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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:隠れ里への帰還2

 もう何度も通っているため、美咲にとって、ミルデの店は勝手知ったる他人の家となっている。

 両替屋としての店舗部分を抜け、奥の居住スペースに皆を案内すると、居間に皆を案内した。

 ちなみに、当然だがミルデの両替屋は現在休業中だ。店主がいなかったのだから当然である。


「今、お茶を淹れますね。ミルデさんには悪いですけど、帰ってくるまで寛がせてもらいましょう」


「ミーヤ、お手伝いする!」


「私も手伝います」


 美咲を追ってミーヤとエルメダが台所に消えると、残ったアレックスとティータは顔を見合わせた。


「……お前は手伝わないのか?」


「オッサンの方こそ、年下の、しかも女にやらせて自分は椅子に座ってふんぞり返ってるのかよ」


 ミルデが絡まなければアレックスは堅物だし、ティータも捕らえられて殺されそうになった経験のせいか、少々捻くれている。

 二人の相性はあまり良いとはいえず、アレックスとティータは無言で睨み合った。

 睨み合いはいつまでも続くと思われたが、三人が茶器を持って現れると、自然とアレックスとティータはお互いに目を逸らす。

 お互いに感じる感情は気まずさだ。

 本来アレックスはティータを捕まえる側で、ティータはアレックスから逃げるのが普通である。

 それなのに、こうして同じテーブルを囲み、同じように手持ち無沙汰になっているのだから、その気まずさと言ったら無い。


「はい、どうぞ、アレックスさん」


 茶を淹れた茶器を、美咲がアレックスの目の前に置く。

 茶器の中身は、魔族の間では一般的に飲まれているエルベル茶で、元の世界の茶で言えば紅茶に近い。

 元の世界では緑茶も紅茶も烏龍茶も元となる茶葉は同じものだが、この世界では緑茶や烏龍茶と同じような味の茶葉でも、エルベル茶とは茶葉の種類が違ったりする。

 もっとも、美咲はまだ該当する茶を飲んだことがないので、その事実を知らないけれども。


「ああ、ありがとう」


 美咲と一緒に居間に来たエルメダが、己の子であるティータの前にエルベル茶の茶器を置いた。


「ティータ、あなたの分よ」


「さんきゅ、母ちゃん」


 親子であるだけあってか、二人の仲は気安く、絆を感じさせるやり取りだ。

 家族というものを強く感じさせて、美咲は密かに羨ましくなってしまった。

 どうしても、触発されて元の世界にいる家族のことを思い出してしまう。


(……会いたいなぁ)


 今はまだ叶わないことを知っていても、いや、知っているからこそ、郷愁の念というのは募る。


(我慢我慢。泣いても笑っても、後一週間もすれば期限が来る。それまでに魔王を殺せるように、今は出来ることをしなきゃ)


 後ろを向いてティータたちから表情を隠すと、美咲は軽く自分の頬を手で張って気合を入れた。

 そんな美咲を、お盆で美咲とミーヤ、エメルダの三人分のエルベル茶を運びながら、心配そうにミーヤが見つめている。

 美咲の表情の変化に、ミーヤは聡く気付いていた。

 ミーヤ自身、両親のことを思い出して寂しくなることがあるのだから、美咲だってそうなることがあることは、ミーヤにだって分かる。

 そういう時、ミーヤは美咲に思い切り甘えれば我慢できるのだけれど、美咲にはミーヤのように甘えられる相手が居ない。

 アリシャなら美咲も甘えることが出来ただろうけれど、そのアリシャもヴェリートで美咲たちを逃がそうと魔将の一人、牛面魔将と対峙したのを最後に、消息を断っている。


(馬鹿アリシャ。お姉ちゃんが甘えられるのは、アリシャだけなのに)


 心の中で、ミーヤはアリシャに毒づく。

 幼いながらに、ミーヤの中に渦巻くのは、アリシャに対する嫉妬だ。

 まだそれほどはっきりした感情ではないとはいえ、ミーヤは間違いなく、美咲に頼られるアリシャに対して嫉妬を覚えていた。

 昨日今日の話ではなく、おそらくは、出会った当初から。

 最初は小さな灯火に過ぎなかったその感情は、ミーヤが美咲に懐く度に、少しずつ大きくなっていった。

 所詮は子どもの可愛らしい嫉妬心に過ぎず、大人が抱くようなどろどろとした感情ではないけれど、ミーヤがアリシャのことを羨ましく思っていたことは、間違いがない。

 役に立ちたいと思いながらも、結局自身はお荷物でしかないミーヤと違い、アリシャは間違いなく美咲を守り、頼られるに足る実力を備えていたのだから。

 自分自身が無力であることを、ミーヤは忘れていない。

 戦力となれるのは、美咲がくれた魔物使いの笛と翻訳サークレットのお陰で魔物をペットにして仲間に引き入れ、意思疎通を行うことが出来るからで、それとて所詮道具の力に過ぎず、ミーヤ自身の力ではない。

 魔物使いの笛は元を正せばアリシャの持ち物であり、そういう意味でも、アリシャに自分の気持ちが見透かされていたようで、ミーヤにとっては面白くなかった。

 半ば、被害妄想に過ぎないと分かってはいても。

 唇をきゅっと引き結ぶミーヤの頭に、ぽんと美咲の手が置かれた。

 目を丸くしたミーヤの頭の上で、美咲の手が優しく動かされる。

 それがまるで、ミーヤの気持ちを分かっているよと美咲が伝えているようで、頭を撫でる美咲の手の感触を、ミーヤはとろんとした目で味わった。


「ありがとうね、ミーヤちゃん。私たちの分まで運んでくれて」


 かけられた美咲の声に、ミーヤはハッとした顔で我に返った。


「これくらい、どうってことないよ。お姉ちゃんはミーヤにもっと頼っていいんだよ」


 ここぞとばかりに自分のことをアピールしてみせるミーヤに、美咲は苦笑を向けた。


「既に、いっぱい頼らせてもらってるのに。これ以上頼ったら私、駄目人間になっちゃうよ」


「むー」


 遠慮する美咲に対し、ミーヤは不満げだ。

 そんな二人の様子を眺めていたエルメダが、穏やかな表情で呟く。


「仲が良いのですね」


 慈しみの表情を浮かべるエルメダに、美咲がはにかむ。


「私にとって、ミーヤちゃんは大切な妹分ですから。そう考えると、ティータくんのことも、私、放っておけなくて」


「……本当に、ありがとう」


 再び我が子と一緒に暮らすことが出来る幸運を噛み締め、エルメダは改めて、美咲に礼を述べるのだった。



■ □ ■



 しばらくして、ミルデが帰ってきた。


「お帰りなさい、ミルデさん」


「ただいま、美咲ちゃん」


 玄関まで行って出迎えた美咲に気さくに微笑みかけ、ミルデは居間に入ってくる。

 ミルデの姿を見て神妙な表情で居住まいを正すエメルダとティータに、ミルデは話しかけた。


「里長の決定を伝えるわ。私たちはあなたたちを受け入れる」


 興味なさげな態度を取りながらも、実は全神経を耳に集中させていたティータが、真顔でバッと振り向く。

 すぐ我に帰ったティータは、きゅっと唇を引き結ぶと、小さく安堵の息をついた。

 嬉しさのあまり、エメルダはくしゃくしゃに表情を歪め、ぽろぽろと嬉し涙を流している。


「ありがとうございます! 何とお礼を言っていいのか……。ほら、ティータ、あなたも頭を下げるのよ」


 何度も頭を下げるエメルダは、頭を下げずにいるティータを叱りつけた。

 美咲は屈んで目線をティータに合わせ、にっこりと微笑む。


「良かったね、ティータくん。これで一安心だよ」


「……うん」


 ぎこちない態度で頷いたティータは、ほんの僅かに口角を持ち上げると、不器用に笑った。


「ありがとう、姉ちゃんたち」


「もう、この子ったら。もっと愛想良くしなさい」


 殆ど笑顔になっていないティータの笑顔を見て、ため息をつくエメルダは、美咲に対して申し訳なさそうな視線を向ける。


「いいんですよ。ティータくんの気持ちは、しっかり伝わってますから」


 何となく、素直に感情を態度に出すのが恥ずかしいんだろうなぁと、ティータの心情を予想した美咲は、胸の前でぱたぱたと手を振り、ティータの肩を持つ。

 そんな美咲の膝の上に、いつの間にかミーヤが移動していた。


「これで一件落着だね!」


 ドヤ顔で自分の後頭部を美咲の胸に当てるミーヤは、美咲のぬくもりを体全体で感じている。

 これは、ミーヤの自分へのご褒美だった。

 今回の件では、ミーヤのしたことといえば里に戻ってバルトを連れてきたくらいだけれど、それでもミーヤは頑張ったのだ。

 肉体的なことは全てペットたちが引き受けてくれたとはいえ、実際にバルトを説き伏せて連れてきたのはミーヤの手柄である。


「とりあえず、ミーヤちゃんは降りてくれるかな? 私の膝の上なんて、座り心地悪いでしょ?」


「やだ!」


 込み上げる達成感と共に、今日はもうミーヤは美咲に甘え倒すつもりなのである。


「い、嫌なの? そうなんだ……。まあ、ミーヤちゃんが良いならいいけど」


 即座に拒否され、表情を引き攣らせた美咲は、苦笑すると自分からミーヤの体に両腕を回すと、ミーヤの頭に自分の顎を乗せた。

 まるで仲の良い姉妹のようである。


「……俺たち魔族兵にとってはこれからの事後処理が本番だがな」


 やや陰鬱な表情で呟き、ため息をつくアレックスを見て、ミーヤが不思議そうな顔をした。


「そうなの?」


 尋ねるミーヤに、アレックスは苦み走った表情で答える。


「ああ。何せ、理由はどうあれ、脱獄を許したんだぞ。当然捜索隊を組まれるだろうから、その辺りを何とかしなければならん。多分この里の存在が漏れることは無いだろうが、万が一そんなことがあれば、間違いなく不満の捌け口に使われるだろうな」


 美咲とミーヤが笑顔を消して真顔になり、エメルダが申し訳なさそうに俯き、その手を歯を噛み締めたティータが躊躇いがちに取った。

 振り向いたエメルダはティータを見て、僅かに表情を和らげる。

 微笑んだエメルダと目が合い、ティータはホッと息をつく。

 そんなやり取りを見ながら、ミルデが言葉を切ったアレックスの後を継いだ。


「そうね。里長もそのことを心配していたわ。実際、匿っているわけだし。まあ、隠れ里周辺の森は深くて地理に詳しくないとほぼ確実に迷うから、杞憂だと思うけど」


 嫌な予感を感じて、美咲はミーヤを抱く腕に僅かに力を込めてミルデに尋ねる。

 美咲の体が強張ったのを察したミーヤが、心配そうな表情で美咲を見上げた。


「もし、里の存在がばれてしまったら、具体的にどうなるんですか?」


「隠れ里だから税も納めてないからね。混血への悪感情もあるし、ティータくんの存在がばれる可能性もある。良くて里人は強制連行、悪くて虐殺ってところかしら」


 敢えて感情を交えずに、事務的に答えたミルデの台詞を聞いて、美咲は表情を青褪めさせる。


「……そんな」


「そんな顔をしないで。あくまで最悪の事態の仮定に過ぎないわ」


 ミルデの言う通り、全ては可能性の話に過ぎない。

 里の存在が偶然外に漏れる可能性なんて殆どないから、あるとすればそれは中に入ったことのある者からの密告だ。

 だからこそ、隠れ里に人を受け入れる際には、観察期間が設けられる。

 その結果によっては、魔法で里についての記憶を消されて放逐されることも有り得るのだ。

 運が良ければ生きて森を抜けられるだろうけれど、殆どは魔物の餌食になってしまう。

 結果として、里の存在は秘匿される。


「話を進めるわね。そちらの都合が良ければ、今すぐにでも宛がわれた家に案内するけど、どうする?」


「お願いします。申し訳ありません。助けていただいたのに、迷惑をかけてしまって」


「良いのよ。里長も、リスクを承知で受け入れるって決めたんだろうし。じゃあ、行きましょう」


 席を立ったミルデは、エメルダとティータを促し、立ち上がらせた。


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