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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:救出作戦5

 改めて、手に入れた品物の使い道を吟味する。

 軍服は変装用だ。使い方次第では、魔族軍兵士に見つかっても誤魔化すことが出来るかもしれない。

 本はエロ本だった。エロ本の使い道がまるで分からない。


(……この状況で、エロ本をどう役立てろっていうのよ)


 しかも、エロ本はエロ本でも、おそらく魔族限定のエロ本である。

 人間である美咲にとっては二足歩行の動物たちの交尾姿が載っているアニマルブックでしかない。

 エルナやミルデのような人間寄りの姿の魔族ならともかく、魔族の中には顔が完全に人外な場合だって多いのだ。あのブランディールも然り。


(魔族なら、こんなエロ本でも興味を持つのかしら。隠してあったってことは、一応大事なものなのよね。要らないなら捨てるだろうし)


 発見されていない場合に限るだろうけれど、廊下に置いておけば魔族兵たちの注意を引き付けられるかもしれない。

 なまじ堂々と置いておくようなものでないから、余計に。


(使い道次第……だといいなぁ)


 多少願望を篭めつつ、美咲はエロ本の使い道を決めた。

 次はパジャマである。

 これは男物だ。嗅いでみると、強烈な獣臭が美咲の鼻腔を直撃した。臭い。


「おえぇ」


 思わずパジャマを放り投げ、悪臭を堪える。

 涙目になりながら、美咲は床に落ちたパジャマに目を向けた。


(何だろう、これ。加齢臭と野生動物の臭いを足して二で割ったような……)


 悪臭を放つパジャマから、美咲は心持ち距離を取る。

 このパジャマこそ、エロ本以上に使い道が無いかもしれない。

 それでも、せっかく手に入れたのだから、何とか使い道を見出したい。


(臭いが凄いから、上から被せでもしたら不意打ちになるかしら)


 何しろ、美咲でさえ身体が硬直するほどの臭いだ。もし魔族兵が鼻が利くタイプだったら、文字通り卒倒してくれるかもしれない。

 残るは、何かの液体が中で揺れるビンである。

 この世界では貴重なガラス製で、その時点で高価なものであることが窺える。


(中に入ってるのは何だろう……)


 開けてみたい誘惑に駆られるものの、もし毒薬だったりしたら後が怖い。

 毒性の強い毒薬だった場合、毒液が皮膚についただけでも危ないからだ。

 実際、元の世界でもそういう毒性が強い毒を備えた動物や植物は存在した。

 それでも、結局は開けてみないと何か分からない。持っているままではただのビンだ。


(探せば説明書があるかもしれないけど、魔族語で書かれてるだろうし、私じゃ読めないよね)


 あまり時間をかけてもいられない。

 怖いが、ちょっとだけ開けてみることにする。

 すぐ栓を締め直せば最悪の事態にはなるまい。

 ちょっとだけ開けてみると、中からは嗅ぎなれていないが、美咲にも馴染みのある匂いがした。


(……これ、香水のビンだ)


 何の香水かまでは分からないものの、結構匂いは強めで、栓を緩めるだけでもうっすらと匂いが立ち上る。

 種類までは分からないものの、花の香りのようだ。

 女性用の軍服といい、この寝室に寝泊りしている魔族兵の中に、女性でも混じっているのだろうか。

 正直男女混合の寝室というのはアレな気がしなくもないのだけれど、魔族は姿形が個人差によってかなり違うから、あまりかけ離れすぎているとそういう間違いは起きようが無いのかもしれない。


(この香水はどう使えばいいんだろ。体臭を誤魔化す? でも、それが必要になることってあるのかな……?)


 考えてみるものの、これといってピンとくる使い道は思いつかない。


(まあ、これから先何が起こるか分からないし、選択肢は多い方がいいから、一応持っていこうか)


 悩みつつも、美咲はこの香水も何とかして役立てることに決めた。

 どちらにしろ、あると無いとでは、ある方がいいだろう。美咲がまだ思いついていないだけで、実は有用な可能性もある。

 美咲は改めて、自分の持ち物を確認した。

 服装は簡素な麻の服のみ。奴隷という建前なので、いつもの装備はミーヤに預けているのだ。

 当然勇者の剣も持たず、丸腰である。

 不安だけれど仕方ない。

 当然道具袋も無いので、今の美咲が持っていけるのは軍服と、エロ本と、パジャマと、香水である。

 酷いラインナップだ。


(全部は嵩張るから持っていけないな。軍服は着ていけばいいか。香水はつけておけばいいし。……問題は、残りの二つね)


 美咲は心底嫌そうな表情で、エロ本とパジャマを見下ろした。

 エロ本はまだいい。魔族にとってはエロ本でも、美咲にしてみればちょっと変わった二足歩行する動物の交尾絵集でしかない。

 問題はパジャマだ。臭過ぎるので持ち歩きたくない。


(香水で臭いが消えるか試してみる? いやでも、この臭いだからこそ役立つかもしれないし……)


 げんなりしながら、美咲はパジャマを持っていくことにした。

 軍服に着替え、香水をつけ、香水のビンを軍服のポケットに入れる。

 そして両手に持つのはエロ本と、悪臭を放つパジャマ。

 持ち運びしやすいように畳んでみたが、気休めにもならない。


(早めに手放したいなぁ。このパジャマ)


 臭いに辟易しつつ、美咲は部屋を出た。



■ □ ■



 なるべく足音を立てないよう注意しながら廊下を進む。


(地図が無いっていうのはやっぱり不便ね。マッピングする道具もないし。どこにあるんだろう)


 探しているのは階段だ。

 魔族兵に追いかけられて美咲が飛び込んだ部屋は二階にあった。屋上から忍び込んだミルデとアレックスたちよりも、先行してしまっている可能性もある。

 そのため、美咲はまず下に降りる階段を見つけて、階段から遠い場所でもう一度騒ぎを起こし、魔族兵たちの目を引き付けるつもりだ。

 少しでも、ミルデとアレックスを動きやすくさせるために。


(私の役目は陽動。私がどれだけ時間を稼げば、それだけミルデさんたちに向けられる目は少なくなる)


 広い建物とはいえ、建物なのでどこまでも広いわけではない。

 地の利は無いが、歩き回ればそれなりに間取りは頭に入っていく。


(二階の半分くらいはもう見て回ったかな。これで階段が見つからないとなると、反対側か)


 一応外に続いている非常階段は見つけていたが、金属製で足音がよく響くうえに、外から見て目立つため選択肢から除外した。

 ミルデとアレックスがこの非常階段を使う可能性は極めて低い。

 見つけてくれと言っているようなものだからだ。

 とはいえ、それはあくまで美咲たちが追われる側の侵入者という立場だからで、逆に魔族兵たちは躊躇無くこの非常階段を使って回り込んでくるだろう。

 建物のつくりからして、魔族兵の詰め所はそれ自体が篭城を想定しているのが分かる。

 階段は一箇所に纏まっておらず、二階だけに限定しても美咲は上り階段は見つけているが、下り階段は見つけていない。

 上り階段は大体建物の真ん中辺りにあり、美咲はそこから半分を探索し終えた。

 ならば、自然と下り階段は残りの半分の未探索地帯にあることになる。美咲が魔族兵たちの目を引き付ければ、ミルデとアレックスは一気に地下一階まで降りることが出来るだろう。


(見つかったら何処に逃げればいいかも大体分かってきたし、そろそろ動こうか。いい加減邪魔になってる手荷物を有効活用しよう)


 今までは地理が不明瞭だったので、魔族兵たちを見かけても遣り過ごすことに徹してきたが、もう隠れ続ける必要は無い。


(エロ本は、廊下に置いておこう。パジャマの方はもう一度広げて、と。……やっぱり臭い)


 特徴的な臭いに辟易しつつも、美咲はエロ本をいかにも誰かが落としたかのように廊下の真ん中に放り、自分はパジャマを手に物陰に隠れる。

 後は魔族兵が通りかかるのを待つだけである。

 しばらくして、美咲の予想通り魔族兵がやってきた。


(二人か。まあ、何とかなる範囲内かな)


 ペアを組んで行動している魔族兵を見て、美咲はため息を一つつく。

 単独行動しているのを期待していたものの、やはりそう上手くはいかないらしい。

 幸いエロ本とパジャマがあるので、両方の気を一時的に逸らすことは難しくない。


「ん? 何だあれ」


 一人が早速エロ本に気付き、声を上げた。


「本みたいだな。何の本だ」


 もう一人も遅れてエロ本を発見し、同僚と一緒に訝しげな表情を浮かべる。

 どちらも本に注意を向けながらも、回りへの一定の警戒を怠っていない。

 まあ、当然だ。屋内に美咲が侵入しているのは知れ渡っているのだから、どこかに潜んでいると考えるのは自明の理。警戒振りも頷ける話である。

 だが、本がエロ本であることまではまだ気付いていないらしい。

 実際美咲が拾ったエロ本は、表紙だけでは普通の本に見えるので無理もない。

 持ち主はフェイクのつもりなのか、表紙と中身が違うのだ。表紙だけはどうも、小難しい何かの学術書のように思える。

 もっとも、当然書かれている文字は魔族文字なので、美咲は読むことが出来ず、その多くは美咲の想像でしかないのだけれども。

 慎重に、魔族兵の一人がエロ本を拾い上げた。

 何気なくページを開いて、その動きが停止する。


「……どうした?」


「い、いや、何でもない。俺はちょっとこの本が何の本なのか調べる。周りの警戒を頼むぞ」


 同僚の怪訝そうな声の疑問にあからさまな取り繕い笑顔で答えた魔族兵は、鼻の下を伸ばしながらエロ本を夢中になって読み耽り始めた。


(男って……男って……)


 見事美咲の思い通り、良い方向に転がっていったにも関わらず、美咲は凄く複雑な気分を抱いた。


「調べるって、お前な。……やれやれ、早くしろよ」


 もう一人の同僚も呆れており、肩を竦めると回りに目を向け始める。

 とはいえ、完全に一人はエロ本に注意が行っているし、一人だけなら接近するのは難しくない。

 美咲は見張りの目を掻い潜って、二人の魔族兵に接近した。

 エロ本を読み耽る魔族兵を無視し、もう一人に的を絞って、背後からパジャマを頭に被せる。

 頭に被せたことで、魔族兵の口と鼻は塞がれた。


「うごごっごご!」


 当然魔族兵はもがくが、エロ本を読むもう一人の魔族兵は同僚の危機に気付いた様子は無い。


(口を塞いでおいてよかった。よし、このまま少し離れて……)


 あまりの臭さに当てられてショックを起こしたのか、痙攣する魔族兵から離れ、美咲はもう一度身を隠す。

 パジャマを頭に被せられた魔族兵が倒れ、ようやくエロ本を読んでいた魔族兵が気付く。


「あれっ。おい、どうした」


 その間に、美咲はもう一人の魔族兵の背後に移動していた。

 手にはパジャマ。

 最初に使ったのは上半分。これから使うのは下半分である。

 下半分はズボン型である。つまり、二股に分かれている。

 美咲は素早く、パジャマのズボンを背後から魔族兵の首に巻きつけ、思い切り締め上げた。


(落ちろ、落ちろ、落ちろ……!)


 数秒間の抵抗の後、魔族兵の身体から力が抜けた。


(し、死んでないよね?)


 念のため脈拍を確認し、ホッと一息。

 最初のパジャマの犠牲になった魔族兵は、パジャマを頭に被せられたまま完全に気絶していた。

 どうやら余程臭かったらしい。もしかしたら人一倍嗅覚が鋭かったのかもしれない。

 二人の懐を漁ると、何故かエロ本を読んでいた魔族兵が猫耳ヘアバンドを隠し持っていた。


(何持ち歩いてるのよこの人……)


 ありがたく頂戴しながらも、美咲は若干引いた。


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