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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:救出作戦1

 方針が決まったので、その準備に取り掛かることになった。

 まずはそれらしく見せるために、縄で美咲の手足を拘束する。


「抵抗の痕が見えないのも不自然かしらね」


 手を後ろに組んだ状態で縛られ、足も両方足首の位置で縛られた美咲を見下ろしながら、ミルデが眉を寄せる。


「この剣は持っていかない方がいいな。不自然だし取り上げられるだけだ」


 勇者の剣を指差して、アレックスが指摘する。


「そうですね。なら置いて行きますか」


 確かに、捕まえたのに武装解除しないのはいかにも怪しいので、美咲はしぶしぶ同意する。

 本音を言えば、勇者の剣を手放すのは凄く心細かったのだけれど、心細くなる理由は得物が無くなるというよりも、ある意味心の支えとなっていた勇者の剣が手元から離れることによる心因性の不安からだったので、我慢するしかない。


「実は、短剣とかも隠し持ってたりするんですけど」


「……全部出せ。どうせ身体検査で発覚するだろうが、後から見つかったのでは心証が違う」


「縛られてて動けないので、漁ってください。エッチなことしないでくださいね」


「……今解いてやる」


 頭痛を堪えているようなしかめっ面で、アレックスが美咲の手の拘束を解いた。

 横ではミルデが笑いを堪えている。


「これで全部です」


 美咲は以前商業都市ラーダンの武器屋で買った短剣をミルデに手渡した。

 投擲用なので、短剣の中でも小振りだ。

 威力は低いけれど、その分軽いので美咲でも扱えるのが魅力の一品だった。


「これ、魔族領に出回っているものじゃないわね」


 短剣を観察したミルデが、目を丸くした。


「分かるんですか? ラーダンで買ったんです」


「ラーダンというと、人族の街か。軍がヴェリートを落とした後はそこを攻める予定だったらしいが、魔将の死亡で御破算になったな」


 アレックスの発言は、美咲の内心を軽くさせた。

 美咲がラーダンに滞在していた期間はそれなりに長く、多少は愛着も沸いている。

 長いとはいっても実際は二週間も経っていないけれど、元の世界に居た頃と比べれば、美咲は密度の長い時間を過ごしている実感がある。


「剣と短剣は、私が預かっておくわね」


「お願いします。あと、防具類はどうしましょうか。結構高価なものもありますし、大切なものもあるので没収されたくはないんですけど」


 武器の管理をミルデに託した美咲は、次いで自分が身につけている鎖帷子や、下に着込んだ加護付きの服をどうするか相談する。


「まあ、このままなら確実に軍に没収されて帰って来ないだろうな」


「……それは、困ります」


 眉を下げる美咲に、アレックスが不思議がる。


「あの剣もそうだったが、やけに拘るな。何か理由があるのか?」


「死んだ仲間の、形見なんです」


 勇者の剣はエルナが自分の命と引き換えにして取り戻してくれたものだし、鎖帷子はルアンが贈ってくれたもので、今となってはルアンの形見と言っても差し支えない。

 加護付きの服もアリシャが買ってくれたもの。そのアリシャも、ヴェリートで美咲たちを逃がす為に戦場の露と消えた。

 その最期を見たわけではないものの、魔王まで現れたことを知った今では、アリシャが生きている可能性は低い。

 そういう意味では、加護付きの服も、アリシャの形見だと言えるかもしれない。

 そして、皆とお揃いで作った、傭兵団の制服。

 これにも加護を縫い込んであるので、美咲の戦闘にも良く耐えている。

 何より、皆との思い出が篭められた一品だ。

 セザリー、テナ、イルマ、ディアナ、ペローネ、イルシャーナ、マリス、システリート、ミシェーラ、ニーチェ、ドーラニア、ユトラ、ラピ、レトワ、アンネル、セニミス、メイリフォア、アヤメ、サナコ。

 全員が揃っていた時に、お揃いの制服を作ったのだ。

 制服を着込み、全員が揃った光景はもう見られない。

 美咲を残して、戦死している。

 ヴェリートから美咲とミーヤを脱出させるため、時間を稼ぐため、全員が命を散らした。

 ルフィミアが生き返ったというのが、せめてもの救いだろうか。


(……気休めにもならない)


 自分で自分の考えに、美咲は苦笑してしまう。

 生き返ったといってもアンデッドとしてで、結局は死霊魔将に囚われてしまっている。

 これでは、ある意味死ぬよりも酷い。


「いっそのこと服から全部着替えて奴隷らしく見せるか。奴隷の中に紛れ込んでいたことにすればいいだろ」


「なるほど。それなら私もそうとは知らなかったって言い逃れが出来るわね」


 ミルデと会話を交わすアレックスは、美咲に向き直ると無表情に告げた。


「よし、全部脱げ。裸になるんだ」


「は?」


 思わず真顔になって聞き返す美咲に、アレックスも真顔のまま続ける。


「武器防具を没収されたくないんだろう。なら着替えるしかない。早く脱げ」


「……せめて、アレックスさんは部屋の外に出て行ってくれませんか?」


「何を言う。ここは俺の家だぞ」


「いえ、そういう意味ではなくてですね。羞恥心の問題で」


「俺を人間相手に欲情するような変態と一緒にするな。鳥肌が立つ」


「だから、そういう問題でもなくてですね」


 アレックスが良くても美咲が恥ずかしいので見ないで欲しいのだが、どうも通じないようだ。


「ここは私に任せて、アレックスはミーヤちゃんのお守りをお願い。退屈そうにしてるし」


 見かねたミルデが割って入り、ちょうど集中力が切れて興味が他に移り始めていたミーヤを押し付けた。


「むう。お前がそういうなら。ここは任せるぞ」


「ミーヤも此処にいる。おじさんは一人で行けばいいよ」


 まだ子どものミーヤの台詞を聞いて、アレックスが絶句する。


「……おじさんだと」


 堪えきれないとでもいうように、ミルデが噴出した。


「ですって。悪いけど、少し外に出て待っててくれる?」


「くそっ。仕方ないな。早くしてくれよ」


 ミルデ直々のお願いとあっては強く反対することも出来ず、アレックスはしぶしぶ部屋から出て行った。


「……あの人、女性は男性に裸を見られるのが恥ずかしいっていうことを知らないんでしょうか。一般常識だと思うんですけど」


 アレックスが出て行ったドアを見つめ、美咲はため息をつく。


「あー、あいつは美咲ちゃんのこと、女性だって見てないから。というか、人間自体を同格として見てないから、そういう機微に疎いのよ。魔族同士ならそうでもないんだけどね」


 苦笑するミルデは、アレックスのフォローをする。

 実際、ミルデに対してならアレックスはこれほどの鈍感振りを見せない。


「まさか、人間のことを男女ではなくて、雄雌で考えていたりとかしませんよね」


「否定できないわ」


「えっ」


 全力で目を逸らすミルデに、美咲は二の句を告げなくなった。



■ □ ■



 夜になった。

 既に日が沈んでからかなりの時間が経っている。

 まだ日付は変わっていないが、十分真夜中と言って良い時間帯だ。


「随分明るいですね……」


 外に出た美咲は、思ったよりも暗闇が薄いことに眉根を寄せる。

 美咲が驚いたのは、魔族の街の夜を照らす街灯の明かりだった。

 ラーダンの街には夜間ずっと点いているような街灯など無く、日が沈めば手元以外見えなくなるようなこともざらにある。

 しかし、この魔族の街の夜は、元の世界の夜ほどではないものの、ラーダンの夜に比べれば遥かに明るい。

 街灯の下を歩けば、光に照らされて、美咲の姿を象った影がはっきりと地面に浮かび上がる。

 今の美咲は、手を縛られた状態で、両脇をミルデとアレックスに固められて歩いている状態だ。

 この場にミーヤは居ない。ペットたちと一緒に、一足先に隠れ里へと戻っている。後で美咲を救出するために、バルトと打ち合わせをする必要があるからだ。

 連絡役として、フェアリーのフェアだけが美咲についている。


「♪」


 美咲の頭の上に、フェアは座って機嫌が良さそうに身体を揺らしている。

 フェアリーは言葉は喋れないようだけれど、代わりに表情が良く動く。今も、緊張して表情が硬い美咲とは対照的に、ニコニコと微笑んでいる。


「夜になる前に、魔法で街灯に明かりをつけるからな。魔族の街は何処もこんなものだ」


 冷静な態度を崩さず答えるアレックスは、最初の頃よりもそれなりに美咲に打ち解け、態度が軟化している。

 ぶっきらぼうなのが相変わらずではあるものの、美咲が口を開いただけで咎めるようなことは無くなった。


「隠れ里にはありませんでしたよね、街灯」


 振り向いてミルデに尋ねると、ミルデは肩を竦めた。


「魔族の数が少ないからね。それに隠れ里だから、あまり明りが目立つようじゃ本末転倒だもの。その代わり、屋内の明りは結構普及してるわよ」


(そういえば、グモの家にもランプが結構あったような……)


 グモのことを思い出すと、美咲はグモに会いたくなった。

 彼との仲も、ルアンと一緒にゴブリンの洞窟を探索して以来だ。

 一ヶ月も経っていない関係とはいえ、それなりに絆は育めていると美咲は思っている。

 十字路に差し掛かったところで、アレックスが足を止めた。

 彼が足を止めたことで、ミルデと美咲も立ち止まる。

 二人を振り返ったアレックスが、指差して道順を示す。


「此処から東に真っ直ぐ行くと、魔族兵の詰め所がある。同じ建物内に牢屋もあるから、件の子どもが囚われているとなれば、そこ以外にはあるまい」


「なら、そろそろ本格的に演技しないといけないわね」


「そういうことだ。よし、服を汚すぞ」


「本当にやるんですか……」


 ミルデとアレックスがなにやら準備を始めたのを見て、美咲はげんなりした。

 今の美咲は、普段の服装ではなく、簡素な麻の服に着替えている。

 これは奴隷らしく見せるためで、さらに抵抗の末に捕まった風に見えるように、趣向を凝らすのだ。

 何とも言えない面持ちで、美咲は自分が来ている服が泥や草の汁で汚されていくのを見守った。


「身体に傷もつけておくか。その方がそれらしく見えるだろ」


「えっ」


 とんでもないことを言い出したアレックスに、美咲は絶句して心持ち距離を取った。

 怖いことを言われて、美咲の顔色が青くなる。


「やるなら軽症で済ませなさいよ」


「どうせ後から魔法で治せばいいだろう。深手の方がそれらしく見える」


「そういうわけにもいかないでしょ」


 異世界人で魔法が効かないという美咲の事情を知っているミルデがアレックスを窘めるものの、事情を知らないアレックスは腑に落ちなさそうだ。


(傷を負わせることそのものは、決定事項なんですね……)


 一応美咲を庇ってくれているミルデではあるが、彼女も美咲に傷を負わせることそのものについては否定していない。


「で、できるだけ優しくお願いします」


 それでも信憑性が増すならそれに越したことはないと思い、美咲はミルデとアレックスの提案を受け入れた。

 ちなみにミルデの言う軽症とは、羽による頬へのビンタだった。

 お陰で美咲の左頬は腫れ上がったが、それだけで済んで内心美咲はホッとした。


「やっぱり、足の一本くらい折っておいた方がいいんじゃないか?」


「止めてください死んでしまいます」


 骨折そのもので死にはしないだろうけれど、間違いなく物凄く痛い。

 手を伸ばしてくるアレックスを、美咲は真顔で止めた。


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