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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:魔族の少年1

 ミルデの過去話で少し話が脱線してしまったものの、引き続き美咲はミルデに相談をする。


「捕まった子どもを助けたい? 気持ちは分かるし、人間の美咲ちゃんが、魔族でも助けたいって思ってくれるのは嬉しいけれど、正直難しいと思うわよ」


 やはりというか、予想通りというか、ミルデの反応は芳しくない。


「無理ですか? ミルデさんでも……」


 もしかしたら、という淡い期待を抱いていた美咲は、難しい表情のミルデに、表情を暗くする。

 続いた台詞に美咲は目を見開き、顔を上げた。


「出来るか出来ないかで言うなら、出来るわ」


「それなら!」


 勢い込んだ美咲は、思いのほか厳しいミルデの眼差しに息を飲んだ。


「でも、私も美咲ちゃんも、二度とこの街に足を踏み入れることは出来なくなる。故郷に戻れないことが、どんなに辛いことか、美咲ちゃんなら分かるでしょ?」


 美咲は反論出来ない。

 故郷に帰れない辛さは、ミルデの言う通り、美咲も良く知っている。

 この世界に召喚されてから今まで、元の世界に帰りたいと、何度思ったことか。

 夜になり、眠りにつく頃になると、実は全てが夢で、寝れば自分の部屋で目を覚ますのではないかといつも思ってしまう。

 そうして朝になり、目覚めて思うのだ。

 ああ、やっぱり夢ではないのだと。


「それは、そうですけど。出て行ったくらいなんですから、ミルデさんはこの街があまり好きじゃないんじゃないですか?」


 推論交じりの美咲の問いかけに、ミルデはむっとした表情で口元を引き結ぶ。

 図星だったのだ。

 両親の死を切欠に、ミルデは隠れ里に移住した。

 でも、それはあくまで切欠で、その判断の裏には、奴隷の少女の存在があったことは、疑い様が無い。


「……そうね。正直に言えば、複雑な気分よ。この街には、良い思い出も嫌な思い出も両方あるから。でもやっぱり、故郷に帰れないのは寂しいわ。帰らないのと、帰れないのは違うのよ。零と一が違うのと同じくらいには」


 当たり前のことだった。

 ずっと元の世界に帰りたいと思っている美咲だって、元の世界で楽しいことばかり経験していたわけではない。

 友人と喧嘩したことだってあったし、クラスメートのいじめを目撃したこともあった。

 自分の名前を出さないように釘を刺しつつこっそり先生にチクッたけれど、結局いじめは水面下に潜って行われるようになっただけだった。

 良かれと思ってやったことが裏目に出て、酷く気まずい思いをしたことを、今でも覚えている。


「分かる気がする……」


 黙って美咲とミルデの会話を聞いていたミーヤが、ぽつりと呟いた。


「ミーヤも、ヴェリートから逃げた時、凄く悲しかったよ。お姉ちゃんと出会った後も、もう二度と帰れないんじゃないかって思ってた。今は、別のことで悲しくなることも多いけど、バルトの怪我が治ってからなら帰ろうと思えば帰れる。だから、そういう意味では悲しくない」


 おそらくは、語っているミーヤ自身も、自分の感情を把握し切れていないのだろう。

 一つ一つ自覚するかのように語るミーヤの視線の向き先は、あやふやなものから、少しずつ確かなものへと変化していく。


「もしかして、ミーヤちゃんはヴェリートに帰りたいの?」


 尋ねる美咲に、ミーヤは首を横に振った。


「……わかんない。ヴェリートに帰っても、パパとママはいないもん。おうちは残ってるかもしれないけど……」


 天涯孤独となってしまったミーヤに、家族と呼べる存在はもう居ない。その代わりとなったのが、美咲だった。

 父親はおそらく最初のヴェリート襲撃で街を守るために戦って死んだのだろう。

 そして母親はミーヤと一緒にヴェリートから逃げ出し、ラーダンへと避難する最中にミーヤを逃して命を落とした。

 一体何に襲われたのか。魔物か盗賊か、原因はミーヤなら知っているだろうけれど、わざわざミーヤの心の傷を掘り返す必要性を感じないので、美咲が尋ねたことはない。

 セザリー、テナ、イルマ、さらには十五人の女たち、ディアナ、さらにはタゴサクを初めとする冒険者たちまで加わって、ミーヤの回りは一時期とても賑やかだった。

 あの頃の美咲が一番心身共に充実していたように、ミーヤもまた、あの頃が一番寂しさを感じずに済んでいた。

 両親を失った悲しさが埋まるくらい、楽しい日々だったのだ。

 運命の日が来るまでは。

 魔王の来襲。あの出来事が、全てを変えた。

 仲間たちの殆どを殺され、残った非戦闘員であるシステリートとディアナによって、当時気を失っていた美咲と、自身の戦闘力は皆無だったミーヤだけがその場から逃がされた。

 彼女たちの行く末を、ミーヤは見ていない。

 それでも、この世界の理不尽を美咲よりも余程味わってきたミーヤは、彼女たちが生きていないことを、確信している。

 自分たちが生き延びることが出来た事実こそが、その証拠だと思っている。

 命を犠牲にして彼女たちが時間を稼いだから、今があるのだと、知っているのだ。

 ミーヤにとって、故郷は大事だ。

 でも、今はそれ以上に大事なものがある。

 それが、ミーヤが頑張って考えて出した結論だった。


「帰るのは、全部終わってからでいい。お姉ちゃんの身体を治して、パパとママのお墓を作って、きちんとさよならを済ませたら、それで、心の整理はつくと思う。一度帰ればそれ以降は、帰れなくてもいい。だから、お姉ちゃんの世界に、ミーヤも行きたい。ミーヤの居場所は、いつだってお姉ちゃんの隣だから」


 ついていったとして、また多くの問題が立ち塞がることは分かりきっている。

 言語の問題、文化風俗の問題。

 挙げていけばきりが無いし、未知の病原菌を元の世界に持ち込んでしまう可能性も皆無ではない。

 ミーヤ自身も、元の世界の病気に抵抗力が無い可能性があるから、美咲についていったところですぐ病気になって死んでしまうかもしれない。

 それでも、ミーヤは美咲の傍を離れたくない。

 だって、守ると決めたのだ。

 仲間たちとの別れの際に、命を捨てる覚悟をした彼女たちに守られた時に、彼女たちの分まで、美咲を守ると決めたのだ。

 全ては、美咲を元の世界に帰すために。

 ちゃっかり自分もついていくというわがままを付け足しているのが、子どもであるミーヤらしいといえばらしいけれど。


「だから、お願い。ミルデ、お姉ちゃんを手伝ってあげて。ミーヤも、出来ることはするから」


 懇願するミーヤに、ミルデは目を瞑り、深く考え込むのだった。



■ □ ■



 しばらくして、ミルデは顔を上げた。

 諦めたようにため息をつくと、表情を厳しいものから、穏やかなものへと変える。


「全くもう。美咲ちゃんも、ミーヤちゃんも強情なんだから。いいわ、協力してあげる。私がこの街に行けなくなっても、隠れ里から他の住人を向かわせればいいだけだものね」


「あ、ありがとうございます……!」


 協力を承諾したミルデに、美咲は深く頭を下げた。

 魔族であるミルデに対しては、ベルアニア式では通じないので、美咲は元の世界のお辞儀をしている。

 同じようなことを魔族がするかどうか美咲には分からないものの、ミルデにはちゃんとそれがお礼を示すものだと気付いているようだ。

 現在の魔族の領土はかつて多くの人間の国があったから、もしかしたらその国の一つにお辞儀があって、それが魔族の中に浸透している可能性もある。

 まあ、敢えて確かめるようなことでもないので尋ねるまではしないけれども。


「喜ぶにはまだ早いわよ。まだ計画は全然詰めてないんでしょ? 私は何をすればいいの?」


 尋ねてくるミルデに、少し考えた美咲は、逆に尋ね返す。


「その前に一つお聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」


 少し目を見開いたミルデは、不思議そうに首を傾げつつ承諾する。


「勿論よ。何かしら」


 ここから先はミルデのプライベートに踏み出すことになるので、美咲は深呼吸して気持ちを整える。

 口を開いた。


「門番のアレックスさんって、ミルデさんの幼馴染なんですよね?」


「ええ。そうだけど」


「彼って、もしかしてミルデさんに好意を持ってたりします?」


「は?」


 余程予想外な質問だったのか、呆気に取られたミルデの口がかくんと開いた。

 頭痛を堪えるようにこめかみを揉んだミルデは、渋面で美咲に答え、おかしな質問をした美咲の真意を問い質す。


「えっと、ごめんなさい。そんなの考えたこともなかったわ。どうしてそう思ったの?」


「だって、ミルデさんはもうこの街に住んでいるわけでもないのに、彼は良くしてくれるみたいですし。元同郷というだけの関係にしては、親切過ぎる気がするんです。何か、心当たりはありませんか?」


 美咲が不思議だったのはこの街を出たのはずっと前で、もう隠れ里に移り住んでかなりの期間になると、ミルデ自身が言っているのにも関わらず、街の人間との関係が断たれていないことだった。

 それはつまり、ミルデが街を出てからも、ちょくちょく戻ってきていたことを示している。


「心当たりと言われても……まあ、一人で来る時は、宿屋じゃなくてあいつの家に泊まるし、食事に誘われたりもするけれど」


「それですよ! 普通、好きでもない人を自分の家に泊めたりしませんって! 家に泊めて、食事にも誘って、そんなの好意駄々漏れてるじゃないですか!」


 困惑するミルデがポロッと零した事実に美咲は食いついた。

 どうやら、今までミルデは一人で街に来た時は幼馴染の男性の家に転がり込んでいたらしい。

 他人の恋路は何とやら。

 何故か美咲のテンションが上がり始める。


「そ、そうなのかしら……。でも、別に特別な感情を抱いてなくても、友人が遠方から訪ねてくるならそれくらい普通でしょ?」


 勢いに押され気味なミルデは、それでも美咲に対して反論を試みる。

 実際問題ミルデは幼馴染といえどもアレックスに対してそういう視点を通して見たことが無かったので、彼との関係と恋愛が全く結びつかなかった。


「じゃあ一つお聞きします。アレックスさんの家に泊まった時、夜這いされたことありますか?」


「夜這い!?」


 再び美咲の口から飛び出した質問に、ミルデが素っ頓狂な声を上げる。

 頬を染めたミルデは、翼をはためかせて天井の梁の上に飛び乗ると、己の翼で顔を覆った。


「何を恥ずかしがってるんですか。私よりも余程年上な癖して」


 顔を真っ赤にしたミルデが、翼で隠していた顔を上げて美咲に怒鳴る。


「ね、年齢の話はしなくていいでしょ! 人間と比べたらお婆ちゃん過ぎるの、私だってちょっとは気にしてるんだから!」


「気にしてるんですか……。まあどうでもいいのでそれは脇に置いといて」


「あっさり流された!?」


 手で荷物をどけるようなジェスチャーをした美咲に、ミルデが頭を抱える。

 笑顔で美咲がミルデに尋ねた。


「で、答えは?」


「あるわけないでしょう!」


 もはやミルデの声は悲鳴である。

 熟れた林檎のような顔色で、笑みともつかない引き攣った表情を浮かべ、頬には一筋汗が伝っている。

 ミルデの反応が可愛すぎて美咲はこのままミルデをからかって反応を引き出したい誘惑に駆られるものの、この話題を出した目的はミルデをからかうためではないのでぐっと堪えた。


「なら質問を変えます。アレックスさんの前で、隙を見せたことありますか? 例えば自分の一人しか居ない時と同じような感覚で薄着だったり、無防備だったり」


「……そ、それは」


 質問を聞いた途端、ミルデの汗の量が増えた。

 もはや冷や汗のレベルである。

 目も泳ぎ、美咲から視線を逸らして誤魔化そうとしている。


「おや。どうやら思い当たる節があるみたいですね」


「で、でも何も無かったわよ? それこそあいつが私に好意なんて抱いていないっていう証拠じゃないの?」


 苦し紛れに反論を試みるミルデに、美咲は首を横に振った。


「逆ですよ、逆。基本的に、男は狼なんです。綺麗な女の人が自分の前で隙だらけな姿を見せていたら、本能的に襲いたくなるんです。でも実際そんなことをしたら嫌われちゃいますから、理性でぐっと我慢するんです。ですから、何もしないからこそ、ミルデさんを大切に思っている、つまり好きだということも考えられます」


 二人のやり取りを見守っていたミーヤが、美咲を見上げてぽつりと言った。


「お姉ちゃん、楽しそう」


 びくっと美咲の肩が跳ねた。

 まるで図星を突かれた時のような反応に、ミルデの眦が吊りあがる。


「美咲ちゃん、もしかして私のことからかってる!?」


「ハハハまさかそんな」


 涙目で梁の上から睨んでくるミルデに対し、美咲は笑って誤魔化した。

 というか、ミルデはそろそろ梁の上から降りてくるべきである。


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