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美咲の剣  作者: きりん
二章 魔物の脅威
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八日目:ゴブリンの巣壊滅作戦5

 ルアンの実力には確かな土台があった。

 身分が貴族であるルアンは、当然のこととして各分野に専門の家庭教師がついている。

 学問や社交マナーなどはもちろん武術ですらも例外ではなく、中でもルアンは剣術と槍術、馬術が得意だった。

 弓術も学んでいるものの、あまり才能が無く上達に関しては早々に見切りをつけている。

 この世界では、貴族は騎士として戦場に出ることが多い。

 ましてや今の情勢は魔王が存在する乱世である。

 冒険者として戦ったことはなくとも、ルアンは騎士だった父親や、既に騎士叙勲を済ませている兄と一緒に、騎士見習いとして領内の治安維持に当たったことがあった。

 任される仕事は炊き出しなどの後方支援がほとんどで、数少ない関与した戦闘も父親や兄たちに見守られながらであったものの、それでも彼らが纏う戦闘の気配とでもいうべきものを肌で感じることによって心構えは養われた。

 元々の下地があるからこそ、強い。

 ルアンは走り出す前から一匹目のゴブリンとの間合いを注意深く計っていた。

 一足で飛び込める位置まで近付いてから、ルアンは美咲に声をかけたのだ。

 見通しの悪い洞窟の地形が、この一見無謀なルアンの行動を可能にした。

 力強く踏み込まれた足は瞬く間にゴブリンの間合いを侵食し、同時にルアンの間合いへとゴブリンを捉える。

 この急激な静から動への転換は、踏み足の強烈な音となってゴブリンを振り向かせたが、同じ間合いなら奇襲した方が絶対有利なのは自明の理。

 ゴブリンがルアンの姿を見た時にはもう、ルアンは剣を振り抜いていた。

 あ、と間抜けな顔で口を開け、叫ぼうと息を飲んだ一匹目を反応すら許さず左肩から袈裟斬りに斬り捨て、もう一匹のゴブリンが慌てて首に下げた呼子に手をかけるのを見るやいなや、一息に飛び込める距離ではなく今から踏み込んでも間に合わないと瞬時に判断。投擲用のダガーを投げつけて妨害し、突進する。

 投げた後で即座に間合いを詰めるのは次に繋げるためだ。

 二匹目のゴブリンをダガーでうまく倒せたとしても、三匹目のゴブリンがまだ控えている。さすがに三匹目ともなれば、奇襲された側のゴブリンといえども迎撃の態勢を整えているだろう。最初のように上手くいくとは限らない。

 それを承知しているがこその疾走である。

 幸いにも二匹目のゴブリンはダガーを避けきれずに転倒したので、ルアンはそのまますれ違い様に全体重をかけて二匹目のゴブリンの首を踏み潰した。

 フルプレートではないとはいえ、ルアンの武装は曲がりなりにも鉄製の総誂え、履いているのは脛まで覆うタイプのグリーブである。

 こんなもので踏み付けられた側は一たまりもなく、二匹目のゴブリンは首の骨をへし折られて即死した。

 残る一匹は突然仲間を殺されたことに動揺しながらも、木を削って作られたと思しき棍棒を構え、敵意を露にして果敢に挑んでくる。

 魔物であるゴブリンという種族は、単純だが比較的人間に近い知能を持ち、その生活ぶりも繁殖力が強いという一点を除けばこの世界の人間とあまり変わりない。

 ただ体格の点ではやや人間に劣っており、背丈は押しなべて人間より低く、また力も弱い。

 ましてや武器がその重量を持って叩き斬ることを目的とした鉄製の長剣と、木を削っただけの棍棒では結果など見えている。

 たった一合でルアンの剣の刃が棍棒の半分以上まで食い込み、その勢いのままルアンが身体を激しくぶつけたことによりゴブリンの棍棒は呆気なくへし折れた。

 武器を失ったゴブリンは背中を見せて逃げようとするが、追撃して鋭く踏み込んだルアンの突きによって背中から貫かれる。

 体重を乗せて放たれた突きは半ばまでゴブリンの身体に埋まり、反対側から突き出していた。

 ルアンは冷静に返り血を浴びないように注意しながら力が抜けたゴブリンの身体を蹴ってその反動を利用し剣を抜くと、美咲を援護しようと意識を向けた。

 

「……どんな筋肉してんだ、あいつ」


 美咲の方はというと、必死の形相になりながらも終始相手のゴブリンを圧倒していた。

 到底剣など振れるようには思えないような細腕で、美咲はルアンが持つのとそれほど大きさが変わらない長剣を軽々と振るっている。

 心得がある者から見れば、明らかに初心者と分かる型を無視した無茶苦茶な美咲の動きだが、相手のゴブリンも武術のぶの字も知らないに違いないので、それはあまり問題ない。

 となれば、美咲とゴブリンの命運を分けるのは武器の差だ。

 圧倒している側の美咲が振るう剣はただの剣ではなく、ベルアニアの王子が手ずから美咲に賜った剣である。

 古代の遺失武器であるその剣は、その軽量さを存分に発揮して、己をその細腕で振るわせることを可能にしていた。

 剣などろくに握ったこともなさそうな少女が棍棒のように剣を振り回すというのは、一種異様な光景に映るからこその、先のルアンの発言である。

 もっともルアンは異世界人が魔法を打ち消すということを貴族という身分であるから知識として知ってはいても、美咲が異世界人であること自体は知らない。

 それ故に彼の興味は美咲自身ではなく、その細腕でも楽々と振るうことが出来る、勇者の剣に注がれていた。

 傍で見ているルアンにしてみれば、非力にしか見えない少女が、標準的な大きさとはいえ曲がりなりにも剣を振るい、ゴブリンと互角どころかやや圧倒している戦いぶりをしているのである。

 おかしいと思わない方がどうかしている。

 とはいえ、押してはいてもろくに戦い方も知らない一般人である美咲だ。

 ここをつけば勝てる、という隙をゴブリンは先ほどから何度も露にしているのだが、美咲は全く気付いている様子がない。

 まともに刃を立てることすらせず、ただがむしゃらに剣を振るっているだけである。

 全く持って、目の前のゴブリンと同レベルであった。

 有利に戦えているのは、ひとえに勇者の剣のおかげだ。


「……このままじゃ埒があかねーな。加勢すっか」


 ひたすら縮こまって防御を固め、美咲の猛攻に耐えているゴブリンは、ルアンの動きに気付いてはいても対応する余裕がない。

 どういうわけか、一発一発が振るう側にはとても軽い一撃なのに、受ける側にとっては見た目以上の重さが乗った一撃なのである。

 美咲の異能によって打ち消されないのだから、これは魔法ではなく金属そのものの特質といえるだろう。

 実際に被害に遭っているゴブリンにしてみれば、全く持って不可解な話であった。遺失武器と呼ばれるだけはある。

 無造作にゴブリンの真横に回り込んだルアンは、剣の柄をゴブリンに向けて構えた。

 何せ美咲の動きがでたらめで全く読めないので、不用意に斬り込むとどんな事故が起こるか分からない。

 ゴブリンを斬ろうとして間違えて美咲を斬ってしまう可能性もないとはいえないので、ルアンは安全策を取った。

 美咲がゴブリンのすでにボロボロになっている棍棒に叩きつけた剣を引くのと同時に、ルアンは柄頭でゴブリンの米神を強打した。


「今だ! 美咲、押し込め!」


 ルアンの声に反射的に反応する形で、美咲が初めてゴブリンの防御を抜いた。

 横槍を入れられて美咲の攻撃に対処が送れ、中途半端に防いだせいで辛うじて折れずに保っていた棍棒が中ほどからぽっきりと折れ、美咲の剣を受け止める術が無くなったゴブリンは絶望に染まった目で美咲を見る。


「ど、どうか命ばかりはお助けを……」


 人間とは言葉が通じないとは知りつつも、ゴブリンは美咲とルアンに対して命乞いをする。

 案の定ルアンは気にも留めなかったが、美咲は反応した。

 我に返ってかすかに困ったように眉を寄せると剣を振る手を止め、ゴブリンに対してこう返答したのである。


「命を助ける代わりに、あなたは私たちに何を差し出せる?」


「……お前、何言ってんだ?」


 突然電波と会話し始めたように見える美咲に唖然とするルアンに対して、美咲はちょんちょんと自分の額を飾るサークレットをつついてみせた。


「お前、それでゴブリンの言葉が分かるのか!?」


「そうみたい。人間同士だけだと思ってたけど、そうじゃないんだね」


 美咲は事も無げに口にするが、それは全くの誤りである。

 言葉が通じないというのは古くからの問題だったらしく、翻訳の効果を持つアクセサリーは多くが出回っているが、そのほとんどは人間同士に限られるものでしかない。

 ましてや美咲は異世界人なので、通常のサークレットに翻訳魔法をかけるという一番一般的で安価に済む手段が使えない。

 確実性を言うなら、直接翻訳の魔族文字を肌に刻むのが一番なのだが、全ての言語に適応させようとすると、必要な文字数は膨大なものとなる。そして、美咲の肌は既に死出の呪刻で大部分が埋め尽くされているのでこの方法も不可能だ。

 美咲のサークレットは王子が代替品として国中を探させて用意させた、古代遺跡から発掘された勇者の剣と同じ、魔法に寄るものではない効果を持つ遺失品なのだ。

 そこまでの事情はさすがにルアンといえども知らないが、それでも美咲が実力に反して勇者の剣に翻訳サークレットという目玉が飛び出るほどの高価な品を身につけていることから、やんごとなき理由があることくらいは予測した。

 すなわち、美咲亡国の姫説の燃料追加である。

 ルアンの美咲に対する勘違いが加速したのはいうまでもない。


「生かしてどうすんだ。ゴブリンの対処は巣ごと皆殺しが基本だぞ」


「一匹くらいなら許容範囲なんでしょ? それに戦う前にゴブリンたちがしてた会話でちょっと気になることがあるの」


 疑問を表情に浮かべるルアンに対して、美咲は自分の判断理由を説明すると、美咲は命乞いをしたゴブリンに向き直った。


「私、美咲っていうの。魔王を倒すために旅をしている途中よ。あなたの名前は?」


(何言ってんだこいつ!?)


 突然ゴブリンに対して自己紹介を始めた美咲を、ルアンは思わず唖然とした表情で見た。


「グ、グモっていいやす。どうか命ばかりはお助けを……」


 ゴブリンは話せば分かると知って、標的を美咲に絞り、その場に平伏して必死に命乞いを再開する。

 下手に不意を打つために命乞いを装ったりしなかったことは、このグモと名乗るゴブリンにとって幸運だったと言っていいだろう。

 かけた情けを仇で返されるような経験をすれば、美咲もグモを殺すことに積極的に賛成せずとも反対もしなくなっただろうし、再度温情をかけられたとしても、情報を引き出せるだけ引き出したら始末されていたに違いない。

 だがグモはその点において運が良かった。

 もちろん本人はこの時点ではまだ徳と仁義を理解しているわけではなかったし、武器さえ残っていれば彼とていっぱしのゴブリンとして油断させて不意を討つことを考えていただろうが、手元に武器が無く、また相手の武器を奪おうとする程度の賢さも度胸も無かったことが幸いした。


「いくつか聞きたいことがある。それに嘘偽りなく答えてくれるなら、見逃してもいいわ」


「何でも聞いてくだせぇ!」


 目の前に吊り下げられた命綱に、グモは必死の思いでぶら下がった。

 何しろ、横には未だ殺意を隠そうともしていないルアンがグモを殺す気満々で立っているのである。

 グモにしてみれば、死の恐怖はまだ遠ざかっていないのだ。


「まずは一つ目。私たちより先に入ってきた人たちがいたはずよ。その人たちはどうなったの?」


「あ、えっと、それは……」


 美咲の質問にグモは言いよどみ、恐る恐る顔を上げて上目遣いで美咲の様子を窺った。

 明らかに美咲の怒りをかわないか恐れている様子のグモを見て、美咲は苦笑した。

 しゃがみ込み、平伏すグモに対して安心させようと微笑を浮かべる。


「心配しないで。別に私たちにとって悪い結果でも、それをあなたを殺す理由にはしないから。正直に話して欲しい」


「……ライジ様の指揮で、囮からの伏兵で気を引いた隙にベブレ様の眠りの呪文で一網打尽にしました。何人かは呪文に抵抗されて逃がしちまいましたが、大部分はその、殺っちまいました。ひぃっ! すみません!」


「止めて、ルアン!」


「どうして止めるんだよ。今回参加した奴らの中には俺の顔見知りだっていたんだぞ!」


 激昂して手に持った剣をグモに突き立てようとしたルアンは、美咲に対して不満を露にする。


「そんなの、ゴブリンたちにしてみれば同じことよ。私たちもいっぱい殺してる。現にルアンだって、彼と一緒にいたゴブリンを殺してるじゃないの」


「……そりゃ、そうだけどよ」


 まさか人間とゴブリンを同列にして語られるとは思わなかったのか、ルアンが言葉に詰まって言いよどむ。

 おそらくルアン本人は人間と魔物を一緒にするなと言いたかっただろうが、さすがにそれは自分たちのエゴだと自覚していたのかもしれない。

 グモは怯えた様子で美咲とルアンのやり取りを窺っていた。

 何しろ美咲の言葉しか分からないグモにとっては、ルアンが何を言っているかは何一つ理解できないのである。

 それでありながら敵意と殺意だけは明確に向けられているのが分かる。

 ゴブリンであるグモにしてみれば、それはその繁殖性故に同族内でも縄張り争いが激しく、苦労して定住の地を得たと思えば必ずといっていいほど人間たちに虐殺されて奪われているゴブリンという種族全体が人間に対して抱く感情と同じものであったが、懸命にもグモはそれを表に出すまいとした。


「冒険者たちは三方から同時に突入したはずだけど、彼らはどうなったの?」


「へえ。実は洞窟内に三つの出入り口から合流する場所があるんでさ。ライジ様が直々に我らを指揮なすって、誘い込みました。あとは先ほど言った通りで」


「そのベブレとライジっていうのは、いわゆるゴブリンマジシャンとゴブリンロードで合ってるかしら?」


「おい、まさか……」


 グモの言葉は分からずとも、美咲の言葉については理解できるルアンは美咲の発言からとある可能性に思い至り、顔を青ざめさせた。


「そ、その通りでさ。お二人とも、突然変異で生まれた我ら氏族の期待の星です」


 まるで自分のことであるかのように胸を張ったグモの台詞を聞いて、美咲はため息をつくと横で固唾を飲んでいるルアンにグモと話して得た情報を語った。


「あなたの予感通り、悪い知らせよ。先に入った突入班は壊滅したみたい。どうやら敵は私たちがどうこうできるレベルじゃないようね」


「……マジかよ」


 ルアンの頬を、汗が伝った。


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