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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:風雲急を告げる4

 魔物使いの笛と翻訳サークレットには高い親和性がある。

 翻訳サークレットは知らない言語を自分が知っている言語に自動翻訳してくれるだけでなく、言葉を使わない種族の意思まで汲み取って、言語化してくれる能力を持つ。

 そして、翻訳は相手から装着者への一方通行ではなく、装着者から相手へも含めた相互通行で行われる。

 耳に入ってくる言葉と同じく、自分が発した言葉も、自動的に相手が知る言語へと変換されて伝わるのだ。

 同じように、言語を持たない種族に対しても、装着者の意思は対象が理解出来る方法に変換されて、意思疎通が成立する。

 魔物使いの笛の音には、元々魔物に好まれ易い性質がある。

 美咲が試みようとしているのは、魔物使いの笛の音に翻訳サークレットの効果を乗せ、その意思を遠くまで伝えようというものだ。

 元々、魔物使いの笛の音は魔物にしか聞こえないから、この二つを組み合わせることによって、魔物にのみ伝わる便利な連絡手段となる。

 欠点としては関係ない魔物まで来てしまう可能性があるが、それならそれで仲間に引き込んでしまえばいいので問題ない。


「分かった。ミーヤ、やってみる」


 美咲から計画を聞いたミーヤは、腰に括り付けていた魔物使いの笛を手に取ると、緊張した面持ちで吹き鳴らした。

 何の音も聞こえず、美咲の耳にはミーヤの息継ぎの音が響くばかりだけれど、魔物にははっきりとした音色で聞こえているはずだ。


(お願い……来て)


 祈る気持ちで美咲が見守っている中、ミーヤの演奏が終わった。

 しばらく、沈黙が続く。

 重苦しい空気が流れ始めた頃、ミーヤの顔が悲しみでくしゃりと歪んだ。


「お姉ちゃん、ごめんなさい……。ミーヤじゃ、届かないみたい」


「早合点するにはまだ早いよ。もう少し待ってみよ?」


 嗚咽を漏らすミーヤに美咲は微笑みかけ、美咲はミーヤに手を伸ばそうとして、引っ込めた。

 二人の間には鉄格子が嵌まり、隔てている。

 伸ばしたところで、届かない。


「うん……。ミーヤ、そっち行きたいよぉ」


 心細いのだろう。

 鼻を啜りながら、ミーヤは牢の鉄格子の隙間から、美咲に向けて手を伸ばしてくる。


(ミーヤちゃん……。届かないんだよ)


 分かっているのに、美咲はミーヤにその残酷な事実を伝えることが出来ない。


「お姉ちゃん、手を伸ばして……」


 嘆願を聞いて反射的に伸びた美咲の手は、空を掴むばかりで、ミーヤの指先に触れられない。


「あともう少しなのに、何で……!」


 ミーヤの声は、もう殆ど悲鳴だった。

 すぐ目の前にある美咲の手とミーヤの手の間には、僅かに隙間が空いているだけなのに、その隙間は美咲とミーヤを決して触れさせてはくれない。


「煩いぞ、静かにしろ!」


 牢屋前の廊下の向こうから、怒鳴り声がして、ミーヤがビクッと体を震わせて手を引っ込めた。

 囚われている牢から直接見ることは出来ないが、牢番がいるのだ。

 勿論里人である。親しい間柄ではないものの、どんな里人でも挨拶を交わしたことくらいはあるし、狭い里だから牢番が誰であってもそれなりに顔見知りだ。


「あの、どうしてこうなったのかだけでも、教えていただけませんか」


 美咲が丁寧にお願いすると、席を立つ音がして、里人が姿を現した。

 勿論、美咲が特に親しくしている里人ではない。顔を知っていてもまともに話すのは、これが初めてだ。


「簡単なことだ。お前たちを犯罪者として引き渡すことが、里の方針として決まった。里長は、お前たちの身柄と引き換えに、里の存続を願い出るお考えだ」


 里人が美咲とミーヤを見る目は、厄介ごとを見る目だった。

 彼とは元々親しい間柄ではなかったし、意図的に美咲たちを避けている節があったから、あまり良く思われていないであろうことは、美咲にも予測がついていたけれど、里の方針としてとなると話は別だ。

 ミルデやグモ、マルテルにリーゼリット。特に親しかった彼ら彼女らも、美咲とミーヤの今の処遇に賛成していることになってしまう。


(……ううん、違う。少なくとも、ミルデさんは、きっと反対してくれた。でなければ、こんなところで気を失っているはずが無い)


 おそらく、ミルデは相当ごねたのだろう。それこそ里長が業を煮やしてミルデを昏倒させ、牢に放り込むほどに。

 それほどまでに気を許して貰えていたことに、美咲はこんな状況だというのに、少し嬉しくなってしまった。


「里長は、あなたたちは、私たちを売るつもりなんですね」


「悪く思うな。里を守るためだ。お前も里に一度命を救われた身だろう。その負債をこれから払って貰う。それだけのことだ」


 裏切られたとは、思わなかった。

 誰だって自分のことが一番大事で、人命に優先順位ができるのは当然だ。


「ミーヤとお姉ちゃんを、どうする気なの……?」


「さあな。俺たちは身柄を引き渡すだけだ。その後どうなるかは魔族軍が決めることだろうよ。せいぜい生き足掻け。それくらいは、祈っておいてやる」


「何で、今更そんなこと言うの。ミーヤたちのこと、騙したのに」


 睨むミーヤに詰られて、里人の声音に感情が混じる。


「誰が好き好んでこんなことをしたいと思うものか。ミルデは我を忘れて里長に襲いかかろうとしてこの有様だし、マルテルは診療拒否をして妹と一緒に治療院に閉じこもっている。……グモの奴も、何度注意されても嘆願を止めようとしない。子どもたちまで、抗議行動に出る始末だ。皆分かっちゃいない。里を守るためには、誰かが非情な判断を下さねばならないんだ」


 理屈は分かる。

 でも、切り捨てられて、はいそうですかと納得できるわけが無い。

 けれど。

 彼らの心情が、理解出来る程度には、美咲は里の人間と付き合いを持ってしまっていた。

 もしも立場が逆だったなら、この判断を下していたのは、美咲だったかもしれない。

 そう考えると、彼らを恨むことは、美咲にはどうしても出来なかった。



■ □ ■



 幸いといっていいのかは分からないものの、しばらくしてミルデが目を覚ました。

 上体を起こして辺りを見回したミルデは、牢の中の美咲とミーヤを見て状況を察し、悔しさで唇を噛み締める。


「ごめんなさい、美咲ちゃん。里長を止めることができなくて」


「いえ、ミルデさんの方こそ、里の方針に従うことだって出来たのに、反対してくれてありがとうございます。話を聞いた時、嬉しかったです」


 これは、美咲の本心だ。

 里人の殆どが里長に同調した中、美咲と関係の深かった何人かだけが異を唱えた。

 ミルデを始めとして、マルテル、リーゼリット、まだ幼いため会議に入ることすら許されていないクラム、ラシャ、セラ、マエト、タクルの混血児五人組。

 そして、美咲が助けたエメルダとティータの魔族親子。

 彼らは美咲を差し出すことに反対している。

 見ての通りミルデはそのせいで一時的に投獄されたほどだし、マルテルとリーゼリットの兄妹は日々の診療を放棄してストライキに走っている。


「今、ミーヤちゃんがペットたちを呼んでくれてるんです。ミルデさんも一緒に逃げましょう」


 声を潜めて、美咲はミルデに囁きかける。

 別々の牢とはいえ、隣り合っているので小さな声でもミルデまで十分に届くのは、幸いと言えた。


「……そうね。牢から脱出するだけなら。悪いけど、今里から出るわけにはいかないの」


「何で? ミルデ、お姉ちゃんを監視するんでしょ?」


 ミーヤの言葉に、ミルデは苦笑する。


「今となっては、完全に形骸化してる感じだけどね。里を出る前に、里が魔族軍に攻められそうな今の状況を何とかしないと」


「そうでした……。だからこそ、私たちも捕まってるんでした」


 美咲は迂闊な己に苛立ち舌打ちする。

 一瞬とはいえ、完全に状況を失念していたのだ。

 それなりに打ち解けていた里から再び異物として排除されつつある現状に、美咲は意識せずともショックを受けている。

 状況判断の甘さに動揺が現れていた。


「うわっ、なんだ!?」


 急に牢の外が騒がしくなり、牢番を務める里人の悲鳴が聞こえた。

 思わず身構えようとした美咲は、手足が縛られたままの状況であることを思い出し、歯噛みする。


(これじゃ、ろくに身動きが取れない……!)


 身を竦ませた美咲の耳に、ブーンという特徴的な羽音が聞こえてくる。


「あっ、ベウ子の働きベウたちだよ! 助けに来てくれたんだ!」


 翻訳サークレットの効果で彼女たちの目的をいち早く知ったミーヤが表情を輝かせる。

 すぐに牢の外に何匹もの働きベウが集まって、びっちりと壁を覆い尽くした。

 三十匹くらいはいるのではないだろうか。

 一匹一匹がちょっとした犬猫並に大きいため、壁に納まりきらず天井にまではみ出ている個体もいる。


「ぷう!」


 そして遅ればせながら、ペリ丸が働きベウたちに荷物のように運ばれながらウサギに似た顔いっぱいにドヤ顔を浮かべてやってきた。

 ペットだからか、それとも単にそれなりに付き合いが長いせいで分かるようになっただけか、何故か美咲はペリ丸の表情が読めてしまった。

 シュールな光景に、美咲は無言で頭を抱える。

 くすくすと笑いながら、ミルデがミーヤを褒める。

 何だかんだ言って、ミーヤが呼んだからこそ、ペットたちはやってきたのだ。間違いなくミーヤの手柄である。


「頼りになるわね、ミーヤちゃん」


「ふっふーん!」


 褒められたミーヤは有頂天になった。

 ペリ丸は口に鍵を咥えていて、器用にそれを美咲の牢の鍵穴に差し込んだ。

 カチリと音がして、牢の格子扉が開く。

 開いた格子扉から働きベウが突入してきて、美咲に群がり手足を縛るロープを噛み千切った。


「あ、ありがと……」


 顔色を真っ青にしながらも、自由を取り戻した美咲が働きベウたちに礼を言う。

 働きベウたちは一斉に羽を唸らせて答えた。


「どうしたしましてって言ってるよ、お姉ちゃん」


 翻訳サークレットの効果で彼女たちと意思疎通が出来るミーヤが、美咲に働きベウたちの行動の意味を翻訳する。

 続いてペリ丸が残るミーヤとミルデの牢を開け、同じように働きベウたちが彼女たちを縛る戒めを噛み千切った。

 一仕事を終えた働きベウたちが一斉に飛び上がり、いつの間にか開け放たれていた一階への扉の前まで移動する。

 どうやら脱出するまで美咲たちを警護するつもりらしい。

 残るペリ丸は牢の外で待っている。

 こちらは出口までの誘導役のようだ。

 牢の外に出ると、門番の里人が口から泡を吹いて倒れていた。

 どうやら働きベウたちに襲われたらしい。


「これ、大丈夫なの……? 生きてる?」


 元の世界の蜂でさえ、刺されると場合によっては死に至るのだ。

 不安になって美咲が尋ねると、ミーヤからあっけらかんとした答えが返ってくる。


「噛んだだけで刺してないし、仮に死んでても食べて証拠隠滅するから問題ないって言ってるよ」


「いや、問題大有りでしょう、それは」


 バイオレンス過ぎる働きベウたちに、美咲は真顔で突っ込みを入れた。


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