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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:救出作戦6

 思いがけず猫耳ヘアバンドというアイテムを入手したことで、美咲の取れる手段に魔族兵に扮することが加わった。

 以前部屋で見つけた女性用の軍服を着て、猫耳ヘアバンドをつけてしまえば、猫耳魔族兵の出来上がりである。

 ヘアバンド部分は美咲の髪と同じ黒で、しかも細く傍目では髪に紛れて見えないのだ。


(何で持ってたのかは分からないけど、助かるわ)


 変装という選択肢が新たに出来たことで、騒ぎを起こして注意を引きやすくなった。

 さっきまでなら騒ぎを起こす前でも見つかってしまえば、後はもう延々逃げ回ることしか出来なかったけれど、変装すれば魔族兵に成り済まして安全に動くことが出来る。


(軍服は着てるから、この猫耳をつけちゃえば、ひとまず安心ね)


 猫耳ヘアバンドをつけて、美咲は緊張を僅かに緩める。


(ちょっと鏡で姿を見てみたい気もする……かも)


 軍服を着るのも猫耳をつけるのも美咲は初めてなので、なんだか新鮮な気分だ。

 コスプレしているような気分になるのは否めないものの、やはり堂々と魔族の前を歩けるというのは大きい。

 前方に魔族兵の姿を発見して、美咲は反射的に隠れたくなるのを堪え、そ知らぬ顔ですれ違う。

 魔族兵が美咲を咎めることもなく、何事も無かったかのようにすれ違った。


(やっぱり少し、警戒しちゃうなぁ)


 心中で、ため息を一つ。

 自然体でいようと意識していても、魔族兵を見るとどうしても身体が強張ってしまう。

 美咲は腹芸が得意なタイプではないので、条件反射が出てしまうのだ。


(まあ、実践になっちゃうけど、慣れてくしかないか)


 気を取り直し、先に進む。

 ちなみにエロ本と臭いパジャマで無力化した魔族兵二人は、少しでも発見されるのが遅れるように、近くの部屋のクローゼットの中に放り込んでおいた。

 これ以上持ち歩くのは嫌だったので臭いパジャマはそのままだが、エロ本はまた再利用できないかと思い、一応回収している。

 片手が塞がっているものの、パジャマが無いので先ほどよりは遥かに動きやすい。


(そろそろ、騒ぎを起こしてみるかな)


 このまま隠れていても意味がないので、適度に魔族兵を呼び寄せなければならない。

 幸い、魔族兵の軍服と猫耳ヘアバンドで変装しているので、現行犯を見咎められさえしなければ、魔族兵の振りをすることも可能だ。

 美咲は近くの壁に的を絞った。


「カァウデェ(砕け)アキィ!」


 安全を確認してから魔法を使ったので、魔族語の発音はかなり魔族たちに近い。

 隠れ里での生活では日常会話として魔族語が飛び交っていたし、魔族の街でも魔族語を聞かない時はない。

 そしてこの魔族兵の詰め所でも、魔族兵たちの会話が魔族語で飛び交っている。

 自然と、美咲のヒアリング能力は鍛えられ、それに伴い発音も改善しつつあるのだ。

 大きな音が響き、美咲が少し屈めば通れるくらいの、十分大きな穴が出来上がった。

 だが、予想外に音が大きく、美咲は少し焦る。

 音を立てるのは美咲の思惑通りとはいえ、それで美咲が捌き切れない人数の魔族兵が集まってしまうと、美咲としては少し困る。

 案の定、前後から魔族兵らしき物音が聞こえてくる。


(やっば。囲まれてる)


 逃げられないことを悟った美咲は、腹を括ると一計を案じることにした。

 いかにも攻撃されたかのような悲鳴を上げ、壊した壁とは反対側の壁に寄りかかる。


「何だ、どうした! 何があった!」


「突然、そこの壁が崩れて、壁の向こうに人間が! どうして人間がいるんですか!?」


 美咲は全力で演技をした。


「お前、命令を聞いていなかったのか!? 今、人間が中に侵入してるんだよ! それで、どっちに行った!?」


「こ、こっちです! こっちに行きました!」


 美咲はいかにも混乱してます的な表情を浮かべ、手で指し示す。

 もちろん、嘘っぱちである。


「何!? こっちはもう散々探し回ったはずだぞ!」


「だからこそ、一度探した場所はしばらく探されないと踏んで、そちらへ逃げたのではないでしょうか!」


「なるほど、一理ある! 付いて来い! 俺とお前で探しに行く!」


「えっ!」


 可能ならそのままフェードアウトしたかった美咲の思惑とは裏腹に、魔族兵は美咲に同行を命じてきた。

 思わず硬直した美咲に、魔族兵は怪訝な表情を浮かべる。


「どうした。何故そんなに驚く」


「あ、いえ、まさか私などにそんな大役を仰せられるとは思いもせず……」


 しどろもどろになりながら弁解する美咲に、魔族兵は鼻を鳴らした。


「今は手が足りん。良いから手伝え」


「りょ、了解であります!」


 まさか嫌とは言えず、美咲は表面上は真面目な魔族兵を演じながら、同行を受け入れる。


(ど、どうしよう!? もしかして、私ピンチ!?)


 脳内では思い切り動揺していたけれども。



■ □ ■



 前を走る魔族兵の後を追いかけながら、美咲は焦っていた。


(こ、これ、何とかしないと絶対怪しまれるよね)


 騒ぎを起こしたのは美咲の自演だし、目撃証言も嘘っぱちなので、いくら走ろうとも追いつけるはずがない。

 今はまだ魔族兵は不審に思っていないようだが、追跡を諦めれば他のことに意識を裂く余裕もでき、美咲が実は人間であることに気付くかもしれない。

 そこまではいかなくとも、普段見ない顔であるのは確かなことなので、所属や階級などを尋ねられるかもしれない。

 そんなことになったら、当然ばれるだろう。魔族兵の階級とか所属など、美咲は全く知らないのだ。

 なので、美咲はばれる前に行動に出ることにした。


「あのっ!」


「何だ!?」


 思い切って美咲が声をかけると、魔族兵は前を向いて走ったまま返事を返してくる。


「二人で同じところを探すのは非効率ですし、手分けして探した方がいいのではないでしょうか!」


「確かに一理あるな! 俺はいったん戻って手前の部屋から探す! お前は奥から探せ! 相手は人間だが、油断するなよ!」


「了解いたしました! ご武運を!」


「お前の方こそ!」


 若干本当に魔族になったような気分になりながら受け答えしているので、美咲の演技は中々堂に入っている。

 疑うことなく、魔族兵は美咲の提案を飲んだ。

 魔族兵と別れ、自由になった美咲は、言われた通り一番奥の部屋から探索を開始する。

 しかし、もちろん目的は侵入者の捜索などではない。

 というか、侵入者は美咲自身である。

 本当に美咲が探す必要はないものの、一応探している形は作らなければならない。

 その方が、魔族兵たちの目にも不審には映りにくい。

 今後のことを考えれば、あまり不自然な態度は自重しておいた方がいいだろう。

 廊下が行き止まりになり、その行き止まりに面した部屋に、美咲は入ることにした。


(まずはここね……!)


 まずは扉をノック。

 追われる身なのだから、普通はノックなどしない方がいいけれども、今の美咲は軍服と猫耳で魔族兵に扮している状態である。

 不審者丸出しな態度で忍んでいるより、むしろ堂々としていた方がいい。

 部屋をノックしても反応が無く、何かが動いたような物音もしないので、誰もいないと判断した美咲は、ドアノブに手をかけた。

 鍵が掛かっていることもなく、手応えを感じさせずに部屋の扉が開く。

 無意識に左手で勇者の剣の鞘を掴み、身構えながら美咲は侵入し、素早く部屋の中を見回して誰もいないことを確認する。

 とはいえ本当に兵士というわけでもない美咲だから、美咲自身にはクリアリング能力など無い。

 本当に侵入者がいて部屋に隠れていても、美咲に見つけられるかどうかは怪しい。

 それでも部屋を探索するのは、役立つものが無いか探すためである。

 エロ本やパジャマでも魔族兵たちの不意をつくのに役立ったのだから、何が必要になるか分からない。美咲は使えそうなものなら何でも使うつもりだった。


(寝室ではないわね。本棚がいっぱいあるし、図書室かしら。あ、財布発見。忘れたのかな。無用心だけど。どれどれ、中身は……治癒紙幣があるわね。全部貰っときましょ)


 誰かの忘れ物らしい財布から金を全て抜き取るという悪魔の所業をする美咲だが、もちろん金目当てというわけではない。

 美咲には効果は無いものの、治癒紙幣は回復アイテムとして使えるのだ。

 名前の通り、紙幣自身に治癒魔法が魔族文字で刻まれているのである。

 その治癒紙幣こそが、紙幣の価値だと言っていいほどだ。

 勿論高額紙幣ほど、治癒魔法の効力も大きい。

 残念なことに、美咲の体質には効かないので、美咲本人の傷を癒すことはできない。

 相変わらず美咲には負傷に対する治癒手段が傷薬による治療しかないのが辛いところだ。

 それでも、発動そのものは無効化されないので、他人に使うことはできる。

 これは、美咲の魔法無効化能力が、魔族文字が刻まれたものへは効かないという理由があるからである。

 要は、死出の呪刻と同じ理屈だ。

 魔族文字で刻まれた死出の呪刻は、対象が美咲であっても、発動して刻まれた本人である美咲を殺す。

 同じように、治癒紙幣も回復魔法を発動してその役目を終える。

 共通するのは、美咲の能力では発動そのものを防ぐことはできず、発動した媒体の変化も抑えることができないという点だ。

 一見万能にも思える魔法無効化能力だが、案外穴も多い。


(まあ、それを差し引いても魔法が効かないっていうアドバンテージは凄いから、仕方ないけどね)


 良くも悪くも長所短所がはっきりしている己の体質に苦笑しつつ、美咲は部屋の探索を切り上げた。

 治癒紙幣の他に、見つけたものは特に無い。

 本が沢山あるものの、美咲には魔族文字が読めないので無用の長物だ。せいぜい着火剤代わりくらいしか使い道が無い。

 次の部屋に移る。

 どうやら美咲がいる辺りは魔族兵の寝室からは離れているようだ。

 次の部屋は、何かの倉庫のようだった。

 何に使うかも分からない雑多な品物が積まれている。

 探せば何か見つかるかもしれないものの、あまり時間をかけてもいられない。


(そろそろまた騒ぎを起こすべきかな)


 ずっと動きが無いのも不自然なので、適度に演出が必要だ。幸い倉庫となっている部屋は死角が多く、言い訳はし易い。

 突然現れた不審者と交戦し、敗北して倒れ、物音を立てても問題は無い。

 行動に移す前に、念のためもう一度部屋の探索をする。


(一応、使えそうなのはあるんだよね)


 美咲の目に留まったのは、倉庫の隅で埃を被っている長柄だった。

 柄の先には大きな鉄の塊がついている。

 早い話が、ハンマーが置いてあった。


(こんなので殴られたら、絶対昏倒しそう)


 試しに美咲が持ってみたら、重くて美咲の腕が震えるくらいだ。

 魔族兵を攻撃すれば、確実に意識を刈り取れるだろう。

 勇者の剣でもいいが、殺さずに気絶させるという目的では使いにくい。

 大立ち回りがあったかのように、適当に倉庫の中を荒らし、美咲は再び魔法で音を立てて床に蹲り、魔族兵が来るのを待った。

 侵入者を発見し戦闘になったが敗北したという設定である。

 しばらくして、足音が近付いてきた。


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