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美咲の剣  作者: きりん
六章 守るべきもの
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二十四日目:ミルデの過去2

 茶の用意をするミルデを手伝いながら、美咲はミルデが話そうとしていたことを、反芻する。

 どれくらい前の出来事なのかは分からない。

 とはいえ、昨日今日の出来事ではないことは確かだ。

 おそらくは、ミーヤもまだ生まれてはいない頃の話。


「昔はね、お茶を淹れるのはその子の役目だったの。私たち家族のために、毎回美味しいお茶を淹れてくれたわ。……隷従の首輪が付けられている状態しか見たことは無かったから、あの子が何を思っていたのか知った時はショックだったけどね」


 台所の戸棚を開けてティーカップを取り出すミルデは、苦笑する。

 古びたティーカップは、それでも大切に扱われていたのだろう。慣れを思わせるミルデの手つきには、不思議と暖かみがあった。

 ティーカップに茶が注がれるのを眺めながら、美咲は過去の出来事を思い出す。

 ゴブリンの洞窟から、ラーダンの貴族街の屋敷に突入した時のことだ。

 その屋敷を所有していた貴族は、裏で人族間では禁制品となっている隷従の首輪を使った違法な奴隷取引に手を染めていた。

 攫った人間の記憶や人格を加工して、客が望む奴隷に作り変えていたのだ。

 魔族が作った隷従の首輪には、それほどの力がある。


「隷従の首輪は、人族の領域では禁制品だって聞きましたけど」


 ミルデは隷従の首輪の話題になると、自分が振った話題なのにも関わらず、嫌そうにため息をつく。

 彼女は人間に好意的だし、隷従の首輪が出回っていることについて、あまり良くは思っていないのかもしれない。


「そりゃそうよ。恥ずかしい話だけど、魔族には人族を沢山捕まえて、奴隷として売り払うことで莫大な富を得ている商人がいるの。まあ、奴隷商人って奴ね」


 奴隷商人は、種族を問わず何処にでもいるようだ。しかも魔族の場合、隷従の首輪を普通に使えるので、より悪質である。

 もっとも、美咲が知らないだけで、人族に対してのみ使用が許されているのかもしれないけれど。

 ベルアニアでも、人族を無理やり奴隷にするの違法だが、魔族を無理やり奴隷にするのは違法ではない。


「人族の街でも居ました。私やミーヤちゃんも一回攫われましたよ。自力で抜け出しましたけど」


 比較的あの時は簡単に脱出出来たものの、後から考えたら結構危ない状態だったかもしれない。

 逃げることに失敗していれば、おそらく美咲もミーヤも隷従の首輪を嵌められていただろう。

 そうなれば、美咲はともかくミーヤはもう完全にアウトだ。

 美咲も、隷従の首輪が効かないことがばれるから異常性に気付かれ、おそらく最終的には死霊魔将に殺されていた。

 裏で、死霊魔将が人間の貴族に化けて暗躍していたのだ。

 治安を乱そうとしていたのか、貴族を大勢処罰させることで人族側の力を殺ごうとしたのか。どちらにしろ、陰謀を暴き出せて良かったと美咲は思う。

 奴隷売買組織を壊滅させることが出来なければ、そして死霊魔将の存在が明るみに出なければ、ヴェリートを取り返すほどの力を人族軍側が搾り出すことは出来なかったろう。

 貴族たちは何かと理由をつけて援軍を渋っただろうし、人族軍は満足な兵力を用意出来なかったに違いない。


「運が良かったわね。でも、魔族の街じゃそうはいかないわ。一度奴隷になってしまったら、そう簡単には抜け出せない。魔族の街じゃ隷従の首輪そのものは禁制品じゃないし、奴隷商人から奴隷と一緒に買うことも出来るから」


「そうなんですか?」


 驚いた美咲は、ぽかんと口を開けてミルデを見る。

 隷従の首輪なんていう物騒な代物が、普通に取り扱われているなんて、美咲には信じられない。


「買うことそのものは別に禁じられていないのよ。それを魔族に対して使ったら、牢屋にぶちこまれるけど」


「人族に対しては?」


「むしろ推奨されてるわ。反乱防止になるのは勿論、健康状態のチェックなんかも簡単に出来るからね」


 嵌められた者の人格や記憶、行動を完全に掌握するという機能に目を向けられがちな隷従の首輪には、付加機能もたくさんある。

 健康状態の把握や調整もその一つで、副次的な機能に限って言えば、役に立つものの方が多い。


「ミルデさんにとって、その女の子はどんな存在だったんですか? ……奴隷でしかなかったんですか?」


「私は一人っ子だったから、勝手に妹みたいに思ってたわ。だから、隷従の首輪が邪魔で仕方なかった。あの首輪の制御下にある限り、あの子は私たち家族に絶対服従だったから。本音が聞きたくて、外してみたことがあるわ。まあ、罵られたんだけどね」


「罵られちゃったんですか……」


 当然だと思う反面、美咲は少しミルデが気の毒にもなった。

 おそらくは、ミルデはその奴隷の女の子と、仲が良いと思っていて、もっと仲良くなりたかったのだろう。

 自分のことのようにしょぼんとしながら、ミルデが落ち込んでいないか顔色を窺う美咲に、ミルデは苦笑する。


「仕方ないわよ。あの子にとっては私たち魔族は侵略者で、友人や家族を殺した殺戮者だもの。人間にとっては、魔族に戦闘員非戦闘員の区別なんてない。喧嘩らしい喧嘩すらしたことがなかった当時の私でも、半狂乱になったあの子を魔法で拘束して、簡単に隷従の首輪を付け直すことが出来たくらいだから」


 家族を奪われ、故郷を奪われ、一度自意識を開放されて、再び奪われた奴隷の少女は、意識を失う瞬間に、何を思ったのだろうか。

 今はもう、時の流れに過ぎ去った過去の話だ。

 少女の思いを知ることは、二度と無い。


「実はね、この話は父にも母にも話したことはないの。二人とも、私があの子の首輪を外したことがあるなんて、知らなかったでしょうね」


「……どうして、そんな話を、私に?」


「美咲ちゃんが人間だから、かな。どうも、被っちゃうのよね。容姿が似ているわけでもないのに」


 どうやら本当に自分でもその理由が分かっていないようで、ミルデは眉を下げて困ったように微笑んでいた。

 そんな重めの話を美咲とミルデがしている中、ミーヤが居間の隅に置いてあるミルデの荷物の中から、パウンドケーキを見つけて引っ張り出した。


「ねえ、ミルデ! ミーヤ、このケーキが食べたい!」


 気付けば勝手に他人の荷物を漁っていたミーヤに、美咲は目を剥いた。

 子どもとはいえ、手癖が悪すぎである。


「こら、ミーヤちゃん! 今は大事な話をしてるんだから、話の腰を折らないで! ていうか、ミルデさんの荷物に触っちゃ駄目よ!」


 ミーヤを叱る美咲を、ミルデは制止する。


「いいのよ。よく見つけたわね。実は今日街を歩いている時に、売っているのを見つけてこっそり買っておいたの。久しぶりに奮発しちゃったわ。それじゃあ、今日のお茶請けはこれにしましょうか」


「ホント? やったー!」


 パウンドケーキを掲げて飛び跳ねて喜ぶミーヤを見てミルデは満足そうに微笑み、美咲が拗ねた顔で唇を尖らせる。


「もう、ミルデさんはミーヤちゃんに甘いんですから」


「一番甘やかしてる美咲ちゃんが言う台詞じゃないわよ、それ」


「うぐ」


 完全に発言が自分にブーメランしている自覚があった美咲は、何も反論できずに口を噤む。

 失言を無かったことにしたい美咲は、脱線しかけていた話を戻しにかかった。


「と、とにかく。その女の子は結局どうなったんですか?」


「気付いたら、孕んでたわ」


 なんでもないことのように、ミルデがさらりと言ったので、美咲はそれが別に普通のことであるかのように流しそうになった。

 寸前で疑問を覚え、ミルデの発言を反芻し、がばっと身体全体でミルデの方へ振り向く。


「はい!? ちょ、どうしてそうなったんです!?」


 苦い表情のミルデが、経緯を説明する。

 当時のミルデとて全てを知っていたわけではないものの、その時の両親の会話などから想像することは容易い。憶測が一部入ることを差し引いても、そう事実と違ってもいまい。


「多分、買い物を頼んで外出させた時にでも、魔族の男に襲われたんでしょうね。隷従の首輪がついてると抵抗出来ないし、行為の後始末をされると私たちも気付けない。何かあったのが分かった時には、もうかなりお腹が膨らんでいて、生ませるしかなかったの」


 急展開に、美咲はついていけずに絶句していた。

 ちょっとこれは、いくらなんでも奴隷の少女が可哀想過ぎる。踏んだり蹴ったりではないか。


「生まれた子は混血だった。風当たりはそれなりに強かったけど、私の両親も奴隷商に母子ともども売り払ったりはしなかった。愛着が沸いていたのね。彼女の避妊手術をしてなかった自分たちが悪いんだし、仕方ないから育てるか、なんていうペットみたいなノリだったけれど」


 どうやら、奴隷の扱いは魔族によって差があったようだ。

 愛するペットのように大切に接する者もいれば、あくまで奴隷として扱い虐げることしか考えない者もいる。もしかしたら、家族として扱って絆を育もうとした変わり者も居たかもしれない。


「それでね。これから重要な話なんだけど、私とあの子が二人きりで家にいる時は、あの子の首輪を外すことにしたの」


 どうやらその変わり者の枠組みに、当時のミルデも該当しそうだ。

 隠れ里に居を置く現状を思えば、ある意味当然かもしれない。


「大丈夫なんですか、それ」


 もし自分がその女の子なら、さぞかし心中穏やかではいられなかったであろうことが、容易に想像できた美咲は、続きを聞くのが少し怖くなった。

 でも同時に先が気になる自分も美咲は自覚している。

 これが、怖いもの見たさというやつだろうか。


「最初は大丈夫じゃなかったわ。あの子にしてみれば、久しぶりに自我を取り戻せばいつの間にか子持ちになってるんだもの。本人にとっては街を落とされた記憶はまだ生々しい記憶なのに、回りではもう完全に過去のことになってるのよ。勿論凄く暴れられたわ」


「そうなるって分かってたのに、どうしてそんなことを……」


 呆れる美咲に、ミルデは自嘲気味に微笑んだ。

 今思えば、無謀だったとミルデ自身も思っているのかもしれない。


「一人しかいない母親が、隷従の首輪で拘束された人形みたいな女じゃ、生まれてきた子が可哀想だと思ったのよ。それに、奴隷の子はある程度成長したら、やっぱり奴隷にされちゃうから、それならせめて隷従の首輪が必要ないようにしたかったの」


 結局、少女とその子どもがどうなったのか。

 今はミルデが魔族の街を出て隠れ里で一人暮らしをしていることが、その答えなのだろう。


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