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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:救出作戦4

 騒ぎ立てる魔族兵の声を聞きつけ、魔族兵のおかわりがやってきた。


「人間だ! 捕まえろ!」


 新たにやってきた魔族兵は五人。最初の二人を含め、これで七人が揃ったことになる。

 単純に考えて、七対一。勝てるわけがない。


「三十六計逃げるに如かず!」


「逃げたぞ! 追えー!」


 即座に身を翻した美咲を、七人の魔族兵が追いかけ始めた。


(ひぃーっ! 命懸けの鬼ごっこだわ!)


 美咲は逃げながら、心の中で泣き言を漏らす。

 何しろ、魔族兵は七人とも武装している上に、魔法を使うのだ。

 軍に所属する兵士なのだから、武装しているのは当然だ。

 剣を抜いたのが四人、槍を構えたのが三人。飛び道具がないことだけが救いか。

 でも、魔族は皆魔法を使うので、全く油断はできない。


「フゥオヌウ(炎よ)ォユ!」


「クゥオウォロ(氷よ)ォイユ!」


 背後からの魔法を、美咲は前を向いたまま思い切り横に飛ぶことで避けた。

 同時にフェアが吃驚して美咲の頭の上から飛び上がった。

 先ほどまで美咲とフェアがいた空間を、炎の帯と氷の礫が通り過ぎていく。


「……っ!」


 間一髪だったことに肝を冷やしながらも、着地と同時に転がって距離を稼ぎつつ、美咲はすぐに立ち上がってまた走り出す。

 無様な動き方だが、仕方ない。

 跳躍はどうしても着地時に踏ん張る必要があるため、動きが一瞬止まってしまい隙が出来てしまうのだ。

 隙を消すには、踏ん張らずに勢いを殺さず慣性に逆らわず動き続けるしかない。


(い、今のは良い判断だったかも!)


 自分で自分を自画自賛しつつ走っていると、再び美咲の頭上にフェアが降りてくる。


「♪」


 フェアの言葉は分からない美咲にも、何となく彼女が楽しそうにしている雰囲気が伝わってきた。


「気楽そうで、いいわね、アンタは!」


 走っているので途切れ途切れになりつつも、美咲は引き攣った表情で毒づく。

 逃げ続けていると、背後から魔族兵たちの嫌な声が聞こえてきた。


「エァソォイクゥオソコ(足腰強化)ュオアゥケェ!」


「スゥオアゥロォイュオカァ(走力増強)ウズアコュオア!」


(強化魔法……!)


 美咲が顔色を青くするのと同時に、美咲を追いかける魔族兵のうち、先頭の二人の走る速度が目に見えて上がった。

 武器の重量がほぼ無い分身軽な美咲へと、ぐんぐん追い縋っていく。

 完全武装しているのにも関わらずだ。


(何とかしないと追いつかれる……!)


 走りながら、美咲は素早く辺りを見回す。

 真夜中のため細部までは暗闇に紛れて分からないものの、幸い地面は見える。

 地面は石畳で舗装されておらず、土を踏み固めただけのようだ。

 しかも、乾燥しているからか、土というより砂地のようになっている。

 元の世界の学校の、校庭のような地面が一番イメージとしては近い。


(これなら!)


 走る途中で強く地面を踏み締めて急制動をかけ、反転して魔族兵たちに向き直る。

 どうせ走り続けても逃げ切れない。

 ならば魔族語を唱えるには不安定なまま走り続けるよりも、立ち止まってしっかりと詠唱した方がいいと判断したのだ。


「サァウネェ(砂よ)アユゥ! メェアイ(舞え)ェ!」


 行ったことは単純だ。

 地面の砂を、盛大に巻き上げて、魔族兵の進路上目掛けて撃ち込んだだけ。

 殺傷力など無い。元より魔族兵たちは武装しているのだ。

 砂の礫を受けたところで、痛くも痒くもない。

 そんなことは、美咲とて承知の上だ。

 魔法を使った美咲の狙いは他にある。


「目がぁ! 目がぁ!」


「ちくしょう、何も見えない!」


 先頭を走る強化魔法を使った二人の魔族兵が、顔面に砂をまともに受けて、もつれるように転んだ。

 追いつかれると踏んだ美咲は、視界を奪うことで強化魔法に対処したのだ。


(良し、上手くいった!)


 内心思い切りガッツポーズを取りながら、美咲はすぐさま踵を返して逃走を再開する。

 これで追っ手七人のうち、二人は脱落した。残りは五人だ。

 しかし、そうは問屋が下ろさない。

 地の利は魔族兵が圧倒的に有利なのだ。それに、街にいる魔族兵がたった七名な訳がない。

 進もうとしていた道には、既に何人もの魔族兵が先回りしていた。

 あれだけ騒ぎを起こしたのだ。

 全方向から魔族兵がやってくるに決まっている。


「ケェアジィ(風よ)エユゥ、ヘェアジィエ(爆ぜよ)ユゥ!」


 前方を塞ぐ魔族兵に気付いた美咲は、すぐさま魔族語を唱え、自分の足元で風を弾けさせた。

 同時に猛烈な上昇気流が巻き起こり、美咲を宙へと吸い上げる。

 身体が回転して目まぐるしく動く視界の中、美咲は再び魔族語を叫んだ。


「ムゥオアゥオィト(もう一度)ォイダァ、ユゥオクケェ(横から)アレ!」


 再び風が美咲を殴り飛ばし、野球でバッターに打たれたボールのように、美咲は勢い良く横に飛ぶ。

 その先には、木製の鎧戸が下ろされた窓がある。

 美咲はそのまま木製の鎧戸を突き破り、魔族兵詰め所の中に突入した。

 衝撃は計り知れない。

 魔法によるダメージを全て遡って無効化する美咲でなければ、間違いなく全身打撲で死んでいるだろう。


「大変だ! 人間が中に入ったぞ!」


 慌てる魔族兵たちの声を背に、素早く身体を起こした美咲は、今度は屋内を走り出した。



■ □ ■



 魔族兵の詰め所である建物の中に侵入した美咲は、素早く目に付いた部屋の中に入り、誰もいないことを確認すると、目に付いたクローゼットの中に入り込んだ。

 走り続けていい加減息が切れてきている。

 そろそろ休憩が必要だった。

 幸い美咲はこの部屋に入るところを誰かに見られたわけではないし、屋内に侵入してからまだ誰にも会っていないので、しばらくの間は見つかる心配が低い。


(さて。これからどうしよう?)


 狭いクローゼットの中、僅かに窺える部屋の様子を眺め、魔族兵がやってくるのを警戒しながら、美咲は次の行動を考える。

 囲まれて逃げ切れなかったから咄嗟に屋内に飛び込んだものの、はっきり言って状況は良くない。

 ただでさえ外で大立ち回りをしていたのに、木製とはいえ鎧戸を突き破ったことで大きな音を立てている。

 当然、魔族兵たちは今度は詰め所内の警戒を行うだろう。

 それは同時に、美咲が陽動に回っているうちに忍び込んでいたはずのミルデとアレックスが発見される可能性が増したことを意味する。

 美咲自身に傷が無いことだけが救いだ。


(あまりゆっくりしてもいられないよね。ミルデさんたちのためにも、また騒ぎを起こして目立って、私が目を引き付けないと)


 気息を整えながら、美咲は額に浮かんだ汗を腕で拭った。

 激しく動き続けたことで、それなりに体力を消耗している。

 今すぐ動きたいのは山々だが、もう少し休む必要がありそうだ。

 とはいえいつまでも安全なクローゼットの中に引きこもっているわけにもいかない。

 自分が動かないと、その分ミルデたちに負担が掛かる。

 幸い、美咲が追われているのは魔族兵だ。

 発見されても、この狭い屋内では大量の兵を並べられない。

 自然と少人数での戦いになるだろう。

 外の時ほど、数的不利を背負わなくて済むのは有り難い。


(それにしても、クローゼットの中が安全地帯とか……。ホラーゲームか何かかな?)


 現状を元の世界のゲームと重ね合わせてしまい、美咲はついくすりと笑みを零した。

 さてそろそろ息も整ってきた。いい加減動き出す頃合だ。


(よし。じゃあ、またいっちょやりますか)


 後ろ髪を引かれる思いを振り切って、クローゼットから出る。

 出来るなら一生引きこもっていたい。

 ホラーゲームであれば間違いなくそう思っただろうし、美咲も篭城を決め込むだろうが、幸いと言って良いのか生憎というべきか、美咲が今直面しているのは現実だ。

 異世界に飛ばされ、魔王退治の旅に放り出され、紆余曲折を経てこんな魔族の街中で、それも魔族兵の詰め所で逃げ回っている。


(自分で言うのも何だけれど……まるで意味が分からないわね)


 荒唐無稽な現状に、思わず乾いた笑いが漏れた。

 そのまま、改めて部屋の中を見回す。

 部屋に入ったばかりの頃も、クローゼットに隠れていた時も、それどころではなかったのだ。

 クローゼットがあるこの部屋は、どうやら魔族兵の寝室の一つらしい。

 二段式のベッドが四つあることから、どうやら魔族兵八人が寝泊りしているようだ。

 テーブルも椅子も無く、本当に寝るくらいしか出来なさそうなのだが、クローゼットがあることから着替えくらいは行えるらしい。

 ちなみにクローゼットの中には魔族兵のものらしい軍服がかけられていた。


(……これで変装できないかな?)


 一瞬そんな考えが頭を過ぎるものの、すぐに美咲は自分でその考えを却下する。

 これから再び陽動を起こすべく動こうとしている自分が、変装して隠密性を高めてどうしようというのか。


(あ、騒ぎを起こした後でも逃げるのには役に立つか)


 わざと一度発見されて、着替えて魔族兵の振りをすれば魔族兵の目を欺くことが出来るだろう。

 問題は、美咲の容姿だ。


(人外な見た目が多いからなぁ。着替えるだけじゃバレバレだし、もう一工夫しないと)


 魔族の中にはナマズやエビが直立二足歩行をしているとしか思えない奇怪な容姿をしている者から、ミルデのような半人半鳥のハーピーみたいな者、エルナのように耳だけが違う者など、かなり人外度に個人差がある。

 せめて、エルナと同じくらいに見える程度には取り繕わないと、魔族兵の軍服を着ていても違和感しかないだろう。


(でも、化けるにしても方法が無いのよね……)


 せめて動物の耳のカチューシャでもあればいいのだけれど、生憎そんなものが魔族兵の詰め所に転がっているわけが無い。


(一応、部屋の中を探索してみようか。それで駄目だったら、もう出たとこ勝負よ)


 幸いと言って良いのか、部屋の中にはベッドの上などに、いくつか魔族兵の私物らしきものが転がっている。

 美咲はまず、それらを拾い集めて何が出来るか考えることにした。

 クローゼットから軍服を、ベッドの下から本を、ベッドの上からパジャマを、道具袋の中から何かの液体が入ったビンを、それぞれ失敬する。


(……さて、これらをどう使おう)


 軍服は魔族兵に化けるのに使える。

 サイズの心配があるものの、幸い軍服は女物で、美咲も問題なく着れそうだ。


(此処で寝泊りしてる魔族兵って、女性の人たちなのかな)


 女物の軍服があるくらいなので、美咲はそう当たりをつける。

 というか、これで男部屋だったら女物の軍服がある意味が分からない。

 何に使うのだろうか。

 逸れかけた思考を元に戻す。


(この本、何の本なんだろう。二段ベッドの下とか変な場所に置いてあったけど)


 表紙を見ても、美咲には分からない。

 日本語で書かれていないのだ。当たり前である。


(多分、魔族語かな)


 魔族兵の私物なのだから、まさか人間の文字で書かれた本ではあるまい。

 何気なくページを開くと、文字ではなく絵が描かれていた。

 猫耳と猫尻尾を備えた、猫顔の魔族の裸体絵である。

 全身が毛皮に覆われていて、もふもふで撫でたら気持ち良さそうだ。

 いわゆる雌豹のポーズを取っている。猫顔なので分かり辛いが、多分艶かしい表情なのだろう。


「もしかしてこれ、エロ本なのかな……」


 本の内容を察した美咲は、物凄く微妙な気分になって思わず呟いた。


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