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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:隠れ里への帰還3

 ミルデがエメルダとティータを新たな家に案内しに行き、店には美咲とミーヤ、それにアレックスが残された。


「アレックスさんは、今日はここに泊まるんですか?」


 尋ねる美咲に、アレックスは頷いて答える。


「ああ、そうなる。里には宿屋も無いみたいだしな。明日の早朝に此処を立つ」


 アレックスは立ち上がり、ティーカップなどの茶器を片付け始めた。

 纏めて台所に持っていって、洗うつもりのようだ。


「あ、お手伝いします」


「ミーヤもお手伝いする!」


「助かる。……お前はこれでテーブルを拭いてくれ」


 美咲の申し出を快く受けたアレックスは、続いて手伝いを申し出たミーヤに、濡らした布巾を渡した。

 どうやら、壊れやすい陶器製の茶器を預けるのが不安だったらしい。

 そんなアレックスの密かな不安を知らないミーヤは、張り切ってテーブルを綺麗に拭き始めた。


「私たちも泊まる家は別にありますし、ということは、今夜はミルデさんと二人きりなんですね」


 茶器を纏めて持ち上げた美咲は、何でもないことのように言う。


「そういうことになるな」


 相槌を打つアレックスの態度も、自然体で素っ気無い。

 美咲は茶器を持ち上げて歩き出すと、居間の出入り口に差し掛かったところで、前を歩くアレックスへ向けてにこりと満面の笑顔で爆弾を投下した。


「関係が進展するといいですね」


「なっ──」


 反射的に振り向いたアレックスが、思わず自分が持っていた茶器を取り落としそうになりながら口をぱくぱくと開け閉めする。

 何か言いたいが、咄嗟に言葉が出てこないらしい。


「おじちゃん、顔真っ赤ー」


 居間のテーブルを拭いていたミーヤが、真っ赤なタネルのようなアレックスの表情を指摘する。

 ちなみに、タネルとはこの世界の野菜で、レタスに似た葉野菜である。

 レタスとの一番の違いは、トマトのように赤いことだろう。


「う、煩い! あまり大人をからかうな!」


 大人気なく、アレックスがミーヤを怒鳴りつけた。

 しかし、怒りよりも焦りの方が多いことが丸分かりのアレックスの表情では、調子に乗ったミーヤを黙らせることは出来ない。


「ぶーぶー」


 むしろミーヤは怒られたことに反発し、ブーイングを上げた。


(ああ、ブーイングしてるミーヤちゃんも可愛い)


 そんなミーヤを見つめる美咲の思考は割と駄目な方向に逸れている。

 少しして我に返った美咲は、アレックスに対してフォローを入れた。

 別にからかいたいだけだったわけではないのだ。


「ミーヤちゃんはともかく、私は本気でそう思っていますよ? ミルデさんには幸せになって欲しいですから」


 それは間違いなく、美咲の本心だった。

 美咲はミルデに良くして貰っている。監視という任務を差し引いても、ミルデは美咲に対して親切だし、色々便宜を図ってくれた。もちろん美咲もミルデに対して偽札の件などで協力したことはあるけれど、そもそも命辛々逃げてきた美咲たちを助けてくれた時点で、ミルデは美咲たちに対して大きな貸しを作っている。

 その貸しを傘に理不尽な要求をすることもなく、なお美咲たちに対して便宜を図ってくれるのだから、本当に頭が上がらない。

 ミルデが居なければ美咲もミーヤも今頃飢え死にしていてもおかしくないし、感謝しているからこそ、ミルデには幸せになって欲しいと思う。

 アレックスがミルデを好いているのは一目瞭然で、ミルデもアレックスのことを悪くは思っていないことは間違いない。

 だから、美咲は二人が結ばれたらいいなと思っていた。


「……ミルデが俺のことを好きだとは限らんだろう」


 うじうじと悩むアレックスは出会った当初の気難しい表情のままなのにも関わらず、受ける印象が正反対だった。

 もう怖いというよりも可愛い。

 魔族とはいえ男性に対して可愛いという表現をするのもどうなのかと美咲自身思うところもあるけれども、実際ミルデを想うアレックスは普段とのギャップに富んでいて微笑ましいのである。


「でも、あの街ではいつもアレックスさんの家に泊まってたんでしょう? 普通、好きでもない異性の家に泊まりますかね? この里みたいに宿が無いっていう切羽詰った理由ならともかく、街にはちゃんと旅人が泊まれる宿があるのに」


「ええい、もう夕方だ。直に日が暮れる。お前たちももう帰れ!」


 とうとう言い返せなくなったのか、アレックスは美咲から茶器、ミーヤから布巾を奪い取ると、二人纏めて玄関先に放り出した。


「追い出されちゃったね、ミーヤちゃん」


「アレックスおじちゃん、凄い慌ててたね」


「意外と初心よね、彼」


「ねー」


 年頃の娘らしく、他人の恋愛模様を楽しんだ美咲とミーヤは、やがて顔を見合わせるとお互いくすりと微笑む。


「……私たちも、グモの家に帰ろうか」


「うん! ミーヤ、お腹ぺっこぺこ!」


 こんな何でもないやり取りが、愛おしく思えて、美咲は鼻の奥がつんとするのを感じた。

 これなのだ。美咲が守りたいものは。

 何でもないことで幸せを感じて、些細な日常の中に喜びを見出す。

 元の世界で暮らしていた時も、気付かなかっただけで、美咲は間違いなく幸せだった。

 退屈な日々だったけれど、それでも間違いなく、幸せだったのだ。

 召喚されてからも、たくさんの出会いの中で、些細な幸せは存在した。

 別れの方が辛くて自覚できなかったけれど、確かにそこにあった。


(……自分のこと以外にも、戦う理由がある。最後まで頑張るよ。あなたたちの死を、絶対に無駄にはしない。だから、もう少しだけ見守っていて)


 今はもういない、皆の横顔が脳裏に浮かぶ。

 感傷を振り切り、美咲はミーヤに向けて笑顔を浮かべてみせた。

 大丈夫。戦える。まだ、美咲は生きている。


「ふふ。じゃあ、串焼き買ってあげる。ただし、夕飯に響くから一本だけね」


「やったー!」


 喜び跳ねるミーヤを、美咲は心の底から愛おしいと感じた。



■ □ ■



 グモの家までの帰り道に肉屋に寄り、美咲とミーヤは焼き立ての串焼きを買ってグモの家に帰った。


「今帰ったよ、グモ」


「ただいまー」


 玄関の扉を開いて中に入った美咲とミーヤが声を上げると、玄関の奥からグモが迎えに出てきた。


「おお、お帰りなさい。風呂が沸いておりますぞ。入りなされ」


「え? 本当? やった! ありがとう!」


「わーい!」


 思いがけず湯に漬かれることに、美咲とミーヤは大いに喜ぶ。

 ミーヤは殆ど移動をペットやバルトに任せていたとはいえ、隠れ里と魔族の街を往復して身体が砂や埃で汚れていたし、美咲は美咲で牢屋にぶち込まれていた間に身体を拭くことも出来なかった。

 なので、グモの家に戻って即風呂に入れるというのは、二人にとって喜ばしいことだったのだ。


「じゃあ、遠慮なく先に入らせてもらうね! ミーヤちゃん、行こう!」


「うん!」


 下ろした荷物から早速着替えを持って風呂場に向かおうとする美咲は、去り際に振り返ってグモに一言伝えた。


「あ、グモ、お土産に串焼き買ってきたから、今晩のおかずに良かったら一品加えて!」


「承知いたしましたぞ。食卓が華やかになりますな」


 グモが彼らしい朴訥とした笑顔で見送るのを見て、美咲は今度こそ風呂場に向かった。

 ちなみに、ミーヤは一目散の駆けて行っているので、既に見える範囲には居ない。


「お姉ちゃん、早くー!」


 廊下の向こうから、美咲を急かすミーヤの声が聞こえてきた。


「はーい! 今行くよー!」


 小走りでミーヤに追いつき、美咲はミーヤと並んでグモの家の風呂場に向かった。

 グモの家の風呂は浴室と浴槽が別になっていて、浴室と定めた部屋に樽のような形の浴槽が置いてあるという単純な作りだった。

 風呂釜は無く、浴槽に湛えた水を、魔法で沸かす。

 これは魔族の一般的な風呂の作りである。

 さすが魔法が一般的になっているだけあって、何もかもが魔法の使用前提になっていることが多い。

 上下水道も無く水は魔法で出すのが一般的だし、湯を沸かすのも魔法だ。

 とはいってもさすがに食事の支度そのものは手作業で、今頃はグモが美咲とミーヤの分を含めた夕食の支度をしている頃だろう。


「一番乗りー!」


 脱衣所で小さい身体をめいっぱい動かし、全裸になったミーヤが浴室に飛び込んでいく。

 散乱したミーヤの服を見て、美咲は眦を吊り上げた。

 服はともかく、ミーヤの小さなパンツまでもが散らかっているのはさすがにみっともない。


「こら、服を脱ぎ散らかすんじゃないの! ちゃんと畳みなさい!」


 叱りつける美咲ではあるが、ミーヤに甘い美咲であるので、本気で怒鳴るようなことはない。


「お姉ちゃん畳んでおいてー!」


 よって、ミーヤも美咲に甘えており、後始末を美咲に押し付けた。


「もー! 次からはちゃんと自分でやりなさいよ!」


 怒りながらもてきぱきとミーヤの服を畳んでやるあたり、完全に保護者である。


「はーい! お姉ちゃんも早く来てー!」


 返事と共に、ミーヤは美咲を急かしてきた。本当に忙しない。

 ミーヤの服を畳み終えると、美咲も自分の服を脱ぎ始めた。

 今着ていたのは、魔族の街からそのまま着っ放しだった魔族兵の制服だ。

 女性用の服のようで、偶然元々の持ち主は美咲と体型がそれほど違わなかったらしく、サイズが合っていてそれなりに様になっていた。

 制服を脱いで綺麗に畳み、猫耳も取り外して生まれたままの姿になった美咲は、身体全体を覆う死出の呪刻の刻印を否応にも意識することになり、顔を歪める。


(あ、そうだ。薬、飲まなくちゃ……)


 呪刻の期限前起動を抑える薬をマルテルから貰っていることを思い出した美咲は、先に飲んでしまうことにした。

 忘れて飲み忘れてしまったら大変だ。文字通り命に関わることすら有り得る。

 薬が入った道具袋は居間に置いたままなので、居間に戻るため、美咲は廊下に出た。


「お姉ちゃん? どこ行くの?」


 扉が開く音を聞いて、ミーヤが頬を膨らませて浴室から顔を除かせる。

 美咲がさっさと来ないことに、ミーヤは不満なようだ。


「ごめんね。先に薬飲んでから行くよ。もう少し待ってて。先に始めててもいいよ」


「ううん、待ってる。待ってるから、早く来てね」


 事情を知っているだけに、これに関してはミーヤもわがままを言えず、大人しく美咲を見送った。

 そして、美咲もミーヤも失念していた。

 風呂に入ろうとしていた時に気付いたので、美咲が全裸のままであるということに。


「そういえば、まだ今日の分の薬は飲んでないのでしょう? お持ちしましたぞ……ホオオオオオオオオオオオオ!?」


「え? って、あああああああああああ!? ちょ、グモ、見ないでええええええええ!?」


 気を利かせて薬と木のカップに注いだ水を手に、グモがやってきて、美咲は廊下で鉢合わせしたのだった。


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