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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:風雲急を告げる6

 隠れていた物陰から出てきた美咲、ミーヤ、ミルデの三人に、アレックス率いる魔族兵たちの視線が注がれる。

 特に美咲に向けられる視線には、驚愕と疑念が入り混じっている。


(何でこんな小娘が、とか思われてそう)


 向けられる視線に辟易して、美咲は何でもない風を装いながら心中ため息をついた。

 美咲が蜥蜴魔将ブランディールを倒したことは、もはや魔族軍にも知れ渡っている事実だ。

 強者として名を轟かせていた彼であるから、それを倒した美咲の名声は、美咲が思っている以上に、美咲の居ない場所では一人歩きを始めている。

 そして、そういう噂に踊らされる者に限って、実際の美咲を見てその落差に衝撃を受けるのだ。

 実際の美咲は、見た目可憐な少女なのだから。


「お帰りなさい、アレックス。こんなに兵を連れて、随分物々しい帰還ね」


 皮肉が交じったミルデの言葉に、アレックスが肩を竦める。


「仕方ないだろう。お前たちが無駄に騒ぎを大きくしたせいなんだからな。お陰で軍の面子は丸潰れだ。お偉いさん方が、血眼になって犯人を探してるぞ」


 じとりとした視線を向けるアレックスに対し、ミルデはそ知らぬ顔でしらを切った。

 私には何もやましいことなどありません、とでも言いたげな表情だ。


「何のことやら。私にはさっぱり分からないわ」


 一応、ティータを助けたことに関しては、犯人が美咲だということは公になっていない。

 事情を知るのはアレックスのみで、そのアレックスも、ミルデに害があるなら口を閉ざす。


「まあ、それについては今はいい。それよりも、お前たちには伝えなければならないことがある」


 本題に入る気配を感じ、ミルデが居住まいを正した。

 ミルデとアレックスの間で緊張が走り、釣られて美咲とミーヤも息を飲んで事態を見守る。


「里の存続条件ね?」


 言葉を濁すことをせず、真正面から切り込んだミルデに、アレックスは重々しく頷いた。


「察しがいいな。その通りだ」


 アレックスの賛辞を、ミルデは素っ気無く受け流した。


「お世辞は結構よ。それで、条件は?」


「魔族軍にとって、一番優先すべきは魔将を倒した人間の捕縛だ。それさえ果たせるなら、それ以外については目を瞑るとの言質を頂いた。つまり」


 そこまで口にしたアレックスの台詞を遮って、ミーヤが口を挟んだ。挟まずにはいられなかった。

 裏を返せば、魔族軍は魔将を倒した人間の捕縛に関しては、妥協も容赦もしないと言っているに等しい。


「待って。それじゃあ、お姉ちゃんが」


 ミーヤに向けてアレックスの視線が注がれる。それだけでなく、回りの魔族兵からの視線まで加わった。

 大勢の魔族兵に睨まれ、ミーヤは身を竦ませる。

 黙らざるを得ないミーヤから視線を外し、アレックスがようやく美咲に視線を向けた。


「魔族軍に投降しろ。そうすれば、里の存続は許され、お前が逃がした少年も無罪放免になる」


 咄嗟に返事が出来ず、目を丸くしたまま黙り込んでしまう美咲の代わりに、ミルデがアレックスの通告に異を唱えた。


「ちょっと、条件がきつ過ぎない? そんなの、美咲ちゃんを人身御供にするようなものじゃない」


 ミルデの文句を、アレックスは予想していたらしい。

 苦い顔になると、ミルデに対して弁解を始める。


「これでも粘ってかなり緩めたんだ。元となった案はお前とミーヤを巻き添えに処刑だったからな」


 アレックスにも譲れない条件がある。

 それは、ミルデだけは何としてでも助けるということだ。

 彼の優先順位が明確で、一番はとにかくミルデ。その後に同じ魔族であるティータ、人間とはいえ子供であるミーヤが続く。

 つまり、美咲の優先度は一番下なのだ。


「……私が投降したら、ミルデさんとミーヤちゃん、ティータくんたちについてはお咎めなしなんですね?」


 たっぷりと間を取った末に、美咲は念を押した。

 自己犠牲などという精神に浸るつもりは毛頭無いものの、自分が捕まるだけで他が助かるのなら、美咲としては喜ばしいことではある。

 しかし、魔族軍に捕まったらどんな目に遭うのかという不安も勿論あった。

 何しろ魔将を殺しているのだ。本来ならば、処刑されていても文句は言えない。

 この世界の人間の国で例えるなら、王を暗殺した下手人が後から捕まるようなものだ。

 そんなもの、捕まった時点で縛り首を免れまい。


「魔族軍としてはな。住民感情としてはまた別だから、あの少年はもうしばらく身を隠した方が良いぞ。それで、どうする」


 アレックスに決断を迫られた美咲は、すぐには回答することができない。

 当然だ。差し出されるのは自分の身柄である。魔族軍に捕まった後どんな扱いを受けるのかという問題もあるし、殺されてしまってはそれこそ本末転倒だ。

 美咲の一番の望みは、魔王を殺して呪刻を解除し、元の世界に帰ることなのだから。


「少し、考えさせてください」


「分かった。だが、あまり時間はやれんぞ。今日中に決めろ」


 問題を先送りした美咲の前で、無常にタイムリミットが設定された。

 それまでに、答えを出さなければならない。



■ □ ■



 しばしの間猶予を貰い、その間に美咲は考える。

 あくまで自分の命と目的を優先させるならば、言うまでもなくアレックスに従う義理は無い。

 美咲のするべきことは魔王を倒して自らに刻まれた呪刻を解除することに他ならないのだから、自己犠牲に浸るのは間違っている。魔族軍に投降した後、生きていられる保障が無いのだから余計に。

 けれど、そうも言っていられないのも事実だ。

 一度、美咲はミルデに助けられている。ヴェリートから命辛々逃げた後、魔族領の片隅で行き倒れていた美咲とミーヤを拾って里に連れてきてくれたのがミルデなのだ。

 ミルデがいなければ、今頃確実に美咲もミーヤも死んでいる。バルトがいたとはいえ、彼も当時は満身創痍だったから二人を守りきることは出来なかったろう。

 魔族兵の何人かは追い返せても、そのうち力尽きていたに違いない。


(捕まっても私が生き延びられると仮定するなら、アレックスの取引には応じた方がいい。その方がミーヤちゃんは安全だし、里を守れるからミルデさんにも恩を返せる。里の人たちをこれ以上危険に巻き込むこともない)


 アレックスがミルデのことを想っているのは本当だ。

 彼がお咎めなしだというのだから、ミルデについては本当にお咎めなしなのだろう。

 ミーヤについても美咲と違って目立った戦いをしたわけじゃないから、魔族軍の注目を集めていない。美咲が投降すれば、目こぼしされる可能性は高い。

 勿論問題は山積みだ。


(でも、生き延びるっていってもどうやって? ティータくんを助けた時とは違う。ミーヤちゃんがバルトで助けに来てくれるとしても、流石に二度目が魔族軍に通用するとは思えない。つまり、捕まったら自力で逃げるしかない)


 何だかんだいって、窮地に陥る度に、美咲は誰かに助けられてきた。その助けが、今回ばかりは望めない。何をするにも、全て自分の力で切り抜ける必要がある。


(考えろ、考えろ、考えろ。捕まることのメリット、デメリット。この二つを徹底的に洗い出して、逆境をチャンスに変えるんだ)


 泣き言を口にしている暇は無い。

 いつまでも他人の助力を当てにすることは出来ない。

 結局、最後に物を言うのは美咲自身の力に他ならないのだから。


(デメリットは言うまでもなく、私の命。拘束されるだろうから、私から取れる行動はかなり制限される)


 例え手足を縛られようが、口さえきけるなら魔法で何とかなる。

 魔封じの結界で魔法の対策がされていても、それが基点式の結界でない限り美咲の魔法を封じることは出来ない。


(魔法を思う様暴発させられるなら、どんな戒めでも、自由になるのは難しくない。……多分、魔族兵を倒すのも)


 意識して考えることで、ブランディールを倒した時の生々しい手応えと、泣くバルトの姿を見てあの時抱いた遣る瀬無さが蘇ってくる。

 誰かを殺すということは、誰かの幸福を奪うのと同じ。

 そのことを、あの戦いを通じて、美咲は実感した。


(問題は、魔族兵を倒すのは簡単でも、ミーヤちゃんと合流するのは凄く難しいということ。何処に連れて行かれるか分からないから、場所によってはミーヤちゃんが近寄れない可能性がある。その場合は、私がミーヤちゃんのところに行く必要がある)


 わざと捕まっても、合流できないのでは意味が無い。

 合流できる前提だからこそ、魔族軍に捕まるという選択支が生まれるのだ。


(そのためには、ミーヤちゃんと合流場所についてよく話し合っておく必要がある。予め決めておけば、離れ離れになってもお互いその場所を目指して移動するから、いつか合流できる)


 実際、ミーヤと美咲はミーヤのペットたちと全く同じ理屈で再会を果たした。

 もっとも、あの時は事前に決めていたわけではなくて、あくまで魔物使いの笛で現在地を知らせた結果でしかないけれども。

 それに、合流するといっても勿論限度がある。


(あまりに魔族兵が多い場所だとミーヤちゃんは近付けない。近付けたとしても、極短時間になる可能性が高い。つまり待ち合わせは出来ない。上手く時間を合わせるしかない)


 美咲が到着すると同時にミーヤも現れて、美咲をバルトに乗せてとんずら。それくらいぴったり時間を合わせないと、ミーヤが来るまでの間、美咲が大立ち回りをする羽目になるだろう。


(合流時期はいつにする? 出来るなら、なるべくミーヤちゃんは安全な方が良い。となると、呪刻のタイムリミット的にもぎりぎりになりそう)


 考えれば考えるほど、合流を前提に考えるのは無茶なような気がして、美咲は嘆息した。


(発想の転換をしてみよう。ブランディールを殺した私を、捕まえたその場で処刑するとは考え難い。近くの街で処刑するのも同じ理由で可能性は低い。となると、魔王城に連れて行かれるか、私が捕まっている場所に、魔王自らが足を運ぶはず)


 実際、そうなる可能性は皆無ではない。現に、ヴェリートに魔王が現れた。だからこそ、美咲の仲間たちが死んだのだ。


(捕まることで、私と魔王が一度相対する機会が生まれる……かもしれない。読みが外れれば、無駄に危険になるだけ。でも、里とミルデさんたちに対する義理は果たせる。投降した後は、私とミーヤちゃんのことだけ考えればいい。その反面、読みが当たれば千載一遇のチャンスが来る)


 リスクはあれども、リターンは大きい。


「良かった。まだ居てくれた。ちょっと、いいかな」


「マルテルさん?」


 結論を出そうとした美咲の下へ、息せき切ってマルテルが現れた。


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