二十四日目:救出作戦8
美咲が牢屋で脱出計画を練っている頃、ミルデとアレックスは魔族兵の詰め所で事情聴取を受けていた。
事情聴取とはいっても、二人の待遇は容疑者としてではなく、被害者としてである。
アレックスは街の門兵を務める魔族兵であるし、ミルデも元々この街の住人であり、対外的には奴隷の身分だった美咲の主人という設定である。
一応監督不行き届きという失点も無くはないが、捕まえるのに協力したので、その点に対しては厳重注意のみで実質的にお咎め無しである。
「では、容疑者に盗まれた品物をお返ししますね」
予測していた通り、魔族兵に没収された美咲の装備と荷物はミルデの手元に戻ってきた。
これを見越して、美咲の持ち物は全てミルデから盗んだ盗品であると口裏を合わせておいたのである。
そうしておかないと、加護付きの服や勇者の剣といった、高価な貴重品は二度と美咲の手には戻らない。
後は街を脱出してから、ミルデが美咲に返却すれば元通りだ。
「あの子はどうなりますか?」
裏切られた主という設定を演じつつ、ミルデは魔族兵に尋ねる。
演技だということに気付かず、魔族兵は傷心している様子のミルデに対して、痛ましいものを見る目を向けた。
可愛がっていた奴隷に裏切られて、ショックを受けていると思われている。
そのことに気付いていながら、内心舌を出しているミルデを、アレックスが何とも言えない面持ちで眺めている。
魔族兵はミルデを傷付けないように言葉を選びながら、ミルデの問いに答えた。
「何人か被害には遭いましたが、皆軽傷ですし、本来ならしばらく拘留した後隷従の首輪の装着義務と引き換えにお渡しできるのですが、時期が悪かったですね」
言葉を濁す魔族兵が言いたかったことを、ミルデは敏感に察した。
「……奴隷の大規模な反乱があったばかりですものね」
「ええ、その通りです。お陰で軍も全体的にピリピリしてまして。見せしめの意味も込めて、処刑ということになりそうです」
「日時はもう決定しているのですか?」
「先日捕らえた少年の処刑が本日ですので、一緒に行う予定です」
答える魔族兵の表情は晴れない。
それもそうだ。
彼が語る少年というのは、人間の奴隷が起こした大規模な反乱の切欠を作った人物で、彼は奴隷を哀れに思い、幼心に助けようとしただけなのである。
問題は、それを人族兵の間諜に利用されたということで、本来ならその間諜を捕らえて処刑するはずが、まんまと逃げられてしまい、その身代わりとして彼が処刑されることになった。
早い話が、軍は反乱を許した責任を押し付けられることを嫌い、魔族の少年を生贄にしたのだ。
「余りにも、重い処罰ではありませんか?」
「僕の口からは、何も言えませんよ」
魔族兵の青年は、そう言って諦め気味に苦笑を浮かべる。
彼とて、年端も行かない少年が処刑されることに、何も思わなくもないのだ。
人間である美咲だけならまだしも、もう一人は同族である。
「やっぱり、決定を覆すとなると、もう脱出してしまっている間諜を捕らえるしかないか」
「まあ、そういうことになりますね。或いは、奴隷兵として前線に送られるという選択もありますが」
意外かもしれないが、魔族軍には人族も多少所属している。
それは元々奴隷だった人間が奴隷兵として戦争に参加し、功績を積み上げて魔族の一員となったことに関係する。
魔族という種族は実質多種族の寄せ集めなので、忠誠心と手柄さえあれば、敵である人族ですら受け入れるのだ。
一方で、人族は他種族に対し排他的であり、他種族の奴隷はあくまで奴隷でしかない。
エルナが生まれながらに奴隷として生まれたように、いかに優秀であろうと、奴隷の子は奴隷なのである。
何気なくミルデを見ていたアレックスが、表情を変えた。
いつの間にか、フェアがミルデの肩に腰を下ろしている。
(さすがフェアリーというべきか、神出鬼没だな)
唐突に現れたフェアリーの隠密性に感心しつつ、アレックスは口を挟む。
「ふむ。ならば、本人たちが反省しているのなら、奴隷兵でも構わないんじゃないか? 何故そうならないんだ?」
「ああ、そのことなんですが。その少年の父親というのが、魔族軍の高官なんですよ。自分の息子といえど例外にするわけにはいかないと、意地を張っていまして。処刑を一番推しているのもこの人です」
ため息をつく魔族兵の青年の言葉には、苦悩が滲んでいる。
「実の父親が自分の処刑を望んでいるだなんて知ったら、悲しいでしょうね」
少年の気持ちを考えたミルデが表情を歪める横で、魔族兵の青年は言い辛そうにある事実を口にした。
「あー、実はもう知っています。少年も父親譲りの頑固さがありまして。捕まる前に父親と大喧嘩をやらかしてるんですよ。お陰でお互い意地を張ってしまって」
「……随分と詳しいのだな?」
眉を顰めて問うアレックスに、魔族兵の青年は肩を竦めた。
「実は、その高官というのは僕の父親で、捕まっているのは弟なんですよね。こんなこと、本当は言っちゃいけないんですけど、本当は助けたいんですよ、僕も父さんも」
さすがにそこまでは予想出来ていなかったミルデとアレックスは、目を丸くして、思わずお互いの表情を見合わせてしまった。
■ □ ■
ミルデとアレックスが魔族兵の青年と話している頃、美咲はまだ牢屋の中に居た。
牢屋から脱出すること自体は簡単だ。自爆覚悟で魔法を使えば、扉を吹き飛ばすことは難しくない。
(まあ、牢屋自体に魔法を封じる仕掛けか何かがあったら厳しいけど)
美咲の懸念はそこだった。
魔族の街なのだから、当然犯罪者だって魔族の方が多いわけで、魔族は魔法が使える。
ただ閉じ込めるだけではあっさり魔法で脱獄されてしまうだろうから、魔法に対して対策しなければならない。
隷従の首輪で意思を奪うことで対策としているのかもしれないが、牢屋そのものに魔法の発動を阻害する仕掛けがしてあってもおかしくない。
その仕掛けが魔法的なものであれば美咲にも付け入る隙があるだろうけれど、そうでなければ牢屋内での魔法の使用は難しいだろう。
(どちらにしろ、試してみるしかないよね)
問題は魔法をいつ使うかだ。
魔法を使えば、美咲が隷従の首輪の支配下に置かれていないことがばれる。
隷従の首輪で支配されていれば、そもそも自由意志で魔法を使えないのだから、それは当然だ。
よって、使うならば誰にも見られていないタイミングで使うのが一番安全なのだが、間の悪いことに美咲が収容されている牢屋は、牢番が待機している場所から近く、度々視線が向けられている。
牢番の意識を逸らさない限り、美咲は隷従の首輪に囚われている振りをするしかない。
もっとも、牢番もずっと美咲に意識を向け続けているわけではなく、時折目を逸らしたり、その場から居なくなったりするので、付け入る隙はある。
居なくなる時は、大抵見回りをしているようだ。
牢屋が並ぶ廊下をぐるぐると回って、異常が無いか確認している。
囚人は美咲一人ではないので、当然牢屋の数もそれなりに多い。その一つ一つを見て回るのだから、その間だけは、美咲も自由に動ける時間が生まれる。
動くとしたら、その時しかない。
(問題は、その限られた時間で何をするかなんだけど)
さすがに、脱出をするには時間が足りない。
試みて、失敗したけど次頑張ろうというわけにはいかないのだ。
(まずは、牢屋を見て回って魔族の子がどの牢屋にいるのか探さなきゃ)
そもそも美咲がわざと捕まった目的は、処刑される魔族の子を助けるためである。
当初の予定を果たさなければ、何のためにここまで危険な橋を渡って来たのか分からない。
(騒ぎになっても不味いから、口止めが必要ね。私が何の目的で此処にいるのかも、説明しないと)
ただでさえ、美咲は魔族の子にとって、見ず知らずの人間でしかないのだ。
美咲がいくら助けたいと思っても、所詮は赤の他人である。
魔族の子本人に信用して貰わなければ、どうしようもない。
そしてそのためには、信頼の形成に時間を使う必要がある。
辛抱強く美咲が待っていると、牢番が居なくなった。見回りに行ったようだ。
(よし)
「ケェアゴォイユゥ ホォイレェアキィ)」
タイミングを計って美咲が小さな声で魔族語を唱えると、僅かな音を立てて牢屋の扉が開く。
どうやら、魔法は問題なく使えるようだ。魔法の対策は、隷従の首輪のみらしい。
まあ、隷従の首輪が効かないなどという事態を想定してはいないだろうし、ある意味では当然かもしれない。
しばらく神経を尖らせて牢番の魔族兵が物音を聞きつけて戻ってこないか警戒し、気付いていないことを確認してそっと牢から抜け出す。
(ばれないうちに手早く見つけないと)
足音を立てないように注意しつつ、でも出来るだけ急いで、美咲は一つ一つ牢屋の中を確認していく。
幸い、中の囚人に驚かれることも無ければ、騒がれることも無かった。
そもそも美咲は彼らに気付かれてすらいない。
当然だ。囚人たちの首には美咲と同じ隷従の首輪が嵌められているのだから。
自由意志を奪われている以上、目の前で美咲が歩いていても、囚人たちがそれを認識することはない。
どうやら美咲に隷従の首輪を嵌めたのは、特別扱いをしたわけではなく、規則か何かでそうすると決まっていたからのようだ。
(なるほど。この様子なら、確かに他の対策なんて要らないわね)
得心がいった美咲は、助けてあげたいと思いつつも、今は後回しにする。
優先順位を間違えてはいけない。今は、魔族の子が囚われている牢を見つけなければならない。
(そういえば、詳しい容姿とか全然分からないな。まあ、子どもが二人も囚われてるとは考えにくいから、子どもがいるなら間違いなさそう)
牢に囚われている誰も彼も、視線は宙を向いていて生気が無い。美咲が牢屋の前を横切っても無反応だ。完全に、隷従の首輪に囚われている。
(……助けてあげたいけど、時間も余裕もないし、そもそもあの人たちがどんな罪を犯したのかも知らないし)
心中で、美咲はため息をつく。
魔族の子については、魔族側でも意見が割れているようだし、情状酌量の余地は十分にある。
しかし、他の魔族については、何の罪状で捕まったのかも美咲には分からない以上、安易に助けるわけにはいかない。
捕まって当然の悪人が混じっている可能性は否定できないからだ。
いくつもの牢を見て回った先で、美咲はようやく当たりを引いた。
(いた。子ども。ミーヤちゃんよりも、少し大きいのかな)
額に一本角を生やした魔族の少年が一人、牢の隅に蹲っている。首元には隷従の首輪がはっきりと見えていて、牢の外にいる美咲に対して反応を向けない。
完全に、心が囚われてしまっていることが分かる。
すぐにでも助けてあげたかったが、美咲の耳は足音が近付いているのを捕らえていた。
牢番が戻ってきたようだ。
此処までである。
(ごめんね。もう少しだけ、待ってて)
見つかる前に、美咲は自分の牢へと戻った。