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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:隠れ里への帰還1

 すぐにバルトはティータの家に到着し、魔族軍の軍服と猫耳で魔族兵に化けた美咲とティータ、美咲の指示を魔物たちに伝える通訳係として同行したミーヤが地面に降り立つ。


「私たちは見張っとくから、ティータくんはお母さんに事情を説明して連れ出して。あんまり時間はないだろうから、なるべく手早くね」


「ああ、分かった」


 頷いたティータは、玄関の扉を開けて中に入っていく。

 しばらくして、ティータは妙齢の女性を連れて外に出てきた。

 ミシェーラたちよりも年上に見えるが、見た目はまだまだ若い。

 もっとも、魔族の外見の年齢など当てにならないので、実年齢は分からない。

 ティータと同じ、青白い肌と肌の所々に生えている鱗が特徴的な、魔族の女性だ。


「事情はティータくんから聞きましたか?」


「ええ、何とお礼を言えばいいのか……」


 非常に恐縮した様子を見せるティータの母親は、ようやく再会出来た息子を感極まって抱き締めている。

 名残惜しむティータの母親を、気持ちは十分分かるものの美咲は心を鬼にして急かした。

 時間は無限にあるわけではない。


「そういうのは、後にしましょう。今は脱出することの方が先決です。今、上空に竜を待たせてるんですけど、そこまで飛べますか?」


「ごめんなさい。私、飛行魔法はあまり得意じゃなくて……」


 申し訳なさそうに告げたティータの母親が俯くのを遮るかのように、美咲が笑顔を浮かべてティータの母親に語りかけた。


「じゃあ、当初の予定通りベウたちの力を借りましょう。最初にティータくんのお母さん、その次にティータくん、ミーヤちゃん、最後に私で運んでもらいます」


「皆、ティータ、ティータのママ、お姉ちゃんの順番だよ! 急いで!」


 美咲の指示をミーヤが通訳して働きベウたちに伝え、二人の意思を汲み取った働きベウたちはティータの母親をがっちり掴んで空に飛び上がる。


「ほ、本当にベウが言うことを聞いてるのね……」


 怖いのか、引き攣った表情でティータの母親が運ばれていく。

 地上に戻ってきたベウたちは、続いてティータを運んでいった。

 三回目でミーヤが運ばれていき、最後が美咲だ。

 幸い、途中で魔族兵たちに包囲されることもなく、無事に全員バルトの背に戻ることが出来た。

 そのままバルトを駆って街を離れる。

 その途中で、既に一足早く街を出ていたミルデとアレックスを見つけ、二人も拾う。

 幸運に思えるが、実際は目指す場所が同じなため、陸路と空路という点を差し引いても、同じ場所を通るのは当たり前だ。

 美咲、ミーヤ、ミルデ、アレックス、ティータ、ティータの母親と中々人数が多いものの、バルトは力強く飛んでいる。

 ヴェリートでの飛行で美咲とミーヤしか運べなかったのはその前のアリシャとの戦闘で弱っていたからであり、万全な状態ならばこの程度造作も無い。

 もっとも、さすがにミーヤのペットたちまで全部運ぶのは無理があるらしく、空を飛べるベウたちと、小さくて軽いペリトンのペリ丸とフェアリーのフェア以外は徒歩での帰還となる。

 バルトもその辺りの機微は良く分かっていて、それほど速度は出さず、自分がマク太郎やゲオ男、ゲオ美たちの目印となるようにしている。

 ちなみにベルークギア四兄弟姉妹は、長距離を自分の足で移動するには心もとなく、かといってバルトの背に乗せるにしては多過ぎるため、マク太郎やゲオ男、ゲオ美の背に乗っている。

 護衛としてはマク太郎とゲオ男、ゲオ美がいれば十分だろうし、その気になれば上空から美咲たちだって加勢に入れるため、安全な旅路と言って良い。

 隠れ里がある森に差し掛かると、そのまま陸路組であるペットたちは森に入り、美咲たちを乗せたバルトは上空を飛び、直接隠れ里の広場に降り立つ。

 行きに比べ、人員は増えている。

 新たに、アレックス、ティータ、ティータの母親の三人が加わった。

 アレックスはどうか分からないが、ティータとティータの母親は、確実に隠れ里に住むことになるだろう。

 魔族の街に、もう二人の居場所は無い。

 少なくともティータは戻ったところで捕まれば今度こそ処刑だろうし、ティータの母親だって、罪人の母親ということで白い目で見られるのは想像に難くない。

 彼女が同行した理由は、そういう偏見から逃れるためでもあったはずだ。

 まだ父親は残っているけれど、自ら息子の処刑を推進した人物でもあるし、残しても立場的にそう酷いことにはならなさそうだ。

 とにかく、こうして美咲は、隠れ里に戻ってきた。



■ □ ■



 ミルデは今回の件を里長に報告しに行き、それが終わるまで美咲たちはミルデの店で待つことにした。


「ここがミルデの家なのか……」


 魔族の街の門兵であるアレックスが感慨深げに呟く。


「来たこと無かったんですか?」


 不思議に思った美咲が尋ねると、アレックスは渋面になった。


「基本はミルデの方から街へやってくるからな。隠れ里に来たのも実は初めてなんだ。仕事があるから、あまり街から離れられなくてな」


 アレックスの仕事は門兵だ。

 街の入り口で、人の往来を管理するのが役目である。

 交代要員はいるとはいえ、長期間休めはしない。

 ちなみに、門兵は非常時には街の守備兵も兼ね、戦争があれば魔族兵として駆り出されることもある。

 実際、アレックスは戦争で人間と殺し合った経験がある。

 魔法がある分、一方的なものだったが。


「あれ? じゃあ、もしかして、成り行きで連れてきちゃいましたけど、不味かったですか?」


 ミルデと一緒に拾わずに、アレックスは残しておいた方が良かったのかと美咲は心配になったけれど、当のアレックス本人が美咲の懸念を否定する。


「いや、ミルデが来る時はいつも休暇を取るのが常でな。明日には帰らねばならんが、今日は大丈夫だ」


 決して口に出しはしないが、アレックスはミルデと過ごす時間をとても大事にしている。

 アレックスはミルデに対して好意を抱いているので、ミルデが来ている時は出来るだけ自分の予定をミルデの予定に合わせているのだ。


「そうですか……ミルデさんのところに泊まるんですよね?」


「多分な。あいつが許可すればだが」


 他人を泊めるといっても、アレックスとミルデとでは意味合いが違う。

 彼の場合はミルデに対する好意からで、ミルデもそうだとは限らないと、アレックスは自分を戒めている。


(勘違いして、気まずくなったらかなわんからな……)


 そうなるよりは今のままの友人関係の方がいいと思う辺り、アレックスは割りとヘタレである。


「しますよ。ミルデさんも街ではいつもアレックスさんの家に泊まってたんでしょう? 本人から聞きましたよ」


「そんなことまで話していたのか……」


 笑顔の美咲に対して、アレックスは渋面である。

 別に機嫌が悪いわけではなく、単に恥ずかしいだけだ。


「それよりも、早く移動するぞ。いつまでも道端で話し込んでいるわけにもいくまい」


 露骨な話題転換だったが、美咲は敢えて乗っかった。

 アレックスの言うことも、もっともだったからである。


「それじゃあ、上がってください」


 美咲はティータの母親とティータに声をかけ、アレックスと一緒に店の中に入る。


「なあ。俺と母さんを、この里は受け入れてくれるのか?」


 後に続きながら尋ねるティータの声には、隠し切れない不安があった。

 無理もない。

 故郷である街では、ティータはもはや罪人だ。

 帰れないし、身の振り方も分からない。


「私はこの里の人間じゃないから断言は出来ないけど、大丈夫だと思うわよ。現に私も追い出されてないわけだし」


「美咲さんは、この里の出身じゃないのですか?」


 驚いた顔のティータの母親は、美咲が人間だということを忘れていそうだ。

 魔族兵の制服を着ているし、本物と見紛う出来の猫耳を装着しているので、間違えるのも無理はない。


「ええ。ずっと遠く。そう、ずっと遠くから来たんです。でも途中で行き倒れてしまって、この里の人たちが保護してくれたんですよ」


 本当のことを言うわけにもいかず、美咲は苦笑して言葉を濁す。

 正確には、魔将ブランディールを倒したはいいものの、ヴェリートで魔王と他の魔将に強襲され、命辛々逃げ出して力尽きたところを、たまたま通りかかったのが里人というだけである。

 ある意味では幸運だったろう。

 見つけたのが隠れ里の人間でなければ普通に奴隷行きだったろうし、そうでなくとも、魔物の餌になっていてもおかしくない。


「美咲たちも、ここで暮らしているのか?」


 アレックスの問いに美咲が答える前に、ミーヤが先に答えた。


「ミーヤとお姉ちゃんは、グモの家を間借りしてるんだよ!」


 新しい名前を聞いて、ティータの母親は目を瞬かせる。


「グモ、さん……ですか?」


 明らかに誰なのか分かっていない様子のティータの母親に、美咲はグモのことを説明した。

 というか、面識がないのだから知っているはずがない。


「私とミーヤちゃんの共通の友人なんです。とはいっても、ゴブリンなんですけど」


「ゴブリンまで、この里は受け入れているのですか……」


 ティータの母親にとっては、グモの存在は意外な事実だったらしく、驚きを露にする。


「そうなんですよ。ですから、ティータくんもティータくんのお母様も、きっと受け入れてもらえますよ」


 混血を守るために作られたこの隠れ里には、様々な種族が暮らしている。

 魔族と人間、その混血だけでなく、他の場所では迫害されがちな種族を、里の方針で受け入れているのだ。

 だからこそグモも隠れ里に住むことが出来るようになったし、美咲とミーヤも受け入れてもらえた。


「ありがとう、美咲ちゃん。あなたたちには、何てお礼を言っていいか」


 感極まって涙ぐむティータの母親に、ミーヤが無邪気に尋ねた。


「そういえば、ティータママはお名前なんていうの?」


 ミーヤの質問で、美咲はようやく自分が彼女の名前を知らないことに気付く。

 魔族の街ではそんな余裕も時間も無かったし、バルトの背中の上では無事に脱出できた安堵ですっかり忘れていたのだ。

 それは本人も同じだったようで、ティータの母親は恥ずかしそうに頬を染めた。


「嫌だわ。自己紹介をしていなかったわね。私はエルメダっていうのよ。あなたは、ミーヤちゃん……だったかしら?」


「うん! ミーヤはミーヤだよ!」


 たおやかに微笑む魔族の女性、エルメダに向けて、ミーヤはにぱっと笑った。


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