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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十五日目:新しい住人1

 次の日は、朝から曇り空だった。

 夜更かしをしたためにややいつもより遅く美咲が起床すると、既にミーヤは起きていて、美咲にくりくりとした瞳を向けてきた。

 起きたとはいっても僅差だったようで、ミーヤはまだ寝巻きだし、髪も寝癖であちこちに跳ねている。


「おはよう、お姉ちゃん! 今日はお寝坊さんだね!」


「あはは。まあ、こんな日もあるよ」


 苦笑しつつ、美咲はベッドから降りる。

 ミーヤと二人で居間に向かえば、グモがフライパンを片手に出迎えてくれた。

 グモが持つフライパンからは食べ物が焼ける美味しそうな音がする。

 つい先ほどまで熱せられていた名残か、火から離してもしっかりと聞こえている。


「おはようございます、お二方。朝食がもうすぐ出来ますぞ。先に顔でも洗ってきたらどうです?」


「うん、そうさせてもらうね。行こう、ミーヤちゃん」


「はーい」


 手を繋いでミーヤと二人、まるで仲の良い姉妹のように揃って洗面所に向かう。

 もちろん、水道が常備されているわけではないので、洗面所とはいっても水を溜めた水瓶と、水が流れていく水路が床に刻まれているだけだ。

 使われた水は水路を伝い、最終的には屋外に排出されるらしい。

 水瓶の横には小さな手桶が置いてあり、それで使う分だけ水を掬って使用する。

 美咲が手桶に手を伸ばして取っ手を掴むと、それを見たミーヤが目を輝かせて美咲の腕に手を伸ばしてきた。


「お姉ちゃん、貸して! ミーヤが汲んであげる!」


「じゃあ、お願いしようかな」


 やる気を出しているミーヤの気を殺ぐのも悪いので、美咲は全てミーヤに任せることに決め、手桶を渡す。


「うんしょ、うんしょ」


 大して重く感じない手桶も、ミーヤにしてみれば中々重いようで、ミーヤは口を引き結び、力んで顔を真っ赤にしながら、手桶を水を汲み易い位置に移動させる。

 それから、水瓶の蓋の上に置かれている柄杓を手に取り、中の水を手桶に移し終えた。


「ふー」


 満足げな表情で、やり遂げたとばかりにミーヤが額に浮かんだ汗を腕で拭う。

 手桶は小さめで、二人で一度に使用するには適さず、少しばかりとはいえ労働をしたミーヤに先に使わせることにした。


「ミーヤちゃん、お先にどうぞ」


「え? お姉ちゃんが先でいいよ」


「だーめ。ミーヤちゃんが汲んだ水なんだから、ミーヤちゃんに優先権があります。私のことはいいから、さっぱりしなよ。結構汗かいてるでしょ?」


 美咲がしっとりと汗で濡れているミーヤの状態を指摘すると、ミーヤは己の服に顔を近づけてすんすんと臭いを嗅いだ。


「もしかして、ミーヤ、汗臭い?」


 子どもながらに、自分の体臭を気にするミーヤが微笑ましくて、美咲の表情にも優しげな笑みが浮かぶ。


「今はそういうわけじゃないから安心して。でも、汗を放置したままにしてるとそうなるかもね」


「やだ! ミーヤ、お水使う!」


 慌ててミーヤが手桶の水で顔を洗い、頭から水を被った。


「ちょ、ミーヤちゃん服着たまま!」


「きもちいいー」


 ぎょっとする美咲が止める間もなく、ミーヤはぐっしょりと下着まで濡れて、髪から水を滴らせながら満足そうに目を細める。


「ああもう、この子ったら」


 美咲は自分が持ってきた洗顔用の布で、ミーヤの顔と髪を拭いてやった。


「身体の方は自分で出来る?」


「うん!」


「じゃあ、布は貸してあげるから、自分でやりなさいね」


 洗顔用の布をミーヤに手渡し、ミーヤが身体を拭いている間に、美咲は自分の洗顔に取りかかった。

 改めて手桶に水を汲み、両手で水を掬って顔を洗う。

 冷たい水の感触が残っていた眠気を吹き飛ばすと共に、意識をはっきりとさせてくれる。

 目を瞑っていた美咲は、視界の外で何かが落ちるべちゃっという音を聞いた。

 洗顔を中断して目を向けると、何故かミーヤがすっぽんぽんの真っ裸になっている。


(どうしてそうなったの?)


 状況から、ミーヤが濡れた服を脱いだことは分かるのだけれど、着替えもまだ用意していないのに気が早過ぎである。

 洗顔を終えると、美咲はグモに鉢合わせしないことを祈りながら、ミーヤを連れてそそくさと部屋に戻ろうとする。


「あ」


「朝食が出来ましたぞ」


「あ、グモだ。朝ご飯ー?」


 そういう時に限って、グモが気を利かせて呼びに来てしまい、美咲とミーヤは廊下でばったりグモと顔を合わせる。


「グモ、回れ右!」


「はい!」


 ゴブリンの習性か、美咲に強い口調で命じられたグモは、反射的に切れよく返事をして後ろを向いた。

 その背に、美咲は柔らかな声音で声をかける。

 怒っているわけではないし、これくらいではグモを責める理由にもなり得ないので、特に声を硬くすることもない。


「悪いけど、ミーヤちゃんが裸なんで先に着替えに部屋に戻るね。居間には着替えてから行くから」


「わ、分かりました。となると、朝食は着替えてからですかな」


「うん、そうなるね。ありがと、作ってくれて」


「い、いやいや、これくらいお安い御用ですぞ」


 一方は和やかに、もう一方はやや動転しながら会話を済ませ、美咲はミーヤを連れて部屋に戻り、着替えた。

 美咲はラーダンでアリシャに買ってもらったいつもの加護服に、ミーヤは美咲が買い与えた普段着だ。

 どちらも本人のお気に入りであり、安全な場所では一番着る頻度が高い。

 まあ、美咲の場合は高価な加護服を普段着にするのはやり過ぎではあるものの、念のためである。


「よし、じゃあ戻ろっか」


「うん!」


 手を繋ぎ、美咲とミーヤは仲良くもう一度居間に向かった。



■ □ ■



 朝食の最中、グモの家の扉が激しく叩かれる。


「うひゃっ」


 もぐもぐと朝食を食べていた最中のミーヤが驚いて飛び上がりそうになり、反射的に咀嚼最中の中身を飲み込んでしまい喉に詰まらせかける。


「うううう……苦しい……」


「ミーヤちゃん、ほら、水飲んで」


 それを見た美咲が急いで水差しからミーヤのコップに水を汲み、飲ませる。

 水を飲んだミーヤがホッと息をついた。

 どうやら喉の詰まりは無事流れたようだ。


「もう、何なのよこんな朝っぱらから」


 安堵した美咲が不満げに玄関にめを向けると、グモが立ち上がる。


「わしは様子を見てきます。お二人は食事を続けて下され」


 美咲とミーヤを気遣ってか、グモは一人で玄関に向かった。

 しばらく、玄関でグモと誰かが話す声がする。

 グモと話す声の主は、どうやら女性のようだ。


「何だろうね、お姉ちゃん」


 食事を再開しながら、ミーヤが身体を捻って玄関の方に目を向けようとする。


「こら、そんなことしないの。行儀が悪いわよ」


 窘める美咲に、ミーヤは口をへの字に曲げて尋ねる。


「お姉ちゃんは気にならないの? ミーヤは気になるよ」


「それは……」


 即座に否定できずに、美咲は口篭った。

 当然である。

 突然の来客に、美咲とて戸惑っているのだ。

 用件が気になるし、そもそも誰が来たのかも気になる。

 わざわざ新参のグモの家に来るのだから、グモとの関係も何かある人物なのかと無駄に想像力を働かせてしまう。


(……もしかして、恋人とか!? この里で、グモったら私たちに内緒で恋人を作ってたり!?)


 美咲の思考を読み取れる人物が居れば怒涛の突っ込みを入れられていただろうけれども、幸いというか生憎というかそういうこともなく、美咲の胡乱な思考が外に漏れることは無い。


(あれ? じゃあ、私たちがグモの家に泊まってるのって、お邪魔なんじゃ……)


 明後日の方向に美咲の思考が飛んで行く。

 完全に美咲の思考が脱線する前に、ミーヤの声が美咲の思考を軌道修正させた。


「ミーヤ、様子を見に行ってくる」


「ちょ、待ちなさい」


 食事を中断して椅子から降りて玄関に向かおうとするミーヤを、美咲は慌てて押し留めた。


「なんでー? お姉ちゃんは気にならないの?」


「気になるけど、グモに悪いでしょ」


 窘めるように美咲が言うと、ミーヤは目を丸くする。


「え? お姉ちゃん、どうしてそうなったの?」


「え? 違うの?」


 同じく美咲も目を丸くし、顔を見合わせた美咲とミーヤは、そそくさと椅子から降りると居間の扉を少しだけ開けて、玄関から流れてくる会話を拾おうとする。

 グモの声も、訪ねてきた女性の声も、なにやら深刻な声音だ。

 というか、女性の声の方も、つい最近良く聞いているような気がする。


「……恋人同士の会話って感じじゃないわね」


「どうしてそういう結論になったのか、ミーヤには訳が分からないよ」


 美咲の発言を聞いて、ミーヤが呆気に取られた顔で美咲を見た。


「子どもには分からない深い事情があるのよ」


「お姉ちゃん、ミーヤの目を見てもう一度言ってみて? 変なこと考えてたでしょ」


 取り繕う美咲ではあったけれども、全力で目を逸らしていては説得力が無い。

 逆にミーヤになにやら察せられて、突っ込まれる始末である。


「ナンノコトカナーオネエチャンニハヨクワカラナイナー」


「お姉ちゃん、喋り方がバルトみたいになってるよ」


 鋭いミーヤの突っ込みにたじたじになった美咲は、話題の転換を図った。


「それより、ドアを開けてもう少し玄関の様子を見てみようよ」


「うん。ミーヤも見たい」


 やや強引な話題転換だったが、ミーヤは乗ってきてくれた。


「グモと話してるの、ミルデじゃない?」


「そうだね。ミルデさんだね」


 玄関で美咲たちに背を向けて立っているグモ越しに、見慣れた上半身人間下半身鳥の魔族の女性の姿が見える。

 紛れも無く、ミルデだった。

 そもそも、里に鳥人種の女性魔族はミルデ一人しか居ないのだ。


(これは、完全に私の早とちりだったか……。口に出さないで良かった)


 上手く誤魔化せたと安心する美咲の横で、ミーヤは首を傾げた。


「でも、こんな朝早くからミルデが来るなんて、何の話だろうね」


「そうだね。わざわざミルデさんの方から来るくらいだから、急な用件で、しかも大事な話なのかな」


 美咲とミーヤが観察するグモとミルデは、深刻そうな表情で会話を続けている。

 それほど大きな声ではないので、美咲とミーヤの居る居間にまでは響いてこないのがもどかしい。


「あ。終わったみたい。戻ってくるよ」


「大変私たちも見つかる前に戻らなきゃ」


 特に隠す必要も無かったのに、美咲は慌てて席に座りなおそうとして、すっ転んだ。


「お、お姉ちゃーん!?」


 派手に転倒した美咲にミーヤが慌てて駆け寄り、グモとミルデが物音に驚きぎょっとした顔で居間に入ってくる。


「何事ですかな!?」


「大丈夫!? 何か凄い音がしたんだけど!」


「大丈夫です。いらっしゃい、ミルデさん」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、美咲は笑って誤魔化した。

 倒れたままなので色々と台無しである。


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