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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:救出作戦2

 美咲たちの計画は、いきなり頓挫した。


「おいおい、こんな奴隷が魔将を倒した本人だと? 馬鹿も休み休み言え」


 出頭した美咲だったが、信じてもらえずに塩対応で魔族兵の詰め所を追い出される。


「……上手くいくと思ったのに」


 落ち込む美咲の横で、アレックスがため息をつく。


「まあ、無理もないな。いくら何でも若過ぎる。見た目からして弱そうだしな」


 呆れ顔で失礼なことを言うアレックスを、美咲は睨んだ。


「まさか信じてもらえないとはねぇ。アレックスは信じてくれたんだけど」


 腕を組んで思案するミルデへ、アレックスはちらちらと視線を向ける。


「お前が嘘をつくとも思えんからな」


 むっつりとした表情のアレックスだが、やたらミルデを気にかける態度からは、見るからに好意が透けて見える。


「信頼してるんですね」


 半眼になった美咲の呟きを聞きつけ、アレックスは胸を張る。


「当たり前だ。幼馴染だぞ」


 やたらと幼馴染であることを強調するアレックスを他所に、ミルデは当初の手段が失敗したことで、計画の修正を始める。


「どうしようかしら。隠れ里に行けば証拠はいくらでもあるけど、まさか連れて行って見せるわけにもいかないし」


「隠れ里に蜥蜴魔将の竜が居るなら、この街に連れてくればいいんじゃないのか」


 アレックスの提案を、ミルデは首を横に振って否定した。


「戻るのに往復で二日はかかるわ。件の子どもが処刑されるまでに戻れないわよ」


 実際に、ミルデの言う通り、美咲、ミーヤ、ミルデの三人は、この魔族の街に来るまでの間、途中の小屋で一夜を明かしている。

 隠れ里を覆う森は深く、一日では抜けられない。

 夜中も歩き詰めれば抜けられるかもしれないものの、真夜中の森は危険だ。

 単純に視界が悪くなるし、森に生息する魔物たちも殆どが活発化する。

 だから、余程のことが無い限りは夜の間は動かないのが普通だし、そのために美咲たちが泊まったあの小屋だって存在している。


「……こうなったら、私、忍び込んでみます」


「無茶を言うな。見つかったらただじゃ済まんぞ。第一、運よく忍び込めたと仮定しても、お前一人でその後どうする気だ」


「う……」


 具体的な方法をこれから考えるつもりだった美咲は、アレックスの指摘に答えることが出来ず、口篭る。


「意外と悪くないかもしれないわね」


「お前まで何を言い出すんだ!」


 突然美咲の思いつきに賛成し出したミルデに、アレックスがぎょっとした顔を向ける。


「信じて貰えなかったのって、美咲ちゃんがそれらしく見えないからよ。奴隷っぽく装ったのが仇になったわ。もっと、いかにも強そうに見えるようにした方が説得力があるかも」


 美咲はハッとした表情でミルデを見上げる。

 ミルデの言う通り、武器防具を取られたくなくて脱いだのが逆効果だった可能性にようやく気付いたのだ。


「じゃあ、元の格好に戻れば信じてもらえますかね」


「さすがに着替えての二度目の出頭は怪しまれるぞ。同じ手は使えん」


 当然といえば当然の指摘をアレックスが行う。

 少し考えれば当たり前のことなので、ミルデも美咲も反論はしない。


「となると、やっぱり忍び込むしかなさそうね」


 改めて美咲の提案である潜入を支持するミルデに、アレックスは胡乱な目を向ける


「完全に行き当たりばったりだな。しかし俺たちが連行していた場面は見られているぞ。どう言い繕うつもりだ」


「逃げられたことにするわ。それで、本来美咲ちゃんのものだった装備も、対外的には私の私物を美咲ちゃんが盗んだことにする」


 いつの間にやら所有権を奪い取られた形になった美咲は、半眼でミルデとアレックスを睨んだ。


「元々私のものなんですけど……」


 苦笑したミルデは、美咲を説き伏せた。


「あくまで対外的に、よ。こうしておけば、万が一美咲ちゃんが捕まって没収されても、美咲ちゃんの装備は私の手元に戻ってくる。だから美咲ちゃんさえ無事なら問題ないもの」


「確かに。良い考えかもしれんな。で、どうする。やるのはお前だぞ、美咲」


 アレックスが美咲に決断を促してくる。

 最初は人間としてしか見ていなかったアレックスも、美咲を個人として捉え始めていた。

 これは、ミルデが美咲のことを好んでいるせいもあるかもしれない。


「美咲ちゃん一人じゃ不安だわ。私も手伝ってあげる」


 ミルデの申し出に、アレックスが目を剥いた。


「おい、ミルデ! 何を言い出すんだ。危険過ぎる!」


「ならアレックスは先に帰ってていいわよ」


 引き止めようとするアレックスに、ミルデはつれない態度を取る。

 これ以上にないくらい苦い表情になったアレックスは、がりがりと頭をかきむしると真剣な表情でミルデに申し出た。


「そういうわけにも行くまい。仕方ない。俺もついていってやる」


「いいの?」


 まさかついてきてくれるとは思っていなかったのか、ミルデが目を丸くした。


「良くはないが、心変わりするつもりはないだろう」


「ありがとう、アレックス」


 ミルデがアレックスに微笑みを向けた。

 思わずアレックスがミルデの微笑に見惚れる一方で、美咲は唇を引き結んでアレックスを見上げた。


「……アレックスさんは、ここでの暮らしがあるんじゃないですか? もし失敗したら、全部失っちゃいますよ。だから、アレックスさんは待っていてください」


 夢見心地だったアレックスは、美咲の声にハッとした顔になり、表情を険しくした。


「ええい、そんなことは協力を決めた時点で百も承知だ! でなければ端から人間であるお前に協力などするものか!」


 どうやらかけた言葉は完全に蛇足だったようで、美咲はアレックスを不機嫌にさせてしまった。

 美咲に指を突きつけ、アレックスは語調を強める。


「この際だからはっきり言うぞ。俺はお前なんかよりミルデの方が大事だ。だからどちらかを取捨選択することになったら迷わずお前を置いていく」


「……構いませんよ。そうしてください。というより、そうしてくれないと怒ります」


 それは、美咲にとって本心だった。

 誰かが自分のために犠牲になるのは、もう真っ平だ。



■ □ ■



 アレックスが言うことには、件の魔族の子どもは魔族兵の詰め所の地下一階にある牢屋に閉じ込められているらしい。

 魔族兵の詰め所は三階建ての石造りの建物で、敷地面積こそ中々広いものの、それほど階層は高くない。


「もっと大きいかと思ってましたけど、これなら結構簡単に忍び込めそうですね」


 僅かに声に喜色を滲ませて美咲が言うと、アレックスはため息をつく。


「まさか、お前は間正直に一階の出入り口から入るつもりか?」


「……いけませんか?」


 きょとんとした表情で美咲が問い返すと、アレックスが頭を抱える。

 苦笑したミルデが美咲を止めた。


「真夜中だし、鍵が掛かってると思うわよ」


「あ」


 よく考えれば当たり前なことに気がついて、美咲は思わず開いた口を手で押さえる。


「なら、どうしましょう」


「まあでも、念のため見て回りましょうか。可能性を一つ一つ潰していくわよ。夜は長いわ。落ち着いて、確実にね」


 ミルデの提案を受け、美咲たちはまず物陰に隠れながら建物の周りを見て回ることにした。


「隠れろ。誰か来る」


 先頭を歩いていたアレックスがミルデと美咲に小さい声で囁き、いち早く建造物の陰に身を隠す。

 ミルデは飛び上がって近くの木の上に逃げ込み、少し遅れて美咲も咄嗟にその場に伏せた。

 やがて、やってきた魔族兵が美咲たちの傍を通り過ぎていく。


(み、見つかりませんように……!)


 完全に姿が見えなくなっているアレックスとミルデとは違い、美咲は伏せているだけなので下を向かれるだけで見えてしまう。

 昼間ならば即見つかっていただろう。

 幸い今は真夜中なので、視界が悪く、伏せているだけでも遠くから見れば誰かが居るとは分からない。

 後は、気がつかれないで通り過ぎてくれることを祈るだけだ。

 やけに心臓の音が大きく聞こえる気がするのは、それだけ美咲が緊張しているからだろうか。

 美咲が伏せているのは道ではなく、少し外れた芝生の中なので、物音さえ立てなければ見つからなさそうだ。

 魔族兵が通り過ぎたのを確認し、アレックスとミルデが美咲が伏せる芝生へとやってくる。

 二人が来たのを確認して、安全だと判断した美咲も身を起こした。


「あれは巡回だな。危ないところだった」


「真夜中なのに、仕事熱心ねぇ」


「感心してる場合じゃないですよ。寿命が縮まるかと思いました」


 死出の呪刻が刻まれている以上、美咲の台詞は洒落にならない。

 魔王を殺さない限りは、呪刻の刻限が完全に美咲の寿命となっているからだ。

 つまり、寿命が縮まるということは、刻限が早まるということでもある。本当に洒落にならない。


「先ほどのように、巡回は遣り過ごしていこう。先に進むぞ」


 アレックスを先頭に、美咲とミルデは忍び込む前の下見を再開する。

 その結果、おおよその巡回パターンを掴むことが出来た。

 同時に、嫌な事実も分かってしまった。

 正面入り口は勿論、裏口も全て施錠されている。例外は巡回の魔族兵が出入りする出入り口だけで、そこも開くのは交代する時だけだ。

 それ以外は締め切っており、鍵は巡回の魔族兵が所持している。


「一階からは忍び込めそうにないですね……」


 思っていたより厳重な警備に、美咲が小さくため息をつく。


「魔族兵を一人捕まえて、鍵を手に入れてみる? 三人でやれば昏倒させられると思うけど」


「出来れば同族に手荒な真似はしたくない。それは最後の手段にしよう」


 やや過激なミルデの提案は、魔族としては常識的なアレックスによって却下された。


「なら、どうするの? 魔法で爆破して強行突破する?」


(それじゃあ完全にテロリストですよ……)


 過激な提案を次々と出すミルデに、美咲はちょっとだけ心の距離を取った。

 そんなことをしたら、騒ぎが大きくなり過ぎて件の子どもの救出どころではなくなるのは確実だ。


「木に登ってみよう。一部、枝がせり出していて二階や三階の窓に張り付ける部分がある。開けられないか試してみる価値はあるかもしれん」


 少し思案したアレックスが提案をし、ミルデが同意した。


「なら私がやるわ。私なら飛べるから、簡単に出来るし」


「頼む。よし、俺たちはミルデが調べている間見張りをするぞ。いいな」


 ミルデに頷きを返したアレックスは、美咲に向き直り、自分と一緒に魔族兵が来ないよう警戒することを告げる。


「分かりました」


 まだアレックスに心を許したわけではない美咲は、やや緊張した面持ちで頷いた。


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