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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:新しい住人5

 中央広場では、変わらずミーヤがバルトと遊んでいた。

 混血の子どもたちはもういない。どうやら帰ったようだ。

 広場に足を踏み入れた美咲は、ティータが広場入り口で立ち尽くしているのに気付き、戻ってそっと背中を押す。


「み、美咲姉ちゃん……」


「ほら、頑張れ男の子」


 土壇場で尻込みし始めたティータに、美咲は発破をかけた。

 ティータに付き添って近付く美咲に、ミーヤが一番に気付いた。


「あ、お姉ちゃんお帰りー」


 美咲に駆け寄ったミーヤは、ティータを見て目を丸くする。


「えーと、お姉ちゃんが昨日助けた子だよね? 名前は確か、ティータだっけ?」


「そういうお前はミーヤって名乗ってたよな」


 二人はバルトで迎えに来た際に顔を合わせたきりなので、ミーヤとティータはほぼ初対面に近い。

 一応昨日のうちに名乗り合ってはいるが、その程度である。


「あ、そうだ。ティータくん、ミーヤちゃんにあれ渡してあげて」


「え? 何? 何かくれるの?」


 さっそくアイスクリームをミーヤに渡そうと美咲がティータに頼むと、ミーヤが好奇心で目をきらきらと輝かせた。


「アイスクリームよ。ティータくんのお家でエメルダさんに貰ったの。私の食べかけで悪いけど、それでも良かったらミーヤちゃんも食べて」


「えっ!? アイスクリーム!? 食べる! お姉ちゃんの食べかけでもミーヤ気にしないし!」


 どうやらミーヤはアイスクリームが何なのか知っているようで、アイスクリームという言葉に食いついた。

 ヴェリートではミーヤはそこそこ裕福な暮らしをしているようだったから、もしかしたらアイスクリームを食べたことがあるのかもしれない。

 魔法が発達していて手軽に作れる魔族領ほど気軽に食べられるものではないとはいえ、ベルアニアでも王都にいけば専門店があるくらいなのだ。


「ほら、これ。やるよ」


 ティータが手に持っていたアイスクリームの器をミーヤに差し出す。

 受け取ったミーヤは、ひんやりとした器の手触りに歓声を上げた。


「冷たい! すごーい!」


 隠れ里のエメルダ宅を出てからそれなりに時間が経っているのに、アイスクリームは太陽の下で溶けずにいる。


「美咲姉ちゃんが氷魔法をかけたんだ。人間なのに凄いな」


「うん! お姉ちゃんは凄いんだよ! ミーヤを助けてくれたし、悪い魔族を千切っては投げ、千切っては投げ、獅子奮迅の大活躍だったんだから!」


 身体全体で美咲の強さを表現するミーヤに、美咲は恥ずかしさを感じて頬を赤く染めた。


「それは言い過ぎだよ、美咲ちゃん……」


 美咲は確かに蜥蜴魔将ブランディールを討ち果たした。

 けれどそれは皆の協力があったからこそであって、決して美咲一人の実力ではない。

 そのことを事実として知っている美咲は、ミーヤにべた褒めされるこの状況に、背筋が痒くなる思いだった。


「美味しいー」


 ミーヤはバルトに背を預けるようにして腰を下ろし、ちまちまとアイスクリームを食べている。

 にへら、と緩んだ表情から、ミーヤがよほどアイスクリームを気に入っていることが窺える。

 まあ、アイスクリームといえば、元の世界でも夏のお菓子として大定番で人気のある食べ物だ。

 隠れ里はまだそれほど暑くないし、森に囲まれているから涼しい方ではあるが、それでも太陽が照る日中はそれなりに暑い。

 アイスクリームを食べるミーヤを見ていると、そんな美咲をバルトが首をもたげて覗き込んできた。


「……初メテ里ニ逃ゲテキタ時ト比ベテ、ましナ面構エニナッテキタナ」


「そうかな。そうだね。そうかもしれない」


 バルトに答えた美咲は、当時の状況を思い出して苦笑を浮かべる。

 自覚するほど、大勢の仲間を失ったばかりの当時の美咲は酷い状況だった。

 ここまで回復できたのは、里で過ごした穏やかな時間と、他人との触れ合いのお陰だ。

 それにはもちろん、ミーヤと過ごした時間も含まれる。

 ミーヤの存在に、美咲は凄く助けられている。

 もしもミーヤまで死んでしまっていたら、美咲は立ち直れなかっただろう。

 完全に心が折れて、死を選んで後追い自殺をしていたに違いない。

 今でも、その選択支は心の片隅で美咲を誘惑し続けているのだから。

 希望があるなら耐えられる。でも希望が絶望に変われば終わりだ。

 そうさせないという意味でも、この隠れ里で過ごす穏やかな時間は貴重なものだ。


(まだやれる。頑張れる。負けるな、私。最後まで、走り続けるんだ。後もう少しなんだから)


 自分が守ったものの価値を噛み締めながら、美咲は決意を新たにした。

 刻一刻と、呪刻の刻限は迫っている。



■ □ ■



 昼を知らせる鐘が鳴り、ティータは一足先にエメルダが待つ家へと帰った。

 ちなみに、空になったアイスクリームの器は、ティータが回収して持って帰っている。


「私たちもグモの家に戻ろうか。お昼の準備しなくちゃ」


「ミーヤお腹ぺっこぺこ!」


 二人で帰ろうとした美咲とミーヤは、ぼそりと呟くバルトの声を聞いて、足を止める。


「……俺モ、腹ガ減ッタナ」


「うん? 今、バルト何か言った?」


 翻訳サークレットをつけていない美咲は咄嗟にバルトの言葉を聞き取れず、肉食獣の唸り声のようなバルトの声に首を傾げた。


「お姉ちゃん、バルトもお腹空いたって言ってるよ」


 通訳するミーヤの額には、美咲から借りたままの翻訳サークレットが収まっている。

 言葉が分からない状況は、美咲にとって不便ではあるものの、生の魔族語を聞く機会が圧倒的に増えたお陰で、美咲の魔族語の知識も加速度的に増えているので、悪いことばかりではない。

 確かに翻訳サークレットは便利な品物であることに間違いはないし、異世界人である美咲にとってとても助けになることは確かだが、必須というわけではないのだ。

 それに、ペットとなった魔物たちと心を通わせる必要があるミーヤの方が、持っていて役に立つだろう。

 魔族語やベルアニア語は聞いて覚えればいいけれども、魔物との意思疎通はそういうわけにはいかない。

 鳴き声や唸り声は真似できないし、そもそも羽音などの人間には存在しない部位を使ってコミュニケーションを図っている場合もある。


「そうだね。マク太郎たちは自分で狩りをしてもらってるけど、バルトはそういわけにもいかないか」


 美咲は背中を逸らして、バルトの巨体を見上げる。

 女性としては平均的な身長である美咲も、比べてみればバルトの足よりも小さい。

 この大きさの身体を維持するためには、多くの餌が必要なはずだ。


(……ん?)


 バルトを見上げていた美咲は、ふと違和感を感じて、マジマジともう一度バルトを観察する。


(あれ? 大き過ぎない?)


 仲間になった当初、バルトは凄くギリギリではあるものの、装甲馬車に乗り込むことができる程度の大きさだった。

 それがどうしたことか、今はどう考えても無理なほどに大きい。


「バルト君。もしかして、君、成長した?」


「オイ、ミーヤ。美咲ハ何テ言ッテルンダ」


 唖然として尋ねる美咲の表情を見て、バルトがミーヤに尋ねる。


「前よりも成長したのかだって。お姉ちゃんは、バルトの大きさに驚いてるみたいだよ。確かにおっきいよねー」


 通訳するミーヤの表情と声は暢気だ。


「ソンナコトカ。アノ時ハ怪我デ力ノ大部分ヲ失ッテイタカラナ。無駄ナ消費ヲ抑エル為ニ、身体ヲ縮マセテイタ。今ハ回復シテ、ソノ必要ガ無クナッタカラ戻ッタダケダ」


「だって。お姉ちゃん」


 バルトの言葉を、ミーヤがそのまま美咲に通訳する。

 目を白黒させていた美咲は、ミーヤの言葉を聞いて、目を瞬かせた。


「なるほど。もしかして、今よりもっと大きくなったりできるの?」


「可能ダガ、ソレニ見合ウ力ヲ溜メル必要ガアルカラ、沢山食ベル必要ガアル。今ハコノ大キサヲ維持スルノガ、一番燃費ト力のばらんすガ良イ」


 いちいちミーヤの通訳を挟む必要があるため、スローペースではあるものの、美咲とバルトは会話を続ける。

 礼の意味も込めて、美咲はミーヤの頭を撫でた。

 頭を撫でられたミーヤは御満悦で、通訳を続けながらドヤ顔をしている。


「今まではどんなものをどれくらい食べてたの?」


「基本的ニハ、中型、大型ノ魔物ヲ狩ッテ食ッテイタ。ダガ、コノ辺リニハ小サイ魔物シカイナイナ。何度カツマンダガ、全然食イ足リナイ」


 会話をする美咲とバルトの横で、ペリ丸が雑草をはむはむと食べ始めた。どうやら我慢できなくなったらしい。

 フェアも雑草に混じって咲く花の蜜を吸っている。

 その横で、ベウ子の娘である働きベウが蜜を採取していた。

 ベウは元の世界で言う、ミツバチとスズメバチの言いとこ取りのような特性を持つので、本来の狩りの他にも花の蜜を集めてベウ蜜を作れるのである。


「そりゃ、里に近い場所にそんな大きな魔物がいるわけないし、これだけ大きい体してるもんねぇ」


「コウ見エテモ燃費ハ悪クナイゾ。一度ニ食ベル量コソ多イガ、ソノ分頻度ヲ減ラセルカラナ」


 雑食であるマク太郎も木の実などを探して食べ始めているし、美咲が方針を決める間、少しでも腹を満たそうとしているようだ。

 完全な肉食であるゲオ男とゲオ実は、さっさと獲物を探しに森へ狩りに出かけた。

 同じ肉食であるベル、ルーク、クギ、ギアの四匹は、まだ幼いので狩りができないのでバルトと一緒に居残りだ。


「へえ、そうなの。具体的にはどれくらい?」


「大型魔物ヲ食エバ、一年ハ何モ食ワナクテイイ。ソレダケノえねるぎーガ溜マル。中型ダト、モット頻繁ニ食ベル必要ガアル」


 この世界で大型魔物といえば、ベルークギアの成体のような恐竜クラスの魔物を指す。少なくとも十ガート、つまり十メートル以上の体長を持つ魔物でないと、大型魔物とは区分されない。ペットの中では個体の戦闘力が群を抜いている熊型魔物マクレーアであるマク太郎すら、中型魔物の範疇だ。


「一回食べれば一年食べなくていいのは、それはそれで便利そうだけど、量が問題よね……」


「許可サエクレレバ勝手ニ食イニ行クゾ。イツモ食ッテル狩場ガアルカラナ」


「あ、そっか。バルトは飛べるもんね。この辺りに限定する必要はないんだ」


 得心がいった美咲は、ぽんと手を叩いた。


「タダ、多少時間ガ掛カル。今スグ出カケテモ、帰ッテクルノハ明日ニナル」


 空を飛べるバルトで丸一日というのは、相当の移動距離ではないだろうか。


(まあ、いいか。なら、明日出発かな)


「じゃあ、バルトは今から狩りに行っていいよ。明日中に戻ってくればいいから、沢山食べてきて」


「オウ、行ッテクル」


「行ってらっしゃーい」


 美咲とミーヤが見送る中、バルトは飛び立っていった。


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