかし、美咲に対して話しかけてくるのはこの二人が殆どであり、残りの七名はむしろ警戒感がバリバリで、縛られている美咲が身動ぎするだけでも厳しい視線を向けてくる。

 その反応の方が正しいはずなのに、ニーナとゾルノが気安く接してくれるせいで、美咲はどちらが正しい反応なのか分からなくなりそうだった。

 現在、美咲たちは隠れ里を囲む森の中を進んでいる。

 隠れ里を出発した時にはまだ明るかった景色も、木々が太陽を隠した今はかなり薄暗い。

 もっともそれは、ただ単に森の木々が日差しを遮っているばかりではなく、日没が近いせいでもあった。


「今日はこれくらいにして野営の準備をするぞ」


 アレックスが隊を止め、本日の行軍を終わらせる。

 これ以上は、無理して先に進んでもすぐに真っ暗になってしまい、森の中で遭難する危険性を考えなければならず、冒すリスクが洒落にならない。


「私は薪を調達してきますね」


 ニーナがいち早く宣言して、薪として使えそうな枝を探しに行った。


「分隊長、俺たちはどうしましょうか」


 副官であるゾルノは、アレックスに行動の指示を求める。

 大して間を置かず、アレックスはすぐにゾルノへ命令した。


「分隊員から三人ほど連れて、食料になるものを探しに行ってくれ。魔物の肉が手に入れば一番良いが、無ければ何でも構わん。日が沈む前に戻って来い」


「了解。よし、アルベール、スコマザ、オットー。お前たちが着いて来い。狩りに行くぞ」


 ゾルノに名前を呼ばれた魔族兵たちが軍隊らしく歯切れの良い返事をして、この場を離れる準備をする。


「残りのうち、一人は捕虜の見張りをしろ。それ以外は俺と一緒に野営地の設営だ。それじゃあ皆取り掛かれ。あまり時間は無いぞ」


 アレックスの指示で全員の役割分担が決まり、美咲を捕虜としている魔族軍の分隊は、慌しく動き出した。



■ □ ■



 虫女のニーナが薪拾いをしに、岩山男のゾルノがアルベール、スコマザ、オットーという名前の魔族兵たちを連れて狩りに出かけた後、美咲は縛られたまま手持ち無沙汰になっていた。

 端的に言って、美咲は暇を持て余していた。

 移動中は自由だった足も、野営をすると決まれば手と同じように拘束されてしまったので、暇つぶしに散歩することすら出来やしない。

 仮にも捕まっていて、出る所に出れば後は処刑が待っているだけだということは美咲だって理解しているだろうに、肝心の美咲自身の顔には不思議とあまり緊迫感とか、悲壮感とかそういった感情は浮かんでいない。

 もちろん何も感じてないわけではないけれど、無駄に絶望してもいいことは無いし、仮に暴れたところで状況が悪化することはあっても改善することはないだろう。

 今の美咲は一人きりで、出来ることには限界がある。

 殺す気で不意を打てば魔法で全員焼き殺せるかもしれないが、一応アレックスは知り合いだし、ミルデにとって大切な存在であることくらいは理解しているので、殺すのは躊躇われる。

 というか、それ以前に成功する保障もなく、失敗すれば言い訳する余地もなくその場で美咲自身が殺されるかもしれないし、そうでなくとも扱いがさらに悪くなることは想像に難くない。

 仮に諸々の問題を棚上げしてアレックスを含む魔族兵全員の殺害に成功して自由の身になったとしても、魔族領に一人取り残された状態で放り出されることに変わりはなく、そうなれば待っているのは、十中八九野垂れ死にである。

 そんなわけで、美咲には今出来ることはいざという時に備えて体力を温存し、いつかミーヤがバルトに乗って助けに来てくれるのを待ちながら機を窺うことくらいで、それまでは基本的に状況に流されるしかない。

 野営予定地に残ったアレックスの部下の魔族兵のうち、一人を除いて残り三人の魔族兵たちはアレックスと一緒に天幕の設営をしている。

 一応、美咲には一人用の天幕が与えられるらしい。

 一見特別待遇に見えるが、実際は隔離で、火の番を兼ねて一日中見張りが付く監禁状態だ。まあ捕虜なので仕方ない。

 今現在美咲の見張りについているのは、若い女の魔族だ。

 アレックスの部下の殆どは男の魔族であるが、ニーナとこの女の魔族と後もう一人女性がいる。ゾルノに連れられて食料調達に出かけた魔族兵たちは全員男で、残る一人は天幕の設営班の中に居る。


(……凄く、警戒されてるなぁ。無理もないけど)


 自分に向けられる視線の厳しさに、美咲は居心地が悪そうに身動ぎした。


「不用意に動かないで。何か企んでいるのかと疑われるわよ」


(無茶言うな!)


 ほんの僅かな動作さえ目を付けられて注意され、美咲は内心で女性魔族を罵った。

 実際は困った風に微笑むばかりで、日本人らしい愛想笑いが炸裂している。

 それは美咲なりの彼女の警戒心を少しでも削ごうとする努力の結果なのだけれど、その取り繕う微笑みが、女性魔族本人には何かを企む胡散臭い微笑みに見えてしまっているのには、流石に美咲も気がついていない。

 尻から伸びる稲穂色の尻尾が苛立たしげに振られる。

 表情も険しい女性魔族に対して、美咲はコミュニケーションを試みた。


「えっと、私、美咲って言います。あなたの名前を教えてください」


 美咲の魔族語を聞いて、女性魔族の釣り目がさらに危険な角度に釣り上がった。


「答える必要性がないし、あなたの名前についても興味ないわ」


 すっぱりきっぱり回答どころかコミュニケーション自体を拒否され、取り付く島もない。


「でっ、でも、アレックスさんから自己紹介しろって言われてましたよね? 名前くらい知っておいてもいいと思いませんか?」


「……チッ」


(何か凄い嫌そうな表情で舌打ちされたぁー!)


 大嫌いな食べ物を無理やり食べさせられたような表情を浮かべた女性魔族はしぶしぶ名乗る。


「エウートよ」


 それきり、名乗った女性魔族は会話を打ち切ってぷいと顔を背けた。


(……間が持たないよぅ)


 居た堪れなさを感じつつも、美咲は粘る。

 人間同士でもコミュニケーションというのは大事なのだから、異種間コミュニケーションの重要性はさらにその上を行く。


「えっと、できれば本名を教えて欲しいんですけど」


 食い下がってみたら、凄い目で睨まれて、美咲は思わず内心で悲鳴を上げた。


(ヒィッ)


 身体をびくつかせる美咲をじっと睨みつけ、エウートと名乗った女性魔族は美咲に詰問する。


「何でよ。名前だけで十分じゃない。それともやっぱり、本名を知って私に呪いでもかけるつもり? 恥知らずにも、私たちから盗んだ魔法で」


 エウートの言葉には、美咲本人に対してというよりも、人間という種族そのものに対する憎悪が込められていた。

 今まで美咲に味方してくれた魔族たちが稀有だっただけで、本来ならこれが普通の反応なのだ。


「じゃっ、じゃあ、私も本名名乗りますんで。他意は無いですよ。仲良くなりたいだけです」


 それでも、美咲は諦めない。

 美咲は異邦人だ。

 この世界の人と魔族の間の確執を、今の美咲は知識として完全とは言わずとも理解しているけれど、敢えて無視する。

 混血の隠れ里で過ごした日々が、生まれかけていた美咲の中の魔族への憎悪を溶かしてくれた。

 仲間を殺した魔族個人への恨みと、種族としての魔族に対する感情は、別物だ。


「……正気? 私が言った言葉をちゃんと聞いていたの? 呪いをかけられても文句は言えないわよ」


 エウートは疑わしげな目で、しかし僅かに困惑を滲ませて、美咲をじろじろと眺め回す。


「そこは、ほら、アレックスさんの部下ですから、信用してますし」


「……その分隊長本人に裏切られたのに?」


 へらへらと笑っていた美咲は、エウートの返しに、困ったように眉を下げた。


「それは仕方ないですよ。ミルデさんのためですもん。誰にだって、命の優先順位がある。だから、アレックスさんの決断が間違っているとは思いません」


 仕方のないことだ。

 美咲だって、ミーヤのアレックスの命が天秤にかけられればミーヤの命を優先してしまうだろうし、ミーヤとミルデならばやっぱりミーヤの命を優先してしまうだろう。

 それが分かっているから、納得できてしまう。


「変な人間ね、あなた。憎くないの?」


「憎くありませんよ」


 ただ、少し心が傷付くだけで。

 それすら身勝手な考えだということも理解している。

 自分だって同じ判断をするくせに、切り捨てられる立場になったら勝手に傷付くのだから世話は無い。

 エウートはまじまじと美咲を見る。

 ただの捕虜の人間としてではなく、美咲という個人として、エウートは目の前の人間を初めて認識した。


「……おかしな人間ね、あなた」


「自覚はあります」


 宇宙人を見るような目を向けてくるエウートに、美咲は肩を竦めて答えたのだった。


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