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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:アレックスという男1

 アレックスは相変わらず門兵として働いていた。


「お、今帰りか。案外早かったな」


 再び街に入る手続きをしにきたミルデに、気さくにアレックスが声をかける。

 ちなみに美咲とミーヤは当然のように無視された。

 対外的には奴隷という扱いであるし、二人とも人間なので、魔族の街では仕方ないことではある。


「予定してた成果が得られなくてね。見切りをつけて切り上げてきたのよ」


 澄ました表情で肩を竦めるミルデに、アレックスが苦笑する。


「それは残念だったな。もうちょっと出かけるのが遅ければ、オレも手伝えたんだが」


「あら、そうなの?」


 まさか手伝って貰える可能性があったとは思わなかったミルデが、目を丸くして意外そうな声を上げた。


「もうすぐ交代の時間なんだ。そうすれば身体が空くからな」


 どうやら、アレックスの門兵としての仕事は、もうすぐ上がりらしい。

 ミルデとアレックスのやり取りを見ながら、美咲は密かに拳を握る。


(これは、チャンスかも……)


 何のチャンスかといえば、それは勿論、アレックスに協力を持ちかけるチャンスだ。

 他人に聞かれる可能性がある場所で話をするわけにはいかないので、門からアレックスを連れ出さなければいけないのだが、門兵の仕事が終わったのなら、無理なく行うことが出来る。

 同じ事を考えたのか、ミルデが美咲に振り向いてウインクをした。

 アレックスに向き直ったミルデは、微笑みを浮かべて頼み込む。


「なら、その後でちょっと付き合ってもらってもいいかしら。相談したいことがあるの」


「おう、いいぞ。ここで待つのもなんだし、オレの家で待ってろ。ほら、鍵だ」


 露骨に嬉しそうな表情になったアレックスが、ミルデの頼みを快諾する。

 好意を抱いているのが、傍から見ても分かる表情だ。


「ありがとう。今回は奴隷の子たちも一緒だけど、いいかしら?」


 ミルデの演技は中々で、済まなそうに遠慮がちな態度を取る姿に、不自然な点は見られない。

 もしかしたら、内心では巻き込むことを本当に申し訳なく思っているのかもしれない。


(だとしたら、ごめんなさい。それでも手伝ってくれて、ありがとう)


 口に出すことは今は出来ないが、美咲はミルデに対して強い感謝の念を抱いている。


「構わん。好きにしろ。通っていいぞ」


 どこかウキウキとし始めたアレックスが、ミルデと美咲、ミーヤの通行を許可する。

 門を背にしばらく歩いた後、前を歩くミルデが後ろの美咲とミーヤを振り返ってにっこりと笑った。


「というわけで、さあ行きましょう」


 自慢げな様子のミルデは、事が上手く進んだことに満足そうに笑顔を浮かべている。


「結構簡単に済みましたね。それに、極自然に、ミルデさんを自分の家に上げようとしてましたね、あの人……」


「まあ、私が毎回アレックスの家に泊まってたせいもあるんだけどね」


 お互い顔を見合わせ、美咲とミルデは苦笑し合う。


「ねえねえ、あのおじさんの家って何処にあるの?」


 なまじ悪意が無いだけに、ミーヤのアレックスに対する認識は容赦が無い。

 美咲は引き攣った笑顔で、アレックスをおじさん呼ばわりするミーヤを嗜めた。


「お、おじさん……。ミーヤちゃん、本人の前では言っちゃだめよ」


 きょとんとした表情で美咲を見上げ、ミーヤは可愛らしく小首を傾げた。


「何で?」


 本気で分かっていない様子のミーヤに、美咲の笑顔が固まる。

 確かに、外見年齢が二十代くらいのミルデに比べ、アレックスは老けており、大体三十代くらいの年齢に見える。

 しかし魔族は長生きする種族で、外見と実年齢が一致することは少ない。


「何でって、失礼でしょ?」


「でも、本当のことだよ」


 本当のことでも言わない方がいいこともあるというのを、どうやって言い聞かせようかと美咲が悩んでいると、ミルデがミーヤの頭を撫でた。


「いいのよ。ミーヤちゃんに比べれば、魔族なんて殆どがおじさんとおばさんだものね」


 大人のおおらかさを見せ付けたミルデに対して、ミーヤは笑顔を浮かべた。


「さすが! ミルデおばさん良いこと言うね!」


 ちなみに、ミーヤは悪意があって言っているわけではない。

 ただ思っていることを口にしているだけである。

 それが問題なのだけれど。


「お姉さまとお呼び!」


「ぎゃーす!」


 笑顔のまま額に青筋を浮かべたミルデに頭を叩かれ、ミーヤがミルデに対して威嚇をした。

 ミーヤのペットたちも集まって、ミーヤを取り巻く。


「ぷう!(何? 喧嘩? 喧嘩?)」


「くまくま!(オレ様も混ぜろ!)」


「(暴力反対)」


「(年増はこれだから困る)」


「(これからは私たちみたいな若者の時代)」


「ぴーぴー!(ママに何すんだババア!)」


「ぴーぴー!(私たちで鳥女に反撃よ!)」


「ぴーぴー!(魔物魂を見せてやるぅ!)」


「ぴーぴー!(いっくよー!)」


 何を言っているかは分からないものの、ブーイングのような鳴き声に、良い物ではないことを察したミルデは、にこりと笑うと表情を般若に変えた。


「お黙り!」


 ペットたちは蜘蛛の子を散らすようにミーヤの回りから逃げ出し、美咲を盾に隠れた。

 魔物は基本的に大きいので、かなりはみ出していてほとんど隠れられていないが。


(うわ、ミルデさん強い……)


 事の様子を見守りながら、美咲はあまりしょうもないことでミルデを怒らせないようにしようと誓った。



■ □ ■



 驚いたことに、アレックスの家はミルデの家の隣だった。


「近っ」


 ここまで近所だとは思わず、思わず呟いた美咲にミルデが苦笑する。


「幼馴染だからね。仲が良かったのも、家が近かったせいもあるし」


 鍵を開けて先にアレックス宅に上がったミルデは、振り返って美咲とミーヤを誘った。


「ほら、上がって上がって。私の家じゃないけど、勝手は知ってるから。お茶でも入れて、寛ぎながら家主の帰りを待ちましょ」


「じゃあ、お邪魔します……」


「お邪魔しまーす」


 遠慮がちに家の中に入る美咲とは対照的に、ミーヤは堂々とした態度でミルデに続いた。

 子ども故の遠慮の無さ故か、躊躇いが無い。

 アレックス宅は、この街のミルデの実家と同じく一人暮らしをするには大き過ぎる一軒家だった。

 居間からして広々としたスペースがあり、リビングとダイニングが繋がっている構造をしているだけあって、開放感がある。


「結構広いですね」


 回りを見回して、美咲は自分の世界なら豪邸の居間くらいありそうだと、異世界の一般家屋の広さに舌を巻く思いを抱く。

 元の世界、それも日本のような国土が狭い割に人口が密集しているような国の都市に比べると、この街に限らず、異世界の街の家は基本的に間取りが広く創られている。

 土地自体が有り余っているからであり、外壁さえ拡張してしまえば、いくらでも土地を確保できるため、元の世界のように密集させる必要性が薄いのだ。

 むしろ密集させると火事や魔物の被害が出た時深刻な損害を負いやすいので、わざと広くしている面もある。

 無論、これらは外壁を拡張できることが前提で、それが不可能となると話は別になってくるだろう。


「私の実家もそうだけど、親が建てた家だからね。基本的に、家族全員が暮らすことを想定してたから、それなりに大きいわよ。まあ、私の両親と同じく、アレックスの両親ももう他界しちゃってるけど」


 あっけらかんとした口調で語るミルデではあるけれども、その内容は明るさとは正反対に暗い。


「……戦争、ですか?」


 恐る恐る、遠慮がちに尋ねた美咲へ、ミルデは苦笑を浮かべて答えた。


「そう。人族との戦争ね。美咲ちゃんも分かってると思うけど、魔族は戦闘員非戦闘員の区別が余り無いから、老若男女関係なく兵士として徴用されるわ。基本的に私たち魔族の方が個人の実力は上だから死者は人族の方が多いと思うけど、魔族も無敵ってわけじゃないし、数自体の差はどうしようもない。どうしても損害皆無というわけにはいかないのよ」


 それは、今まで人族側に立って戦っていた美咲には、知り得ることの無かった魔族側の視点での戦争の話だった。

 一方的のように思えていた魔族も、裏では少数精鋭ゆえの苦しさもあったのだ。

 個の強さで勝っている代わりに、総数で劣っている魔族軍に対して、人族軍は個の強さでは負けている代わりに、総数で勝っている。

 ところが個の強さの差を支えていた魔法も人族軍の中に使い手が現れ始め、少しずつ差は縮まり、そして圧倒的な個の強さを誇っていた魔将がもう二人も打ち倒されてしまった。

 一人は言わずと知れた、美咲が死闘を繰り広げた蜥蜴魔将ブランディール。もう一人は、美咲は全く情報を持たない故に詳しいことは知らないものの、美咲がこの世界に召喚されるより前にベルアニア第二王子との一騎打ちに破れ、第二王子の手に掛かって死んでいる。

 ちなみに、その第二王子が美咲が逃げ延びた後ヴェリートを取り戻した人族軍を指揮していた人物であり、今回魔族の領域に攻め込んでミルデの実家があるこの魔族の街を攻めるであろう人族軍を指揮している人物でもあった。


「不幸にも、私やアレックスの両親は、そんな貧乏くじを引いてしまったってわけ。でもまあ私とアレックスが生き延びただけでも感謝しなきゃね」


 苦笑するミルデの表情には、寂しさは浮かんでいるものの、あまり悲しみは感じられない。


「……親と会えないのは、辛くはないんですか?」


「いつかは死ぬものよ。親が子より先に死ぬのは当たり前のこと。それに、つい最近の話じゃないからね。流石に心の整理もつくわ」


 ミルデは両親の死を受け入れ、既に折り合いをつけているようだった。

 そしておそらくは、ミルデの幼馴染であるアレックスも同じなのだろう。

 話を聞いて気になる点は、まだある。


「アレックスさんだけでなく、ミルデさんも従軍経験があるんですか?」


「ええ。両親と一緒にね。私はその時が初陣だったわ。両親が死んだのは、三度目の頃だったかしら。終始私たち魔族側が優勢だったんだけど、戦勝で勢いがつき過ぎて慢心していたところを見事に突かれたの。勝ってると思い込んで進軍した先には人族軍が手薬煉引いて待ち構えていて、背後では伏兵の奇襲、更には敗走してたはずの人族軍も転進、見事に三方向からの同時攻撃で壊滅よ。敵ながら天晴れな采配だったわ」


 女三人の会話に、男の声が混じる。


「そういえば、その戦いの後だったな。お前が、この街を出て隠れ里に居を移したのは」


 家の主、アレックスが帰宅したのだ。


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