二十五日目:新しい住人3
ミーヤがクラム、ラシャ、セラ、マエト、タケルの五人組に混ざってバルトの背に乗って遊ぶ姿を、美咲は広場の隅に立って眺める。
同年代の子達と遊ぶミーヤは楽しそうで、それだけでも美咲は穏やかな気持ちになれた。
(思えば、ミーヤちゃんにはずっと我慢を強いちゃってたかもしれない)
バルトの上ではしゃぐミーヤは歳相応で、幼い。
下手に大人びることもなく、子どもらしくいられる。そのことの、何と幸せなことか。
子どもたちは種族の関係など知らぬとでもいうように、人も、魔族も、混血も、一緒になって遊んでいる。
(……守るなら、こんな光景を、守りたいな)
どうせなら、憎み合うのではなくて、手を取り合うことが出来る未来を、子どもたちに贈りたい。
この隠れ里で生活するようになってから、美咲はそう考えるようになってきていた。
のそりと何かが美咲の横に座り込んで、見上げればマク太郎が居た。
「くまー」
翻訳サークレットが無い今の美咲には、マク太郎の言葉が分からない。
けれども、何となく、美咲にはマク太郎の気持ちが分かるような気がした。
子どもを見守る、保護者のような気分。
「バウ」
「バウ?」
気付けば二匹寄り添って、ゲオ男とゲオ美も美咲の側に腰を下ろしている。
それにならって、美咲も腰を下ろすことにした。
「ぷう!」
座った途端、ペリ丸が一声鳴いて、美咲の膝に飛び乗ってきた。
その毛並みを撫でてやると、ペリ丸は気持ち良さそうに目を細める。
頭に重み。
思わず見上げて頭を傾けると、視界の隅に黄色と黒の縞模様が見えた。
どうやら頭に働きベウが止まったらしい。
ちょっと硬直してしまう美咲だが、回りのペットたちが警戒する様子もなく、頭の上の働きベウも大人しいので、やがてまたリラックスした。
「ぴー」
「ぴっ」
「ぴい?」
「ぴーい」
暢気に鳴き声で何やら意思疎通しながら、ベル、ルーク、クギ、ギアのベルークギア四兄弟姉妹が美咲の回りでじゃれて遊び始めた。
そのうちの一匹が、勢いで美咲の方に転がってきた。
美咲はペリ丸が潰れないように片手で庇いながら、ちょうどいい位置にあった顎を撫でてあげた。
四匹のうちの誰かは美咲には予測がつかないものの、その幼竜は気持ち良さそうに目を細めると、のそのそ美咲の膝の上に上がりこんできて、身体を丸めて横たわった。
「ぷうー」
独り占めしていた空間に現れた闖入者を見て、ペリ丸は不機嫌そうな鳴き声を上げたものの、追い出すようなことはせず、スペースを仲良く分け合う。
美咲はちょうど右ひざの上にペリ丸を乗せ、左ひざで幼竜を膝枕する体勢になっている。
幼竜の目がうとうとするかのようにまどろんでいるのを見ると、そこそこ気持ちがいいようだ。
気付けば、幼竜のうち、残りの三匹がじっと美咲を見ていた。
表情が読みにくいので、注目されると少し緊張してしまう。
「ぴー?」
「ぴ」
「ぴい」
小さく鳴いて何らかの意思疎通をした三匹は、おもむろに美咲の側にやってくると、最初の一匹と同じように美咲の足を枕にうとうとし始める。
「♪」
気付けばフェアリーのフェアまでやってきて、美咲の側を飛び回っている。
「あ、お姉ちゃんずるい!」
ペットたちに集られている美咲を見て、ミーヤがバルトの上から働きベウに運ばれてやってきた。
「ミーヤも皆とスキンシップする!」
大きな声を上げるミーヤに、美咲は微笑んで役割を交代した。
もふもふ塗れになって御満悦なミーヤに代わって自由の身になった美咲は、その足でバルトの下へ向かう。
ちょうど、子どもたちが遊び終えてバルトから飛び降り、休憩についたところだ。
「お疲れ様。ありがとう、ミーヤたちと遊んでくれて」
「キニスルナ。おれニトッテモ暇潰シニナル」
「昨日は、迎えに来てくれてありがとう。助かったわ」
「ぶらんでぃーるトノ約束ダカラナ。オ前ハぶらんでぃーるヲ手厚ク埋葬シテクレタ。ナラバ、おれハぶらんでぃーるノ遺言ニ従ウ」
それきり、お互いに無言になる。
でも、それで生まれた静寂は、美咲にとって苦ではなかった。
触れる距離にまで近付いて、その逞しい足を撫でる。ざらりと硬い鱗の感触がした。
「……バルトは大きいね」
「ソリャ、竜ダカラナ」
やや戸惑った様子で、バルトが美咲を見下ろす。
「魔王城の場所、知ってるんだよね」
「アア。知ッテイルゾ。距離ハアルガ、おれノ翼ナラ一日カカラナイ」
実感が、美咲の胸にすとんと落ちた。
「……本当に、もうすぐ終わるんだ」
月日が過ぎ去るというのはいざ経験してみれば早いのか遅いのか良く分からない。
体験している最中はとても長く感じるし、いざ終わってしまえばあっという間だった気もする。
呪刻の刻限前起動も始まり、残り時間は刻一刻と少なくなっている。
泣いても笑っても、終わりは近い。
(身の振り方、考えなきゃなぁ)
エルナが死に、頼りにしていたアリシャもおらず、魔王を倒したからといって、美咲はすぐに元の世界に帰ることは出来なくなった。
魔王を倒して呪刻を解除したら、送還魔法を使える誰かを探さなければならない。
すぐには帰れないというのは悲しいけれど、もう少しこの世界に居られるというのは、実はほんの少しだけ、嬉しい気もする。
美咲が考え事をしていると、広場に新しく来客があった。
「ああ、こんなところに居た」
「探したんですよ」
現れた二人の人物を、美咲は意外に思いながら見上げる。
「あれ? マルテルさんに、リーゼリットさん?」
「君が戻ってきたってミルデちゃんから聞いたんだ。しばらく里を離れていただろう? 大事無いか、心配でね」
「美咲さんの都合が良かったら、これから治療院で検査をしようと思うんですけど、お時間ありますか?」
マルテルとリーゼリットは、どうやら美咲の身を案じてくれていたらしい。
(ちょっと、暢気過ぎたかな。悪いことしちゃった)
「大丈夫ですよ。行きましょう」
「ミーヤはもう少しバルトと遊んでるよ」
「分かったわ。終わったら、また戻ってくるから。バルト、後はよろしくね」
「アア、行ッテコイ」
立ち上がると、美咲はマルテルとリーゼリットの兄妹に連れられ、治療院に向かった。
■ □ ■
マルテルの治療院に移動して、呪刻の検査を受ける。
「……どうですか?」
「少しずつ侵食率は上がっていっているけれど、刻限前起動はきちんと抑えられている。経過は順調だよ。このまま薬を飲み続ければ、刻限までは自由に動けるだろう」
「良かった。それなら、最後まで戦えますね」
太鼓判を押されて、美咲は少しホッとした。
美咲にとって今恐ろしいのは、ただでさえ少ない残り時間を、呪刻の発作で削られることだ。
普通の病気なら当たり前のことでも、美咲にとっては致命傷になる。
魔王の前まで辿り着けても、その頃にはろくに動けない状態になってしまっていたら話にならない。それ以前に、ベッドの上で残りの期間を過ごす可能性すら有り得る。
(そんなの、ごめんよ)
奥歯を噛んで、頭を過ぎった嫌な想像を追い払う。
最大限の努力をして、死力を尽くして戦った末に敗れるのならば、まだ諦めもつく。だが、何も出来ないまま、無駄に時間を浪費した末に死んだのでは、死ぬに死に切れない。
検診が終わると、美咲は礼を告げて治療院を出る。
外は晴天で、からっとした陽気で包まれている。
日差しが眩しくて、美咲は空を見上げ、手で視界を遮り目を窄めた。
里の真上には雲一つ無いが、遠くの空にはかすかに黒い雨雲が見える。
(雨、降らないといいな)
せっかくのいい天気なのだから、出来ればこのまま持って欲しい。
そんな思いを抱きつつ、歩みを進める。
向かう先は、エメルダとティータの家だ。
二人を連れてきたものの、美咲は彼女たち親子が里に馴染めているか、少し不安がある。
元々住んでいた里人と違って、エメルダとティータは混血と懇意だったわけではない。
仕方なくこの里に逃げてきたのであって、混血を守るためではないのだ。
里人たちとの間に軋轢が出来ないように、フォローが必要だろう。
ティータは奴隷とはいえ、人間を助けるくらい優しい子だ。きちんと目をかければ、きっと里に馴染んでくれるはず。
(……何か、手土産でも用意した方がいいかな)
手ぶらで行くのも何なので、美咲は先に里の商店で買い物をしていくことにする。
商店とはいっても、流通経路が極めて限られている隠れ里であるから、せいぜいあるのは食料品関係の店くらいだ。
肉屋、青果店、八百屋など、里人の生活に密着している店が多い。
後は生活必需品を取り揃える雑貨店か。
服屋はなく、基本的に服は自分たちで縫う。
なので流行もへったくれもなく、お洒落をしたい年頃の女の子にとっては不満も多い環境だ。
だからこそ、旅商人が喜ばれる。
彼らは各地を回り、流行の商品を仕入れて里に売ってくれるのだ。
大きな街などで流行った服や装飾品などは、こうして時間差で里にも入ってくる。
里に入ってきた時にはすでに流行が廃れてしまっていたりもするが、それでも里の若人にとっては、お洒落をする唯一の機会である。
エメルダとティータは魔族の街で暮らしていたから、里の人間にとっては都会人である。
移り住んだミルデのような存在にとっては違っても、里で生まれ育った者たちにとってはそうだ。
(無難に、食べ物でいいかな)
大雑把に候補を決めて、美咲は足を進める。
調理しなければ食べられないものは却下だ。せいぜいカットする程度で食べられるものが良い。ボリュームがありすぎても良くない。
手軽につまめて、嵩張らないものが良さそうだ。
(果物が良さそうね)
考えた末に、美咲は青果店に向かうことにした。
青果店とはいっても、元の世界のスーパーの青果コーナーなどを想像してはいけない。
売っているのは里で取れた果物が殆どで、品揃えはお察しである。後は森で採れる果物などだ。
種類そのものでいえば里を囲む森で採れる果物の方が圧倒的に多いし、森は広いから探せばそれなりの量を採れるだろうけれども、魔物に襲われる危険性があるので森で採れる果物は里の周辺の極限られた地域に限定される。
店に着くと、美咲はパーリンと呼ばれる桃に似た果物を三つ買った。
果汁を絞ってジュースにしても美味しい果物である。
手土産を確保した美咲は、改めてエメルダ宅へと足を運んだ。