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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:救出作戦9

 しばらくすると、フェアが美咲の下へ戻ってきた。


「♪」


 戻ってきたフェアは、身振り手振りで美咲に何かを伝えようとする。


(しまった。何を言おうとしてるのか分からないや)


 おそらくミーヤからの伝言を言付かっているのであろうフェアに対して、美咲はその情報を汲み取ることができない。

 翻訳サークレットがあれば分かるのだが、ミーヤに貸したままなのだ。

 美咲自身は魔族語をぼちぼち理解できるようになっていたから、自分で使うよりもミーヤが使っていた方が役に立つと思って預けていたのが裏目に出た。

 もう一度、フェアのジェスチャーをよく観察してみる。

 フェアは羽と手をぱたぱたと振るわせてから、牢屋の扉を指差し開ける仕草をする。


「ここから出ろってこと?」


 美咲が尋ねると、フェアは首を傾げる。

 日本語だと理解できないようなので、美咲が魔族語で尋ね直すと、フェアは笑顔で頷く。

 次に、フェアは誰かの様子を窺うかのように物陰から頭を出すような仕草をして、位置を買え大きく両手を広げた。

 そしてまた元の位置に戻ると空中で器用に抜き足差し足で歩く。


「ごめん。分からない」


 さすがに何を伝えようとしているのか分からず、美咲は表情を曇らせた。

 フェアは少し思案してから、空中でしゃがみ込み、大きく飛び上がって両手を振り回す。

 次に位置を変え、やたらと回りを窺う素振りをしながら、空中を移動する。

 難解な暗号を思わせるフェアのジェスチャーを、美咲は必死で読み解く。


「えっと……もしかして、騒ぎが起きるから、それに便乗して脱出しろってこと?」


 尋ねてみると、どうやら正解だったようで、フェアがぱあっと表情を輝かせた。

 最後に、何かに跨る体勢を取り、高度を上げて急上昇して牢屋の隅まで飛ぶと、美咲の前に戻ってきた。

 またしても、分からない。


(ポンコツな頭でごめん。本当に)


 頭の片隅では「こんなの分かるか!」という思いもなくは無いのだが、美咲に伝えようとするフェアの努力は痛いほど伝わってくるので、美咲はフェアに対して申し訳なくなってくる。

 もう少し考えた美咲は、ふと思い立つ。


(当初の予定通りなら、ミーヤちゃんが迎えに来てくれる。つまり、そういうこと?)


「私が詰め所から出ればバルトで拾ってくれるってこと?」


 どうやら正解だったようで、フェアは美咲の腕に飛びついて嬉しそうに羽をはためかせた。


(そっか。バルトの怪我、やっと治ったんだね)


 ちょうど一週間くらいだろうか。

 美咲に残された猶予もそのくらいで、いよいよ大詰めだ。


「早めに動いた方がいいかな?」


「♪」


 質問の返答は小さなフェアが浮かべた、満面の笑みで返された。


「よし、じゃあ、次の見回りで看守の目が無くなったら動こう。それまで待っててくれる?」


 コクコクと頷くフェアを見て、美咲はようやく安堵の表情を浮かべる。

 ようやく展望が見えてきた。

 看守が居なくなるのを見計らって、美咲は再び魔法で扉を開けて廊下に出ると、魔族の少年が囚われている牢に向かう。

 牢の前に着くと自分が囚われていた牢屋の扉と同じように魔族語で開錠して中に入り、魔族の少年の首に嵌められている隷従の首輪に手を触れる。

 見た目には何も変化はないものの、美咲には隷従の首輪に対し、何かが隷従の首輪から抜けていく手応えを得た。


(これでよし。後は物理的に隷従の首輪を外せば大丈夫ね。素手じゃ無理そうだから、どこかで刃物を調達するか、鍵を見つけないと)


 美咲が魔族の少年の手を取って引っ張ると、魔族の少年は音も無く無く立ち上がる。

 相変わらずその目に意思の光はないものの、美咲がしようとしていることに抵抗する気配も無い。

 試しに手を引いて歩くと、魔族の少年は手を引かれるままに美咲の後をついて歩く。

 手を離せば、その場に留まる。


(うーん……このままだと、脱出するのに梃子摺りそう。先に外せるなら外した方がいいわね)


 主体的に動いてくれないので、不測の事態が起きた時に対応が遅れるのを懸念した美咲は、脱出の前に隷従の首輪を外してしまうことにした。

 それに、どうせなら自分の首に嵌められている隷従の首輪も取り去ってしまいたい。

 効果は無くとも、つけていて気持ちのいいものではないからだ。

 幸い、看守が近くに居るはずだし、散々動向を窺っていたおかげで、おおよその行動パターンは把握している。

 鍵を持っている可能性は言うに及ばず、そうでなくともナイフの一本くらいは持っているだろう。

 反乱があったばかりなのだから、護身用の武器くらいは用意しているはずだ。

 仮に何も見つからなければ、最後の手段として美咲の魔法の出番である。

 隷従の首輪は効力が無くなってしまえばただの首輪だ。

 自身に魔法が効かない美咲ならば、火力で自分で自分を焼き払ってしまえば、後は無傷の美咲だけが残る寸法である。

 もちろん、巻き込まれないようにフェアと魔族の少年は退避させた上で行う必要があるものの、確実性で言えば一番だろう。


(まあ、裸になっちゃうからそれは最後の手段にしとこう)


 魔族の少年を連れて美咲が囚われていた牢屋に戻ると、まだ看守は戻っていないようで、所定の位置には誰もいない。

 美咲は笑みを浮かべると、戻ってくるであろう看守を不意打ちする下準備に取り掛かった。



■ □ ■



 看守を不意打ちするのは案外簡単だった。

 廊下の曲がり角で出待ちをして、看守がやってきたら出会い頭に襲い掛かればいいのである。

 咄嗟の状況では、魔族は魔法をよく使う。

 元々魔族語を母国語としていて、魔法が生活に密接に関わっているだけに、魔法に対する依存度が高いのだ。

 そして、そんな魔族の習性は、美咲にとって優位に働く。

 看守が咄嗟に放った魔法を反応すらせず打ち消して、美咲は看守に肉薄した。


(悪く、思わないでよね!)


 鋭く呼気を吐き出し、強く踏み込むと目を狙って右腕で貫き手を放つ。

 顔への攻撃は他の部位よりも反射で防がれ易く、看守も貫き手が当たる前に両腕で顔を庇った。

 しかし、それは美咲の予想通りだ。

 顔を庇ったということは、それ以外はがら空きなのである。


(今!)


 隙を見て取った美咲は、看守の鳩尾に左拳をめり込ませた。

 同時に拳を捻り、臓腑を抉り、衝撃を体内に拡散し浸透させていく。

 顔を庇っていた看守は、鳩尾に無視できない一撃を貰い、今度は腹を押さえた。

 腹を殴られたことで身体が屈み、頭がちょうど狙い安い位置にまで下がっている。

 その時には既に、美咲は身体を回転させて足を振り上げていた。

 綺麗に弧を描いて放たれた後ろ回し蹴りが、看守の側頭部に直撃する。

 看守は糸の切れた人形のように崩れ落ち、それきり動かない。


(し、死んでないよね?)


 これ以上ないくらい完璧に体術が決まったことに、美咲は喜ぶより先に驚愕した。

 自分で言うのも何だが、修行はしても自分より強い相手とばかり戦っていた美咲は、ここまであっさり勝利で決着をつけたことなど無かったのである。

 それに、最後の後ろ回し蹴りの手応えが良過ぎた。

 間違いなく、クリーンヒットである。

 倒れた看守の呼吸を確かめると、ちゃんと息をしていた。


(ほっ)


 無暗な殺生は、しないに越したことはない。

 看守が気絶したのを見て取ると、美咲は早速看守の懐を探り始める。


(お、治癒紙幣持ってる。貰っておこう)


 強盗じゃないのよ、回復手段が増えるからよ、と無駄な言い訳をしつつ、美咲は看守が持っていた治癒紙幣を全て頂戴した。

 自己正当化している割には、やっていることはまるっきり強盗である。


(後は鍵か。……あった)


 倒れた看守の腰に、鍵を束ねた金属製の輪がある。

 おそらくはこの中に、牢屋の鍵と隷従の首輪の鍵が含まれているのだろう。

 しかし、一つ一つ確かめるのは難儀である。

 他にも、看守が着ている魔族兵の制服の内側に、鞘に納められた短剣があるのを見つける。


(この人、短剣持ってたのか。使われなくて良かった)


 不意をついたので、魔族兵は武器を使う判断が出来なかったのだろう。

 咄嗟に魔法に頼った判断が仇になった形になる。

 美咲は鍵束と短剣を失敬し、魔族の少年が繋がれている牢屋に向かう。

 鍵束で鍵を開け、隷従の首輪を短剣で切断して取り外し、鍵束から足枷の鍵も探し出してそれも外した。

 美咲自身は隷従の首輪が効かないので足枷はとっくの昔に取り外してあったが、隷従の首輪そのものはそのままである。


(いい加減邪魔だし、取り外しちゃおうかな)


 幸い、魔族の少年の首輪も美咲の首輪も革製だったので、美咲は手っ取り早く自分のも短剣で切ってしまうことにした。

 ようやく開放された自分の首元を撫でつつ、美咲は魔族の少年を背負う。

 出来れば意識が戻るのを待ちたいものの、そういうわけにもいかない。

 看守がいつ目を覚ますかも分からないし、ミーヤが来るタイミングに間に合うように行動しなければ、バルトで拾って貰えない。

 美咲一人では魔族の街どころかこの魔族兵の詰め所から抜け出すことすらおぼつかないので、美咲が脱出するためには迅速に行動する必要がある。


(屋上で待とう。その方がミーヤちゃんも分かり易いだろうし)


 魔族の少年を背負ったまま、美咲は廊下を進む。

 進んだ先には、一階へと続いているであろう階段があった。

 階段の終着点には鉄製の重厚な扉があり、この場所が罪人を閉じ込める場所なのだということを、美咲に強く意識させた。


(他の人も助けてあげたいけど、ごめんね)


 この場に残していく他の囚人の存在に後ろめたさを感じつつ、美咲は階段を登る。

 扉を開けようとすると、硬い手応えが邪魔をしてドアノブが回らなかった。


(……さすがに鍵が掛かってるか)


 牢屋の扉を開けたのと同じ開錠の魔法を試してみるものの、鍵は開かず硬い手応えに跳ね返される。

 どうやら、この扉には魔法への対策がされているようだ。

 脱走防止のためだろうか。


(鍵、試してみよう)


 鍵束の鍵を、一つ一つ鍵穴に合わせ、合う鍵を探す。

 手早く繰り返し、美咲は扉の鍵を開錠することに成功した。


(鍵が多過ぎて、面倒くさいわね、これ……)


 若干げんなりしつつ、魔族の少年を背負い直して扉を潜る。

 ここから屋上に行くまでがまた大変で、美咲は何回も魔族兵に鉢合わせしそうになり、その度に二人で隠れたり、魔族兵の少年を物陰に隠して何食わぬ顔で通り過ぎたり、魔法で壁に擬態してやり過ごしたりした。

 努力の甲斐あって、ようやく屋上に着いた。

 まだ、ミーヤは来ていないようだ。


(よし、後は待つだけね)


 安堵すると同時に、背負っていた魔族の少年が身動ぎするのを感じ、美咲は魔族の少年を背から降ろした。


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