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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:虜囚の身となって1

 現れたのは、マルテルだけではなかった。

 マルテルの背後には、妹であるリーゼリットが控えている。

 改めて見るに、全く似ていない兄妹だ。

 よく見れば細かなパーツには似通っている点もあるのだけれど、如何せん人間と魔族では外見が違い過ぎる。

 リーゼリットの場合先祖返りで外見が魔族そのものなだけで、生まれも育ちも人族圏内だから魔族語は使えないし、価値観も人族寄りなのだが。


「それで、どうするんだ」


 アレックスが美咲に対して返答を急かしてきた。

 完全にマルテルとリーゼリットの存在を無視している。

 或いはミルデのことが心配で、他が目に入っていないだけか。

 案外普通そうに見えても、アレックスも内心ではかなり焦っているのかもしれない。

 一歩間違えれば、ミルデも捕まって処刑されてもおかしくないのだ。

 というか、美咲が全ての罪を被らなければ、ミルデに限らず里人は普通に考えて極刑だろう。

 ブランディールを倒した美咲を匿っていること、魔族の街の騒動を引き起こした原因とされているティータを匿っていること。

 魔族と人族の混血児を多数匿っていること。

 基本的に人族との混血児は差別の対象だから、美咲を匿った云々は抜きにしても、それだけで処罰の対象である。

 さらにいうなら、隠れ里なのだから、当然一度も税金を払っていない。

 脱税した金額は、積み重なって今では相当な金額になっているはずだ。

 美咲に決断を促すアレックスを、マルテルは遮った。


「待ってくれ。先に彼女と話がしたい」


 全く引くつもりはないようで、マルテルは真っ直ぐアレックスを見つめている。


「私も、美咲ちゃんと話がしたいです。お願いします」


 緊張で身体を震わせながら、リーゼリットもアレックスに対して気丈に振舞う。

 マルテルとリーゼリットの二人を、アレックスは睨みつけた。

 アレックスにとっては、優先すべきはミルデが一番で、今回取った行動も、その心情に沿ったものだ。

 しかし、マルテルとリーゼリットも真剣で、引き下がるつもりは微塵も無い。

 それを悟ったアレックスは、深いため息をついた。


「……早くしろ。あまり時間はやれんぞ」


 二人は表情を和らげると、アレックスに対して礼を言う。

 律儀なマルテルとリーゼリットに、アレックスは背中を見せて美咲から離れながら後ろ手に手を振った。

 場を譲って待つ体勢に入ったアレックスをちらりと見てから、マルテルが美咲に向き直る。

 硬い表情で見つめられ、美咲も居住まいを正した。


「単刀直入に言う。君は逃げた方がいい。この里のことは忘れて、自分の目的に集中するべきだ」


 美咲はぽかんとしてマルテルを見上げた。

 出来るならここまで苦労していない。

 見捨てていけないからこそ、こうして賭けに出ようとしているのだから。


「馬鹿ね、マルテルの奴。最初から美咲ちゃんがそんな選択支を取れるなら、とっくに逃げてるわよ」


 ミルデが自嘲交じりの笑みを浮かべ、やり取りを見守る。

 穏やかに笑って、美咲が首を横に振った。


「出来ませんよ、そんなこと。マルテルさんも、リーゼリットも、私にとっては大切な人たちなんですから。守らせてください。私は大丈夫ですから」


「でもっ、でも、それじゃ美咲ちゃんが」


 泣きそうな顔で、リーゼリットが美咲に詰め寄る。


「私のことなら大丈夫。こう見えても悪運強いのよ。自力で何とかするわ」


 本当は美咲とて不安でたまらないけれど、絶対に表には出さない。

 本心を見せたところで、余計に心配させるだけだ。

 ミーヤが小さな足で、一生懸命走って美咲に抱き付いた。弱い力で、それでも絶対放すまいと力を込めているのが美咲に伝わってくる。


「お姉ちゃん、ミーヤも行く。一緒に行かせて!」


 心配してくれているのが伝わってきて、美咲は表情に出さないようにしたけれど、泣きたくなるくらい嬉しかった。

 思えばいつだってそうだった。

 助けてから今まで、ミーヤはいつだって美咲の力になろうとしてきた。

 家族のように甘え、笑い、泣き、美咲の心を癒してきた。

 だからこそ、守りたい。


「それは流石に駄目だよ。危険過ぎるもの」


「そんな危険なところにお姉ちゃんは行くんでしょ! ならミーヤだって!」


「ごめんね。私も自分のことに手一杯で、今回ばかりは、ミーヤちゃんを守れる保障は無いの」


「なら、せめてフェアを連れて行って! お姉ちゃんが逃げられたら、絶対ミーヤがバルトと一緒に迎えに行くから!」


 ミーヤはフェアを呼び寄せると、美咲に差し出した。

 小さな掌に乗るくらいの大きさの妖精であるフェアは、ミーヤの掌から美咲の肩へと飛び移る。


「♪」


 心遣いに思わず嬉しくて泣きそうになった美咲だったが、辛うじて泣くのは堪えた。

 そんな美咲を、ミルデが羽の内に抱き締めて語りかける。


「美咲ちゃん……私たちのことは、気にしなくてもいいのよ? いくら隠し続けていたって、いつか秘密はばれるもの。美咲ちゃんがいなくても、里の存在はいずれ明かされていたかもしれない。あなた一人が背負う必要は無いわ。あなたが逃げても、誰にも責めさせはしない。この私が、必ず」


 とても優しい言葉だった。

 思わずぐらりと心が揺れそうになるほどに。

 けれどそんな彼女たちだからこそ、美咲は守りたいと思うのだ。

 やはり、美咲の決意は変わらない。



■ □ ■



 結局、美咲はアレックスの勧め通り投降することに決めた。

 ハイリスクハイリターンの賭けに討って出たのだ。

 とはいえ、勿論馬鹿正直にそのまま高いリスクを受け入れたわけではない。

 可能な限り、予想された危険は排除できるようにしてある。

 具体的に言うと、美咲にはミーヤのペットであるフェアが同行する。

 彼女はフェアリーという魔物で、見た目は可憐な人間の少女だが、背中に蝶を思わせる羽があり、身体も美咲の掌に納まってしまうくらい小さい。

 フェアリーは声を出すことが出来ない代わりに、思念を飛ばして直接意思を伝える能力を持っている。

 この能力が届く範囲は中々で、方向を絞って指向性を高めてやればかなり遠くまで届く。

 また、同じように思念を受け取るのも得意で、伝えるのと同じくらい感度が高く、フェアリー同士は国を跨ぐほど遠く離れていても会話が成立するほどだ。

 そしてこれらの能力を持つフェアはミーヤがつけている翻訳サークレットと抜群に相性が良い。

 翻訳サークレットをつけていれば、言語を解しながらも言語に頼らず直接意思のやり取りが出来る。

 それは言い換えれば、言語とは別に意思を相手に飛ばしているということでもある。

 これはフェアリーが思念を飛ばすのと同じ理屈で、言語を媒介にしているかどうかの違いでしかない。

 つまり、本来なら届かないような距離でも、フェアならばミーヤの声を聞くことが出来る。

 当然ミーヤの声を聞けるなら、ミーヤにフェア自身の意思を伝えることも可能なわけで。

 離れ離れにならなければならない今の状況では、フェアは美咲とミーヤを繋ぐのにぴったりな魔物なのだ。


「フェア、お願いね。お姉ちゃんのこと、ミーヤにしっかり伝えてね」


「♪」


 本当なら、ミーヤ自身がついていきたいのを我慢して賢明にフェアに託すミーヤへ、フェアは掌を向けた。

 小さな手が、ミーヤの頭に置かれる。

 笑顔を浮かべ、フェアはミーヤの頭を撫でた。

 まるで、心配するなとでも言っているかのようだ。


(任せて)


 鈴のような澄んだ意思が、ミーヤへと伝えられる。

 フェアリーの意思伝達能力だ。

 頭を撫でられたミーヤが頭を押さえてへにゃりと総合を崩すと、フェアは飛び立って美咲の肩に降り立った。


(よろしく)


「うん。よろしくね」


 意思を飛ばしてくるフェアへ、美咲も挨拶を返した。

 もっとも、ミーヤとは違い、美咲に対しては、フェアの能力は一方通行だ。

 翻訳サークレットがあるからこそ相互通行に出来るわけで、この場合はフェアから美咲への会話は成立するものの、美咲からフェアへの会話は言語の壁に阻まれて通じない。

 まあ、この世界の魔物であるフェアリーが日本語を理解出来るはずがないし、美咲が最近使えるようになった魔族語も、魔族や竜などの一部の魔物には通じるが、元々言語を必要としていないフェアリーには無用の長物なので仕方ないともいえる。

 フェアは小さくて逃げ易いし、いざという時は美咲から一時的に離れることで美咲も全力を振るえるようになるので、そう悪い組み合わせではない。

 そして何より、ミーヤがバルトで迎えに行くという選択支がいつでも取れるようになるのが大きい。

 美咲が名残を惜しむ中、地面に影が差す。


「ナンダナンダ。様子ガ変ダナ」


 ごつい爬虫類のような足が地面を踏み締める。

 慣性を殺すかのように羽ばたかれた翼からは突風が生まれ、地面に小さな波紋を作る。


「あっ。バルトおっそーい!」


 全てが決まってから、おっとり刀でバルトが空から舞い降りたのだ。どうやら食事は無事に済んだらしい。

 あの巨体を維持するのには結構なカロリーを必要とするだろうけれど、どれだけ食べたのだろうか。

 どうでもいいことが、ちょっと気になる美咲だった。

 文句を言いながらも、ミーヤが表情を輝かせてバルトに駆けていく。


「くれぐれも、気をつけるんだよ」


「何も出来ませんけど、無事をお祈りします。また、二人でお買い物しましょうね!」


「二人とも、今までありがとう。頑張ってくるね」


 美咲もまたマルテルとリーゼリットの兄妹と、別れの挨拶を済ませる。

 その横で、ミルデがアレックスに詰め寄っていた。


「私の妹分なんだから、くれぐれも丁重に扱いなさいよ」


「一応、扱いとしては罪人なんだがな……」


「それでもよ!」


「分かった分かった。可能な範囲でいいならそうするように伝えておく」


 噛みつかんばかりのミルデを、苦笑したアレックスがあしらっている。

 グモも見送りに来てくれた。


「お達者で。別れの挨拶はしませんぞ。また会いましょう」


「うん。またね、グモ」


 気丈に振舞いながらも、グモは我慢し切れずにおいおいと泣いている。

 もらい泣きしそうになるのを堪えながら、美咲もグモに倣って別れではなく、再会を前提としたい挨拶をかわした。

 以前遊んだことのある里の子どもたちや、ミーヤの他のペットたちとも別れを済ませ、美咲は魔族軍に投降した。


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