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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:魔族の少年2

 しばらくしてようやく梁の上から床へと降りてきたミルデは、若干疲れた表情を浮かべて言った。


「それで、私はアレックスの奴からその子の情報を聞き出せばいいわけね?」


「ええ、そうです。上手くたらしこんでください」


 まだ若干ふざけているかのような美咲の台詞に、ミルデは突っ込みを入れずにはいられない。


「美咲ちゃん言い方ぁ!」


 ところが美咲はふざけているのではなく、真剣な話を始めていたつもりのようで、ミルデの剣幕に困惑して目を瞬かせると、言葉を付け足す。


「好意に付けこむのは気が進まないかもしれませんけれど、情報を得るためです。よろしくお願いしますね。彼に何処までこちらの情報を明かすかも、ミルデさんの判断に任せますから」


 思っていた以上の自由度の高さに、ミルデは逆に心配になった。


「……いいの? もしかしたら、私からアレックスに話した情報で、子どもを助けるどころか美咲ちゃんが危険な目に遭うかもしれないのよ?」


 指摘するミルデに、美咲は苦笑を浮かべる。

 ミルデの懸念は、勿論美咲も承知の上だ。

 それでも、結局人間である美咲では魔族から話を聞き出すことができないため、ミルデに任せるしかない。

 魔族同士ならば、口が滑ることもあるかもしれない。

 特に好意を持っている相手なら、線引きが緩くなる可能性もある。


「私は彼の人となりを知りませんし、むしろミルデさんの方がご存知でしょう。ですから、ミルデさんが彼と話してみて、決めてください」


「分かったわ。できるだけのことはしてみる」


 神妙な表情で、ミルデは頷いた。


「ねえ、お姉ちゃん。ミーヤは何をすればいい?」


 話が終わると、待ちかねていたように今度はミーヤが美咲に尋ねてきた。


「えっ?」


 ミーヤに何かを頼むことまでは考えていなかった美咲は、慌てて考える。


(とはいっても、私と同じ人間のミーヤちゃんに出来ることって……って、あ)


 自分の思い違いに気付いた美咲は、ミーヤから、ミーヤのペットたちへと視線を移す。

 本人には何も出来なくとも、ペットたちなら出来ることもある。

 そして現状、ペットたちに指示を出すのは、ミーヤの役目だ。


「ねえ、ミーヤちゃん。ペリ丸に頼んで、ペリトンたちに情報収集してもらうことって、出来るかな」


「分かった! ペリ丸に聞いてみるね!」


 頷いたミーヤは、踵を返すと部屋の中で寛いでいるペットたちのうち、ウサギもどきの姿をしたペリ丸の前まで歩いていき、ぺたりとその眼前に座り込んだ。


「ねえ、ペリ丸。群れを使って街で情報収集って出来るかな?」


「ぷうぷう(前の群れとは逸れちゃったから、新しい群れを見つければいけるよ)」


 どうやら、バルトで飛んだことで、元々の生活圏から離れ、従えていたペリトンたちはペリ丸の影響下から離れてしまったらしい。

 可能か不可能かでいえば可能だけれど、まずペリトンを集めるところから始めなければならないようだ。


「ねえ、ミーヤちゃん。ペリ丸は何て言ってるの?」


「うんとね、出来るけど手が足りないって」


 ミーヤの通訳を聞いて、ミルデが考え込む。


「確かに、ペリトン一匹じゃ限界があるものね。ペットショップにならペリトンが売ってるけど、そう何匹も買えるような値段じゃないし、野生のを探して捕まえた方が早そうね」


 自分の胸程度の高さのミーヤの頭を美咲は撫でた。


「魔物使いの笛も、一応試してみようね、ミーヤちゃん」


「うん! ミーヤ、頑張る!」


 はにかんだミーヤが、元気な声を上げた。



■ □ ■



 いったん街の外に出た美咲たち一行は、さっそく魔物使いの笛で魔物を呼び寄せることを試していた。

 しかし、いくらミーヤが懸命に吹き鳴らしても、魔物が来る気配は全く無い。


「来ないわね……」


「来ないですね……」


「うううう……」


 顔を見合わせてため息をつくミルデと美咲を他所に、ミーヤが涙目で唸っている。

 吹くのを止めたミーヤが、潤んだ目で美咲を見上げた。


「お姉ちゃん、ミーヤ、魔物さんに嫌われちゃったのかなぁ……?」


「そ、そんなことないよ、ミーヤちゃん。たまたま近くに魔物が居なかっただけだよ、きっと」


 慌ててフォローする美咲と一緒にペリ丸がミーヤを慰めた。


「ぷうぷう(そのうち出てくるよきっと)」


 マク太郎は気遣わしげな視線をミーヤに向け、地面に鼻を近付けながら辺りを嗅ぎまわり始める。


「くまくま(オレのこと怖がってるのかもしれない。隠れておこう)」


 時折辺りを見回す仕草をすることから隠れ場所を探しているのだと推測できるが、生憎今美咲たちが居る場所は見晴らしのいい荒地で、マク太郎ほどの巨体になると何処に居ようと丸見えだ。

 空を飛ぶベウ子と、ベウ子の娘の働きベウ二匹がそんなマク太郎を上空から見つめている。

 野生なら出会い次第骨肉の争いを繰り広げることも珍しくない両種の魔物は、ペットとなってからは割かし仲が良いようだ。

 空から回りの地形を確認したベウ子は、調査結果をマク太郎に伝える。


「(マク太郎、あなたが隠れられるような物陰は、回りに無いようです)」


 巣に篭り切りになっていることも多いベウ子は、今現在は巣が無いこともあり、活発に行動している。

 以前は美咲が買った装甲馬車内部の一角に巣作りしていたけれど、ヴェリートの戦いで装甲馬車ごと置いてきてしまった。

 そのため順調に増えていた働きベウは再びごっそりと減り、また二匹になってしまっている。

 そのうちまた巣を作りたいとベウ子自身は思っているものの、またすぐに移動することをミーヤ経由で美咲から教えられているので、まだ巣作りには取り掛かっていない。


「(あ、母様、マク太郎さんおもむろに穴を掘り始めましたよ)」


「(無駄に器用ですね。土の中に隠れるつもりなんでしょうか。母様はどう思います?)」


 若干空気を読まずに、働きベウ二匹がかしましくお喋りをしている。

 もっとも美咲たちには羽音を奮わせる音だったり、顎を鳴らす音にしか聞こえず、会話を拾えるのは翻訳サークレットをつけているミーヤだけなのだが。


「ぴーぴー(きっと私たちの姿に恐れをなしたのよ!)」


「ぴーぴー(なんたって俺たちは最強だからな!)」


「ぴーぴー(成長すれば確かにそうだけど、今はむしろ最弱なんじゃ)」


「ぴーぴー(大人になったら僕たちが守るよ)」


 まだまだよちよち歩きなベルークギア四兄弟姉妹は、四匹でかしましく騒いでいたかと思えば、取っ組み合いをして遊んでいたりする。

 生まれてからそう日が経っていない彼ら彼女らにとって、喧嘩も遊びの一つである。

 手加減の感覚も養えるので、悪くない経験だ。

 ちゃんと手加減を覚えないと、真面目に美咲とミーヤが危ない。

 二人はペットたちにも慕われているので、絡むことも多いのだ。

 今はまだ微笑ましく見ていられるものの、ベルークギアが成長したら、完全に恐竜に捕食される三秒前の人間の図が出来上がる。

 しばらく待っても一匹も現れないのを見て、美咲はミルデを振り仰いだ。


「場所が悪いのかな。ミルデさん、移動してみます?」


「もしかしたら、この辺りじゃ何処で吹こうと見つからないかもしれないわね」


 羽の生えた腕を組み、ミルデが美咲に答える。


「どうしてですか?」


 何故その結論になったのか疑問に思った美咲が尋ねると、ミルデは自分たちが出てきた街がある方向を、羽で示す。


「街にペットショップがあったでしょ? 多分、街の近辺に出てくる魔物を捕まえてるんだと思うの。そうすれば、商品の補充と安全の確保を同時にこなせるし」


 ミルデの発言は的を射ていた。

 実際、街の周辺の魔物は定期的にペットショップの店員によって捕獲され、魔物使いの笛で手懐けられている。

 人族の間では貴重品になっている魔物使いの笛も、魔族の間ではそれほど珍しいものでもない。品質によってもちろん価値は上下するとはいえ、ペットショップに勤める店員ならほぼ必ずと言っていいほど持っているものだ。


「なるほど。道理でいくら吹いても出てこないわけですね」


 納得して頷く美咲に、ミルデはため息をついてみせる。


「そういうこと。私たちが新しく魔物を手懐けるには、もっと遠出しないと駄目ね」


 遠出の必要性は美咲も感じていたものの、今はその選択肢は取れない。


「でも、遠出する時間なんてありませんよ」


「のんびりしてると、肝心の子どもが処刑されちゃうものねぇ」


 美咲とミルデが揃って肩を落とす。

 魔族兵は処刑は即日行われると聞いていた。

 ろくな弁明の機会も与えられていないであろう早さだが、おそらく見せしめの意味もあるのだろう。


「仕方ない。街に戻りましょう。私がアレックスに聞いてみるわ」


「それしかなさそうですね。思いついた時は、いい考えだと思ったんですけど」


 あまり時間をかけてもいられないので、ひとまずミルデと相談して、美咲は魔物を懐かせるのは諦めることにした。

 少し落ち込む美咲を、ミルデが慰める。


「空振りに終わったけど、着眼点は悪くないと思うわよ。今回は運が悪かっただけと思いなさい」


 ミルデに励まされて美咲がはにかむ横で、今度はミーヤが泣きそうになっている。


「うー。ミーヤ役に立てなかった」


 ミーヤは全く魔物が来なかったことに、責任を感じていた。

 己の吹き方が悪かったのではないか、努力が足りなかったのではないか、幼いながらに、そんなことを考えて自分を追い詰めてしまっている。

 もちろんそれはミーヤの認識で、美咲やミルデに言わせれば、十分過ぎるほどミーヤは頑張っている。

 なので、美咲はミーヤの頭を撫でた。


「そんなことないよ」


「本当?」


 頭を撫でられながら、ミーヤが上目遣いで美咲を見上げる。

 自分を見上げてくるミーヤに、美咲は微笑んだ。


「一生懸命ずっと吹いてくれてたじゃない。私、ちゃんと見てたよ。ありがとうね、ミーヤちゃん」


「えへへ……」


 労いの言葉をかけられて、ミーヤも藁って美咲の手をぎゅっと握る。

 成果は無くても、美咲に褒められてミーヤは概ね満足だった。


(次、また頑張るよ、お姉ちゃん)


 魔物使いを手に、ミーヤは改めて決意を固めた。

 一度の失敗が何だ。

 この程度で挫けるようなら、ミーヤはここまで美咲についてきてはいないのである。


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