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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:風雲急を告げる2

 ミルデは他の里人たちと一緒に、里長の家にいるらしい。

 里の所在がばれている前提で迎え撃つか、まだばれていないと踏んで隠れてやり過ごすか、里人の間でも意見が分かれていて、会議が長引いているようだ。

 美咲はミーヤを連れ、里長の家に向かう。

 一度も行ったことが無いものの、里長の家は隠れ里の家の中で一番立派な建物なので、外から見てとても目立つ。

 極論になるが、立派な建造物を目指して歩けば、そこが里長の家と言っても良い。


「はぐ、はぐ」


 歩く美咲の後ろで、ミーヤがグモに包んでもらった昼食を食べ歩いている。

 グモに貰った昼食はバルールと呼ばれる猪型の魔物の肉で作った腸詰をパンに挟んだホットドックで、切り口にはメメトメメと呼ばれるトマトケッチャプのようなソースと、マスタードのように辛いマトレーゼがたっぷりとかけられている。

 トマトケチャップとマスタードといえば赤と黄色を連想するが、メメトメメは原料となるトマト似のメメトが黄色い野菜なため、味に反してマスタードのような黄色のソースだし、マトレーゼにいたっては紫色と、味以外にはマスタードと共通する部分が全く無い。


(ちょっと行儀悪いけど、私も、食べちゃおうかな。今を逃すとお昼抜きになっちゃうかもしれないし)


 少し思案して、美咲は自分もミーヤに習い、歩きながら食事を済ますことにした。美咲がグモに持たされたのも、ミーヤのものと全く同じだ。

 紙の包みを取り出して開くと、作ってからまだそう時間が経ってないのでほのかに温かいホットドックが出てくる。

 一口食べて、美咲は目を細めた。

 パンは火で軽く炙られており、カリカリの外側とふわふわなパンの中身、そしてじっくり炙られたバルールの腸詰のパリッとした食感がとてもマッチしていて美味しい。

 同じ腸詰でも、ラーダンで食べたギッシュの腸詰と違い、濃厚な油が無い代わりに、ずっしりと身が詰まっていてしっかり肉の味がする。

 保存の意味もあるのだろうが、塩気が強めで胡椒に似た香辛料の味もする。

 おそらく、使われている香辛料はエルブグランの葉だろう。アリシャと出会ったばかりの頃、ラーダンに着くまでの間に食べさせてもらったことがある。

 エルブグランの葉を投入して作られたスープはピリッとパンチが効いた味で、とても美味しかったのを美咲は今でも覚えている。


(……アリシャさん。皆)


 ヴェリートを脱出してからもう数日が経過しようとしているのに、美咲は未だにあの時のことを引き摺っている。

 当時の生き残りは、ペットたちを除けば美咲とミーヤの二人だけだ。他は全員死んだか、行方不明になっている。

 誰が死んで、誰が行方不明なのかは美咲には分からず、どちらであっても、美咲にとっては大して変わらない。

 当時の美咲は気絶していて、気を失っている間に全てが終わってしまったからだ。

 目覚めた美咲にしてみれば、もう会えないという事実だけが、共通して重く圧し掛かっている。


(そういえば、ペローネさんたちが目覚めて正式に仲間に加わった日に、お昼ご飯に皆でサンドイッチパーティもしたっけ。……楽しかったなぁ)


 目を閉じれば、懐かしい光景が蘇る。

 あの時も、ホットドックを食べさせてもらった。

 まだ二週間も経っていない出来事だというのに、もうずっと昔のことのようだ。

 仲間が増えて、一気に美咲の回りが賑やかになり、あの頃は美咲自身も一番幸せだったかもしれない。

 自分の行動が確かな結果を結んで、助けられた人がいた。

 その事実が嬉しくて、この世界で失ってばかりだった自分に、少しだけ自信が持てた。

 結局現実は美咲が思っていた以上に厳しく出来ており、蜥蜴魔将ブランディールを下しても、その自信は待ち構えていた魔将二人と魔王によって、仲間たちごと粉々に打ち砕かれてしまったわけだが。

 本当ならば、美咲とミーヤはあの場で皆と一緒に死んでもおかしくなかった。

 二人が生き残ったのは、仲間たちが捨て身で時間を稼いだお陰だ。

 彼女たちが命を投げ出して稼いだ時間で、美咲とミーヤは九死に一生を得た。

 残る未練を、ホットドックと一緒に噛み千切る。


(皆の仇は取る。絶対に)


 魔王を倒さなければいけない理由が時を経ることにどんどん積み重なって、美咲は雁字搦めになっていく。

 その戒めを、美咲は敢えて受け入れている。

 それが皆の献身に報いることが出来るただ一つの方法だと、美咲自身が信じているからだ。

 異世界人である美咲とは違い、彼女たちはこの世界で生まれて、この世界で生きる人間だった。

 記憶を奪われて奴隷に落とされても、その事実は変わらない。

 彼女たちが平和を願うのは当然のことであり、彼女たちの命を貰った美咲は、その対価を支払う必要がある。

 いや、対価などという言葉は適切ではないだろう。

 嫌々行っているのではなく、美咲自身が、彼女たちの献身に報いたいと思って行動しているのだから。

 自分のためであると同時に、協力してくれたこの世界の人間たちのためにも、魔王は殺す。

 そうすれば、人族側は間違いなく平和になるだろう。一番の脅威が消えるのだ。逆に魔族は大混乱に陥って、多くの血が流れるかもしれない。

 魔王を倒して、そこでこの世界の人間に対して美咲が果たす義理は終わりだ。それからは、美咲は好きに生きるつもりだった。

 自分の大切な人たちを守りながら、魔族人族分け隔て無く、虐げられる人たちを助けたい。

 それが、人族と魔族の双方に助けられた、美咲の偽らざる今の気持ちだった。



■ □ ■



 勢い込んでグモの家を飛び出した美咲だったが、里長の家に近付くにつれて段々弱気になってきた。

 良く考えれば美咲は会議に一度も呼ばれておらず、決定はいつもミルデに伝えられていた。

 その点については、美咲は保護されただけで正式な里の人間ではないから、仕方ないことかもしれないけれど、こうして有事が近付いてくると、いまいち情報を集められず現状が掴めない。

 魔族軍が隠れ里がある森の近くに展開しているのは分かった。

 しかし、入ってくるのか?

 そうだとしたら、それは何時か?

 結界が張ってある里にまで辿り着く手段を持っているのか?

 美咲には分からないことばかりだ。

 勿論、推測すること自体は出来る。

 偽札をばら撒いていた旅商人ヴァンドが逃げ出した矢先にこれなのから、関係性を疑うのは当然だ。

 しかし、それはまだ疑惑の段階で、決め手が無い。

 人間であるヴァンドが魔族軍に情報を漏らしに行くとは思えない。

 ここは魔族領。旅商人といえども、旅をするにはリスクが伴う。魔族軍と接触するなど以ての外だ。反攻を始めている人族軍に接触する方が、まだ理解出来る。


(……やっぱり、情報が足りない。もっと詳細な状況を知りたい)


 美咲は唇を噛み締めた。

 中途半端な又聞きの情報では、動くに動けない。


(そのためにも、やっぱりミルデさんともう一度会わないと)


 決意を新たにして、歩みを進め、里長の家の前まで美咲はやってきた。

 他の里人の家よりも大きく立派で、建物の作り自体は他と同じ質素さでありながら、地位ある人物の家なのだということを指し示している。

 もちろん、グモの家や新たに割り当てられたエメルダとその息子ティータが暮らす家よりも遥かに大きい。

 住居と店舗で敷地自体は広めのミルデの両替屋や、マルテルとリーゼリットの治療院と比べても遜色無い。

 そして両替屋や治療院に比べ、外観に少し箔がついている。

 まずは里長の家の周りをぐるっと一周した美咲は、中の様子が分からないことを確認して家の前に戻ってくる。


(やっぱり、踏み込むしかなさそう)


 玄関の扉には、呼び鈴の代わりに輪のノッカーが付けられている。これ使ってドアを叩くことで、来客を知らせるのだろう。

 ミルデが出てくれれば話が早いとはいえ、そう都合よく事が進むと考えるのは間違いだ。


「お姉ちゃん、大丈夫だよ。ミーヤがついてるもん」


 不安が表情に出ていたのか、ミーヤが硬い声と表情でそう言って、美咲の服の裾を握る手にきゅっと力を込めた。

 自信有りげな台詞に対して声音と表情が合っていない。

 ミーヤもまた不安なのだ。

 なのに、美咲のためにやせ我慢をしている。


(気を使わせちゃってるな。しっかりしろ私)


 自分が情けなくなり、美咲は両手で頬を軽く張って気合を入れる。

 深呼吸をすると、思い切ってノッカーで扉を叩いた。

 思いがけず、歯切れの良い澄んだ音がした。

 篭ることもなく、どこまでも伸びていく音だ。

 しばらく待つと、中から足音が近付いてきて玄関扉が開く。

 美咲とミーヤを出迎えたのは、里人である女性だった。

 顔見知りではあるけれども、それほど親しくはない。すれ違えば挨拶する程度の関係だ。

 子持ちならばミーヤ繋がりで子供同士が親しくなって、その延長線上で美咲とも親しくなることもある。魔族と人間の混血児であるクラム、ラシャ、セラ、マエト、タケル五人組の両親とも、そういうからくりで美咲は親しくなることが出来る。

 今はそれどころではないのが残念だ。

 出迎えた女性は独身で、そういう意味でも美咲とは顔見知り以上にはなっていない。

 

「あら、あなたはミルデが連れてきた……」


「美咲です。ミルデさんはいますか? 今の状況がどうなっているのか知りたいんです」


 尋ねると、女性が息を飲んで美咲を凝視する。


「ちょ、ちょっと待っててね。今里長に聞いてくるから」


 愛想笑いを浮かべ、女性が中に引っ込む。

 閉まる扉を前に、美咲は立ち尽くした。


(ミルデさんが来てるか教えるだけなのに、どうして里長の判断を仰ぐんだろう……)


 疑問に思いつつも、理由を知らないのに踏み込むのは憚れるので、美咲は大人しく女性が戻ってくるのを待った。

 それから程なくして、女性は再び玄関前に戻ってきた。


「お待たせしました。中へどうぞ」


 少々引き攣った笑顔で招き入れる女性に不思議に思いながらも、美咲は里長の家に上がる。

 そのまま会議している部屋とは別の部屋に通された。


「しばらくお待ちください。もう少ししたら、里長が来ますから」


「え? ミルデさんじゃないんですか?」


 まさかいきなり里長が来るとは思ってもいなかった美咲は、唖然として女性に問い掛ける。


「その、今ミルデは体調を崩していて寝込んでるんですよ」


 相変わらず、女性の言葉は歯切れが悪い。


「体調を崩してるって、ちょっと前に連絡をしに来てくれたばかりなんですけど」


「そ、それが、その後の会議の途中で気分が悪くなったみたいで」


 タイミングが悪い。

 ミルデに事情を聞こうと思っていた美咲は、当てが外れたことにがっかりする。


「と、とにかく座って少し待っててください。お菓子もありますから、良かったらどうぞ」


 挙動不審な女性はあたふたと部屋の棚から取り出した焼き菓子を皿に盛ると、ソファーの前のテーブルに置いた。

 どうやら来客用の作り置きらしい。

 魔法で劣化を防いでいるらしく、見た目が綺麗でバターの良い香りがする。


「……分かりました」


 足早に部屋を出て行く女性を、美咲は呆れて見送ることしか出来なかった。


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